議事録

第1回国語分科会日本語教育小委員会・議事録

平成19年7月25日(水)
13:00〜15:00
都道府県会館 409会議室

〔出席者〕

(委員)
西原主査,杉戸副主査,岩見,尾﨑,佐藤,中野,山田,井田各委員(計8名)
(文部科学省・文化庁)
町田課長,西村日本語教育専門官ほか関係官

〔配布資料〕

  1. 文化審議会国語分科会日本語教育小委員会委員名簿
  2. 文化審議会国語分科会日本語教育小委員会の議事の公開について(案)
  3. 日本語教育の現状と課題
  4. 日本語教育小委員会の今後の検討スケジュール(案)

〔参考資料〕

  1. 文化審議会国語分科会運営規則
  2. 文化審議会国語分科会の議事の公開について
  3. 日本語教育関係機関
  4. 日本語教育関連データ集

〔参考資料〕

  1. 事務局から出席者の紹介があった。
  2. 文化審議会国語分科会運営規則に基づいて,委員の互選により,西原委員が日本語教育小委員会主査に選出された。
  3. 文化審議会国語分科会運営規則に基づき,西原主査が杉戸委員を副主査に指名し,了承された。
  4. 事務局から配布資料の確認があった。
  5. 事務局から,配布資料2「文化審議会国語分科会日本語教育小委員会の議事の公開について(案)」の説明があり,了承された。
  6. 事務局から,配布資料3,参考資料3,4についての説明が行われた。説明に対する質疑応答の後,各委員から日本語教育小委員会発足に当たっての抱負が述べられ,引き続いて意見交換が行われた。
  7. 次回の日本語教育小委員会は,8月30日(木)の10:00から12:00まで開催することが確認された。会場については事務局から改めて連絡することとされた。
  8. 各委員の抱負と,意見交換における各員の意見は次のとおりである。
○西原主査
今日は,各委員の皆さんがどのようなところに日本語教育の根拠を置いて,この委員会にどのような形で貢献したいと思っていらっしゃるかを伺い,8月末に予定されている2回目の小委員会の議論をする上での参考にさせていただけたらと思います。今日は井田委員も来てくださっていますけれども,どういうことを抱負として持っていらっしゃるか,御発言いただけたらと思います。
それでは,あいうえお順で恐縮ですが,岩見委員からよろしくお願いいたします。
○岩見委員
まず,国語分科会の中に,日本語教育小委員会というのが初めてできたということはとても意義深いことで,日本語教育に携わる人間として,とてもうれしく思います。それをうれしさだけでなく,実際に,問題解決が図れるよう,今抱えているいろいろな問題,将来の問題も含めて,是非ここで,皆さんと来年以降の答申に向けて議論したいと思っております。
私ども国際日本語普及協会は,日本語教育を30年行ってまいりましたが,時代とともに学習者が多様化してきまして,その中で個別の学習ニーズとか,使用環境に応じたいろいろなプログラムを作ってきました。特に最近は目的別に,ビジネス関係者,研修生,難民等,細分化といいますか,それぞれ違う目的に対応することが緊急の課題となっています。基本的なところは日本語のコミュニケーション力を付けるということで一致はしているにしても,それを使うのは人間ですから,やはり,その中でその人が住む環境ですとか,職業ですとか,そういうことに応じて,限られた環境の中でより効果的にその人の日本語力を付けていくということで,いろいろな研究,教材開発をしてまいりました。
それで,細かいことは先に譲りたいと思いますが,先ほど課長から御説明いただきましたけれども,その中に,是非付け加えておきたいと思うポイントが二つございます。それは,日本語教育小委員会がいずれは大臣からの諮問に答えるという性格の会であるとすれば,基本理念として,21世紀に必要な日本語教育の課題として,開かれた国益のための日本語教育というような視点を,是非掲げていただきたい。「国益」というのは,自国の利益のためということ,「開かれた」というのは,つまり,相手先の国益のことです。グローバリゼーションが進展したという,この世の中で,お互いに競争するといいますか,そういった中での日本語教育というもの,21世紀の日本語教育も考えていくべきだというふうに思います。経済的な依存関係が進んでいますので,その中で労働者などの外国人が大勢入ってきたり,それからこちらからも出ていったりするわけですね。そういった中で是非相互の国益のためとか,開かれた国益のための日本語教育とかということを一つの柱に加えられたらというふうに思っています。
それから,もう一つは,人々の多様性を尊重するといいますか,多文化主義といいますか,先ほどもお話がありました大勢の外国人が住んでいる中で,やはりお互いに理解を深めていく,文化を尊重していく,そして,日本と世界をつなぐ,そういった人材を育成するという視点です。その上で,外国人を開かれた国益,日本の国益のための資源として扱うといいますか,労働者,労働者と言ってもいろいろな労働者がいますので,単純に使ってはいろいろ語弊があるかもしれませんが,そういった人々を日本も必要としているわけです。それから,世界も経済格差の中で人の移動とか流入とかが起こっていて,それぞれの文化を尊重した考えに立った日本語教育,それぞれの言語も尊重しつつ,お互いの理解を深めていく,そういった多様性を尊重する多文化主義に立った日本語教育ということを一つの基本理念として出していったらいかがだろうかというふうに考えております。以上でございます。
○西原主査
ありがとうございました。個々の委員の皆様についての御質問があれば,その都度お 受けしますけれども…。よろしいでしょうか。それでは,尾﨑委員お願いいたします。
○尾﨑委員
まず,この委員会に選ばれて責任が重いなということを痛感しています。ここで作られた文書がどれだけの影響力を持つものなのか,私自身まだ自覚が十分にはないのですけれども,これから国としてこういう方針で日本語教育をやっていくんだというふうに明確なものを作る,そういう場に,自分がかかわっているということの重みというか,もう少し平べったく言えば,何かちょっとわくわくしているというか,そういう感じです。気持ちとしては…。
それで,事務局から資料を頂いて,文化庁として随分いろいろ調べてくださって,日本語教育関係のいろんな方の意見も聞いてこのようにまとめていただいている。出発点としてすごく有り難いなと思っています。ただ,やっぱり日本語教育というのを日本国内の日本語教育というふうにある程度限定して議論するのか,それとも日本語教育というのを思い切り広げて議論するのかという,少なくとも思い切り広げたところは確認した上で議論をしていった方がいいというふうに思います。そうすると,当然,海外での日本語教育についても,議論するかしないかは別ですけれども,これは無視できないと思いますので,特に東アジア,アジア地域の日本語教育について私たち日本にいる者がどう考えるか,これはすごく重要なことだと私自身は思っています。
それから,今度,国内のことですけれども,頂いた文書でははっきりとした形で子供のことは出ていないんですけれども,子供のことについてどのように検討していくか。これは学校教育とのかかわりが避けられないことだと思うのですけれども,できればこの委員会でも,子供の教育についてどう考えるかというような話合いがなされるといいなと思います。
子供のことになると,どうしても学校教育ということにかかわってくるわけで,そうすると,国語教育と日本語教育とのかかわり,あるいは国語科教員の養成課程と日本語教育のかかわりというのも当然出てくることだと思います。
それから,岩見委員から開かれた国益というようなお話がありましたけれども,日本語教育というと,どうしても外国の人に,あるいは日本語を母語としない人に,というふうに考えますけれども,地域社会で起きているあつれきというようなことも含めて,これはもう日本人の問題なんだという視点はしっかりどこかで盛り込んでいくべきだと思います。日本語教育だけがあるんではなくて,広い意味で日本人すべてがこの問題についてかかわりを持っているということを確認しておく必要があるだろうと思います。
