議事録

第29回国語分科会日本語教育小委員会・議事録

平成22年7月22日(木)
10:00〜12:00
旧文部省庁舎5階 特別会議室

〔出席者〕

(委員)
西原主査,杉戸副主査,伊東,岩見,尾﨑,佐藤,中野,西澤,山田各委員(計9名)
(文部科学省・文化庁)
匂坂国語課長,田中日本語教育専門官,仙田日本語教育専門職,山下日本語教育専門職ほか関係官

〔配布資料〕

  1. 第28回国語分科会日本語教育小委員会・議事録(案)
  2. 日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)
  3. 日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)(概要)
  4. 日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)

〔参考資料〕

  1. 「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について
  2. 平成21年度 国内の日本語教育の概要
  3. 「生活者としての外国人」の日本語能力の測定・評価に関する調査研究報告書

〔経過概要〕

  1. 事務局から配布資料の確認があった。
  2. 前回の議事録(案)が確認された。
  3. 事務局から配布資料2「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリ キュラム案について(案)」,配布資料3「日本語教育小委員会における検討内容と進め 方について(案)(概要)」,配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め 方について(案)」の説明があり,その後,質疑応答・意見交換が行われた。
  4. 第30回日本語教育小委員会は8月18日(水)10:00から12:00まで旧文部省庁舎 5階特別会議室で行うことが確認された。
  5. 質疑応答及び意見交換における各委員の意見は次のとおりである。
○西原主査
では,定刻となりましたので,ただ今から文化審議会国語分科会日本語教育小委員会の通算で第29回,今期第5回の会議を開会いたします。
まず,配布資料の内容等につきまして確認の御質問がありますでしょうか。
○杉戸副主査
配布資料3「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)(概要)」と配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の資料の表題の付け方とそこに書いてある事柄についてです。項目との関係について,半ば意見も交えることになりますが,念のため伺いたいと思います。
例えば,配布資料3「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)(概要)」の一番上の緑で囲まれた表題ですが,「小委員会における検討内容と進め方」と書いてあります。配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」でも同じように「小委員会の検討内容」と書いてあります。その検討した結果,日本語教育小委員会で何か議論の成果がまとまる,そして,それに続く段階で,日本語教育小委員会ワーキンググループや日本語教育小委員会ワーキンググループ協力者による作業の成果がまとまるというように2段階あると思います。本小委員会で検討するその内容と,それに基づいて何か作るというもの,その2段階の成果物のことが今日のこの資料の中でどれくらい書き込まれているかということが,お尋ねしたいことです。
例えばということで行きますと,配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」が,私も疑問がわきやすかったのですが,配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の1ページの「Ⅰ.標準的なカリキュラム案の地域での普及・活用に向けて〜標準的なカリキュラム案の活用による地域の実情に応じた日本語教育の展開について〜」の「1 作成の目的」についてです。ここに「作成の目的」と書いてあります。「Ⅰ.標準的なカリキュラム案の地域での普及・活用に向けて」と表題であるわけですが,こういう表題が付いた何かを作るという目標が既に前提となって,今日の議論が始められているのかどうかということです。作成の目的とあるのだから何か作るわけですけれども,その作る目的や中身は何かと言うと,標準的なカリキュラム案の活用方法というように読めるわけですね。
そしてさらに,その活用についてうんぬんと言うのは,「2 標準的なカリキュラム案の活用についての検討事項」の「(1)地域の実情に応じた具体的な日本語教育プログラムの編成の仕方について」,「(2)指導方法について」に並んでいるわけですが,例えば非常に端的な整理のポイントとして伺いたいのは,この「2 標準的なカリキュラム案の活用についての検討事項」という表題の付け方,ここにやはり「検討事項」というのが出てくるわけですが,これは今日の資料で行けば本小委員会での検討事項だろうと思います。そこに書かれている「(1)地域の実情に応じた具体的な日本語教育プログラムの編成の仕方について」,「(2)指導方法について」の内容は,むしろその先々作られる成果物,作成すべきものの中身が書かれているように思うんですね。
そこのところをはっきりと,私ども日本語教育小委員会のメンバーが了解してこの先へ進むといいなと思うのです。つまり例えば,ここに「(1)地域の実情に応じた具体的な日本語教育プログラムの編成の仕方について」,「(2)指導方法について」に書いてあることは,確かに本小委員会の検討事項にしなければならないというのはよく分かりますし賛成なんですが,更に進んで外に出していく,公開して使ってもらいたいというように公表していく成果そのものの中身でもあると,そういうところを目指すんだと理解していきたいと思います。そこをはっきりさせていきたいと思います。
ですから,例えばですが,「2 標準的なカリキュラム案の活用についての検討事項」の「(1)地域の実情に応じた具体的な日本語教育プログラムの編成の仕方について」で行くと,「具体的な日本語教育プログラムの編成の仕方について」と書いてあるわけですが,具体的にはどういうものが出ていくか,これは今後の審議次第ですけれども,プログラム例のようなものを作る,そして,その編成の仕方についての説明も具体的な文章なり資料としてまとめて外に出していくという目標を持って本委員会の検討は進むんだと,そういうふうに了解したいと私は思います。
このことは今は配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の1ページの「Ⅰ 標準的なカリキュラム案の地域での普及・活用に向けて〜標準的なカリキュラム案の活用による地域の実情に応じた日本語教育の展開について〜」について申しましたけれども,2ページの教材例のことについては,今申し上げた本小委員会での検討事項と成果物という対比がもっとはっきりと資料の上で見えてきていると思うんですね。その検討を踏まえて盛り込まれるものだという項目が既にこの段階で並んでいる。そして,それについて成果物の内容を議論するんだという意識で,ここに並んでいる箇条の項目を審議し始めるんだと私は思いたいんですけれども,いかがでしょうか。
○山下日本語教育専門職
基本的には検討した内容について,審議経過報告として取りまとめるというのはありますけれども,それだけではなく,何らかの形で発信する必要もあるかと思っております。最終的にどういった形で発信するかは分かりませんが,その発信するものの項目立てにもなるのではないかということで立てております。
○西原主査
私の勝手な解釈なんですが,この標準的なカリキュラム案ですが,白表紙で出ますよね。これを10ページぐらい,または20ページぐらいに中身を詰めて,できればカラーで地域の方々向けに何か発信できるようなものを作るのかなと勝手に思っていました。
これもそれだけが先行してしまうと,少し困るのですが,今,配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の1ページ目でおっしゃった「指導方法」等については,文部科学省的に言えば要するに指導要領を作るということですね。その次の教材は,文部科学省的に言えば教科書になるというような感じです。だから二つながらにしてセットで出ていくものというふうに考えていたのですが,そういう解釈では間違っていますでしょうか。カラーコピーで出ていくかどうかというのは私の勝手な望みですけれども,課長いかがでしょうか。
○匂坂国語課長
ここは基本的にそういう理解でよろしいかと思います。少なくともこの検討事項は,検討した結果,何らかの成果物として出てくることを念頭に置いて書いている記述だと私は理解しております。ただ,検討事項ですので,検討した結果それをどこまで具体的に書くかというのは,またその検討の際,御議論いただければいいかなと思います。
