2017年11月10日
「諦めの悪さ」
CMディレクター・映画監督 中江和仁
今,パソコンの中にあるデータを見返してみると,「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」には2008年から応募していたことがわかる。そして,3年連続,1次選考で落選。自分でボツにしたモノも含めると,どえらい数の企画を書いてきた。それらは現在も外付けハードディスクの墓場に眠っている。
そして2011年,ようやく選考に残り映画を作れることとなった。4年目で受かった理由はわからない。いつも締め切り間近でないと書き始めない悪い癖があるので,このときばかりはCMの仕事をセーブし,取り組んだ記憶がある。
2011年といえば,東日本大震災が起こった年。私はあるラブストーリーで応募しようと1か月かけて脚本を書いていたのだが,「いま震災を描かないで,いつ描くのだ!」という思いが突如としてわき起こり,それまで書いていたモノを捨て,締切り直前に新たな物語を書き始めた。
それが「パーマネント ランド」という映画だ。仕事をセーブしていたのに,結局書いたのは締め切り数日前。状況は前3年と変わらないのに,なぜか受かった。

「パーマネント ランド」©2012 VIPO
さて,来年1月に「嘘を愛する女」という映画で商業デビューすることになった。
この映画は,実際の事件が元になっている。その事件とは,
「5年間連れ添った内縁の夫が倒れたとき,医者だということも名前も,すべて嘘だったことが判明。しかも夫は妻に黙って原稿用紙700枚もの小説を書き残していた」という内容だ。
この事件を知ったのは私が高校生のときで,映画にしようと書き始めたのが大学生のとき。それから何回書き直したか定かではない。100稿は軽く超えているだろう。いろんな脚本コンペに出し落選し,何人かのプロデューサーに見せては首をひねられ,ようやく2015年にツタヤクリエーターズプログラムという企画コンペで賞をもらい映画化することができた。
ndjcでは受かるのに4年かかったが,こちらの映画では15年ほどかかった。

「嘘を愛する女」©2018「嘘を愛する女」製作委員会
映画を撮るには,どうしても撮りたいという強い気持ちと,それをずっと継続できる忍耐強さが必要である。マッチョである必要はないが,へこたれないタフさが必要だ。大学時代に一緒に映画を撮っていた仲間で,現在も続けているやつなどほとんどいなくなってしまった。
私が人に唯一自慢できるのは「諦めの悪さ」ということくらいか。
誰かの言葉を思い出した。確かこんな内容だ。
「どんな有名作家でも一行目から魔法のような言葉を書けるわけではない。ゴミのような言葉を吐き出し続け,その中からわずかな砂金を拾い集め,宝物のように光るまで言葉を磨いていくのである」
今の私があるのは,ハードディスクに眠っているたくさんのボツ企画のおかげである。

「嘘を愛する女」©2018「嘘を愛する女」製作委員会
【プロフィール】
1981年生まれ。武蔵野美術大学卒。広告制作会社(株)サン・アドを経て独立。CluB_A 所属。パナソニック,サントリー,資生堂,ゆうちょ銀行などのCMを監督。
大学の卒業制作である「single」はPFFにて観客賞を受賞,海外の映画祭に出品される。
その後もCMに並行して短編映画を撮り続け,
2008年の「string phone」はアジア太平洋広告祭の短編映画部門でグランプリを獲得。
2011年の「蒼い手」はサンフランシスコ短編映画祭でグランプリ。
同年,「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」にて「パーマネント ランド」を監督。
2015年に行われた第1回ツタヤクリエーターズプログラムでグランプリを獲得し,「嘘を愛する女」(長澤まさみ・高橋一生 主演) の公開が2018年に控える