映画振興に関する懇談会 中間まとめ

−日本映画再生のための自律的な創造サイクルの確立に向けて−

平成15年1月31日
映画に関する懇談会

目次
第1部 今,日本映画を再生するために   1
第1章 特に望まれる12の構想 1
第2章 検討の背景と基本的方向 4
第1節 背景−映画の今日的意味− 4
第2節 今後の映画振興の基本的方向 6
第3節 検討の経緯 8
第2部 映画振興の分野別施策 9
第1章 映画の現状 9
第2章 分野別施策 12


日本映画は,「不振」「危機」「滅びる」という言葉でつづられることが多い。けれど,本当にそうだろうか。
我々は,日本映画の可能性を見逃しているのではないだろうか。
提言に向けて,我々は,そういう思いから議論を進めてきた。

第1部 今,日本映画を再生するために

第1章 特に望まれる12の構想

懇談会では,映画の製作,配給・興行,保存・普及と人材養成という四つの分野で議論を行ったが,それらを通じて特に望まれる方策として出された12の構想は,以下のとおりである。これらの構想については,今後更に十分な検討を加えていくことが必要と考えられる。

1 すべての日本映画フィルムの保存・継承を行う制度の創設
国内で製作され公開されたすべての映画のポジ・フィルム(映写用の陽画フィルム)1本について,東京国立近代美術館フィルムセンター(以下,「フィルムセンター」という。)への納入を義務付けるため,必要な法規の改正等を行う。

2 新たな製作支援形態の導入
国は,映画製作に対する支援形態として,人材養成の視点も含め,従来からの助成の充実を図りつつも,中長期的には,市場性のある劇場用長編映画に対しては,公的融資を導入し,民間からの投資を促進する。

3 新映画流通市場の創設
国は,中小の映画製作会社や若手製作者,映画製作を学ぶ者の映画作品が低廉な費用で効率的に流通していくことを促進する新映画流通市場の創設を,インターネットの活用等により促進する。

4 デジタル映像編集スタジオの整備
国は,中小の映画製作会社や若手製作者,映画製作を学ぶ者が低廉な費用で利用できる最新のデジタル編集機器等を備えたポスト・プロダクション(撮影後の加工・編集・調整などの仕上げ段階)のスタジオ整備について支援する。

5 プロデューサー等養成のための大学院の創設
映画の企画から脚本の作成,組織作りから撮影,編集,完成,配給までを統括し,同時に製作に必要な資金調達から,作品の内外への売り込みまでこなせる,財務会計,契約実務等にもたけたプロデューサー等養成のための専門職大学院の創設に向けて,文化庁は協力を行う。

6 人材養成機関の連合体の形成
映画人材の養成を行っている大学,専門学校などの機関が相互に連携し合い,施設・設備の共同利用や授業・講座の共同実施,大学間の単位互換等を進めることにより,我が国全体の人材養成機能を高めるため,人材養成機関によるコンソーシアム(連合体)の形成を図ることとし,文化庁は,このような動きを促進するため,拠点校に支援をする。

7 出会い・交流・顕彰の場としての「映画の広場」(仮称)の創設
国等は,映画に携わる者,映画界を目指す者,映画鑑賞者などの相互の出会いの場を提供し,交流による啓発,知識伝承などの人材養成機能の形成を図るため,交流空間,展示空間,試写室,貸出機材,撮影環境と映画人材に関する情報等を備えた「映画の広場」(仮称)を創設する。

8 地域におけるロケーション誘致の支援
国は,フィルムコミッション(自治体等を中心に設立されたロケーション(野外撮影)を誘致する非営利組織。略称:FC)の行う我が国各地でのロケーション誘致への取組に関し,規制緩和,歴史的建造物等の管理者に対する協力促進の働き掛け,許諾の指針作りや,FCの全国統一組織への支援,建造物等のデータベースの開設・運用などを行うことにより,支援する。

9 非映画館を活用した上映支援
国は,映画上映に係る地理的偏在の是正,上映作品の多様性の確保,鑑賞者の便宜などを図るため,映画祭や上映会などにおける公立文化施設,公民館等の非映画館の積極的な活用を図るための上映支援を行う。

10 子どもの映画鑑賞普及の推進
映画に親しみ鑑賞する素地を培い,同時に生涯にわたって主体的に鑑賞しようとする態度を育てるため,教育委員会や学校は,学校教育・社会教育を通じて,子どもに映画鑑賞の機会を提供することが望まれる。具体的には,学校の教育活動における教材として映画の活用を促進するとともに,上映事業の誘致や実施により,子どもたちが映画を鑑賞する機会を容易に得られるよう配意する。