○西原主査
例えば省庁から出てくる報告書に縮刷版カラーコピーのような概要が付いてくるので,何かそういうようなものがこれに付随して地域の方々への発信としてあるのかな,それを考えていらっしゃるのかなと思っていました。
○匂坂国語課長
そういうところだと思いますので,そういうことで御議論いただければと思います。
○西原主査
本小委員会の委員については,そういう御理解を頂いているでしょうか。
○杉戸副主査
もう一言,言わせていただくと,例えば,配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の「Ⅱ 教材例の作成について」の 「2 作成に当たっての検討事項」の中に,教材の「構成・内容・作成方法等について考え方を示す」とあります。これは,私は資料の前の段階の案を事務局から見せていただいたんですが,本小委員会でこれを検討し,日本語教育小委員会ワーキンググループに示す,あるいは協力者に示すと読んでしまったんですね。本小委員会としてはそういう議論をすればいいんだと思いました。それを引き受けて,例えば作成方法について本小委員会から示されたものに沿って日本語教育小委員会ワーキンググループがやっていくんだという理解をしておりました。そういうことなのかなと一瞬思ったんですが,でも,それでももったいないという思いが先に立ったので,これは最終的な成果物として外に出ていく内容がここに盛り込まれていると読むべきではないかと,そのようなことです。それでいいかどうかですね。
○西原主査
私がこの配布資料2「日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)」でとても心配になりましたのは委員会の回数なんですけれども,指導方法,教材例のところで「小委員会3回」と書いてあって,そして「能力評価」のところで「小委員会3回」と書いてありますが,本小委員会は計6回開かれるのでしょうか。委員の皆さんにも直接関係することだと思いますけれども…。
○山下日本語教育専門職
ここのところ,委員の皆さんに日程伺い等させていただいて少し調整している部分はありますが,回によっては前半,後半等で分けて審議を行うという部分も出てくるかと思っています。
○西原主査
つまりですね,これは両方とも11月の末までにということになっているので,そうすると単純計算すれば11月の末までに今から6回あるだろうと言うと,1月に複数回ないと収まらないので,そこは皆さん御心配じゃないかと思ったのです。
○山田委員
とても心配です。
○西原主査
では,前半,後半になったりして,回数そのものは6回であるかどうかはまだ分からないということですね。
○山下日本語教育専門職
例えば指導方法の部分ですけれども,地域の実情に応じた日本語教育プログラムの編成の仕方について3回,指導方法について3回とありますが,これは検討をそれだけの回数行うということであり,それがそのまま小委員会の開催回数とはなりません。また,前半で編成の仕方について検討を行い,後半で指導方法について検討を行うというような回もあるかと思いますので,単純に足した回数行うということではありません。
○西原主査
ただ,そのお答えを聞いていると,かなり頻度が高いだろうと思えるのですが…。
○山下日本語教育専門職
月1回強ぐらいになると思います。
○西原主査
1回ぐらいは最低で,月に1回強だそうです。どうぞよろしくお願いいたします。
ほかに何かそういうような細かいことでも結構ですので,何かこれについて御質問がありますでしょうか。
○山田委員
質問と言うか,ヒアリングとかいろんな形で本当に役に立つものを作っていくためにいろんな工夫をしていると思うんですけれども,いつも言うんですけれども,当事者の意見を聞くことが一番大事だと思うので,生活者としてある程度の年月社会で生活して,こういうことは我々にとっては必要だとか,あるいは逆に今までなかったのでこういう不便な思いをしたとか,そういうことも組み入れていただけたら検討する材料としては有り難いと思います。
○西原主査
そうですね。この配布資料2「日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)」から行くと,例えば協力者の中にそういうような方々がいらっしゃるようになるという御希望と考えてよろしいですか。
○山田委員
協力もそうだし,ヒアリングに来ていただいたり,こっちから出掛けるのかも分からないんですけれども,そういうときに少し配慮していただくといいかなと思います。
○西原主査
基本的に学習者ということですよね。
○山田委員
はい。
○西原主査
ありがとうございました。
それでは,一つ一つまた三つのことについて御検討いただきたいと思いますが,まず非常に膨大な作業になるので,今はこの小委員会,そしてその下に既に日本語教育小委員会ワーキンググループが設置されておりますけれども,そのほかに協力者にお願いするということをしてもよろしいかということです。それは御異論ないと考えてよろしいでしょうか。数としては,まだ6人プラスアルファぐらい,そのプラスアルファについてはまだ作業の進行状況に応じてということかと思います。(挙手なし。)
では,協力者の設置についてはお認めいただいたこととします。
今度は,配布資料3「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)(概要)」及び配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」のページ一つずつということでございます。先ほど一つずつ御説明いただいたと思いますけれども,思い出していただきながら進めていきたいと思います。
まず,大体のスケジュールにつきまして,このような形でいいでしょうか。配布資料2「日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)」ですけれども,これについては御了解いただいた,こんなふうに進めてみたらということでよろしいでしょうか。
○山田委員
まあ,しようがないというか,年度中ということであれば大丈夫かと思います。
○西原主査
私も今年の夏の,先ほど参考資料に入っていた平成22年度文化庁日本語教育大会で,このもう既に出ている標準的なカリキュラム案について説明をさせていただくという役割を負っています。その標準的なカリキュラム案が示されても,エンドユーザー(end user)がそれをすぐに自由に使いこなすというようには,なかなかならないものだと思うんです。エンドユーザーが学習者になるのか,それとも地域のコーディネーターということになるのか,現場で既に支援をしている教育支援者ということになるのかは,地域によっていろいろな事情はあると思うけれども,この標準的なカリキュラム案だけ示したのでは,恐らく大抵の場合,「さて,どうしましょう」ということになるでしょう。だから,そこに向けて何らかの発信を,具体的なものを出していくということが求められているとすれば,それが3年後にお約束しますということになると,標準的なカリキュラム案そのものも生きないということもあります。特に教材例については半年後,そして評価・測定についてはその更に半年後くらいのことが予定されているということです。これでやってみましょうかという御提案だと思うのですが,いかがでしょうか。
○尾﨑委員
エンドユーザーと言うときに,どうしてもボランティアの方たちに活用してもらえたらいいなということでやっていますが,これを見ても…恐らく初めから見ないだろうな…,見ても何だか分からないだろうなと思います。そのパイプ役になる方というのがどのくらいいるかなんですよね。
日本語教育小委員会ワーキンググループとか日本語教育小委員会ワーキンググループの協力者の方が教材なり学習活動なりを提示しても,なおかつ実際にそこでつなぐ人というのはどうしても必要になりますので,標準的なカリキュラム案や教室活動や教材というのをサンプルとして提示しますが,本当に使ってもらおうと思うと,実は前から議論していることなんですが,やはり地域の日本語教育の全体のシステムそのものを一方では言わないと,「何か日本語教育小委員会でいいものが出てきているようなんだけど使えないよね」ということが起きると思います。恐らく今年度提示した教材についても多分同じことが起きるので,そういうことはよく分かっていますというメッセージで,これは飽くまでもこれをベースにして使った結果,成果をみんなでプール(pool)していきましょうということを本小委員会としてはもっとアピールして,その成果をどうやってプールするかという仕組みをどこかでデータベース化するとかしていかないとだめだろうと思います。それはもう今まで議論していたことの蒸し返しですけれども…。
○西原主査
西澤委員に情報提供していただけたらと思うんですけれども,日本語スタンダードについて「スタンダード2010」というのが今,国際交流基金のウェブサイト(web-site)に載っていてダウンロード(down load)できるようになっています。そして,そこでは教材をやはり同じタイミングで今年度中にお作りになるだろうということが予告されております。と同時に,「みんなの教材サイト」と同じようにみんなのスタンダードのサイト(site)が…。
