資料5

平成19年9月14日提出

暫定一覧表

【資産名】国立西洋美術館本館

【所在地】東京都

【概要】

国立西洋美術館本館は,世界に点在するル・コルビュジエの代表作品のひとつで,日本に所在する唯一の建築物である。
1916年から1923年にかけて,日本の実業家・松方幸次郎(1865年-1950年)は数千もの西洋絵画,彫刻,装飾美術の収集に私財を投じた。松方の美術品コレクションのうち,パリに保管され,第二次世界大戦後にフランス政府に押収されたものについては,1953年,日仏両国関係者の協議により,その大半が日本国政府へ返還されることとなった。返還に当たっては,西洋美術の変遷が学術的に日本の人々に伝わるような新美術館の建設が条件とされた。国立西洋美術館本館(以下,「本資産」とする。)は,この条件を満たすために日本国政府が上野恩賜公園内に建設したものである。
設計者にはル・コルビュジエが選ばれた。ル・コルビュジエは1955年11月,敷地を実査するために一度来日し,パリのアトリエで設計をまとめた。本資産の建設にあたっては,ル・コルビュジエの下で学んだ前川國男,坂倉準三,吉阪隆正が設計補助ならびに現場監理を行っている。着工は1958年3月,竣工は1959年3月である。
本資産は地上2階,地下1階建,鉄筋コンクリート造で,屋根は陸屋根である。正方形の平面形態を有し,梁間方向に6間,桁行方向に6間の6.35メートル四方を単位とするグリッド上に全て柱(49カ所)を建てる。建物中央には天井に三角錐状の採光窓(トップライト)を設けた吹き抜けホール(19世紀ホール)を配し,1階はその周囲をエントランスホールやサービスエリアが,2階は展示室が取り囲む。また,19世紀ホール周囲に中3階をめぐらし,この上部に設けられた連続採光窓(ハイサイドライト)からの光を間接的に2階の展示室や19世紀ホール等に取り入れる。そのため,1階のピロティーを通って入口を入ると,来館者は自然光の差し込む19世紀ホールへ,次にホール南東に設けた斜路へと誘導され,2階展示室へと導かれることになる。さらに,右回りに展示室を廻り,再び斜路へ到達するよう,2階窓及びハイサイドライトからの自然光が来館者を誘導する。
このように,本資産は,陸屋根,正方形の平面形状,らせん状の回廊,展示品の増加に伴い渦が大きくなるように増床できる平面計画等,ル・コルビュジエによる「限りなく成長する美術館(Musée à croissance illimitée)」の構想をよく現した作品として評価されている。ピロティー,屋上庭園,斜路,自然光を利用した照明計画等,ル・コルビュジエに特徴的な設計要素を随所に見せる点でも貴重であり,20世紀を代表する世界的建築家のル・コルビュジエの代表作品として,顕著な普遍的価値を持っている。

【顕著な普遍的価値の根拠】

国立西洋美術館本館は,近代建築の始祖の一人であり,20世紀以降の建築に比類無い影響を与えたル・コルビュジエの晩年の代表作品の一つであり,かつ,東アジア唯一のル・コルビュジエ設計による建築物である。
ル・コルビュジエは,「ムンダネウム計画」(1928年-1929年)をきっかけに「限りなく成長する美術館」の理念をまとめあげ,以後,この構想を様々な建築事業において追求してきた。そのなかで,実現にこぎつけた事例は3件のみとされる。国立西洋美術館本館はその一つであり,「限りなく成長する美術館」構想を実地に移した貴重な例である。

【適用が考えられる基準】

  1. (i):ル・コルビュジェは,近代合理主義をモダニズムデザインという新しい美学へと進化させた天才的創造者であり,世界中の様々な建築に大きな影響を与えている。国立西洋美術館本館は,このル・コルビュジェが設計した美術館の代表作である。
  2. (ii):ル・コルビュジェは,鉄筋コンクリート造を活用し,装飾を抑制したデザインにより合理性を追求するなどモダニズム建築の提唱者の一人である。彼の思想とデザインは,20世紀以降の世界中の建築家に大きな影響を与えている。また各国の都市計画に対しても大きな影響を与えている。
  3. (vi):ル・コルビュジェの設計による建築は,20世紀のモダニズム,インターナショナルスタイル,機能主義を具現化したものであり,傑出した普遍的価値を持った芸術作品と言うべきである。

【真実性及び/又は完全性に関する記述】

本資産は,当時の公文書や設計図書等からル・コルビュジエの作品であることが明らかである。建設工事ならびに竣工後に施された改修工事については多数の記録が保管されており,これらの資料から,陸屋根,正方形の平面形状,らせん状の回廊,展示品の増加に伴い渦が大きくなるように増床できる平面計画等,ル・コルビュジエの「限りなく成長する美術館」構想を実現する諸要素が建築当初の状況を良くとどめていることを確認することができる。また,改修についてもコルビジェの設計理念を尊重して行われていることが確認でき,形態・意匠,材料・材質,位置・環境のみならず,用途・機能,精神・感性という観点から高い真実性(オーセンティシティ)を保持しているものと考えられる。また,本資産は上野恩賜公園の良好な環境に立地し,その完全性も十分保持されている。

【類似遺産との比較】

ル・コルビュジエが設計した美術館建築は,本資産ならびに「サンスカル・ケンドラ美術館」(インド,1957年),「チャンディガール美術館」(インド,1965年)の3棟になり,いずれも「無限に成長する世界博物館」構想の実現を追求したものである。その中で,本資産は唯一,自然光を利用しながら動線の回遊性を強調する手法がとられているものである。これは,気候上の理由により,ル・コルビュジエが他の2棟にはとりえなかった要素であり,本資産はコルビジェが設計した美術館のうち,最も完成度が高いものと考えられる。

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