11 海外展開への支援
日本文化についての国際的な理解を増進すると同時に,映画製作費用回収を容易にすることを目指して,日本映画の海外展開を支援するため,海外映画祭の出品に係る字幕作成やプリント複製への助成,我が国における国際映画祭への支援の在り方の検討を行う。

12 フィルムセンターの独立
フィルムセンターが我が国唯一の国立の映画に関する専門機関として,真にその役割を果たすため,今後,映画にかかわる内外の窓口という本来的な機能を高めることはもちろん,上記の方策等の展開に即して,(1)保存機能,(2)普及・上映機能の抜本的拡充とともに,(3)人材養成機能,(4)製作支援機能を新たに担うことが必要である。
フィルムセンターは,現在は,独立行政法人国立美術館に属する四つの美術館の一つである東京国立近代美術館の附置施設である。しかし,これらの機能を果たすには,その組織を改組,拡充することが必要であり,東京国立近代美術館から独立させることも視野に入れるべきである(独立の形態は,種々の形態が考えられる。)。
その際,映画を含み広く「メディア芸術」として,漫画,CGアート(コンピュータその他の電子機器等を利用した芸術),ゲームなども保存や普及・上映の対象として取り扱うべきか,これまで通り「映画」(アニメーション映画を含む。)に特化すべきかについては,テレビ映像等への波及も念頭に置きながら今後の課題として検討する必要がある。

以上のような構想を推進することの背景は,以下のとおりである。

第2章 検討の背景と基本的方向

第1節 背景-映画の今日的意味-
(総合芸術としての映画)
1 映画は,それまでの芸術とは異なり,文学や演劇,音楽,美術,建築等の諸芸術を包含する総合芸術である。また言うまでもなく,映画は,メディア芸術の原点であり,百年を超える蓄積を有する映像表現の中心である。
複製し大量に頒布することが可能な映画は,それまでの芸術では想定できないほど広範な層の人々の視聴を可能とした。このことから,多くの劇場と映画会社が作られ,そこで多くの作品と人気俳優が生まれ,映画は大衆から熱い支持を受けてきた。こうして映画は,娯楽的な商品であると同時に,時代の折々の感情や思想を含み込んだ文化的な所産であるという,二面性を獲得している。
映画は,ある時代の国や地域の文化的状況の表現であるとともに,その文化の特性を示すものである。

(国民生活における映画)
2 近年の経済の停滞により,国民生活においても,予期し得ない困難や苦境を強いられる局面が少なからず出現している。そのような状況の中にあって,暮らしの中での喜びや励ましを求める場合,幅広い世代に対して,映画は極めて有効なメディアであるということができる。映画は比較的身近な場で鑑賞が可能であり,優れた作品が与える感動は,心の糧となり明日への活力となるからである。一方,急速に高齢社会を迎えた我が国では,中高年のレクリエーションや生涯学習,またそれらを実現する場・機会なども重視されるようになってきている。
そのような場・機会として,映画鑑賞は有益な体験を与えてくれるものである。映画は,鑑賞者に対して様々な感動や安らぎ,楽しさを与えるとともに,見知らぬ世界を疑似体験させることにより,様々な興味と関心を喚起してくれるものだからである。中高年においては,青春時を過ごした時代の映画を改めて鑑賞することで,自らの人生を振り返り,心のいやしを得ることもできる。

(IT時代の有力映像作品としての映画)
3 IT(情報通信技術)の進展に伴い,取り扱われる映像作品の中心は,次第に双方向型のものへ移行していくこととなるが,現在の映画等の映像産業は,未来の最重要コンテンツを生み出す母体であると同時に,それ自体,将来にわたって根強く作品価値を維持していくものと考えられる。
映画,すなわち,大スクリーンで他の鑑賞者と体験を共有しながら鑑賞する定時間単方向映像コンテンツは,現代の多様な映像作品の中で最も基礎的なものであると同時に,最も応用性の高いものである。我が国のコンテンツ生産力を考える時,優れた映画を生み出す力が持つ意味は今も,そして将来にわたっても大きい。
そのような意味で,現在製作されている映画・映像作品はもちろん,過去に作られた膨大な量の映画・映像作品も新たな価値を帯びて見直されてくることとなる。フィルムに刻み込まれた映像を広く収集し,後世のために保存していくことが,より重要度を増していく。そこに集められているのは,我が国の様々な芸術を総合し,映像として表現した固有の文化であるからである。
加えて,それらの映画・映像作品は著作権によって保護される知的財産であり,その製作を積極的に支援することにより,知的財産価値を創出し,それを世界に向けて発信することが,知的財産戦略の一翼を担うこととなる。