○西澤委員
キャン・ドゥ・サイト(can-do-site)と呼んでおります。
○西原主査
キャン・ドゥ・サイトというものが立ち上がって,そこには利用者からのフィードバック(feedback)がどんどんたまっていく形に…。
○西澤委員
一応,そういう仕組みにしてあります。
○西原主査
これから動き出すことでありますでしょうけれども,そのキャン・ドゥ・サイトというのは,どういうタイミングでだれがどうやって立ち上げるのでしょうか。だれが作るのでしょうか。
○西澤委員
一応,今公表しているものの一部として「このようなものになります」という形をお示しはしていますが,本格的運用にはまだなかなか入っていません。一応スタンダードの現段階のものをお示ししております。そして,それに基づいて「みんなのキャン・ドゥ・サイト」を立ち上げますということで,どういう仕組みかを御案内して,いろいろな日本語教育関係者からさまざまな実践例,あるい御質問などをインプットしていただきながら,豊富化していくという仕組みを立ち上げたところ,と御理解いただきたいと思います。具体的に成果を示してほしいと言われると,なかなかまだお示しする段階にはないということです。
○西原主査
ただ,システムとしてということについてですが,教材が一方で立ち上がっていきます。そして,指導要領に関することは大枠が示されています。そして教材は本年度中に出ていくということなので,そこまでは日本語教育小委員会と同じです。ただ,国際交流基金のシステムにはあって,本小委員会での取組にはないものとしてキャン・ドゥ・サイトがあり,そのことを多分おっしゃっているのだと思います。
○尾﨑委員
何とかうまく回せないものでしょうか。
○西原主査
国際交流基金と文化庁国語課との違いなんですけれども,サイトのメンテナンス(maintenance)を行い,システム(system)をオペレート(operate)し,それを更新していくシステムというのが,恐らく国語課としては難しいのではないのかと推測していますが,あればあった方がいいですよね。国際文化フォーラムも,そういったシステムを作っていらっしゃいますよね,フィードバックを取り込むようなシステムになっていますね。
○中野委員
結局,一つ作ってそれで終わりというわけにはいかないので,それをフォロー(follow)していくことが必要になります。それが一番でございます。  それから,実際にワークショップ(workshop)を行ったり,マニュアルを作って活用例を提示して,それに必要な教材があったとして,それを1回やってみるということが行われると,そこで教材やカリキュラムが初めて自分のものになっていきます。そういったフォローの仕組みはあると考えてよろしいのでしょうか。
○西原主査
中野委員がおっしゃったように,または国際交流基金が既に行っているように,システム自体はあった方がいいかと思います。私はそれを国語課というようなところがやるべきなのか,それとも日本語教育学会がやるべきなのか分かりませんが,とにかくそれが大事だと考えております。
この参考資料2「日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)」の一番下に「上級指導者研修」及び「都道府県担当者研修」というのがあります。ここで今,中野委員がおっしゃってくださったような研修が,このカリキュラム案も含めて行われるということですよね。
○田中日本語教育専門官
現在,検討を始めたばかりですが,まず上級指導者研修では,この参考資料2「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について」をお示ししてそれをどう使っていくかということも,いわゆる地域のコーディネーター的な立場の方に学んでいただくようなことを考えております。
○西原主査
都道府県担当者研修の方はいかがでしょうか。
○田中日本語教育専門官
都道府県担当者研修の方は,担当者が都道府県のような自治体職員のこともあれば国際交流協会の職員の場合もあると思うのですが,どちらかと言うと政策の立案・実施を行う立場の方が対象になりますので,この参考資料2「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について」を使って直接日本語教育プログラムを編成するというお立場ではないと思いますが,地域の日本語教育システムを整えていくときに「こういったものもあります」という御紹介はできるのではないかと思います。
○西原主査
予算を取ってそういう企画を実施していくお立場にある方が対象ということですね。
○田中日本語教育専門職
そうですね。
○西原主査
ということなので,研修はあるだろう,そして努力はするだろうということです。しかし,先ほど,尾崎委員がおっしゃった,実践の例をためておくデータベースというのはいかがでしょうか。
○尾﨑委員
一つはためておいて利用できるシステムが必要になるということですが,そういうサイトを作ってもアクセス(access)する人がいなかったり,使う人もいなかったら結局「何だったんだろうか」という話になりますよね。そうすると,ある程度定期的に働き掛けて動いていく,実績が出てくるように人が動かないと恐らく駄目ではないかと思います。
それで,やはり上級指導者研修というようなものを,かなり定期的にあちらこちらで長期的に動かしていかないといけないのではないでしょうか。差し当たり,地域の日本語教育をボランティアの方にお願いするということが動かないとすれば,そういった方の活動を定期的にフォローしていかないと,ちょっとやっても多くの場合うまくいかないということで,やめると思います。参考資料2「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について」を踏まえて行うのではなく,「今までやってきたやり方でいいじゃない,何でこういう標準的なカリキュラム案がそもそも出てくるのよ」という現場の声はきっとあると思います。
だから,今までやってきたことと新たに提案されたことの両方を見ながら,もう少し「いいものができてきたね」と実感してもらえるようなことをどうサポートするかということ,それはサイトを置いただけでできることではないので,ある程度は上級指導者研修のような仕事をやってくれる人も手当てをしてエンカレッジ(encourage)していかないと回らないだろうなと思います。
○西澤委員
今の議論と関係あるのかどうか,よく分からないのですが,昨日の日本経済新聞に日本語教育全体の省庁横断の連絡会議を設ける,さらに,日本語教育推進会議を設けて,そこでは国際交流基金とか日本語教育振興協会とかいろんな公益法人の方が参加し,いろいろな議論をしますという記事がありました。そこが中心になって日本語教育全体をコーディネートして,いろんなプレーヤー(player)が集まって議論し,それに基づいて実践的な場が形成されるということを考えておられるのかおられないのか…。
○西原主査
国際交流基金としてはそこに名前がありますけれど…。
○西澤委員
全くどういうことなのか事情が分かりません。ただ,国際交流基金としては,以前国際交流基金が主催した「日本語懇談会」で,西原主査に中心になって提言をおまとめいただきましたが,日本全体のコンソーシアム(consortium)みたいなものが必要だという認識は持っていますし,そういうことを実現したいと思っています。
○西原主査
実際に声が掛かっていてその記事ができたということですか。
○西澤委員
ではないです。ですから,どういうことをお考えなのかということも含めてお聞きしたいと思っております。関係するのかしないのかよく分かりませんが…。
○西原主査
文化審議会の総会のときに文化庁長官は,やはり日本語教育については文部科学省ベースで主導してということをおっしゃいましたよね。
○匂坂国語課長
その新聞記事についてですが,まず一つは関係府省の連絡会議をやるということは事実でありまして,今,それに向けて準備をしているところであります。関係府省それぞれの役所がそれぞれの政策目的に沿って日本語教育に関する事業をやっているところですので,その現状がどうなっているか,ひいてはそれぞれどういう課題があるかというのを整理しようということを目的として,取りあえず会議を開いていくということで思っております。
それとは別に,日本語教育関係機関にはいろいろな機関がありますが,そういう関係機関に集まっていただいて,これもいろいろな議論,具体的にどういう中身で議論するのかということはまだ決まっておりませんが,それについても検討を開始しようということで検討はしているところです。9月と書いてありますけれども,9月にできるかどうかはまだ分からないです。そういうことを考えていることは事実です。
○西原主査