それから,具体的に定住の外国人というのは,やはり文書では大きく出ていて,政府関係の文書を見ても生活者としてのとか,いろいろ定住とかということが出てきますけれども,その辺りは一律には行かないということは我々もよく分かっているのですが,多様性の中身についてはできるだけ気を付けた形でまとめていった方がいいのではないかと思います。例えば,一例として挙げると,当然,日系の方たちのように,いずれは帰ると考えている方,それからずっと日本にいるという前提で来ていらっしゃる方,さらに期限付き滞在という前提で来ている技術研修生の人たちというふうに,かなり滞在のステータスなどによって違うという面があるんですが,政府から出ている統計資料などではそこまでは見えないんですね。ですから,韓国朝鮮といって50万,60万というけれども,その中身が見えない。あるいはインドネシア,フィリピンといっても中身が見えない。そこら辺はやはり数字として押さえた上で考える必要があると思います。これは多様化ということで既に岩見委員もおっしゃっていることですけれども,やはりここは大事なポイントだと思います。
それから,地域特性というのも非常に大きいと思います。この委員会で一つの方向を打ち出すというのは恐らく難しい。最終的には,それぞれの地域の中で地域に合った形で創意工夫して動いていただけるような枠組みというのを考えていかないと,余り一つにこういう方向でというのは,かえってマイナスが起きるかもしれない。そんなことを感じています。今のところそのぐらいです。
○西原主査
ありがとうございました。では,佐藤委員,よろしくお願いします。
○佐藤委員
私は,まずもって日本語教育の専門家ではないんですね。それで,お願いされたときに,専門家じゃありませんよというふうにお伝えしたんですが,専門家じゃないところから発言しろというふうに言われております。ところが,実は教員研修センターというところで,JSL(Japanese as a second language)のお話をすると,何ということか,教員研修センターの講師欄に私の専門が日本語教育になっているという,最近だんだんそういうこともあるものですから,個人的には非常に関心のあるテーマでございますので,是非いろんな形で少しでも貢献できればというふうに思っております。
私の専門では,今少し尾﨑委員の方からお話がありましたように,年少者,つまり子供を対象にしています。特に学齢期の子供の日本語教育を中心に文科省の学校教育におけるJSLカリキュラムの開発などをしてきましたので,そういう観点から小・中学生の抱える問題,それから学校に上がる前の子供たち,義務教育以降の子供たちの問題についても考えております。実は,義務教育以降の子供たち,いわゆる外国人の青少年の問題は検討課題からすっぽり抜け落ちているという感じがするんですね。その辺のところにやっぱり焦点を当てていかないと非常に難しいのではないかと考えております。
基本的な考え方として,ここ10年ほどこういうところにかかわってまいりますと,二つ感じておりまして,一つはもう学校だけでは対応し切れない。特に外国人の子供たちの場合には,家族の問題であるとか,地域の問題であるとか雇用の問題であるとか,つまり,そういう生活空間を広げた形で全体をどうサポートしていくのかという議論がどうしても必要になってくるということ。
それから,もう一つは,教育ということだけに限定してしまうと,べき論であるとか理想論に走り過ぎて,やっぱり問題を抱えてしまう。外国人の子供たちの問題を考えるときには雇用の問題,福祉の問題,医療の問題,様々な形の総合的な視点がどうしても必要であるということを今痛切に感じているんですね。ですから,ここの中でも広い観点で少しお話ができればなというふうに思っております。
対象別で言いますと,先ほども言いましたように,学校に上がる前の子供,義務教育以降,高等学校をドロップアウトするような子供たちが多いんですけれども,そういう子供たちに少なからず日本語というものをどう提供していけるのかということですね。
それから,ブラジル人学校などを見ていますと,ブラジルに帰るための学校ではなくて,卒業後日本に定移住する子供たちがものすごく今増えてきておりますね。そうすると,いわゆるブラジル人の外国人学校における日本語教育をどういうふうに,私たちも考えていけるのかどうかということも議論をしていかなければいけないんじゃないかというふうに思っているところです。
それと全く別の話なんですが,私は,海外に住む子供の教育を専門にしているんですが,日本人学校であるとか補修授業校とかを回ってみますと,国際結婚家庭の子供たちが急増していまして,いわゆる教科の国語ができないんですね,日本人学校でも。そうすると,外国生まれの日本人の子供のための日本語教育をどうしていくのかというような議論もやはりどこかでまた取り上げていただければというふうに思っております。
そういうことを考えたときに,三つぐらい論点が出てくるのかなと思うんですが,地域における日本語教育の体制をどういうふうに考えていったらいいのか。今,尾﨑さんがおっしゃったように,多分地域ごとに違ってくるかなというふうに思っております。例えば今,私も時間を作って川崎の方に行っているんですが,川崎で急速に増えてきているのがフィリピンの子供たちなんですね。フィリピンの子供たちというのは,今までとちょっと違っていて,お母さんが日本の男性と結婚して,お母さんがフィリピンに置いてきたかなり年長の子供を連れてきているんですね。そうすると,非常に難しい状況を抱え込んでいて,そういう子供たちの支援体制をどうするのかということで,ちょっと今,川崎でいろいろ考えているんですけれども,地域における日本語の体制をどういうふうに考えていったらいいのかというようなことを,議論の柱としていただければということがあります。
それから,もう一つは,日本語教育の指導者の問題なんですね。学校には日本語という教科はありませんので,一体どうするのか。教員養成大学における日本語のコースというのは,ゼロ免制といって教員養成とは全く別のところに整理されていますから,非常に矛盾しているんですね。そういう日本語教育にかかわる指導者の養成をどう考えていったらいいのかということは,やっぱり考えるべきじゃないかなと思います。
もう一つ,学校の子供たちに,学習言語能力を付けたいと思っているんですが,やはり国語科と日本語というのをどういうふうに考えていったらいいのかということは,例えば全体的にPISAみたいなものが,国際学力到達度調査みたいなのがあって,いわゆる従来の日本における国語教育と若干変わってきている。日本語教育というようなところにかなりウエートを置いたようなことが,国語の中でも議論されているので,子供たちに日本の文化・伝統ということ,それも必要ですけれども,それ以上に考える力,論理性みたいなものを日本語としてどう付けていくのかということですね。やはり議論をする必要性があるのかなという,その三つぐらいの論点を是非ここで取り上げていただいて,少し議論をさせていただければと思っております。以上でございます。
○西原主査
ありがとうございました。日本語教育の専門家というのはどういう人たちなのかというのは大きな問題だと思いますけれども,一番典型的には教室で日本語を教えている人を日本語教育の専門家というとすれば,多くの人たちがそこに入らなくなるんですけれども,佐藤委員のようなお仕事の方を日本語教育の専門家と言わない時代は終わったと思っておりますので,どうぞよろしくお願いいたします。では,中野委員から。
○中野委員
私も日本語教育の専門家ではないですけれども,国際文化フォーラムというところで仕事をしております。今,配られました関係機関でうちの名前がないんですけれども,できたら小さくてもちょっと入れていただけるとうれしいです。国際文化フォーラムでは,取りあえず海外の日本語学習者の教育教材を作ったり,教師研修その他でお手伝いをしています。私たちの場合は小中高校生に限定して日本語教育に協力しております。
西原主査がどういう根拠に立っているのか述べなさいとおっしゃったんですけれども,私の立場としては,相手の言語を学ぶ,つまり相互主義,造語ですけれども,相互言語教育という言葉を使ってお互いに言葉を学び合おうという前提の中で日本語教育をやるという立場にいます。ですので,例えば今回のこの分科会に引きつけて言えば,日本語を教える先生方もできれば学習者の母語に対する配慮とか,あるいはその言語が少しでもできるとか,そういうことがあればもっといいだろうなと思いますし,もっと広く言えば,日本人一般が英語だけではなくて,とりわけ隣国の中国語あるいは韓国朝鮮語ができる人たちがより増えることは,望ましいのではないでしょうか。資料3の背景に書いてある,あつれき問題にもつながる非常に大事なことかなと思いますので,私たちは日本の若い人たちに隣国の言葉,隣語と呼んでいるんですけれども,隣の言葉,隣語なんですけれども,隣語教育を今主に高校レベルで支援をしております。けれども,そうしたことで,先ほどから日本語,国語のつながりという観点からお話がありましたけれども,それにもう一つ日本人の外国語という問題,と三つが絡み合っているのではないかというふうに考えています。