(海外への日本文化の発信手段としての映画)
4 東西の冷戦構造が終焉したことによって,民族や文化,宗教の違いに根ざす様々な問題が顕在化し,今日世界の各地で対立や紛争が頻発する事態となっている。その問題がいかに根深いものであるかをあかす例には事欠かない現状であるが,そうであればあるほど,相互の文化を理解し尊重することが求められていると言える。また,米国映画を世界に発信することで,米国文化がどれだけ世界に浸透し,米国発の商品流通にどれだけ効果的であったかを考えれば,海外発信手段としての映画の能力の大きさを理解するのは容易である。その意味で,映画は我が国の伝統と今を世界に発信し,国際間の相互理解を促進するための,言わば「顔の見える日本」を築くための極めて有効な媒体である。

(国の映画振興策)
5 今日,映画は上に述べたような多様かつ大きな意味を,国民全体に対して持っている。そこで,国は,映画の振興のために,映画フィルムの保存,製作支援,国内外での上映支援,中心的拠点の整備などについて,迅速かつ積極的な措置を講じる必要があると考える。

第2節 今後の映画振興の基本的方向
(自律的な創造サイクルの確立)
1 日本映画の振興のためには,日本映画の創造活動を活性化させ,多様で優れた日本映画作品の生産を継続し得る製作と上映の創造サイクルの確立を目指すことが基本である。
このため,国は,映画製作者の自助努力を阻害しないよう配慮しつつ,映画の産業的側面も考慮した製作支援策,上映支援策等を講じるべきであるが,一方,興行収入から製作者に対して適切な収益配分があることが,映画の拡大再生産の推進,そして自律的な製作と上映の創造サイクルの確立のためには必要不可欠であることも指摘されている。
また,海外は,上映のための映画配給のみならず,ビデオ等の販売等による二次利用についても巨大市場であることから,日本映画の海外展開を国が支援することは,日本映画の継続的な製作を可能にし,我が国映画産業を発展させるために必要なものである。

(人材養成の重要性)
2 日本映画をより優れたものとし,世界市場での競争力を高めていくためには,(ア)日本映画のかじ取りができるようなプロデューサー,(イ)若手監督,シナリオ作家,製作従事者,実演家等,(ウ)デジタルによるポスト・プロダクションを担う人材,の優れた個性や才能を早期に見いだし,国際舞台で活躍できるようなプロに育てるとともに,(エ)海外に日本映画を展 開する人材,(オ)普及上映活動を担う人材などの養成が求められている。

(映画フィルムの保存・継承)
3 フィルムセンターは,我が国唯一の国立の映画に関する専門機関であり,かねてより映画文化振興の中枢となる総合的な映画保存所を目指しているものの,劇場公開された日本映画のフィルムの半分も収集・保存できていない状況にある。
近年公開された日本映画のフィルムは,ほとんどが製作会社において保存されているが,保存のための負担は一企業としては重く,このままでは修復不能に陥るフィルムも発生し得るため,我が国の文化遺産保護の観点から問題である。このため,国は,国内で製作され公開された映画作品すべてを文化遺産として位置付け,責任をもって保存・継承を行う必要がある。

国は,以上のような映画振興の基本的方向と映画産業の営みの実態を踏まえつつ,製作,配給・興行から,保存・普及,人材養成までの全体の課題を視野に入れた総合的な振興方策を,関係各方面と連携して講じるべきであり,同時にそれを推進する機関を整備すべきである。