動きがあるということですね。具体的には,この配布資料2「日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)」ですと,今,尾﨑委員がおっしゃったようなことは,一番下の上級者研修等のこのシリーズをもう少し充実させていく中で,取りあえず何かができるだろうという御希望として伺ってよろしいでしょうか。
○杉戸副主査
配布資料2「日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)」の別の点について,一つだけ具体的にお尋ねです。
協力者の配属のスケジュールですが,上の枠の指導方法,教材例のワーキンググループ,黄色の枠の右のところに「協力者2名」と,左向きの矢印が出ています。このお二人はいつごろからこの黄色の枠に参加するか。そして,このお二人と,そのすぐ下にある「協力者4名プラスアルファ」というのは,上の2名はこの下の4名の中に入る人なのか,別の人で異なる6人プラスアルファなのかということですね。それが一つお尋ねです。
もう一つは,協力者4名プラスアルファの右の長方形がいかにも細くて短いですね。もう少し太くて左のほうに延ばしておかないと心配です。というのは,日本語教育小委員会ワーキンググループの下の4名プラスアルファの人にも日本語教育小委員会ワーキンググループの審議なり,あるいは上の水色の日本語教育小委員会の審議なりで具体的な線が見えてきたら,もう既に12月を待たずに1か月ぐらい前倒しで参加してもらうようなつもりでいたいと思います。
ついては,この上の2名がいつからこの日本語教育小委員会ワーキンググループに参加するのかということについて,今の案はどんなものなのでしょうか。
○山下日本語教育専門職
上の2名につきましては,8月から始まる地域の実情に応じた日本語教育プログラムで既に指導方法についての作業が始まりますので,その段階から御参加いただきたいと思っております。その2名の方と教材例作成の協力者4名は,現段階では重なっているということでは考えておりませんでした。
○西原主査
例えば,能力評価のところの協力者4名については,一番初め,つまり一番左側から矢印が付いていますよね。恐らく同じではないかと思うのですが,スペースがなかったためにここに来たのかなと思います。そんなことでよろしいですか。
○山下日本語教育専門職
そういうことです。
○西原主査
そして,作成の協力者4名の始まりをもう少し前倒ししてという御意見というふうに聞きました。それは可能であれば,そのように事務局として御検討いただければということでございます。
○中野委員
よろしいでしょうか。先ほどから少し気になっていることがあるのですが,指導方法と教材例についてです。その間に,実は「活用例(実践例)」という言葉が出てきて,指導方法の中にそれが入っているわけなんですが,実際に現場とつなげるためには,むしろこの活用例(実践例)が非常に大事だと思います。
ですから,作るべきものというのは,恐らく標準的カリキュラム案の活用のマニュアル,それともう一つは活用例,そしてその活用例に対して素材を提供できるような教材例だと思います。一般的に教材と言うと,もう少し広い概念のような気がするんですが,ここでの教材例は素材的なものがかなり中心になるような気がします。
活用例をどれだけきちっと作れるかということが,現場で使われるかどうかの生命線になると思います。そのときに,いわゆる不特定多数のユーザーを相手にするサイトというのも事実必要だと思いますが,メンテナンスができれば理想だとは思うんですけれども,相当大変ではないかと思います。専従スタッフが必要になるという感じがします。
そうすると,もう一つの方法として,今現在集住地域において実際にカリキュラムが存在して実践されているわけですよね。そこで実践されている日本語教育がこの標準的なカリキュラム案準拠型に変わるかどうかが一番大きなターゲットになるかなと思います。つまり,今までずっとやってきた日本語教育が,この標準的なカリキュラム案を基に一度再編成されてキャン・ドゥ型に変わっていくかどうかということです。それを例えば十何か所あったとしても,その中の1,2か所でも先行型でそれに展開してくだされば一つの先行例として後の方たちが続くのかなと思います。
ということは,協力者の中に,つまり活用例を作る人たちの中にもう既に日本語教育を行っている中心的な人が入ってきて,自らが行っている日本語教育のカリキュラムを変えていくという気持ちになっていただくということがとても大事かなと思います。そこから始まるのかなと思いました。
○西原主査
今おっしゃったことはとても重要なことだと思いますし,本小委員会がそういうようなつもりでいるということは是非おっしゃり続けていただきたいと思うのですが,私が理解している教材の理解と温度差が随分あるような気がします。文部科学大臣やそこから始まるいわゆる省庁の上層部の方は,いわゆるペーパーメディア(paper media)の冊子,つまり教科書ですね,日本語教育のカリキュラムができたんだから当然教科書というものがあるのではないかということで,教材例がかなり期待されていると聞いています。
いわゆる教科書,つまり無料配布している小学校,中学校の教科書というものと少しイメージが違うかどうかということについては,本小委員会とそれから予算の大元とで少し突き合わせをして交渉していく必要があるのではないかと思います。
○中野委員
実は今,私たち,国際文化フォーラムが作っている教科書は,活用例そのものなんです。活用例がそのまま教科書になっています。だから,教科書というのは何か学習内容を提示するものというのがあるんですけれども,それだとどのように使うかまでは提示できないです。本小委員会ではキャン・ドゥ型の日本語教育を進めたい,要するにやり方を変えたいわけですから,教科書いわゆる教材そのものから教育方法も見えるようにしておかないと違う使われ方をするかもしれないと思いまして,活用例をイコール教材という考え方があるのかなと思いました。
○西原主査
分かりました。それは,実は次に伺うべき項目に対する御意見だと思います。次に配布資料3「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)(概要)」の2枚目ですね。今,教材例の作成について御意見を伺ったということで,もしほかの御意見もあれば2ページ目につきまして御意見を伺いたいと存じます。
今,中野委員がおっしゃってくださったことは,配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の「Ⅲ 教材例の作成について」の「2 作成に当たっての検討事項」の「(1)教材作成の考え方について」の一番最初の丸について言及してくださったというふうに考えております。
「(2)各ページの構成・内容について」については「イラスト・写真」,「イラスト・写真」と挙げられております。提供されるメディアが,動画的視覚メディアだったり,それから音声的な情報が付いていたりするということが,どの程度ここで担保されているかということは,少し心配ではあるんですけれども…。
○岩見委員
中野委員の御意見や今の御意見を踏まえて発言しますと,地域で,多様性に耐え得る教材と言いますか,そのためには素材を作っていく条件として,やはりイラストとか写真というのは非常に重要なポイントかと思います。それは様々な個人差や能力差にも対応できるし,あらかじめ言葉として固定されたものとして示されるのではなく,いろいろな活用方法があるところに良さがあると思います。
配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の2ページ目に「イラスト・写真」とありますので,音声はここは想定していないのか,音声を入れるとまた大変になるのか,それは分かりませんけれども,「イラスト・写真」を使って,語彙の部分があり,それから状況や場面がある。その部分がかなり多様性に対しては加工もしやすいものになるということで,教材を作成する要素として必要なものではないかと思います。教室活動の方法がもちろんほかに書けていないとそれはまずいでしょうけれども,いわゆる方法そのものが教材にならなくても素材としての扱いで,基本的に最終的に,紙の形を考えていらっしゃる場合であっても,語彙の部分や絵の部分で多様性に対する変化というのは現場で付けやすいかなと思います。
○西原主査
私が心配していることですが,教材が能力測定と連動しますよね。そのときに測定がもし面接方式で行われるとすれば,教材が音声媒体を含まなくてよいのかということがあります。やはり連動するので,その辺りの連動をきちんとさせた方がよいのではないのかと思います。
○杉戸副主査
具体的な話になると思うのですが,標準的なカリキュラム案に基づいた教材ということで考えるのは,今日の参考資料2「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について」に学習項目の要素についての表があり,見開き2ページの表になっていますが,その表の右のページの真ん中辺りにある「機能」という項目を活用する,あるいは機能に注目するような教材,あるいは教材の活用法であってほしいと思います。