2番目としては,私がいつもこだわるのは,例えば日本語教育の在り方で,学習内容とか方法を考えるというのがあると思うんですけれども,やっぱり内容と方法を考える前に目標といいますか,目的というのがかなり大事かなというふうにいつも思っています。目標の設定次第で,内容も方法も変わってしまうと思いますので,今提示していただいている年少者とか,研究者,労働者とかといろいろ学習者が変われば,多分内容,方法もかなり変えなくてはいけないということです。
それと,もう一つは,願いを込めても言いたいんですけれども,日本語教育を考えることが,何かこれからの日本社会ってどういうふうになったらいいのかという社会像みたいなものが,日本語教育を討論することで出てくるといいなということです。これは日本社会が,多文化共生的な社会を目指していくのか,それとも,あつれきをいわゆる摩擦解消してともかく受入れをしながら,相手が適応するのを待つ社会を目指していくのか,どちらを選ぶかですごく変わってきますよね。そういう意味で,私たちがイメージする日本の社会がどういうものかというのを併せて考えられたらいいなと。そして,もしできれば,もうちょっと広げて日本社会だけじゃなく,非常に密接で労働力が移動する地域ぐらいを,多分東アジア,東南アジアが多いかとは思うんですけれども,このような日本以外の隣国を含む地域社会と,作っていく地域社会像というのも,何か背景として議論できたらいいなと。どういう地域社会,どういう日本社会が将来の姿としてあるのかということを考えていく中で,日本語を考えたいと思います。
いわゆる意思疎通のための言語というのは余りにも無味乾燥な感じがします。意思疎通もとても大事ですけれども,とりわけこのあつれきとか受入れとかという話になってくると,やっぱり心の問題ではないかと思います。人と人をつなげる言語という,人間関係のつながりというんでしょうか,つながりの実現のために言語教育が何ができるかみたいな,そういうことも非常に大事に考えていきたいという立場で今,私たちは事業を行っております。
そういう意味では,今,文化庁がお出しになっている日本文化の発信,これも大変大事な部分だと思うんですけれども,当然相手の文化も理解することが含まれているんだろうと思いますが,日本文化とは何かとか,あるいはどういう方法で発信していったらいいのかとか,あるいはだれが発信していくのかとか,その辺も結構細かく考えていくと,大事な問題がいろいろとあるのかなというふうに思っています。
発信の方法として,ITを利用するとか,あるいはボランティアの先生方とのそれこそネットワークの利用とか…。今,私たちは,海外の先生方とかなり強いネットワークを作っています。日本の先生方とも作っているんですけれども,ちょっと効果があるのはメールで,いろいろとやっています。その中で,いわゆる教師養成講座とかそれだけじゃなく,日々助けられるシステムというんでしょうかね,そういうものが地域拠点とともに,どうやって全国の先生たちをバックアップしていくか,それも一つの課題なんではないかなというふうに思っています。
本当に多分,文化交流とか海外の日本語試験とか,そういう形で,私は,直接は日本国内の日本語教育には仕事としてもかかわっていないので,そういう意味で専門外だと思うんですけれども,違う視点から何か役に立つことがあればと思っております。以上といたします。
○西原主査
ありがとうございました。今,海外の,特に初等・中等教育レベルの現場の先生たちが,国際交流基金とともに国際文化フォーラムの発信していらっしゃることを大変頼りにされているというふうに思います。それは,国内から見ても重要なことですよね。では,山田委員お願いします。
○山田委員
私は,現在,日本語教育とそれから多文化教育という二つを専門にしていますというふうに言っています。私の所属している学部がキャリアデザイン学部という生涯学習の学部なんで,それを生涯学習として行うということについて考えたり,実践したりしていると言っているんですけれども,そういうことを自分にさせたのは恐らく自分の体験にあるかなと思っています。
その一つは,中国です。1982年から84年なんですが,中国に2年間,日本語教師として行ったんです。その時は日本語教師として行ったという一方で,私たち,自分自身を含めて家族の問題ということに視点を置くと,外国人になった2年間ということだったと思います。外国人という家族としてあるいは自分個人としての問題が,言葉,習慣,それから社会の在り方,いろんなものが違う中で生きていくということの大きな障害にもなったし,多分資産にもなったんですけれども,そういうことについてしっかり考えていくべきだと…。
それから,帰ってきてすぐだったんですが,84年から1年ちょっとですけれども,所沢にある中国帰国者定着促進センターというところで今度は受け入れる側ということでかかわったんです。その時に子供クラスの担任をしていたということがあって,そこの子供たち,そしてその親たちも含めて,当時は4か月だったんですけれども,一定期間学んだ後,定着地に移動するわけですが,そっちの追跡調査などをしていたんです。
その時に,すべての子供,大きい子供の場合ちょっと違うんですが,すべての子供が定着先でいじめに遭っていたんですね。そういうのがあって,子供の問題というのを真剣に考えなければいけないという,そういう気持ちになりました。
それで,その時に子供たちあるいは大人も含めて外国にルーツのある人たちの日本語をどうサポートするかというのは一つであって,もう一つというのは,受け入れる側の受入れ能力をどう高めていくか,この二つを合わせていかないと,片一方だけでは問題は解決することにはならないというふうに思っていました。だから,受入れ能力を上げるということも含めて多文化教育というのを自分のライフワークみたいな形で,自分の中でも学びながら実践していくということをしなければいけないというふうに思って,そういう勉強をしていました。そんな中で,一番思ったのは,日本語教育といったときに,どうも日本語の方にウエートがあって,教育の部分に重きを置かないという風潮がなくはないということです。私は,日本語教育の中の教育という,人が学んで変わっていくというものを,どういうふうに制度的にもあるいは意識的にも支えていくかを考えていました。そして,学び合いというか,外国にルーツを持っている人も,日本にもともといる人も学び合いの中から自分が変わって,刻々と移り変わっていく社会の在り方そのものをも変えていくという,そういう力になっていくといいのかなというふうに思いました。それを更に広げて国内だけじゃなくて,地球規模でというか,地球市民的な教育というものが日本語教育には求められているんではないかなと思います。
そんな観点から何か自分が今まで考えてきたことを皆さんと議論の材料にしてやっていけたらいいと思います。よろしくお願いいたします。
○西原主査
国語分科会の委員でいらっしゃるし,それから,前期の敬語小委員会の時にはいつもいつも来てくださっていた井田委員が来てくださっておりますので,どうぞ。どういうお立場であっても結構でございます。
○井田委員
日本テレビでしゃべっております井田由美と申します。所属していない委員会というのは非常に気が楽で,潜りの学生になったような,責任がなくて,でもいてもいいということなんですけれども,ただ,皆様のお話を伺っているうちに,私は,日本語教育というのは全く専門外だと思っていたんですが,放送ということを考えますと,テレビが発信する言葉,文字も含めてですけれども,日本語教育という意識はなくても日本に住む外国の人たちに及ぼす影響というんでしょうか,うまく行けば日本語教育につながり,逆の場合は,日本語教育の邪魔をしているということになると思うんですが,そういうことにつながっているのかなと感じました。