第3節 検討の経緯
(経緯)
1 映画に関しては,文化庁に置かれた懇談会において,これまでにも「映画芸術の振興について」(昭和63年),「映画芸術振興方策の充実について」(平成6年)と2度にわたり報告が出され,その中の施策は適宜事業化され,一定の成果を上げてきている。
その後文化行政に関する状況の変化として,平成13年1月には,行政改革の一環として中央省庁の再編が行われ,同年12月には文化芸術振興基本法が制定された。同法においては,「国は,映画,漫画,アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(以下「メディア芸術」という。)の振興を図るため,メディア芸術の製作,上映等への支援その他の必要な施策を講じる」と規定されている。
これらの動向を受け,本懇談会は14年5月に文化庁長官の裁定により開催されることとなったが,実施に当たっては,文化庁のみならず,総務省,文部科学省,経済産業省,国土交通省等関係省からの参加も得て,省庁別の行政分野に拘泥することなく,国として取り組むべき施策の検討を行った。すなわち,映画の製作,上映等が文化活動であるとともに産業活動であることを正面からとらえ,映画界の構造や枠組みも見据えて,横断的な視点から議論を進めてきた。また,映画振興の原点は,映画界としての自主努力であることを再三確認しつつ,その自立・発展を下支えするために国がなすべきことは何かという観点を明確にして検討を行った。
本懇談会は,第1回から第4回までの会合において,主に諸外国の映画の現状及び振興施策について有識者からヒアリングを行い,それに関する討議を行い,その後9月から2か月間は,本懇談会の下に,「人材養成」,「製作」,「配給・興行」,「保存・普及」をテーマとする四つの分科会を設置し,それぞれ3回ずつ計12回の集中討議を行った。そして,各主査において各分科会報告が取りまとめられ,同年12月12日に行われた第5回会合でそれらの報告が行われた。
この中間まとめは,それら分科会報告を基に現時点で整理した振興構想案に,映画を,取り分け国が支援する考え方を加え,今後映画関係者等の意見を聴くため,取りまとめたものである。

2 映画の振興方策の実現のためには,文化庁・文部科学省,総務省,経済産業省,国土交通省など関係府省,映画・映像の関係機関・関係者の努力はもとより,ジャーナリズム,さらには国民各層の幅広い理解と支援が不可欠であり,広く関係者において,映画振興への取組が一層積極的かつ具体的に展開されることを強く期待したい。特に,フィルムセンターには,我が国で唯一の映画専門機関として,大きな期待が寄せられていることから,その期待にこたえられるよう文化庁をはじめとする関係者の着実かつ強力な支援を願うものである。

第2部 映画振興の分野別施策

第1章 映画の現状

(長期的傾向)
1 映画館入場者数や映画館数が最高値を記録した我が国の映画の全盛期から,既に40年を超える月日が流れている。昭和30年代後半(1960年代)の高度成長下で豊かな生活を獲得した国民は,多様な余暇の時間を持つようになり,映画は「娯楽の王様」から,スポーツや旅行などと同様,数多くあるレジャーの一つへとその地位の変更を余儀なくされた。中でもテレビの急速な普及が映像娯楽を一手に独占していた映画界に大きな影響を与えたことは間違いない。
このような状況の下で,昭和40年(1960年代半ば)ころには,映画館入場者の減少化傾向に対応するため,大手映画製作会社の中には,製作部門を切り離し,他の製作会社から作品の供給を受けながら,主たる映画事業を配給,興行の部門に特化する形で対応策を講じた例がある。
昭和50年(1980年)代に入ると,家庭用ビデオテープレコーダーの急速な普及と貸ビデオ店の出現が,映画館入場者の減少に大きな影響を与えたが,その一方,家族や友達同士での気軽な映画の楽しみ方を提供した意味で普及面での功績も少なくなく,また二次利用収入による資金回収の道を拡大した点で映画製作の可能性を広げるなど大きな意義があった。
現在,大手映画製作会社は経営上の大きな危険要因が伴う自社製作作品の比率を下げ,他の製作会社作品の配給,若しくはテレビ放送(地上波放送,BS・CSによる衛星放送,ケーブルTV放送)やその後の著作権ビジネス等を想定した共同出資による「製作委員会」方式での製作が主流となっている。
映像媒体は更に発展を続け,最新の媒体であるDVD(デジタル多目的ディスク)は,平成12年(2000年)春に人気ゲーム機の後継機としてDVD再生可能なものが登場したことなどもあって,各家庭に急速に普及して いる。このDVDは高密度の情報集積力を有しており,製作過程の情報や俳優の個別データなど付録が収録されていること,画質の劣化がないことなどにより,映画DVDソフトは,レンタルより購入が主流となっており,映画の普及と収益向上に大きな効果を上げている。映画館での鑑賞とビデオ・DVDそしてテレビ放送による鑑賞を合わせれば,近年の我が国では映画全盛期もしのぐ映画鑑賞者数に及んでいるとも考えられる。
加えて,DVD利用により高質化・低廉化したホームシアターシステム(家庭用簡易映画上映装置)も,高画質・大画面・薄型のプラズマディスプレイ(ブラウン管を使わない新方式の映像出力装置)の登場や音響機能の向上などもあって,一般家庭へも普及し始めており,映画館に行かずして,映画を楽しむ傾向は増してきている。
さらに,家庭用ビデオカメラにより,家族撮影などを中心に自ら映像を作る者はこの10年で見ても格段に増えており,映像文化に親しむ層が確実に広がっていると言えよう。