例えばですが,あいさつなどについて儀礼というラベルで整理されていますけれども,いろいろな場面なり,いろいろな生活上の行為の中に儀礼という機能の発話が出ているのですが,それをずらっと並べる,平たく言えばあいさつにはどのようなものがあるかということが分かるような情報の示し方なり,身に付け方もあると思うのです。ただ,それをやるためには紙媒体というのは不便だと思います。それが電子的なものになっていると,儀礼,あいさつというラベルが付いたものを利用者自身がパソコンの操作によってリストアップ(list-up)できます。
そのようなイメージで考えると,音声のこともそうなのですが,標準的なカリキュラム案に基づいた教材の扱いの中には電子化ということがあるのではないかと考えます。
学習項目の要素の一覧表のいろんな列の中のどれに着目した教材が有効かと思うと,私は何か機能が魅力的に思えるものですから,それを活用するとなるとそんなことが出てくる。
○西原主査
そうですね。そもそもは標準的なカリキュラム案は能力記述を示したものなので,「何とかができるようになる」ということが学習の目的になりますね。それから下りて,いろいろなことが出てきますが…。
○伊東委員
先ほどの教材の中身についてですけれども,やはりざっと見渡してみて日本語の習得とか,日本語学習ということについての記述文言が少ないかなと思います。やはり私たちがどういう日本語学習習得を目指すかというそのコンセプト(concept)さえ明確になってくれば,内容重視型のアプローチ(approach)ということで活用例もそういう形になるだろうと思います。その部分がないと従来型の教材で文法を教えればいい,語彙を教えればいいといったことになってしまうかもしれないので,やはり何らかの形で私は言語獲得というのは,こういうことを私たちは理念として掲げているので,教材の扱い方についてはこういう形でやってくださいという形で実践例なり活用例を示せばいいかなと思います。
やはりそこはどうしても不可欠になってくるので,言語習得についての部分をやはりどこかに入れる必要があるかと思いました。
○西原主査
それは,いわゆる指導要領の部分にも書くし,それだけじゃなくて,いわゆる教材と呼ばれるようなところにも同じように展開するということでよろしいでしょうか。
○伊東委員
はい。
○西原主査
そうすると,この教材の使い方みたいなところにそもそも論が入ってくるということでございましょうか。
○伊東委員
そういうことになると思います。
○西原主査
何があればよいということと,地域が使えるという両方の条件を満たすということが必要になりますので,そこはなかなか難しいですね。
今のところ,恐らく,電子媒体については,例えば国際交流基金が作っていらっしゃる「エリンが挑戦! にほんごできます。」ですね,あれは今や電子媒体になっていますが,元々はテレビ番組でしたから,ペーパーメディアというのはむしろ付随的な部分だと思います。ただ,今,文化庁国語課が,それからこの時限で課として作ろうとしているところに,電子媒体というのはその次に来るものになるのでしょうか。できればだれかが勝手に電子化してくれるのを待つとか,たまりかねて外部の人がやってくれるとか,そういうことが起こるのでしょうか,どうなのでしょうか。
○岩見委員
3月末までに電子媒体までは少し無理ではないでしょうか。せいぜい紙プラス音声程度というのが可能かどうかというぐらいだと思います。
○西原主査
内田委員は,何か画像が必要でしょうとおっしゃっていましたけど,動く画像がと…。
○岩見委員
それはもちろんあれば,それに超したことはないですが…。
○尾﨑委員
伊東委員がおっしゃったことはすごく大事で,それは突き詰めていくと標準的なカリキュラム案そのものについても実はもっともっと議論が出てきそうな気がします。そこは具体的にはどういうふうに習得とか学習というものをとらえているんでしょうか。そこの議論を書くと今おっしゃいましたが,どう書くのでしょうか。
例えば,この標準的なカリキュラム案の中にモデル会話というのが出てきていますが,これは恐らく地域の実情によって当然違ってくるはずですよね。集住地域のことがどうしても先に頭に来るのですが,国際結婚の方とか分散して住んでいらっしゃるような地域のこととかいろいろ考えたときに,その地域に実情に応じてというときの「実情」はどう考えるのでしょうか。モデル会話みたいなものを提示した途端に,そのモデル会話に盛り込まれる言語事項というものがあり,それが今度はテストと連動して行ってしまうと,伊東委員が言いたかったこととは,だんだん距離ができそうだなと思います。
ただ,一方では,お役所のトップが考えているような「教科書とはこういうものだ」とか,「日本語の能力試験とはこういうものだ」というような考え方が多数派として存在していますよね。その辺りの折り合いを付けるためのメッセージをこの日本語教育小委員会がどう出すかということで,そのメッセージはすごく大事になります。
○西原主査
そうですね。例えば日本語能力試験もキャン・ドゥで能力を示すという目標が立って,今年度中にできるかどうか知らないですが,とにかくキャン・ドゥになるんですよね。それからこの標準的なカリキュラム案も習得目標はキャン・ドゥですよね。ということは,市民生活ができるようになると言うか,生活者として生活できるようになるということが最終目標ですべてが始まっているというのは,標準的なカリキュラム案のそもそもの出発点です。
○尾﨑委員
基本的にはそのとおりだと思うんです。
そうすると今度は,キャン・ドゥというのが言語的に見てちゃんとした日本語かどうかというような物差しとどのように折り合いを付けていくのかなということが気になります。前にもお話したと思うのですが,評価するときのキャン・ドゥというのは,例えば職場に体調が悪くて出られないということを電話するときに,キャン・ドゥに基づいて評価を行うのであれば電話をして「病気,今日,ごめんなさい」でもいいわけです。それで相手が分かれば,一応はできたと見ますよね。
○西原主査
 そうです。
○尾﨑委員
だからそういうレベルで評価をするということは,従来のような紙媒体のテストでは測れないということですよね。ということは,恐らく対面的か,あるいはコンピューターを活用したテストというようにテストの仕方そのものを変えていかなければならないです。そうすると,こういう教材の中でモデル会話を提示するというときのモデル会話そのものはどういうものが適切なのかということについても,恐らくいろいろ考えなければならないのだろうと思います。実際こういうものが出ていったときには,「やはりモデル会話をしっかり覚えよう」とか「発音をもっとよくしよう」と普通に思うと思います。それはそれでだめということはないでしょうから。
そういう問題を含めて考えると,話がごちゃごちゃになるのですが,一つは地域の実情と言うときに,一体どういうことを考えてこの言葉を使っているのかなということがあります。それから,教材の一部としてモデル会話みたいなものを出したときに,それぞれの地域の実情に合わせて作るわけですけれども,どうしても作ったものをしっかり教えようということになってしまいます。その辺りのことについて,どういうメッセージを我々が出して,具体的なワークショップや実際の活動の現場で今話したようなことについて考えてもらうようにするかということがないと,こういうものが出れば権威をそれなりに持つものだから,人によっては「ここにあるじゃない」となることを私たちはずっと恐れてきたと思います。
○西原主査
そうですね。ただ,それは一朝一夕に変わるものではないと思います。今,私個人として,何と戦うかと言うと,今,出てきたようなことと戦うということがライフワーク(lifework)かなと思います。
でも,それは日本そのものですよね。政治についても経済についても教育についてもシステムについて柔軟性という言葉は日本の辞書にはないです。その部分をこれで導入しようというのは,到底無理な話であるというところを覚悟しなくてはいけないだろうと思います。ですから,教科書に書いてあるから一生懸命やりましょうね,一字一句たがわずに教材に従って活動をしましょうねということがなくなるということは,考えられないです。だから,それは覚悟しないといけないと思います。教材がそのように使われるだろうということについては,恐らくそのまま一から教えるような使われ方もするだろうという覚悟をして,かつ,「でも測定は面接だよ」というところを担保するというようなところから始まるのではないでしょうか。
○岩見委員
もう少しブレイクダウン(break down)して,尾﨑委員のお話に対する答えと言うか…。もともと,モデル会話というのは,あらかじめあるものではなく,基本的にはその方に必要な事柄をどう表現するかということを示すことが,基本的なコンセプトであるべきだと思います。しかし,そのあるものを表現する場合にコアの部分というのは必ずあるわけですよね。自己紹介をするとか何かを表現するときに,やはり日本語が全く分からない人にとっては,覚えるべき要素が掲示されてないと自分から言えない。それは学習者としてはとても必要な部分です。