日本語教育というと,どうしても外国人のいる教室で教壇に立っている先生というイメージなんですが,それにとどまらない広がりを持つものだということを日本に住む日本人がもう少し意識すると,基本的なところがやりやすくなるといいますか,最初のハードルが低くなるような気がします。例えば,地下鉄の駅で,最近はテロ対策なのか不審物をみつけた人や緊急に用のある人のための何とかボタンというのがあるんですが,それが「緊急に御用の方又は不審な物を見つけた方は駅員にお知らせください。このボタンを押して…。」みたいなことが書いてありますね。それを漢字を使って書いてあるわけです。これではちょっと外国の人や子供には分からない。それで,子供にも見えるような低いところにも平仮名で書いてあるんですが,この平仮名が「きんきゅうにごようのかたまたはふしんなものをみつけたかたは…」と,そのまま漢字を平仮名に直しただけで,これじゃ子供にも分からないだろうし,平仮名しか読めない外国人にも分からないだろう,何のための表示なんだろうといつも…。
○西原主査
「あぶないときはおす。」とか書いておかないと分かりませんよね。
○井田委員
そうでないと分からないのに,「きんきゅうにごようのかた…」となっていることが不思議で何なんだこれはと個人的には思っていたんですが,そういうことにもつながってくるのですね。放送とか公共機関とかそういうところで助けになるようなことが幾らでもありそうで。そういう発信をしていくと,一般の人も,審議会の打ち出すものに興味を持ち,なおかつ有効に生かされていくのかなという気がしました。
あとは二つ,素人の感覚なんですが,この日本語教育関係機関の表を見ていろいろな基盤,機関があるのだなと思いながら,それが相互にどういうつながりになっているのか,別に1色である必要は全くないと思うんですけれども,多彩さを持ちながら,うまく連携プレーができているのか,それともばらんばらんで何だかそれぞれが違う流儀でやってしまって難しい状況になっているのか,その現状を知りたいと素朴に思いました。もう一つは午前中から配られている資料の中の日本語教育に関する主な事業の予算額の,参考資料4の8ページの文化庁の予算です。私は,お金のことには疎いんですけれども,これはちょっと少な過ぎるんじゃないでしょうか。ちょっとこれで日本語教育を…。
○西原主査
そのことをテレビで5回ぐらいおっしゃってください。
○井田委員
これが1年間の日本語教育の予算というのでは,どうかなと。この予算を増やすための委員会でもあるのかもしれませんが,これでは思い切ったことはできないだろうと思いまして。そうはいってももちろん税金ですから,1円まで使い道はきちっとしていただきたいのですが,やはりもう少し力を入れるというのなら,まず予算の面,そしてそれが有効に生きるようにネットワーク作りをしていただけたらと感じました。
○西原主査
ありがとうございました。メディアの力というのが本当にいかようにも,先ほど中野さんがインターネットを通じて世界とつながるとおっしゃいましたけれども,日本語ではあっても世界とつながるんですよね。
それから,言語サービスという言葉がこのごろ聞かれるようになりましたけれども,さっき御指摘くださったことというのは,全国民,その国民の中には外国の人も含めて言語サービスというものがどの程度行き届いたものなのかということが,生活のための日本語というようなレベルでは重大な問題であろうかと思います。予算のことは,多分この答申が書かれた年度,来年度の末のところでは当然そのことを含めて認識が高まって,予算が付いてという,そういうことにつながっていくことを望みたいというふうに思います。副主査はいかがですか。
○杉戸副主査
資料7の御説明伺いながら拝見していまして,それについて…。
○西原主査
この分科会では資料の3になるんですかしらね。
○杉戸副主査
そうですね。朝書き込んだのを引っ張り出しました。既に委員の皆さんから繰り返し指摘されたことにつながることだと思いますが,一つは。
国語分科会の日本語教育小委員会であるということからすると,日本語教育で扱う日本語それ自体についてどう考えるのかという,そういう議論が最初か最後にあっていいんじゃないかと,そんなふうに思いました。午後の課長の御説明の中に「もう既に日本語は日本人だけのものでなくなってきている。」と,そういう部分がありました。そのことを思うわけです。日本語教育を考えるときに,今の日本語をどうとらえるか,日本語の現状あるいは日本語のこれから先のあるべき姿をどう考えるのかという,これは希望とかあるいは課題意識,問題意識を持ってどう考えるのか,いろいろな立場があると思いますが,日本語をどうしていくのかという,そういう姿勢も持って,日本語をどう考えるのか。そしてそれを日本語教育の中でどう扱うのかという,そういう順番が必要ではなかろうかと。これは一つの報告書を書く場合,多分前置きあるいは第1章の最初ぐらいに書く,あるいはまとめの部分で押さえる,そういうことかもしれません。この資料の3を見ながら思うのは,水色の地の部分が何なのかということなんですね。
つまり,これは日本語社会,中野委員が,日本の社会についての将来像,日本の将来像をという,そういう議論にたどり着ければ,あるいは結び付けられるといいと,そういう御指摘だったんですが,言わばそれはこの資料3でいうと白い部分で,その中に,水色の日本語というものがあり,その日本語にまつわる日本語教育の現状と課題が黄色とかピンクで書かれているという,そういういうような構造で考える図式的な,情に訴えるような言い方で申し訳ないんですが,そういう立場の議論が国語分科会の小委員会であるということを思い出すと,国語研究所の立場を明確にせよという主査のお言葉を私なりに受け止めながら考えたときに,そういう立場の議論が改めてできる,そういう機会がようやく来たと,そんなふうに思いました。
平成12年に国語審議会の最後の段階だったと思いますが,「国際社会に対応する日本語の在り方」という,そういう議論がされ,答申されています。その中で非常に基本的な日本語の将来像についての議論がされ,報告されています。それをより日本語教育という領域に絞り込んで扱っていく,そういう段階が今期のこの日本語教育小委員会だろうという,審議会の流れ・経緯からすると,そういう流れにあるんじゃなかろうかと,こんなふうに思います。
申し上げたいのは,日本語の現状認識あるいは日本語の将来像,それを議論の基盤なり,あるいは行き着くところ,目標として意識しながら議論が進むといいなと,そういう思いです。
それから,この資料3の右上に「現状」という枠があり,四つ項目があります。これも課長の御説明で,これは問題点,今後の課題と意識されていることだと。うまく行っていることはここには書いていないという,そういう御説明が,これは午前中だったと思いますが,なさいました。うまく行っていることも忘れない,うまく行っていることをつぶさない,あるいはどう維持したり,より充実させるかということもやっぱり一方で忘れちゃいけない必要な議論だと思います。それは,恐らく現状の関係機関の仕事の領域と対象者の2次元のこの表で今動いている日本語教育全体の世界,国際文化フォーラムも含めてですけれども,そういう構造で行われている現状を一方できちんと踏まえながら,その中で課題になっていることを考えると,これは当然のことかもしれませんが,こんなことも御説明を伺いながら思いました。
それから,三つ目ではちょっと細かなことになりますが,この検討課題の1から5まであるうちの5で思うのですが,例えば,5の中にアイウエオとあって,「(ウ)初等中等教育」とあります。これも佐藤委員が御指摘で,国語教育と日本語教育との,特に学校教育の場での関係という指摘がありました。あるいは学習能力というのを考えるときに,国語という,その領域での学習能力,あるいは日本語教育で扱う,あるいは目指すべき学習能力という御指摘もありました。それに加えて私,前々から思うんですけれども,これはやっぱり山田委員の受け入れる側の問題も忘れちゃいけないという,その辺につながるのですが,例えば小学校・中学校の学校教育で日本語を母語にする児童・生徒がたくさんいる。その中に母語としない児童・生徒が入ってきたときの,日本人の児童・生徒たちへのちょっと別の意味の日本語教育ですね。日本語を母語としない児童・生徒が使う日本語,それを母語とする児童・生徒がどう受け止めるか,どういう日本語が飛び交うようになってきているのかという,そのこと自体について学校教育などできちんと扱う。これは非常に細かなことだとは思うんですけれども,受け入れる側の問題あるいは課題解決の非常に重要な具体的な姿だろうと,こんなふうに思います。これを広げれば,多文化教育という山田委員の御専門の領域につながっていくのですが,もうちょっと狭めて全校の学校教育の中の国語教育とか言語教育の中で日本語の多様性として,母語としない人の日本語というのはこういうものがいろいろあると,そういうことを扱うような枠組みがあっていいだろうと…。これは前から思っているんですけれども,具体的なことなので,答申の中で,そういうことに一言でも触れられる,そういう問題提起ができるといいなということを思います。
