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文化庁月報
平成23年12月号(No.519)
特集 「デジタル・ネットワーク社会における著作物流通のプレイヤーに係る変遷等」
二極化するコンテンツの流通
音楽や映像に限らず,コンテンツの提供に係るさまざまなビジネスモデルが,違法適法の別を問わないユーザーによる複製,共有や,さらにそれらを代行するものとして提案されているプラットフォームによるサービス等で代替されていく状況がますます既成事実化する中で,「デジタルネットワーク社会における著作物の流通の変化」について原稿を書けとのご依頼を受けた。
「デジタルネットワーク社会における著作物の流通の変化」をいうときに,例えば「音楽」を例にとれば,「パッケージから音楽配信へとシフトしていきますね」といった「コンテンツを提供するビジネスにおける変化」だけに着目してもあまり意味はない。そうした正規品の流通を「表」とすれば,それに代替するものとして,「デジタルネットワーク社会」といわれる中で,この数年来ユーザーが手にしてきたさまざまな複製・共有手段の拡大により,本来権利者にのみ帰属していた「複製」「貸与」「譲渡」「放送」「送信」などの権利が,あたかもユーザーに棚卸しされたが如く,ユーザーがコンテンツを自在に流通させる「裏」の流通が確立してしまった点を直視する必要がある。

図をご覧いただきたい。たとえば,「CDを購入したユーザー」は,CDを別メディアにコピーすることで,自ら利用するうえでの利便性を高めることができるが,それを「CDを購入していない友人」に譲渡することもできる。またPCにコピーした音楽は,音楽データとして「ファイルストレージサービス」「動画投稿サイト」「違法音楽サイト」「ファイル共有ソフト」などのサービスを通じて,「CDを購入していない友人」のみならず,「CDを購入していない不特定ユーザー」にさまざまな形で頒布することが可能である。そして,こうしたプロセスで音楽を入手した「CDを購入していない友人」も「CDを購入していない不特定ユーザー」も,いずれも左上に戻って,「CDを購入したユーザー」と同様のふるまいをすることが可能であり,いうなれば「ネズミ算」の構造である。
さらに,こうした「ユーザーによる流通」においては「原則無償」であることから,当然ながら「表」の正規品の流通を凌駕すると同時に,正規品の価値が,その制作コストなどとはまったく無関係に,「無償で流通していること」を前提に決まってしまう構造を生んでいる。「表」の代表格として世界を席巻する「iTunes」の値付けは,無償ではないとの点で評価できるものの,「ネットではタダ」を前提とする相場感から導かれるものであって,音楽の制作に係るさまざまなコストをリクープする趣旨をもつものではない。
音楽の制作は,アーティストの他に,作曲家,作詞家,編曲家,ミュージシャンなどのクリエーターが多数関与するが,さらにプロデューサー,レコーディングスタジオ,エンジニア,コーディネーターなど,制作現場を共有するさまざまな職種の人々により支えられてきた。クリエーターや,これらの音楽制作に関与する人々の生活を支えてきたのは,音楽を社会に提供する「レーベル」の売り上げを原資とする「報酬」であったわけだが,当然ながらこれがうまく回らなくなって,音楽創造のサイクルに異変をきたしている。具体的に例示すれば,全盛期には都内に80以上存在したレコーディングスタジオは,いまでは30を切るところまで来た。「音造り」を支えるエンジニアにも廃業が相次ぎ,録音手段の革新と同時に洗練されてきた録音技術も,その伝承が危なっかしくなってきている。同じことは,ミュージシャンやプロデューサーなど,他の職種にも及んでおり,制作現場の疲弊は確実に進んでいる。レーベルは,一定のセールスを期待できないアーティストの契約を整理せざるを得ず,結果我が国の音楽の裾野がどんどん狭まり続けている。
この「裏」の流通を構成しているユーザーの利用行為のうち合法的なものは左上の丸四角の部分,すなわち私的複製に属する部分のみであって,それ以外は違法なものである。その違法状態がなかば既成事実化してしまった。これらの利用行為を規制するか?もしくは課金して「表」化するのか?それらを併用するのか?なんらかの方法を取らない限り「表」の流通の未来はあり得ない。
こうした状況からの影響を限定的にせよ緩和するために,ユーザーの合法的な私的複製からの影響を補償する制度……「私的録音録画補償金制度」の適正化を権利者はこの数年来主張してきたが,それがまったく進展しない一方で,「表」の流通の円滑化に関する議論だけは相変わらず賑やかだ。曰く「流通を阻害している権利者の許諾権を制限してはどうか?」に始まって,「フェアユースはどうか?」,「許諾権を放棄すれば違法対策をしてやるというのはどうか?」云々……言葉を失う。知財推進計画にもこの種の文言が手を変え品を変え躍ってきたが,「表」の流通を真に活性化させるために「裏」の流通をどうするのか?といった芯を食った議論はまだどこにもない。
権利者団体は,JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)を中心とするCDC(一般社団法人著作権情報集中処理機構)や,音事協(社団法人日本音楽事業者協会)を中心とするaRma(一般社団法人映像コンテンツ権利処理機構)など,「表」の流通の円滑化には最大限協力をしてきているが,そこで投入される権利者側の労力を埋め合わせるほどに「表」のマーケットは育っておらず,ほぼボランティア活動の域を出ていない。
汗水たらしてコンテンツをクリエートする人々を社会がどう処遇するのか?このことに,もはや真剣に取り組むべきだ。そのためには,「表」だけいじくり回していても埒のあく話ではない。

(氏名)椎名 和夫
(職業)演奏家権利処理合同機構Music People's Nest(MPN)代表幹事
【略歴】
1952年東京生まれ。
ムーン・ライダースの結成に参加。脱退後は,スタジオ・ミュージシャン,編曲,プロデュース等の活動に転じ,井上陽水,山下達郎,吉田美奈子,中森明菜,中島みゆき他多数のアーティストのレコーディング,ステージでの演奏や,編曲,プロデュースを担当。
1986年駒沢にスタジオ・ペニンシュラを設立。同年12月,中森明菜「Desire」で第28回日本レコード大賞受賞。1995年演奏家団体パブリックインサード会(PIT)設立。1998年演奏家権利処理合同機構Music People's Nest(MPN)設立。
【現職】
パブリックインサード会代表幹事,Music People's Nest代表幹事および事務局長(兼務),社団法人日本芸能実演家団体協議会常任理事・同実演家著作隣接権センター運営委員,社団法人映像コンテンツ権利処理機構理事・運営会議副議長,社団法人日本音楽スタジオ協会理事,文化庁文化審議会著作権分科会委員,総務省情報通信審議会「デジタルコンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」専門委員,デジタル時代の著作権協議会「CCDビジネス研究会」主査。