ですから,活用の方法が問題なのであって,会話を書き過ぎるというのは私は絶対良くないと思います。本当にコアの表現だけ書くというのは,むしろ日本語力がゼロの人にとって,表現が分からない人にとっては有益であるわけで,よくある決まったフレーズ(phrase)は出しておくというのはどうでしょうか。それは教育上それ以外の方法をとってはいけないということはないです。
○西原主査
そうですね,日本語教育小委員会ではそもそもモデル会話と呼んでいません。「やり取りの例」と言っています。そこのところは,まあ崩れないだろうと言うか,教科書としてテキストになったとしても,それは「やり取りの例」という文言で行くんじゃないでしょうか。
○岩見委員
だから,そのときに測定のときにはそのとおりに話さなくてもいいわけで,その行為の目的が達成されているかどうか,達成されていればOKというような評価を与えていければいいわけですね。
○西原主査
評価が大変ですね。すべて評価にかかっています,それで波及効果があるので。
その他,この教材例の作成について何か御意見がありますでしょうか。
○佐藤委員
全く違う発想で,先ほど西原主査がおっしゃっていた指導要領を作って教科書を作るという話に関してです。教科書にするということは,指導要領から何が学校の中に出てくるのかというと,基本的にはマニュアル,赤本と言われるものが出てきます。赤本はだれでも見たら分かるようなものです。いいか悪いかは別にして,教育実習生が行ってもすぐに授業ができるようなマニュアルがあるんですね。その赤本に何が入っているのかと言うと,目標が入っていて,具体的な活動の組み立て方が入っていて,発問が入っていて,板書例が入っていて,そして評価の仕方も入っているわけですね。そして,正しく教科書のマニュアル本になるわけです。そしてドリルみたいなのがたくさん付いてくるということだと思うんですね。標準的なカリキュラム案というのは,逆に言うと,ある意味ではそういう標準化された何かプロトコル(protocol)みたいなもの,何かカリキュラムというもののイメージがどうしてもつきまとってくるのだと思います。
逆に言うと,教科書の面白さというのは,例えば小学校の社会科の3年生って典型的なんですが,「わたしたちのまち」というタイトルなんですけれども,どこにでもありそうでどこにでもない町が出てきます。それで,例えば「わたしたちの千代田区」といった副読本が作られるわけです。ただ問題は,そのどこにでもありそうでどこにでもないまちの中に,教えるべき要素がきちっと全部組み込まれているわけですよね。どういう働く人がいて,働く場所があって,その機能は何なのかというところがそこに詰め込まれているわけですね。ということは,逆にこれで言うと,地域に応じたというのは実はくせ者であって,これほど実は難しいものはないです。
そうすると,実は正しくプロトコルそのものがなければいけないのではないかということになります。そうすると,ある意味では西原主査がおっしゃっていましたが,この場で発言するのがふさわしいかどうか分かりませんけれども,そういうプロトコルというもの,それこそが実は必要なんじゃないかと思います。
問題は,今度それをどうしていったらいいのかというときに,例えばそれを具体的に実際の場面に下ろしていくためのプログラムが必要になります。そうすると,逆に言うと徹底してプロトコルを作ってしまおうということになります。
なぜ,そのようなことを言うのかと言うと,実は日本の学校の先生は極めて力量が高いと思うんですね。つまり,そのプロトコルみたいなものを子供の実情と地域の実情に応じて,実は指導の方法についてもとても工夫するわけです。例えば沖縄とか北海道とかによって実はとても工夫されています。そしてその例示の仕方です。例えばこの子がこういう例を出したら分からなかったら違う例を出す。それを研修という形で担保しているという部分があると思うんですよね。そうすると,最初から何か「地域の実情」という非常にきれいな言葉なんだけれども,非常に難しいとするのであれば,徹底してプロトコルにするのが一つの方法だと思います。問題は,「地域の実情に応じた」という組立て方とか活動の事例だとか,いろんなものをどのようにしてそこを豊かにしていくのかという議論をしていかないと難しいのではないのでしょうか。
例えば,先ほど伊東委員がおっしゃったことを言うと,やはり文法ではなくてキャン・ドゥが基本だということです。いろいろ具体的に活動の組立て方をどうするんだというところをリッチにいろんな形で提案していくということを,プロトコルを徹底してその活動の組立て方をうまくいろんな形で例示をしていくというところをやっていくということです。
そしてその活動の評価についても,最近学校教育の中ではパフォーマンス評価(performance)と言ってルーブリック(rublic)ということをやります。つまり何なのかと言うと,今までのように客観テストだけではなくて,子供たちの活動を評価する。総合的な学習の時間なんて正に活動ですから,そのルーブリックという形で評価をし始めてきています。
つまり,ただ単なる先生の主観ではなくて,ある程度その活動がどれだけできたのかということを示していきます。そしてそのルーブリックの良さというのは,その評価の基準を子供たちにも示していくことです。そうすると,次やるときに,こうやることがより上達していくんだというところを,具体的にその評価の基準そのものも一緒に示していくというやり方を今取り始めているんだろうと思います。
そうすると,そういう活動の組立て方と評価というものを一体化させるような形でうまく入れ込んでいくと,徹底したプロトコルとそういうものがうまく入れ込んでいくことによって,何か今のような議論とかみ合っていくのではないかなという感じがしました。
○西原主査
実は,参考資料2「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について」に「実践例(活用例)」というのが出ていて,実践例は今までそんなに細かくはないですけれども,これをもう少し細かくと言うか具体的にしていくと,今おっしゃったようなプロトコルの部分は結構入っていくものだと思うわけです。それを中間的にこれとそのマニュアルと言うか,ガイドブックと言っても何でもいいんですけれども,赤本のところに存在する中間的なものと考えると,その実際の教材例と言うのは,今がおっしゃったようなことを粛々と書き込んでいけば,現場は,少なくとも小中学校は対応できるだろうということになります。
尾﨑委員の御心配は,ボランティアという方々はどういう教育経験及びどういう応用能力を持った方々と考えるかということなのでしょうか。
○尾﨑委員
そうですね。今,佐藤委員がおっしゃったように現場の先生方が有能だということは私もそう思います。あれだけ大変なところでやっているわけですから。ただ,それは職業的に訓練も受けているし,やることが仕事になっていますし,自分の生活を掛けてプライドも掛けてやっています。そういう人たちと,ボランティアで,もちろんいい方もたくさんいますが,いろんな人がいます。その人たちが一緒になって何かすることすらけっこう大変な状況ですので,かちっとしたものがまずあって,あとは応用してごらんというのは,なかなか実際には動かないのではないでしょうか。
○佐藤委員
少し説明が足りなかったのかもしれません。
私が言いたかったのは,つまりそういう地域に応じた,子供に応じたことができるのは正しくプロフェッショナルなんだいうことです。逆に言うと,力がないとできませんよと私は言いたいんですね。ということは,だからこれもそのようなものを作ってしまうと,実はとても実践者の力量なりに依存してしまうことになります。だから,そこをどうしていくのですかということです。つまり,そうすると徹底したプロトコルと,もしかするとそこに何か付随するような活動の組立て方みたいなものをうまく例示していかないと,恐らく使いこなせないでしょう。そこが実は大事な点だと思うんですね。
ですから,逆に言うと,「地域に応じた」というところをその言葉だけで終わりにしてしまうと,ほとんど使いものにならない。つまり,とても実践者の力量に依存していくことになります。例えばJSLカリキュラム(Japanese as Second Language)というのは,正しく我々はそれを意図して作ったわけですけれども,ところが力量に依存するがゆえに学校の先生にすら余りにも否定される部分があるわけですね。
だから,そうするとこれももしかすると力量に依存してしまうから,だから何かそこの,もちろん媒介者がいてもいいけれども,それ以上にこの教材の中に何かの仕掛けを作らないといけないのではないかと思います。その一つの案としては,例えばプログラムと言ったときにプログラムの要素が何なのかということと,その要素をどう組み立てていくのかというところを,何らかの形で示していかないとうまくいかないのではないかと思います。
○西原主査
そうですね。だから,その使い方を含んだテキスト,教科書,使い方も含んでないといけないということですね。
○佐藤委員
そうです。ですので,先ほど,私は最初に「少し違う観点で申し上げます」と言ったのは,そのところであって,それでいいのかどうかという議論は一方であるわけです。