(近年の特徴的な傾向)
2 平成6年に出された「映画芸術振興方策の充実について」以降,進展した状況の第一は,映画館数及び映画館入場者数の長期低落に歯止めがかかり,共に微増傾向に転じたことである。平成6年と13年で比較すると,それぞれ1,758館が2,584館,1億2,299万人が1億6,328万人となり,さらに興行収入も1,536億円が2,002億円と上昇傾向となっている。
これは従来の映画館経営とは異なり,不動産に係る負担が少なく大きな集客を見込めるという観点から立地を選び,一箇所に多数のスクリーンを有して観客サービスを提供する米国の「シネマコンプレックス」型の映画館の増加によるところが大きい。平成6年には6館20スクリーンであったものが,日本の興行会社が参入したこともあり,13年末には,159館1,259スクリーンとなり,全スクリーンの半数近くをその種の映画館が占める状況となっている。
平成6年以降の推移の中で,総じて言えることは,大手撮影所の閉鎖に象徴されるように,「大手邦画製作本数」=「邦画上映機会」の減少傾向の進行と,シネマコンプレックスの進出による従来の配給・興行システムの変化である。
以前から指摘されているように,撮影所が抱えていた技術系のスタッフは,日本映画の全盛期を支えた人材であり,撮影所は映画文化を支えた人材の集積地であったと言っても過言ではない。その撮影所が閉鎖されるということは,そこで長年培われ蓄積された映画表現を支えるノウハウ,映画という文化的財産を継承していくためには,製作現場と直結した人材養成という機能も絶えてしまうことを意味している。
一方で,近年では中小の映画製作会社の邦画作品は,全体の30%前後を占め一つの層を形成しているが,これらの多くは「上映機会」=「出口」を求めるに際し,スクリーン数で80%以上を占める大手会社の邦画配給・興行網にはなじみにくいため,中小の映画配給会社の配給によって主として都会のミニ・シアター(大手配給系列に属しない独自配給上映館)などで公開され,上映地域や機会の限定されたものとなっている。そのような状況の中で,さらに大手映画製作会社の一角がブロック・ブッキング(興行会社に1系列の映画配給会社の映画のみ購入させる取引)を離脱する事態が生じた。
このことにより,邦画・洋画を問わず,製作会社の規模も問わない大競争時代が到来したと言える。共通の舞台においてビジネス面での展望が開けたことは望ましいことである。実際,大手製作会社系列のシネマコンプレックスにおいても自社系統でない作品を上映したり,長年自社の作品を配給してきた映画館(独立興行者が経営)が存在する地域のシネマコンプレックスに対しても作品を配給するなど,従来にはなかった現象も起きてきている。

第2章 分野別施策

「製作」,「配給・興行」,「保存・普及」,「人材養成」のテーマについて四つの分科会で検討された施策を列挙すると,以下のとおりである。

映画製作
日本映画の振興のためには,日本映画の創造活動を活性化させ,多様で優れた日本映画作品の生産を継続し得る創造サイクルの確立を目指すことが基本である。その際は,映画製作者の自助努力を阻害しないよう配慮しつつ,映画の産業的側面も考慮した製作支援策を講じるべきである。
(1)新たな製作支援形態の導入
当面の策として,既存の製作助成事業の統合・メニュー化,助成単価の最高額の増額
中長期的には製作支援の新たな形態として,市場性のある劇場用長編映画への公的融資の導入や民間からの投資の促進。また,市場性のある劇場用長編映画以外の作品に対する公的助成の充実,CG製作に対する公的助成
中長期的な資金調達の方途の拡大としては,次のとおり。
 