そのことをちょっと広げてみますと,同じ検討課題の5の「他の政策との連携の強化」と書いてある中に,このほかにもたくさんあるという課長の御説明でした。文字どおりそうで,先ほどの井田委員のお話も,交通機関とか安全とかという,そういう領域あるいは政策の絡むことだと思って伺っていたんですが,この前地震がありましたけれども,ああいう災害に対応する施策があり,その中で日本語というものがどう扱われるべきか,あるいはもっと日常的には医療福祉でというような,そういうところでの施策と日本語教育の施策とがどう関係付けられるべきかというような,生活のより基盤的なことにかかわるいろいろな政策・施策と日本語教育との関係を,この5の「他の政策との連携の強化」というところで粒立てて具体的に扱っていけるといいなと,こんなふうに感じています。
つまりそれらにいろいろな,例えば安全であれ,災害であれ,医療福祉であれ,そういう生活を支える基盤的な政策の更に基盤に日本語というものがあるんだと。その日本語を母語とする者にとっても,母語としない者にとっても,そういう災害や医療福祉にかかわる上で不可欠なものなんだという,そういうことを災害や医療福祉ほかの政策担当者に向けて指摘し,日本語が基盤になっているんだと。それで,その施策特有の日本語の問題があるでしょうと,そういうふうに問題を提起して,そこで,その領域ごとの具体的な施策を一歩先を照らし出して,こんなことがありやしませんかというように具体的に提言していく,あるいは指摘していくことが,来年,再来年の段階でできるようにできたらいいなと思います。提言を,余り抽象的に言っても効果がないだろうから,具体的にちょっと語弊があるかもしれませんが,言われた側が身動き取れないような,これだけやらなきゃだめだよなというような,そういうところを選んで小粒でもいいから指摘するというような,そういうことができるといいなと思いました。三つほど申しました。
○西原主査
ありがとうございました。今,背景的なというか音楽用語で言えば通奏低音というのがあるわけで,どういう土壌の上に立って,このような議論がなされるかというところにこの小委員会が出すべき報告の哲学があるというか,そのようなことも含めて改めて検討しなければいけないなというふうに思いました。
主査は意見を申しませんけれども,私個人として,日本語教育というところから出発して今の私もあるわけですが,その延長線上で頼まれれば嫌と言わないようにしようとある年齢から決めましたので,いろんなところに首を突っ込むようになりました。例えば,文部科学省の中央教育審議会の中に言語力育成協力者会議というのがありまして,ここにも入っているんですけれども,ここでは日本語を学校教育の中でどういう教科がどういう形で担っていくのか,それは外国語教育とどういうふうに関連するのかみたいなことを言語力という名前で話し合おうという,そういうことで,何か提言としては,国語が変わらなくちゃねみたいになってきています。同時に,法務省ともお付き合いをこのごろ始めまして,入国管理に関係するんですけれども,外国人の裏側を見るというか,そういうことでお付き合いを始めて,これはゆゆしい問題だというようなことも感じておりましたり,いろんなところでこれも日本語教育の通奏低音的なところで機能するべき問題なんだろうというような認識をしております。
今日,皆さん方からいただいた御意見は,先ほど国語課長から検討課題というふうにお示しくださったものに無理に入れ込もうと思えば入れ込めないことはないけれども,別の整理の仕方もできるかもしれないというような部分も含んでいるかと思います。これは,今回無理にこの中に入れ込もうとするのではなくて,委員の皆様からこういうことがというふうにおっしゃってくださったことが2回,3回と,回を重ねるうちに焦点化されていくというか,そういうことになれば,皆さんにお集まりいただく意味があるし,それから何よりもまずここにいる委員の方々にとって有意義な時間であるということはとても大切なことだと思いますので,よろしくお願いいたします。
それで,あと40分ぐらいの時間が許されていると思うのですけれども,まず皆さん方に,こういうお立場でこういうことをお考えになって,この委員会に加わったということを御紹介いただきました。そして,あらかじめ示されている,資料3のようなまとまりと,それから参考資料3のところでは各機関がそれにかんでいるという説明がありました。それから,先ほど井田委員がお示しくださった参考資料4の7ページに「日本語教育に関する各種の提言」というのをまとめていただいてあって,例えば,閣議決定というのが今年の6月にされて「イノベーション25」,長期戦略指針のようなことがあって,「アジア・ゲートウエイ構想」ですとか,国際交流基金の日本語教育懇談会がしたこと,それから,外国人労働者問題関係省庁の連絡会議で「生活者としての外国人について」,それから「外国人集住都市」,経済諮問会議,経団連,その他がそれぞれ日本語教育を含んだ提言がいろいろなされています。これは,日本の明日に対していることだろうと思いますけれども,先ほど中野委員がおっしゃった,日本社会がこれからどうなるというようなことも含んでやっております。また,9ページには文化庁国語課が今どのような事業を展開しているかということも,このような事業の内容として説明してあります。これらのことも含めてこれから情報としていろいろいただきながら会議を進めていただけたらと思うのですけれども,事務局からヒアリングということがもしあるとすれば,どういうふうにしたらよいかということをちょっと御説明いただけますでしょうか。
○国語課長
資料4というのを御覧いただきたいんですが,今後の小委員会の審議スケジュールの案でございます。
次回は8月30日ということで予定されておりますが,その後も1月に1回ぐらいということで,今日はフリートーキングということでさせていただいておりますが,次回以降は一応議題を決めまして,それぞれの議題について,集中的に御議論をいただくということを考えております。
今,いろいろ御意見が出ましたので,検討課題について若干修正する必要があるのかとは思いますが,取りあえず当初我々の方で示させていただいた検討課題ごとに各回に一つないしは二つずつの検討課題を割り当てまして,審議をするという,これは提案でございますが,その際にそれぞれの分野について特にかかわりの深い方にお越しいただいてヒアリングを,毎回一人か二人来てていただき,その話を聞いた上で議論をしていくといったような形を採るとより効果的かなということを考えております。
それで,我々もどんな人がいるかというのは全く知らないわけではございませんが,多分皆さんの方が我々以上にいろんな方をよく知ってらっしゃると思いますので,ヒアリングをやる上でふさわしいような方がいらっしゃいましたら,御提案をいただきたいというのが事務局からのお願いでございます。いかがでしょうか。
○西原主査
この日程表によりますと,次回は8月30日ということが予定されています。そしてできれば「対象別日本語教育の在り方について」ということで,何かお話をしてくださる方がいるといいなということだと思うんですが,実は対象別というのは非常に広い範囲をカバーするのですよね。そして,例えば対象別を海外の学習者なんていうと,ここに国際交流基金が5か所ぐらいあるので,交流基金に来ていただいて海外ということを話していただく。ただ,海外の,教育,試験,研究,指導者養成レベルについて,国際交流基金の方も1回で話せと言われると,多分とても困ってしまうようなことかなとは思いますが,事務局に課長を含め日本語教育又はこの小委員会の担当者がいらっしゃるので,その方々と今日挙げてくださる候補の分野の方とがあらかじめこのような範囲でということを連絡していただいてきちんと,そしてお話をしていただくということにしたらよろしいかと思うんですが…。ほかに,ほかにというのは,例えば,委員でもいいんですけれどもね。どうなんでしょうか。ヒアリングというのは普通外部の方が…。
○国語課長
委員の方にお話いただいても,それは構いません。
○西原主査
例えば,年少者のことは,佐藤委員が御専門でいらっしゃって,しかも,守備範囲というか,対象者としてはすごく広く持っていらっしゃるので,こういうお話を…。
○国語課長