○西原主査
それで佐藤委員がおっしゃって,尾﨑委員が御心配なようなことを書き込んでいけばいくほど文字数の多いものになっていって,それはまた別の拒絶反応が生じてしまうという困難になってきますよね。
○佐藤委員
そこをうまくどういう形で書き込めばいいのかということですね。恐らく,書き込んだら読まないと思います。
正しくある一つの活動の組立て方みたいなもののプロトコルを示して,後はその人の自主性を支えるだけの資料みたいなものが,あるいは素材でもいいし何でもいいんですけれども,そういうものが何かリッチになっていくと本当はいいのかなと思います。
それが最初に議論されていた全体の活用,運用のシステムの問題だと思います。活用,運用のシステムと,この教材とを分けて議論しないと,そこを一緒にしてしまうと非常に厄介になっていってしまうのではないかと思います。
○西原主査
そうですね。委員の皆様も夏休みになって,小学校の先生たち,中学校の先生たちももう研修ずくめ,研修浸しになって夏休みをお過ごしになりますよね。先ほど尾﨑委員がおっしゃった上級指導者研修に当たるようなものを引っ下げて営業して使っていただけるようにするというのが大切なことなんでしょうね。そこを前提にした上で,文字媒体にしても音声メディアにしても,どこまで作っていったら最低使えるようになるのかということなんですが。
何と言いましょうか,口を開けて待っているから教材及び使い方を全部ちょうだいというボランティアがもしいるとしたら,この日本語教育小委員会ではそこはちょっとケア(care)できないと思います。
○山田委員
私はやはりDVDが要ると思います。実際にこういう活動をしている現場があるので,そういうところの例を例えば一つ二つじゃなくて,10項目ぐらいは出しておいて,あとは素材集で私は構わないと思います。やり方としては,こんなふうに動いてこんなふうなことを一緒にやっていくんだということを見てもらうというのが一番簡単です。今,予算的にもDVDはそんなに高くないと思います。逆に紙のカラー印刷の方が高いぐらいだと思うんですが,そういうことを念頭に置いてもいいんじゃないかと思います。
○佐藤委員
今の山田委員のお話ですが,先進地域のある実践事例をDVDで見せるときに,そこに何か解説が本当は入るような仕掛けがあるといいなと思います。活字でもキャプション(caption)でもいいのですが。
○山田委員
解説は入れた方がいいと思います。
○佐藤委員
そうすると,すごく分かりやすいことは分かりやすい。初心者には非常に分かりやすいですね。
○山田委員
そう思うんですよね。
所沢を例に言うと,実際にキャン・ドゥなので行動達成目標というのができなければいけないのですが,先ほど尾﨑委員がおっしゃったように,キャン・ドゥも使う言葉は学習者のレベルに応じてできてしまえば「お願いします」だけでもいいんですよ。ですが,もう少し日本語を使って言う人たちもいます。それぞれの学習者に応じてというのはこういうことなんだなとか分かると思います。実際に地図を見てどこかに行くというのに地図を読めない人たちがいるので,地図の読み方からやらなければならないということもあったり,「ああ,このような工夫をしていくとキャン・ドゥと言うか,行動を達成するための能力が付いて,その能力を一つ付けることがほかの行動に応用できるんだな」というように何かヒントがあれば一番活用されるんじゃないかと思います。
○中野委員
私も先ほど言いたかったことは,それとつながることでした。その活用例(実践例)を教科書にするということは,媒体は紙がよろしければ紙でも構わないです。紙で実践例集を作るという意味なんですね。それを教科書として考えるという意味なんです。
と言うのは,なぜそれが必要かと言うと,パーツを並べるのではなくて,キャン・ドゥ型の教科書ですから,この指標が達成されるためにこういう教室活動をやれば達成できますよということで,ここに示されている言語材料とかイラストや写真とかトピックとかタスクとかです。この様々なパーツが最後トータル(total)になって教室活動ができるわけですよね。それを示さない限り,標準的なカリキュラム案の意図が伝わらないんじゃないかと思うので,いわゆる教室活動そのものを教科書にするという意味なんですね。
恐らく,ここにある生活上の行為に関連するトピックと言うのが,いわゆる活動のテーマになると思います。そこにどういうタスク(task)やアクティビティー(activity)を入れるかということを考えて,それに必要なイラストや写真を活用例の中に入れる。つまり,出てくるもの,ここに書かれているものが全部,ある一つの指標あるいは二つの指標を達成するために編成されて活動として提示されている。だから,だれでもそれを見れば,ある意味ではまず初心のボランティアの方だったら,そのままやれば一応教室活動できるということになります。もっとスキル(skill)のある先生でしたら,それを自分の学習者に応じて応用していくということになると思います。それがそのままできるという,先ほど言いたかったのはそういう意味の教科書なんですけれども。
○西原主査
先ほど,佐藤委員が少しおっしゃいましたが,「私はJSLカリキュラムがありますよ」といろいろな方に言うのですが,JSLカリキュラムが何かいま一なのは活動例集だったからと佐藤委員が前におっしゃったことがありました。
○佐藤委員
そのことも含めてですけれども,教師研修のメンタリング(mentoring)の先行研究の中で,実は実践例とか活動事例のDVDを見ながら学んでいくことも,実はとても難しいというのも事実なんですね。つまり,見て分かるんだけれども,自分が今度実践に移す段になると余りにも格差が大き過ぎるんですね。
だから,見たときに,見て,例えばメンタリングで言うとベテランの教師と新任教師がいたとして,その新任教師はいろいろ見て学ぶんですけれども,そのとおりに実は今度自分がやろうと思っても,その課題が大き過ぎてできないというのが実は先行研究にあります。
ですから,DVDを見れば分かるかというのは,イメージはできるけれども,それを実践に移すというときに,今度実践上のスキルというものをどこで習得するかということが実はとても難しいです。
実はJSLカリキュラムもそうなんですね。活動例はたくさんあるけれども,それを基にして自分で活動を組み立てるだけのスキルというものをどういう形で付けていくのかというところが,実は一番大きな問題だったような気がします。
そうすると,そこも併せて言うと,DVDはとてもいいと思います。そこにキャプションを付けたり解説入れたりします。しかし,それを見たときに尾﨑委員がおっしゃっているような形で,本当のボランティアの人たちがそれで行けるかというと,やはりそこは難しさがあります。
ですので,要するに言いたいことは,この日本語教育小委員会の中でどこまで,つまりとても膨大な作業になると思います。改めて何を目標にしてどこまで作ったらいいのかというところを限定をしておかないといけないのではないのでしょうか。つまり,DVDを作ってみんな流したら本当にできるようになるかというと,それはやはり違います。そこでまた今度は研修とか何とかという仕掛けがないと恐らくうまくいきません。そうすると,私たちが日本語教育小委員会の中で,欲張りもせずに,しかしながら可能な限りどこまでやるかというところのターゲットを定めておかないといけないのではないでしょうか。
○西原主査
日本語教育小委員会ワーキンググループに宿題を頂いたということで,今おっしゃってくださった御意見を何とか考えてみましょうということだと思います。それぞれが違ったことをおっしゃっているのではないということが大体分かりましたが,今度日本語教育小委員会ワーキンググループにいらっしゃる方は,今日聞いた話を,「それでは,どうしたらいいか」ということを次の29日にやるぞということでよろしくお願いいたします。
もう一つ,時間の範囲で,配布資料3「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)(概要)」と配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の3ページの目の「評価」について御意見を頂かないといけません。私が勝手に面接方式だと言ってしまっていますが,これについて何か御意見がございますでしょうか。
○山田委員
少し確認なんですが,初期のこの日本語教育小委員会が始まったころの評価についての議論の中で,この日本語能力というのは,例えばドイツなんかは在留資格と絡めているということがありますが,自由意志に任せてやりたい人だけやってくださいということを期待した評価なのか,それともある程度この国で生活していくからにはこのぐらいのことはやってもらわないと困るのだという意識で学んでもらい,そしてその学んだことを評価すると考えるのか,どちらでしょうか。そこで大分違うと思います。方法も違うでしょうし。
逆に「やらなければならないのだ」という感じで評価の枠組みを厳しくしてしまうと,日本語能力の評価の結果,家族の中でお父さんだけ帰ってくださいという話になってしまったりするとまずいので,そこはこの日本語教育小委員会である程度のコンセンサス(consensus)と言うか,合意を得て行った方がいいと思います。