商品投資に係る事業の規則に関する法律(商品ファンド法)における映画ファンド組成の円滑化(小口化,許可要件の見直し)
個々の映画作品の入場者数,興行収入に係る更なる情報開示
映画投資に対する税制上の優遇措置
プリセールス(作品完成以前の段階で完成後における配給権,テレビ放映権等の買取り契約を結ぶこと)のための完成保証を行う保険会社等に対する政府の保証措置の検討
(2)海外展開への支援
字幕作成助成,プリント製作費の助成,宣伝用素材の製作助成
海外映画祭への渡航費助成,見本市ブース出展助成
東京国際映画祭等,我が国における国際映画祭の支援の在り方の検討
(3)映画撮影所及び撮影現場の製作環境の向上
映画撮影所の固定資産税等の減免措置
映画製作に係るスタッフや実演家の社会保障,労働条件等の環境整備
国の支援による最新のポスト・プロダクション・スタジオの整備
屋外撮影セットの場の確保についての検討
(4)地域における野外ロケ誘致の支援
フィルムコミッション(FC)の行うロケーション誘致への取組に対し次のような支援を実施
 
規制緩和の推進,許可申請・処理の一元窓口化の促進
歴史的建造物等の管理者に対する協力促進の働きかけ
許諾の指針作り
FCの全国統一組織への支援
建造物等のデータベースの開設・運用

配給・興行−上映機会の拡大−
国内で製作された映画作品のできるだけ多くが,より多くの人々に鑑賞され,多様な評価を受けるとともに,市場から製作に必要な資金の回収が進むよう,鑑賞者側の視点をより明確にしながら,多様な上映機会拡大のため上映支援の充実を図るべきである。
ただし上映支援策を講じるに当たっては,既存事業者の上映拡大努力の支援と新規事業者による映像上映事業の誘発を基調とし,映画産業の市場構造をゆがめたり,事業者の自助努力をそいだりしないよう十分な注意を払うことが必要である。また,上映作品の内容の選択には,上映者のみならず,鑑賞者の発意が尊重されるべきである。
公立文化施設,公民館等の非映画館を積極的に活用した上映支援
映画祭への助成単価の引上げ,支援数の拡大
製作・配給・興行間の相互信頼関係の確立
映画館建設のための限られた用途地域枠(現在,商業地域と準工業地域のみ)の拡大
独立系製作会社や若手作家の作品が低廉な費用で効率的に流通することを促進するための,インターネットを活用した新映画流通市場の創設支援
映画館,上映事業者への上映支援を恒常的に行う映画上映ネットワークの活動への支援
映画の配給・上映活動の実態調査
興行成績の透明化のための映画館における発券業務管理システム導入
自由な上映事業の実施を阻害する要因の除去のための環境整備
地域での上映事業を開催したり,上映会を企画したりできる人材や映画館の教育普及担当者養成のための研修会開催
配給会社に対する映画フィルムの複製費の助成,使用済みプリントの巡回上映活用の働きかけ
映画館におけるデジタル映写機の導入支援,デジタル映写機の研究開発に対する助成
デジタルコンテンツ地域上映事業実証試験(地域上映事業者と映像提供者の出会いの場の提供による,公共劇場でのデジタル映写機を用いた低廉な費用の映像上映事業支援)に対する公立文化施設や公民館の利用に係る協力

映画の保存・普及
(1)国の責任による保存・継承
国は,自国で製作された映画作品すべてを文化遺産として位置付け,責任を持ってその保存・継承を図るべきである。
国内で製作された全映画のポジ・フィルムのフィルムセンターへの納入義務付け,オリジナル・ネガ(映写用フィルムのための原版となる色反転フィルム)又はデュープ・ネガ(映写用フィルムを焼き付けるために直接使用する色反転フィルム)の寄託勧奨,寄贈促進
製作会社が保存するネガ関係の修復作業に対する支援
収蔵フィルムの利活用のためのビデオ化の促進,デジタル化の推進,館内視聴施設の設置,将来的にはインターネット接続に使うブロードバンド(高速度大容量)回線を利用したデジタル映画配信システムの構築
(2)鑑賞者の立場に立った普及活動
国が,映画の普及を考えるに当たっては,(ⅰ)国民一般の鑑賞者の立場に立つこと,(ⅱ)映画鑑賞の導入としては外国映画も有用なこと,などに留意して,その振興施策を講じるべきである。
また,監督・スタッフ,実演家等を積極的に活用することも大切である。
子どもへの映画鑑賞普及の促進
  映画は,映画館等の(1)非日常空間の中で,(2)暗やみで自己の存在を消し,集中して(3)大スクリーンでの高画質の映像と,(4)包み込むような高音質の音響を味わい,さらに(5)周囲の観客との一体感も得るものであり,子どもたちが発達段階に応じた体験をすれば,生涯にわたって主体的に映画を鑑賞する素地が培われる。
 
