2021年11月11日
文化資源活用課 計画推進係 河嵜渓太
観光先進国実現に向けた観光基盤の拡充・強化を図るための恒久的な財源を確保するために、「国際観光旅客税」が創設されました。文化庁ではこの財源を活用して、文化財を多くの方に親しみやすくする事業を始めています。ここでは、そのうち、文化財をいろいろな言語で分かりやすく解説する取り組みを紹介します。
1.文化財多言語解説整備事業の概要
訪日外国人旅行者が地域を訪れた際、文化財の解説文の表記が不十分であり、魅力が伝わらないといった課題が指摘されることもあります。文化庁では、文化財の価値や魅力、歴史的な経緯など、日本文化への十分な知識のない方でも理解できるように、日本語以外の多言語で分かりやすい解説を整備する事業として、「文化財多言語解説整備事業」を実施しています。多言語解説として、現地における看板やデジタルサイネージに加えて、QRコードやアプリ、VR・ARなどを組み合わせた媒体の整備を積極的に支援しており、これにより訪日外国人旅行者数の増加及び訪日外国人旅行者が地域を訪れた際の地域での体験滞在の満足度の向上を目指すものです。
これまで平成30年度から令和2年度までの3年間で124箇所を整備済みであり、令和3年度末までには175箇所となる予定です。
2.事例紹介
①日光山輪王寺
日光山輪王寺は、栃木県日光市にあり、約1,250年の歴史を持つ徳川家にもゆかりの深い寺院で、境内には多くの堂舎が立ち並んでいます。そして、その大部分が国宝、重要文化財に指定されています。
もともとは、すべての文化財に解説看板があったわけではなく、看板がある場合でも、日本語の解説文しかなかったり、外国人旅行者にとって内容が分かりにくいという問題がありました。そこで、外国人旅行者数のさらなる増加を目指し、輪王寺の歴史と文化を多くの外国人旅行者にわかりやすく伝えるため、看板の新設・更新および多言語解説サイトの整備を行いました。
国宝「本殿・拝殿」を例に、整備された多言語解説について紹介します。
境内の文化財には、それぞれ多言語解説看板が設置されています。看板は目に留まる場所を選んで設置されており、写真を取り入れたわかりやすいデザインとなっています。解説看板には、日本語と英語の解説文に加え、QRコードが掲載されています。QRコードを読み込むことで、整備した多言語解説サイトにアクセスして、全部で9か国語の解説文を楽しむことができます。
それぞれの解説文には、外国人旅行者の理解を深め、満足度を高めるための工夫が凝らされています。
はじめに、建物の名前「本殿・拝殿」について見てみましょう。拝殿の文字を見て、日本人や漢字圏の人であれば、礼「拝」を行う建物であることが分かるかもしれません。しかし、ローマ字で「Haiden」と書いてあるだけでは、意味が分かりません。そこで、「Haiden, Prayer Hall」として、礼拝所であるという説明を補足することで、理解を助けています。
本殿・拝殿 正面看板
QRコード先の本殿・拝殿 詳細説明画面
また、建物そのものの解説にも工夫がなされています。神社や寺が一般的に縁起の良い南向きに建てられていることに対して、この本殿は北向きに建てられていること、そして、その理由が、建立者である徳川家光が祖父・家康への敬意を示すため、家康の遺骨が埋められた東照宮の方角に向けて建てたためであることを詳しく説明しています。このように、単に建物の構造を説明するだけでなく、文化財の持つ歴史的な意味やストーリーを合わせて解説することによって、文化財に対する外国人旅行者の興味、関心も高まります。
このように、日光山輪王寺では、効果的な解説看板を整備するとともに、外国人旅行者の理解を深め、満足度を高める工夫がされた解説文を作成しました。
②太宰府天満宮(福岡県)
福岡県太宰府市に位置する太宰府天満宮では、外国人旅行者数の増加が見込まれる状況において、文化財の魅力発信のため、多言語ウェブサイトの整備やパンフレットの作成を行いました。
境内の各所やパンフレットには、QRコードが掲示されていて、スマートフォンなどで読み取ることによって、全部で7か国語で用意したウェブサイトから選んで、解説文を読むことができます。それぞれの言語での説明は、単に日本語による解説の直訳ではなく、外国人旅行者を前提として作成しています。
英語サイト トップページ
サイトを開くと、目立つところに「FIRST-TIME VISITORS」というサインが出ます。これを開くと、予備知識を持たない外国人旅行者向けに太宰府天満宮の概要や歴史、見どころなどがまとめて表示されます。さらに、各項目に設けられた「Learn More」というサインを開くと、さらに詳しい解説を読むことができます。
太宰府天満宮の歴史についての概要説明
左下「Learn More」で詳細解説画面へ
太宰府天満宮の歴史についての詳細解説画面
例えば、太宰府天満宮の歴史についてのページを開くと、神道についての基本的な知識、太宰府天満宮の起源、祭神である菅原道真などについての解説文が掲載されています。これらの文章はすべて、日本の歴史や文化に関する基本的な知識を持たない外国人にも理解しやすいように書かれており、日本語のウェブサイトにはない補足情報も取り入れられています。
3.今後の展望
文化財多言語解説整備事業を始めて4年目を迎えています。事例において紹介のとおり整備を着々と進めているところですが、昨年来、コロナ禍の影響により訪日外国人旅行者数が非常に少ない状況が続いています。今後のポストコロナを見据えて、予備知識を持たない外国人旅行者にも文化財に親しんでいただけるよう多言語解説の整備を着実に進める必要があります。
また、本事業に取組むことにより地方公共団体と民間団体等が連携協力して、地域における文化財を継承していく機運の醸成が図られることを期待しています。