○西原主査
ただ,この評価がどのように使われますかということについては,それこそ文化庁国語課がこうすると言うよりは,先ほど課長がおっしゃった少なくともコンソーシアム(consortium)の中でいろいろ考えなければいけないだろうし,そこのところを希望としては出せるかと思うんですけれども,いかがでしょうか。
○伊東委員
私もやはり評価について,この国語分科会でどう考えるか議論しておかなければならないと思いました。
すべて評価という観点から,その可能性を列挙して,こういう評価方法がある,こういう評価の目的に対してはこういう方法もあるという形で多様性を示すのか,あるいは日本語能力試験のN1,2,3を目的とするかというところで違ってくるかなというふうに思います。
私自身は,やはり多様性ということを考えると,こういう一つの方法で評価するということは少し危険だなと思います。それに評価を目的としない,あるいは必要としない外国人ももしかしたらいるかもしれないということを考えると,評価の多様性に対応できる評価の仕方と言うか方法を提示してもいいかなと思いました。
先ほど西原主査は,対面式ということについておっしゃいましたけれども,それもあっていいと思うし,キャン・ドゥ・ステイトメンツ(can-do-statements)を自己診断票として使うという評価もあるだろうと思うし,様々な評価があると思います。それこそ目的や学習者の必要性に応じてやっていくという,その可能性を示すだけでいいのではないかと思うんです。
○西原主査
日本語教育小委員会は年度という区切りで動いてはいませんが,取りあえずは,年度末ですね。ヒアリングをしていろいろなことを学び,そして日本語教育小委員会ワーキンググループも形成され,そこに協力者もいらっしゃることになるので,取りあえずはそこのところで大枠の可能性を考えて,そして考え方をまとめるというところですね。
ただ,その先に山田委員がおっしゃったような御心配か期待か,そういうものがないと言えばうそになりますし,あるかと言えばそれは漠として分からないということです。
○山田委員
そうするとテスター(tester)をどう養成するかということや,テスターの能力がどうあるべきかという,そういう議論になりますよね。
○西原主査
そうですね。
もう一つは,例えばスタンダーズなどが国際交流基金から提案されています。そしてそれはヨーロッパ共通参照枠の6段階のAからCまでのところと連動しているような能力記述になっているというようなところから,この日本語教育小委員会が提案する枠組みというのが遠く離れるのは国として良くないし,全体として良くないだろうと思うので,やはり連絡を取りつつ,少なくとも今考えている二つの団体が二つの全く違った評価方法を提案するということはない方がいいと思います。
○伊東委員
そうしますと,段階的にはこの配布資料2「日本語教育小委員会における検討内容の大枠とそのスケジュール(案)」を見る限りは,まずヒアリングを行い,それから,私たちはどういう理念やコンセプトで評価をとらえていくか,それから徐々に徐々に具体化していくというふうに理解してよろしいですか。
○西原主査
そうですよね。恐らく能力記述ですら,私たち,私も勝手にこれはA1,A2なんじゃないの,この生活者としての一番最初だと言っていますけれども,そこもまだコンセンサスはありません。
○伊東委員
はい,分かりました。
○西原主査
では,A1,A2を評価してよろしいのかという話になりますよね。
片や,日本語能力試験は級が五つになってN5ができました。世の中では,聞いたところによると,例えばN5を使って出入国管理局では日本語能力ベースのものをやったらいいんじゃないのかというような話もあるやに聞いています。今どういう状況か分かりませんけれども…。
日本語能力試験というのは,何しろとにかくペーパーメディアなので,それを使われるのは何としてでも阻止した方がいいと思うと,それではない方法で生活するための日本語の支援というのがあった場合に,そこのところをどういうふうに評価するのかという可能性については,少なくともここで提案できるのではないのかなと思います。
○山田委員
もう一つ,ここでは能力評価ということなので,学習している人が自分の能力がどの程度かということを自己評価か他者評価か分かりませんけれども,そうするんだと思うんですけれども,学習する内容を作った側,それを運営する側がどうそのやり方を改善するかという評価は今回は考えないということでいいですか。
○西原主査
ここに提案されているところによると評価の具体的な方法というのは今年度末までにまとまるのでしょうか,どうなんでしょうか。
○山田委員
検討していくわけですね。
○西原主査
はい。そこに委員の方々の御意見がその都度,委員会もたくさんあるようなので,この段階で提案されることについて反応していただくということなのではないかと思います。
○山田委員
分かりました。
○西原主査
半歩遅れていますよね,評価の方の進(ちょく)状況というのは,教育,教材例に比べて。
○杉戸副主査
評価のことも含むので言わせていただきます。本日の配布資料3「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)(概要)」と配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の1ページ目について気になることがあります。議論が2ページ,3ページと進んでいるので,さかのぼることになって恐縮です。
先ほど佐藤委員のお話の中にプログラムの要素という言葉が出てきて,この言葉が使われたときの文脈からすると,ひょっとしたらこの配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」で言えば1ページの標準的なカリキュラム案の活用についての検討事項の最初の,日本語教育プログラムの編成の仕方についてという,そのことにかかわることをおっしゃっているのかと思いました。
これが話の順番からすると,このスケジュール表でもこれは割に最初の段階でやらなければならないことがスケジュール化されているわけですが,この冊子にまとまっている前期の成果の中で,このプログラムという言葉はきちんと定義とか吟味されては使われてきていないと思います。
ただ,今日の佐藤委員の御発言を聞いて私のような者からすると,プログラムという言葉自体にどういう要素がどういう構造で入ってくるか,これがそれこそかちっとした一つしかないものではなくて,地域による多様性もありというようなことが感じられました。
そうすると,今の議論の評価のことも含めてプログラムの中にどういう要素を含めて考えるのか,そこにどういう多様性があってほしいのかということをこの最初の配布資料4「日本語教育小委員会における検討内容と進め方について(案)」の1ページの「2 標準的なカリキュラム案の活用についての検討事項」の「(1)地域の実情に応じた具体的な日本語教育プログラムの編成の仕方について」の議論でやらなければならないのかなと改めて思いました。その中で「日本語教育プログラムの編成手順をフローチャート(flowchart)等の図にする」というのは,恐らく今の最後の評価のところでの御意見の出方を見ると,相当このプログラムの編成のフローチャートということはその要素を立てるか立てないかという,例えば評価という要素をそのフローチャートの中に入れるか入れないかということから始まるような,そういう議論にもなり得るわけですね。
ただ,それは評価の,具体的な評価のことについての議論を先に控えている段階で,まだ評価には立ち入っていない段階でやらなければならないということなので,大変だなという感じがしております。
○西原主査
そうですね。評価というのは最後に1回あるという,そういうものだけではないですよね。
○杉戸副主査
では,そういうフローチャートもあるわけですね。
○西原主査
はい,恐らくそうだと思います。
○杉戸副主査
そういう形ですと,今まで前期,前々期からカリキュラムについての議論が始まったということだと思います。ただ,今日の話を聞くと,カリキュラムというものはプログラムの中の一つの要素であるということを,私なりに改めて勉強したような気がします。
そのカリキュラムをどう具体化するかとか,指導法をどうするかというのも全体のプログラムのそれぞれの要素だという,そういう重要な言葉が今日の1ページに出てきていたということですね。
○西原主査
それこそが分かってもらわないといけない第一のことかもしれません。教育プログラムとか,そういう学習プログラムというものが一体何をもって構成されているかということを,ボランティアの方も含めてみんなが共有していくということが,まずなされなければいけないことでしょう。ほかに何かよろしいでしょうか。
では,これで本日の日本語教育小委員会を終了とさせていただきます。長時間にわたって御議論ありがとうございました。
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