それでは,そういう場合も含めるということで了解しました。
○西原主査
佐藤委員ほど広範囲にわたって子供たちのことを見たりする方,滅多にいないと思うんですね。
○山田委員
次回という話じゃないんですけれども,当事者というか,日本語を学んでいる人たちの問題についていろいろ考えている場に当事者がいないということがいつも心配なんですけれども,もしそういうそれこそヒアリングというようなことでもあれば,たくさん言いたいことがある人も,元学習者だったり,そういう人がいらっしゃると思うので,そういう人も候補の一人ぐらいに挙げていただけるといいかなと思います。
○西原主査
実は私,今期の13回授業なんですけれども,在住外国人というか何というのかな,「多文化共生社会,日本を見る」ということで,毎回いろんな立場の外国籍の住民に来てもらって,学生たちに語り掛けてもらったんですね。それはそれは学びの多い13回でございました。その中で,例えば,車いすの学生というか障害を持った学生が学習者の一人としているんですけれども,その人が一番ハッピーでしたね。外国人問題と彼女の問題,つまりマイノリティーの問題というのが,ぴったり一致することが本当にあって,彼女が一番生き生きしていましたね。学習者の中で。私の言いたいこと,この人が言ってくれているみたいな,そういう話でした。ですから,マイノリティーの問題というのはやっぱりマイノリティーから聞く必要があるんだなということをしみじみ感じたことでした。ただ,一人だけ来ていただくというのはすごく難しくありませんか。よく日本語教育大会とかそういうところでシンポジストとして,外国の方に来ていただくんだけれども,何かみんなで寄ってたかって「さあ,話せ。」と言うと,すごく当たり障りのないことしかおっしゃらない。
○尾﨑委員
そうでもない。人によっては非常に率直に,みんながシーンとなって,何も言えなくなるようなお話をしてくださる方もいないことはないと思います。
○西原主査
そういう方を探して,当事者の意見を聞くというような御提案でございました。
○佐藤委員
その前に対象者別といいますと,例えば参考資料3,西原主査もおっしゃったように膨大ですよね。それを1回で,しかも当事者うんぬんということも今議論になっているんですが,一体何をどういう対象者をね…。
○西原主査
そうですね。例えば学習者の種別というのを対象者別という場合と,それから目的別というか,それを対象者という場合がありますよね。例えば,今御提言があった,こういうことを話したらどうでしょうか,こういうことを話題にしたらどうでしょうかというときにも,くくり方によっては,例えば仕事,それから生活,それから自分自身の発達というか,子供なんかはそれに当たると思うんですけれども,発達とか何かそういうことを対象者というふうに考えるという見方もできないわけじゃないですよね。
それから,仕事の中にもいろんな仕事がありますので,そういう仕事というくくりの中で更に幾つか対象というのが出てくる。また,生活ということの中にも幾つか対象者レベルというのが出てくるでしょうし,学びというか学校教育の中ということでも更に違う問題がいろいろ出てくるんですけれどもね。ですから,ヒアリングは,一人ないし二人ということになるけれども,対象別の日本語教育の在り方について,ここで問題解決するのでは決してありません。どのようなところにフォーカスしていくことができるのかということを,ヒアリングしていただく方の御意見を参考にして,フォーカスの在り方を詰めていくというかディスカスしていくというのが各回のことでしょうし,それからこんなにきれいに分けられる問題というふうにはならない。先ほど佐藤委員がおっしゃいましたように,この問題を考えていくと定住外国人の問題になっちゃうし,そして,それを考えていくと生活者の問題にもなってしまうし,それから地域住民の問題にも,日本人というか受入れ側の問題にもなってしまうというようなことで,いろいろとかかわり合ってきます。だけれども,やっぱり議論のフォーカスは,今対象別と言っているときに,一番国として困っているのはどこかというような,そういうようなところでヒアリングの対象を選んでいくということなのではないでしょうか。
○佐藤委員
対象別というのは,つまり従来の領域別の対象と,今,西原主査がおっしゃった新しい対象の切り方ということ。もう一つは,フォーカスの当て方が政策的なプライオリティーに応じてということと,今,主査がおっしゃったようにいろんな幅広い人に来ていただいて,そこからフォーカスを当てるという両方があると思うんですけれども,その辺りのところが少し明確になると,どういう人がいいかということが分かるんですけれども…。こういう感じでやってしまうと,定住外国人,ビジネスマンとか,何となく,我々がそういうようなイメージに多分とらわれているのかもしれませんが,その辺りのところに少し共通理解があると,何か…。
○西原主査
例えば,日本語教育の議論のされ方の長さということを考えますと,一番短いのが定住外国人ということじゃないかと思うんですね。つまり,留学生,就学生の問題はかなり長くいろんな方が検討してきた。それから,難民,帰国者,技術研修生は限定的ではあるけれども,かなり対応の歴史が長いということが言えるかと思います。それから,ビジネスパーソンというのは,フォーカスが当たっている部分というのはそんなに長くないかもしれないけれども,割に対応がしやすい領域と言うのはおかしいですが,モチベーションが高くて,それからニーズがはっきりしていて,そういうようなところでは困った問題ということの順位は,少し下がるかなと思います。とすると,先ほどの課長のお話で,人口減少社会にあって高度人材を初めとする外国人の受入れうんぬんとか,それから地域に徐々に広がっている日本に定住する外国人,定住というのは,実は日本の法律では定住というのはごくごく限定的に用いられているわけですが,どんどん増えているというか,増えると予測されています。とすると,この資料のピンク,ブルー,グリーン等を見れば,ここのところが一番困る問題になるのかなというような,そういうフォーカスはできますけれどもね。
○杉戸副主査
そのフォーカスの結果,検討課題の2に定住外国人が取り出されて…。
○西原主査
いるわけですね。ただ,それは2回目から…。
○杉戸副主査
2回目ということですね。
○中野委員
作られた方の意図を何か読み込んでしまうと,今,年少者,配偶者,とただ並列的に書いてありますけれども,多分,今おっしゃった定住外国人をどうするのかというのが一番大きくて,それをやっていくと,当然年少者もそのお子さんのこととか,配偶者のこととか,そういうものでつながっていて,これは必ずしも同じではないような感じに見えたんですね。
だから,2番とか3番,地域における体制も実は年少者とか配偶者とかもあるかもしれないけれども,でも,むしろそこがターゲットだからこういうふうに設定しているのかなと私は思っていて,だから1回ずつやっていくというよりも,メーンが何なのかというのを決めて,それを違う角度から見ていくという方が,何か少ない時間で…。
○西原主査
そうかもしれませんね。そういう御提言もあるんですが…。実は,対象者別というときに,評価のこと,それから学習内容のこと,教育方法のこと,指導者養成プログラムのことというふうになっていて,これはこれで,非常に広い範囲をカバーした(ア)と(イ)になっているのですけれども。これをただ1回で「対象者別の日本語教育の在り方」を片付けようというふうには,中野委員から御指摘がありましたように,ならないであろうと思うのですけれども。切り口として対象別というところにフォーカスをするとすれば,この同じ資料の米印の後に,年少者,配偶者,駐在員,留学生,研究者,労働者等と書いてありますけれども,そこの中のお二人を選んで来ていただくというようなことになるとすれば,そこで既にもう2及び3の問題に踏み込まざるを得なくなってくるという結果が生じるのではないかと思うのですが,いかがでございましょうか。
そうしますと,例えば,そういうようなことを踏まえて,どんな人材がいるだろうかということではないかと。多分,今日,御発言いただけなくても,何かメールで事務局の方にお知らせいただくということでもよろしいのですけれども。そう言われてみて,今ぱっと頭の中に浮かんでくるような人材というのはどのような方々なんでしょうか。
○山田委員
