2016年5月12日
能のふるさと・近江
―近江八景を中心に―
国立能楽堂企画制作課 佐藤恵一
都の隣に位置し,古より人の往来が盛んで,様々な歴史の舞台となった「近江国」。中でも琵琶湖沿岸の八か所の名勝―石山秋月,瀬田夕照,粟津晴嵐,矢橋帰帆,三井晩鐘,唐崎夜雨,堅田落雁,比良暮雪―は「近江八景」として,江戸時代には錦絵を始め,数多くの文学作品,音楽作品の題材として取り上げられています。「近江八景」が選定されたのは江戸時代初期頃と考えられますが,能ではそれ以前から近江八景ゆかりの様々な作品が作られてきました。
月岡耕漁「能楽図絵二百五十番」より「三井寺」
琵琶湖の南岸に建つ「石山寺」は,紫式部が『源氏物語』を書き始めた所ともいわれ,能『源氏供養』では紫式部が石山寺の観世音の化身として登場します。琵琶湖から流れる瀬田川にかかる「瀬田の唐橋(長橋とも)」は交通の要所として知られ,能『熊坂』『朝長』『盛久』などでは,都から東国へ下る過程を謡う「道行」の詞章の中にその名が見られます。「粟津の戦い」で命を落とした木曽義仲を恋い慕う巴御前を描いた能『巴』は,女性が主人公の唯一の「修羅能(武士が主役の能)」で,女ながらに義仲とともに粟津で奮闘する様子が語られます。「矢橋」は琵琶湖を渡る船の港として栄え,「瀬田」同様,「道行」の詞章の中にも読み込まれています。「三井寺」が舞台の能『三井寺』では中秋の名月の夜に生き別れになった母子の再会が描かれますが,作中で母は鐘を撞き「鐘尽くし」の舞を舞います。母は清水寺で三井寺に行くよう夢の中でお告げを受けますが,清水から三井寺までの道行に「唐崎」「粟津」「矢橋」の地名も登場します。「堅田」は琵琶湖へ突き出た浮御堂で知られ,かつての浮御堂は江戸時代に京都御所の能舞台を下賜され建てられたものでしたが,昭和9年の室戸台風で倒壊し,現在の浮御堂は昭和12年に再建されたものです。能『白鬚』に登場する白鬚明神を祀る白鬚神社は「比良」に位置します。白鬚明神は『古事記』や『日本書紀』にも登場し,天狗のような大きな鼻で知られる「猿田彦命」であり,能『花月』には「比良」の山に住むという天狗の次郎坊の名前が出てきます。
琵琶湖の中に建つ白鬚神社の大鳥居
今回は一部を御紹介いたしましたが,このように「近江」を描いた能の作品は多数あります。7月の国立能楽堂では「月間特集・能のふるさと・近江」と題して,近江にゆかりの能と狂言を特集上演します。
中でも,28日・30日の企画公演では,能の作品を元に作られた箏曲を,原拠となった能の演目とともにお届けします。28日は箏曲『竹生島』とその基となった能『竹生島』を上演します。琵琶湖に浮かぶ竹生島に祀られた弁財天が国土安穏を祈るという内容ですが,今回は金剛流の小書(特殊演出)「女体」,和泉流の小書「道者」により,極めて珍しい演出での上演となります。30日は箏曲『石山源氏』と能『源氏供養』。前述のとおり,観世音の化身・紫式部が美しい舞を舞う物語です。宝生流独自の小書「真之舞入」により,詞章の中に『源氏物語』全五十四帖の巻名が謡い込まれます。ジャンルを超えた伝統芸能の共演を見比べ,聞き比べできる貴重な機会に,是非国立能楽堂に御来場ください。
国立能楽堂 7月企画公演 月間特集・能のふるさと・近江 《能と箏曲》
〒151-0051東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1
- 問合せ
- 《国立劇場チケットセンター》(午前10時~午後6時)
0570-07-9900,03-3230-3000[PHS・IP電話] - 交通
- ○JR(総武線)千駄ヶ谷駅下車・徒歩5分
○都営地下鉄(大江戸線)国立競技場駅下車A4出口・徒歩5分
○東京メトロ(副都心線)北参道駅下車出口1又は2・徒歩7分 - 公演日時と
演目 - ●平成28年7月28日(木)午後2時開演
箏曲『竹生島』/能『竹生島 女体・道者』
●平成28年7月30日(土)午後1時開演
箏曲『石山源氏 上・下』/能『源氏供養 真之舞入』
- 御観劇料
- 一般 正面6,300円/脇正面4,800円/中正面3,200円
学生 脇正面3,400円/中正面2,200円 - ホームページ
- http://www.ntj.jac.go.jp/nou.html