2019年1月25日
当コーナーでは、暮らしの文化に係る様々な人々に登場いただき、暮らしの文化が持つ魅力を伝えていただきます。
※暮らしの文化とは,文化芸術基本法第12条に記載されている,茶道・華道・書道・食文化などの「生活文化」と,囲碁・将棋などの「国民娯楽」を始め,私たちの暮らしと係りを持っている様々な文化を指します。
瓢亭・第十四代当主 髙橋英一氏

髙橋英一氏
昭和14年,京都生まれ。 同志社大学卒業の後, 昭和39年より瓢亭に勤め, 昭和42年に瓢亭十四代当主を継承する。伝統的な京料理,会席料理を継承するほか,京野菜の復興に取り組むなど,食文化に関する幅広い活動を行っている。平成25年に,京都府指定無形文化財「京料理・会席料理」保持者に指定。平成30年11月に文化普及功労を以て旭日小綬章を受章。
南禅寺瓢亭
京都市左京区南禅寺草川町にある,創業約400年の老舗料理屋。伝統的な京料理,会席料理を今日に継承している。特に「瓢亭玉子」は有名で,江戸時代からの名物料理として伝わっている。
●髙橋さんが食文化で特に大事にしてきたことや,その苦労は何でしょうか?
食文化,特に普段の御家庭でのお料理について見ると,仕事で忙しいこともあって,料理を作る機会が段々と少なくなっているように思います。そういった時勢もあって,簡単に料理ができる商品や,お惣菜が人気です。一方で,講演をさせていただくと,「ひと手間かけた料理」には大きな反響があります。やはり皆さんひと手間かけても美味しい料理を作りたい,とも思っていらっしゃるのが良くわかる。
その「ひと手間」で大事なのが,出汁だと私は考えています。出汁をきちんととることで,一段と料理は美味しくなります。店の料理でも家庭の料理でも出汁の大事さは変わりません。今は固形や粉末,濃縮の出汁が出ていますので,忙しい生活の中でお料理をするには大変手軽で便利なのですが,きちんととった出汁,その味を知ってもらいたいという思いがあります。
また出汁の美味しさを知ることは,子供の味覚にもとても大事です。私は長年,食育に関わり,出汁の大事さを教えてきました。ある高校の授業で出汁の教室をした時に,1人の生徒から,「出汁の味が美味しいかどうかはわからない」と言われ,心底驚きました。生徒さんの多くは出汁を美味しいと言って飲んでくれましたが,出汁の味に馴染みがない生徒さんもいる,ということを知りました。
普段の食生活や味覚がどんどん変化している中で,伝統的な日本の料理を守っていくのは大変難しい部分が多いです。改めて,食や食文化の基本は,家庭での食生活ということを考えさせられます。
●伝統的な日本料理の継承についての考え方を,教えてください。
店としての伝統的な料理があり,これを大事にしてずっと変えずに継承しています。ですが,新しいものごとに触れていきながら,改革していくことも大事にしています。なので,若いときから自分の気持ちの中に「垣根」を作って,その「垣根」の中で仕事をしています。「垣根」の内側は店の伝統,垣根の外は新しい物事です。仕事をしていて「これではイカン」というとき,私はその垣根から片足だけを出して,他の世界からいろいろなものを吸収してます。
料理ですから,時代によって味や好みは変化します。同じことをやっていると飽きられますし,かといって新しことだけやっても自分を見失うことになる。ですから,大事なものを継承しながら新しいことも吸収していく,そういう姿勢を心掛けてきました。
例えば,店では昔から鰹節で出汁を取っていましたが,鮪節の出汁に上品で素直な美味しさを感じたので,私の代から鮪節を使っています。また野菜を干したもので出汁もとっています。野菜の余ったものを天日で干して出汁をとると,美味しい出汁がでます。天日で干すと美味しいと思うのは私の思い込みかもしれませんけど(笑)。

南禅寺瓢亭の表玄関

瓢亭の中の庭園風景
●髙橋さんが感じる日本の食文化の今について教えてください。
日本の伝統的な料理は手間がかかる,という印象も手伝って,洋風の食事が広く御家庭で一般的になっていると感じています。今の子供さんはもちろんのこと,子供の親の世代,更にその親の世代も洋風の食事に慣れているので,伝統的な日本の料理に馴染みが薄い方が多いと見ています。
更に食以外においても,特に最近では,生活そのものが変わってきて,畳がない,床の間がない家が多くなっています。また日本料理に深い関係があるお茶(茶道)をやる人が減っていると聞きます。お茶もそうですが日本料理も,礼儀作法であるとか,食事の献立,お食事するところのしつらい(部屋の飾りつけ),お庭など,伝統的な和の暮らし中で育まれてきた所が大きい。暮らし方が大きく変わったことで,日本の伝統的な文化に馴染む機会が減っているのは大変残念なことです。
●髙橋さんが感じる日本の食文化の広がりについて教えてください。
食文化というと美味しそうな料理を連想してしまいがちですが,器や調理器具,食材や作法など,食文化はとても広いものだと捉えています。私個人としては,その中でも器は大事だと思ってます。器は料理の着物,と言っても差し支えないくらいに,料理を美味しく見せてくれます。感性を生かし,土もの,石もの,木,塗り物,さらには青竹など様々な器を献立の中で使っていくことで,一つのヤマ(見どころ)や季節感を表現できる,こういった部分も日本のお料理の一つの特徴でしょう。
私達料理人が料理を作る上で欠かせないのは,包丁です。日本料理の場合,片刃の包丁を主に使いますが,その切れ味がとても大事で,料理の味にも深い関りがある。なので,包丁を研ぐことや,研ぐために使う砥石も大切だと思ってます。
調理器具でいうと,最近ではうちの店でも息子が新しい厨房機器を導入して使っています。調理場の奥に機械があるんですけど,よく分からないので奥には近づかないようにしてます(笑)。

瓢亭のお料理(京料理展示大会2018より)
●子供たちへのメッセージを一言いただけませんでしょうか。
横文字より,縦文字の料理をたくさん食べてほしいです。
今の暮らしは常に変化し続けていて,食文化そのものも食べる人の味覚も,絶えず変化しています。ですので,日本の食文化に少しでも馴染んでほしいという気持ちが若いころからあって,親御さんや子供さん向けの教室を今でもやらせていただいています。また,お茶の学校や料理学校でも教えていますが,若い方は日本料理に興味を持ってくれていますし,反響も大きくてとても面白いです。
海外からも日本料理が注目を集めるようになった今,伝統的な日本料理の美味しさや魅力を知らないのは勿体ないと思います。そんな今だからこそ,子供さんだけではなく親御さんにも,伝統的な日本の料理に馴染んでほしい,たくさん食べてほしい,というのが私の心からの思いです。