確認なんですけれども,今,資料3の検討課題1の「対象別の日本語教育の在り方」ですけれども,そのところに(ア)と(イ)とがあって,日本語能力試験と日本語教育能力検定試験と,こう二つ出ているんですが,これは対象者が広がる中でこれらの試験あるいはそれを基に試験が作られているシラバスというようなものが有効なのかどうかということも若干意見として出してほしいと,そういうこともあるんですか。事務局としては…。
○西原主査
実は,テストというのはウォッシュバック(波及)しますよね。つまりテストは受ける人をにらんで作るものなので,例えば日本語能力試験は主として海外の方が30万人近く受けるという,そういうことになっているわけですけれども,多分,国際交流基金と日本国際教育支援協会が話し合う中で,日本語普及あるいは日本語学習のモチベーションにつながるなシラバスができあがっている。やっぱりこれも循環するものなんでしょうし,いきなり指導者養成プログラムというところには多分この議論は行かないのではないかなと思うのですけれども…。
○山田委員
事務局がこういうふうに提示されたことを深読みするわけじゃないんですけれども,こんなに多様になっているのに,この試験のこういうものは一つしかなくて,だから,問題もいろいろ出てくるから,並列的な例えば日本語教育能力検定試験という広いのが一つあってもいいんだけれども,そのうちのここに重点を置いた養成の何とかと,試験とがくっ付いて,あるいは勝手に見ているのかもしれないですが,何かそういう制度的なものも含めて検討したらどうだろうかという提示の仕方なのではないか,と思ったんですが…。
○西原主査
そこまで深読みしなくてもよろしいのではないかと思うのですけれども…。これはポイントが上がっているというふうにお考えいただいて,先ほど佐藤委員からお話がありましたように,課程認定のもので教員養成というのが,国として日本語教員というのをどういう形で認めていくのかというようなこととも実はかかわるわけですよね。今はそうではないわけですけれども,今はゼロ免だけれども,それがゼロ免じゃなくなる可能性があるのかどうなのかということは,多分将来そういう人が何人ぐらい想定されるのかみたいなことですよね。例えば,情報の教免ができたときに,情報教員が9,000人必要だという話になって課程認定されたですね。日本語教育のことを単に数字で言えば,9,000人どころの話ではないんですね。なんだけれども,そういう具体的なニーズが提示できないと,やっぱり動かないところがありますよね。ですから,そういうことに向けて,この提言が何か言うのかどうなのかというようなことかなと思っております。
○山田委員
じゃ,その前にそれぞれ対象が多様化している,その対象の多様化をそういう人から話を聞いたりしながら,ここの場で勉強しようという,そういうことになるのですか。
○西原主査
そうですね。小学校の英語が議論された時に,私はその場にもいたんですけれども,その時に例えば小学校の教員というのは全教科を教えるんですが,全教科を教える教員が,小学校の先生になるために例えば異文化接触,異文化コミュニケーションとか,それから言語習得とかそういうものについても履修するというふうにすれば,国際対応の教員ができ上がってくるだろうというようなところに,実は括弧して日本語教育も要るんですよね。だから,議論の仕方というのは,必ずしも日本語教育を課程認定しなさいということだけではないんですけれども。
それで,いきなり試験の話になるのかということなんですけれども,それは多分どういう学習者がいて,どういう水準が要求されるので,そこを認定するために,どういう試験が必要なのかになってきて,この委員会でヒアリングするべき方々には,もしかしたら言語テストの専門家,つまり各実施機関の人じゃなくて,言語テスト又は言語能力というのをどういうふうに評価するべきなのかと考える方の御意見を聞くとか,そういうレベルであってもいいんじゃないかなと思っております。それはカリキュラムの開発につながっていきますよね。でも,取っ掛かりは,多分,対象者別の方が一番来ていただきやすいかなと思うのですけれども。佐藤委員,年少者の話,いかがでしょうか。
○佐藤委員
次回の8月30日にですか。
○西原主査
はい。
○佐藤委員
西原主査がおっしゃるなら何でも。
○西原主査
例えば,そういう取っ掛かりで,お話をしていただいたり…。
○佐藤委員
話すことは一向に構わないんですけれども,一つだけもう一回確認させていただきますが,検討課題の1,2,3,4,5とどうも私としてはパラレルではなくて,何かかなり構造化されているんじゃないかなというふうにとらえたんですね。つまり,別に深読みしているわけではないんですけれども,日本語教育の対象者が非常に多様化してきていて,その中で特に手薄になっているのが定住外国人の問題であるから,そのためには地域における日本語教育の実施体制をどうしていって,つまり,今までのように留学生であるとか,就学生に対する日本語教育の拠点とかというのはもうかなりあるんだけれども,これに対してはほとんどゼロでないかと。それに対して,一体どうするのか。そのためにはほかの政策とどうしてもリンクせざるを得ない。入管の法務省の問題であるとか,経団連の問題であるとか,それから小中の問題であるとか,大学の問題もそういうところで,新しい大学の姿として定住外国人に対する支援をどうしていくのかということは,各国立大学法人がかなりやっていますので,そういうようなものとして仮に理解するとすると,対象というのをちょっと限定して,幾つか,いろんな方ではなくて対象をきちっと絞った上でヒアリングをお願いした方が,もしかしたら議論がしやすいのかなというような思いもあったんですが。
○西原主査
佐藤委員の推測はおおよそ正しいと私も理解するんですけれども…。
○佐藤委員
それでいいのかどうかと…。ただ,私としては,全く留学生とかほかの駐在員の話とかは全然知らないので,逆に言えば,興味があるのは事実なんですが…。
○西原主査
ただ,留学生の話というのは,今上がってきているのは,留学生何万人計画でしたっけ,取りあえず30万人でしたっけ,そうですよね。3倍にしろと。
○国語課長
最初100万人という数字が出たんですが,それはちょっと大きすぎるということで,3倍ということで…。
○西原主査
3倍にしろというお話が今はありますよね。それは確かに3倍になったら日本の大学はどうなるのという,そういうところからゆゆしい問題ではあるのかもしれません。ただ,日本語教育の問題としては,例えば人材の不足ですとか,それから日本の大学の在り方というようなこととつながっていくと思います。それは,文部科学省高等教育局の所掌事務で,それをここで今改めて取り上げても大丈夫なのかという話になります。文化庁が,文化の問題又は生活の問題として日本語教育をいろいろ取り上げてきたという今までの日本語教育事業の経緯の上にもこの審議会の審議が乗るとすれば,佐藤委員がおっしゃったようなことが問題になってくるのかなと思います。ただ,定住外国人というのは,今までも,さっきも言いましたように,定住していないことになっているんですよね。日系人だけですよね。定住できているのは。又は帰化した人,永住ビザを持っている人というのは永住ですけれども…。
○岩見委員
配偶者もいます。
○西原主査
配偶者もそうですね。そういう…。
○尾﨑委員
かぎ括弧付きの定住外国人ですか,それは。
○西原主査
そういうのは,今でも定住している定住外国人ですけれども,ここに書いてある定住外国人というのは,恐らく将来を見越して定住するだろうという,そういうことも視野に入れて定住と呼んでいるのではないかなと思えるので。そうしますと,だから大変だということとつながっていくものです。
○岩見委員
そこにもう一つ定住外国人の労働者というのがありますよね。実態としては長期的に滞在している労働者。いわゆる定住ビザで入国されている方のほかにもいらっしゃる。ということと経済や社会情勢との関係で,どんどんまた枠が増えていくだろうということも含めて,どこの枠でとらえて,ここで議論するかどうかを決めていかなければならない。
○西原主査
法務省との関係で学んだんですが,滞在許可は27種類出ているんですね,今。そうしますと,そのどこに引っ掛かるかによって27種類の働き方があるということになるわけですけれども,それを全部労働者というとすれば,これは大変なことになります。この場合の労働者等というのは,恐らくもうちょっと限定的な,第1次的生産活動にかかわる人というような格好があって上がっている労働者ということではないかなというふうに推測するんですけれども。そうだとすれば,27種類には労働者という労働ビザというのは出ないわけなので,28種類目の滞在形態ということをにらんでいるという話になってくるのかなと思います。