学校の教育活動における教材としての映画活用の支援
総合的な学習の時間等において鑑賞を行う場合の支援
各都道府県・市町村にある視聴覚センター・ライブラリーの映画等の視聴覚教材の充実,研修教材としての映画活用の推進
(土)午前中における映画館等での子ども映画上映会の開催の推進
映画上映機会の拡大
 
住民ニーズを踏まえた映画祭の開催や公共上映の取組など短期集中型の上映活動への助成金の充実
映画作品の映像製作者からの調達費用の適正さの確保
自主製作映画の上映機会の拡大
全国の映画ファンによる支援組織の創設
  全国の映画ファンを対象とする日本映画の支援組織の創設を支援し,電子メールなどにより最新の情報を提供し日本映画の普及を図るとともに,上映会等の企画開催など,核となる層の形成にも努める。
海外普及の推進
  様々な日本文化を発信することにより,「顔の見えない日本」からの脱却を図る。フィルムセンターが中心となって実施する。
 
海外上映のための字幕作成やプリント複製費の助成
日本映画のデータベースのウェブサイト立上げ
フィルムセンターの普及事業充実
 
優秀映画鑑賞事業や夏休み子ども映画館事業の広報・周知の強化
民間の映画上映ネットワークと地方公共団体との連携による上映会等の普及活動への支援
フィルムセンターは,できるだけ多くの日本映画作品について,ネットワークを通じた高度な検索を可能とし,映画フィルムの利活用を円滑化するため,作品に関する諸権利,利用条件,内容についての情報の収集・管理を図る。

人材養成
我が国の映画人材の養成を担っていた,いわゆる撮影所システムが弱体化した今,新たなシステムとして,以下のような要素から成る「人材養成総合システム」を構築することが必要である。
 
〔新しい才能の発見・紹介段階〕
(1) 新人監督,若手シナリオ作家等の作品を対象とするコンクールへの支援
(2) 養成機関間(大学,専門学校等)のネットワーク化支援
(3) 養成機関と製作現場との連携,インターンシップ(就業体験)の活用のための支援
〔新しい才能開花のための育成段階〕
(4) 新人コンクール受賞者等へのデビュー作品への製作支援,上映支援,海外発信支援
(5) プロデューサー,エンターテインメント・ロイヤー(娯楽産業専門弁護士)等育成のための専門職大学院創設への協力
  大学院では,製作実習を含め体系的なカリキュラムを組み,分野ごとの教育プログラムは,映画産業界と大学院が共同開発。また,映画関係会社や文化庁,フィルムセンターからの寄付講座・委託研究を積極的に受け入れ,教育研究機能の充実を図る。
〔製作・配給・公開への支援段階〕
(6) 製作費助成
(7) 大手配給網に乗らない作品の上映支援
(8) 海外展開支援(字幕作成,映画祭参加,日本国ブース開設)
〔情報流通に対する支援段階〕
(9) 人材データベース,撮影環境データベースの開設・運用
(10) 映画関係者の出会いの場としての「映画の広場」(仮称)の創設
  フィルムセンターの機能を拡充し,現在の機能に加え,映画界を目指す若者や現役映画人が集い交流する誘因となるよう,次のような取組を新たに実施。
 
施設内のロビー等の壁面への優れた映画監督等の功績をたたえた彫刻の掲出
若手監督作品,自主製作映画作品の収蔵の充実,小ホールや試写室利用の簡易化,文献,資料等の閲覧室の休日開室・時間延長などのサービス改善
映画撮影所やロケ地の使用条件,機材の借用条件などを登録する「映画撮影環境データベース」の開発,端末設置
養成機関を卒業しながらも他の職に就いている者のうち,映画界への就職を希望する者の情報を登録する「映画人材データベース」の開発,端末設置
施設の改修による交流空間の整備
既存の在外研修,国内研修制度の人員枠の拡大などの充実,募集対象へのプロデューサーの明示的追加
既存のフィルムセンターの映画製作専門家養成講座の受講人員枠の拡大,現場実習の導入,海外からの優れたプロデューサーの招致
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