2015年11月20日
物語る力
映画監督 清水艶
物語る,ということに興味があります。「生きるというのは自分だけの物語を紡ぐということだ」という言葉をどこかで聞いて以来,物語を紡ぎながら生きること,映画という物語を作ること,この二つの難しさと面白さを強く感じています。
今年,長編デビュー作となる映画『灰色の烏』 が公開されました。
男性不信の主人公の女性が,山で迷い込んだ現実とも夢ともつかない世界の中で不思議な男性と出会い,恋をするお話です。
「灰色の烏」
©灰色の烏製作委員会
現実の世界と夢の世界,この世とあの世,私と他人,意識と無意識,いろいろな世界の狭間で揺れ動く人物を描きたいと思いました。私自身,昔からどうもふわふわとこちらの世界ではない方の物語を一生懸命生きてしまう癖があり,(ピーターパンなんとか,と言うそうです)平均的な30代女性と比べるとあちらの世界の重要性が3割ほど多めになってしまっています。
「映画は具体だ!」とよく言われますが,こんな私にとって具体を積み重ねながらファンタジーの世界を描く,というのは大きな課題のひとつです。
「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2009」 にて製作した『ホールイン・ワンダーランド』 でも,主人公の女の子が夢の中に迷い込むシーンがありました。夢の中と言っても,映画の中でそれを表現するのは具体的な人や物。言葉や観念だけでは映像表現になりません。
「ホールイン・ワンダーランド」
©2010VIPO
『灰色の烏』執筆中は,ndjcの脚本開発の場で佐々木史朗さん(ndjc2009スーパーバイザー)や斎藤久志さん(ndjc2009脚本講師)がおっしゃっていた「観念的になるな,具体を描け!」という言葉が何度も頭をよぎりました。
舞台設定は現実ではなくとも,その中で繰り広げられているのは,まぎれもなく人と人とのぶつかり合い。「観念だけで考えると面白くない,要は人と人の心の動きだ」というのも斎藤さんの言葉。扱うものがそもそも抽象的になりがちなテーマだからこそ,その言葉を強く意識して制作しました。
こうして作り上げた映画『灰色の烏』には,私が思う『物語』が描かれています。
現実も夢もファンタジーも,ごちゃまぜに存在する世界。その世界で自分の物語を紡ぎ始める主人公。この映画を観てくださった方の心に,何か少しでも残るものがあればと願うとともに,今後も映画の持つ『物語る力』を信じて作品づくりをしていきたいと思います。
【プロフィール】
大阪芸術大学で大森一樹氏に師事。卒業制作『シェアリング』(16mm/57min)がJCF学生映画祭でグランプリ,ハンブルグ日本映画祭招待上映など国内外の映画祭で上映される。09年文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」での作品『ホールイン・ワンダーランド』では5歳の少女の成長を描き,2015年公開の映画『灰色の烏』では,生きにくさを抱える女性や少女たちの揺れ動く心情を繊細に映し出した。現在,映画監督,脚本,CMディレクター,プランナーとして活動中。