○中野委員
今のは,こういう理解でよろしいんでしょうか。この図で一応最初はいろんな学習者がいるねと。それでやらなくちゃいけないことが縦にあって,一応十分じゃないかもしれないけれども,留学生とか要するにブルーとかグリーンは取りあえずまあまあだろうということで,ピンクがクローズアップされて,ピンクのこの四つの課題を考えていかなくちゃいけないみたいな,そういう感じがあるという理解でいいんでしょうか。
○西原主査
ですから,そういうふうに検討課題を読むことも可能だけれども,先ほど国語課長が繰り返しおっしゃったように,それは事務局として想定した五つの課題ということであるので,この委員の中からもし違う認識が出て,そして,どういうふうに書き換えられるべきなのか,あるいは把握の仕方の次元を変えた方がいいんじゃないかというお話がありましたら,それはまだ流動性があると考えていると。むしろ,来年度に諮問が出た時に,どこにフォーカスするべきかということをそういう議論,いろんな議論の中から今年度感触を得て,まとめていったらどうかということだと思います。だから,ピンクのところが必ずフォーカスされなければいけないと事務局がお考えとはまだ限らない。
○尾﨑委員
佐藤委員,中野委員が言ったことと同じで,国語課がどういうふうにお考えになるかは別にして,自分自身が今かかわっているところでやはり問題になっているのは,日本語を学びたいけれども学ぶような環境がないとか,それから実際にボランティアの人たちがたくさん頑張ってやっているんだけれども,あっちでもこっちでもかなり苦労していらっしゃる,行政の方たちも非常に有能な方が頑張っているんだけれども,なかなか環境が整わないということ。そこのところを,やはりこの委員会としては一定のことは出さなければ駄目だというのははっきりしていると私は思います。
今日,最初に海外のこととか,学校教育のこととか,この小委員会では日本語教育というのを広く扱ってはと,そう思っているんですけれども,しかし,広く物を言うと,先ほど杉戸副主査がおっしゃったみたいに,何もしなくてもいいというような答申になるよとおっしゃるんですよね。ですから,焦点を当てるとすれば,今私自身が考えているのはやはり「定住」と区分けされたピンクのところになると思います。そこについては,少なくとも行政,できれば企業も含めて最低これだけのことは3年なり5年の間にやってくださいよとか,あるいは行政的にはこれをやるというふうにちゃんと政策として出して,それをやったかどうかを点検するようなところまで踏み込んでいただかないと,時間を掛けて集まる意味ないと思うんです。ですから,やっぱりピンクのところに最終的には,これは必ず入れていただきたいというのが希望です。
○西原主査
そうですね。これは図なんですけれども,それを受けて考えましたのが,経済産業省関係の日本語教育機関,AOTSとかそういうところが,今新しい動きを察知して企業内日本語教育機関ですとかいろんなことを始めようとしていらっしゃる。その始めようとしていらっしゃるのが,どういうことの流れの中にどういうことを始めようとしているのかみたいなことを,具体的にお聞きするというのも一つかなと思います。
それから,私,地域の国際交流協会のちょっとアドバイザー的なことをやっていて,この間,講演の候補者に,じゃ思い切ってその方でやりましょうと言ったのが,ハローワークの外国人担当の方です。今,ハローワークにはどういう人材がどういうふうに登録してくるか。働きたい方がどういうことで,そして,それで今度働かせたい方とか,受け入れたい方は一体どういう流れになっているかというようなことをお話しいただくということがあって,それ以降,ハローワークの方々が実は非常に外国人に関心を持ってくださったという,そういうバイプロダクトがあったんですけれども,そういう現場の方も実は有益なヒアリングの対象者になり得るというふうには思います。ただ,例えばAOTSあるいは経産省関係の日本語教育というのが,経団連の提言,経済同友会の提言を受けて,どういうふうに底流で動いているかという,そういうこともありますよね。大トヨタが日本語教育を始めるぞみたいなことが伝わってきますよね。
○尾﨑委員
それに関連して一言申し上げると,経団連であれ大企業が考えてやっていることと,実際に外国の人を雇用してやっている,地方の零細企業が苦しんでやっていることとはものすごいギャップがあって,それで,外国の方をやっぱり雇用せざるを得なくなる。中でいろいろ難しいことが起きてくる。そうすると,ボランティアの人たちに会社に来て日本語教育をやってくれとか,あるいは従業員の人に日本語教育の話をしてやってくれというようなことになってくるんですけれども,基本的にはお金を掛けないようにどうやったらいいかという方向に流れていきますから,ボランティアの方が今までは自分たちが国際交流協会なり何なりで教室をやっていたのを,今度は企業に行ってボランティア活動をするという,そういう状況になりますよね。
こういう状況をほうっておけば,どんどんこれで行くと思うんです。そういうことに対してやはり企業をあてにするというより,やっぱり行政としてきちっとした枠組みを考える。行政はそういうことをする,お立場上そうですから,行政にまずやっていただかないと,企業に期待するというのは,本当は無理だろうと思います。経済原理で動いていますから…。ですから,経団連とか大きなところに一定の指針を出していただくというのは絶対に必要なんですけれども,行政が果たすような役割を求めるのは難しいということなんですよね。
○西原主査
そうですね。で,だれが来たらよろしいでしょうか。
○佐藤委員
具体的に,例えば文化庁がやっている「親子日本語教室」ってあるんですね。あれで結構おもしろい実践例をやっているところが多分あるのではないかと。私が伺っているところでも,結構おもしろいことやっているところはあるようなんですね。そういうところで親と子供が一緒に,つまり親が来れば子供も一緒に来ざるを得ませんので,そこに子供の支援のネットワークが広がっているようなところがちょっとあるように伺っているんですけれども。それは文化庁の方は多分把握はされているんじゃないかと。
二つ目は今,西原主査がおっしゃった国際交流協会。例えば東海日本語ネットワーク等,国際交流協会とかかわるようなネットワークでかなり活動的にやっておられる方であるとか。それから,東京なんかで言えば,私,今ちょっとかかわらせていただいている新宿区の大久保小学校なんかは,3分の2が外国にルーツを持っている子供なんですね。つまり,ああいう学校というのは,もう学校で対応し切れませんから,ボランティアに頼らざるを得ないんですね。そういうところの校長先生であるとか,あるいは日本語担当の先生であるとか,そういうところの先生方に来ていただいて,つまり困っている,困っているだけではなくて,それをどういうふうにして越えて,そして今,越えたところにまた何か課題があるのかというような3段構えですね。お話しいただくとすごくいいかなと感じます。最初の話は,文化庁が多分情報を持っているかもしれません。国際交流協会は先生がお話しのような方で。学校は文化庁とどうかかわるのか私はよく分かりませんけれども,お呼びできるのかどうか分かりませんが,その辺のところはちょっと考えていただければ有り難いというように思いますけれども。
○西原主査
いろんなお話を伺いました。ただ,特定の個人が挙がってきたということではなさそうですので,これは事務局の方の宿題ということに…。例えば8月30日に朝来られる人というか,そういうことで,学校の先生はもしかしたら新学期に向けておおわらわかもしれません。今日も午前中の分科会総会では小学校の先生はいらっしゃいませんでしたよね。だから,小学校の先生,校長先生方を借り出すのはなかなか難しいとは思いますけれども,そういう候補が挙がったということで,一番初めでございますから,とにかく現場の方ということで,お願いする。私たちも勉強させていただくということにしたいと思います。ただ,大きなくくりとしましては,「対象別の日本語教育の在り方」についてということで,これは,何に特化したということはまだ決めないでおくというようなことでよろしゅうございますでしょうか。
それでは,これで,第1回の日本語教育小委員会を閉じたいと思います。どうもありがとうございました。
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