重要文化財(建造物)の活用について(通知)

平成8年12月25日
庁保建第161号
各都道府県教育委員会教育長あて,
文化庁文化財保護部長通知

 文化財保護法第1条は,この法律の目的を「文化財を保存し,且つ,その活用を図り,もって国民の文化的向上に資するとともに,世界文化の進歩に貢献すること」と規定しており,保存と活用は文化財保護の重要な柱と位置づけています。
 しかし,文化財(建造物)の活用については現在必ずしも十分な状況になく,今後の活用の促進に関する施策の充実が強く求められています。
 このため,文化庁文化財保護部では,学識経験者等から成る「重要文化財(建造物)の活用指針に関する調査研究協力者会議」を組織し,対策を検討してきましたが,このたび,同会議により別紙「重要文化財(建造物)の活用に対する基本的な考え方(報告)」が取りまとめられました。
 この報告は,今後の重要文化財(建造物)の活用施策についての基本的な提言であり,文化庁としては今後の施策に生かすべく,さらに具体的な検討を続けていく予定です。
 今後,貴教育委員会において重要文化財(建造物)の活用に関する施策を推進されるに当たっては,別紙報告の内容に配慮していただくようお願いします。また,貴管下市(区)町村教育委員会及び文化財建造物の所有者に対しても,この趣旨を周知していただくようお取り計らい願います。
 なお,文化庁としては,今回の報告を踏まえ,重要文化財(建造物)の活用計画に係る基準を策定するための具体的な検討を進めること及び既に活用されており今後の参考となるものについて活用事例集をとりまとめることを予定しておりますので,これらについてご協力をお願いします。

重要文化財(建造物)の活用に対する基本的な考え方(報告)

平成8年12月16日

 重要文化財(建造物)の活用指針に関する調査研究協力者会議は,文化財保護審議会文化財保護企画特別委員会報告「時代の変化に対応した文化財保護施策の改善充実について」(平成6年7月15日),近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議報告「近代の文化遺産の保存と活用について[建造物分科会関係]」(平成7年10月16日)等において重要文化財(建造物)の活用方策について検討する必要性があると指摘されていることにかんがみ,平成7年10月24日から重要文化財(建造物)の今後の活用の方向に関して調査研究を進めてきたところである。このたび,本協力者会議の6回の検討を踏まえ,結果を取りまとめたのでここに報告する。

1 文化財の保存と活用

 文化財保護法は,その目的を「文化財を保存し,且つ,その活用を図り,もって国民の文化的向上に資するとともに,世界文化の進歩に貢献すること」と規定しており,保存と活用は文化財保護の重要な柱と考えられている。しかしながら,従来の文化財(建造物)保護行政では,保護の力点が保存に置かれて来たことは事実である。
 なお,遺産の保護に関する国際的な原則を示している国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の「文化遺産および自然遺産の国内的保護に関する勧告」(1972年)においても,各国は文化遺産及び自然遺産の保護,保存及び整備活用について責任を負うとしている。
 文化財の保護は,文化財の価値を維持すること即ち保存することがまず必要な条件となるのは当然であるが,歴史的建造物保護の主たる対象が,近年まで社寺建築など現代的な活用には馴染まないものが中心であり,かつ,優品に限定されていたことなどから,活用よりも保存が優先されてきたと考えられる。
 しかし,最近は所有者等や地域住民,地方公共団体などにおいて,文化財に対する関心が高まるとともに,それを積極的に活用したいという希望や意欲が高まっている。特に,現代社会の中で機能し続けているものが多い近代の建造物や,居住等に用いられている民家等の文化財では,継続的な使用を可能とし活用していくことが文化財としての保存の前提となる。また,保存のため公有化される文化財建造物も増えているが,公共の施設として活用されることが期待される。このように,文化財(建造物)が価値あるものとして後世に伝えるべきものであることについて理解を広げ,深めるためには,文化財(建造物)の保存とともに活用を適切に進めることが大切である。
 一方,文化財の保存に対する配慮を欠いた利用は,結果として文化財の価値を損なうおそれもある。言うまでもなく,文化財建造物は,一度失われてしまえば取り戻すことのできない固有の価値を持っている。とりわけ,重要文化財である建造物は,数多くの歴史的な建造物の中でも典型的な存在であり,活用に当たっては文化財としての価値を損なうことのないよう特別に配慮する必要がある。したがって,重要文化財の活用に当たっては適切な基準ないし考え方が示されることが必要である。
 このような観点に立って,本協力者会議は,今後求められる重要文化財(建造物)(以下,「文化財」と略記する。)の活用のための基本的な考え方を以下にまとめて記すこととする。

2 文化財の活用に求められるもの

  1. 文化財の活用
    文化財において,何をもって活用をしていると言うべきか。文化財の活用といえば,建物内部を美術館やレストランとして使用している事例が直ちに思い起こされる。しかし,このような事例ばかりが活用ではない。公共の財産としての文化財の活用を,文化財の本来の価値や魅力が社会に示されることとするなら,文化財に日常的に接し得ることなども広く活用に該当すると考えられる。
  2. 公開
    活用の中で最も一般的な方法は,文化財の公開である。文化財を気軽に眺め親しめる存在にすることが,地域における最も有効な文化財の活用の手法と言える。
    公開については,まず文化財の外観の公開が基本となる。特に,近代の公共建築や大型の社寺建築など都市や集落の歴史的な景観を構成する要素となっているものは,その場所に在り続け,誰もがいつでも眺め親しむことができること自体が活用であると言える。
    文化財の外観の公開について一層効果を高めるには,文化財の所在やその内容を容易に知ることができるような標識や解説資料などの充実,また文化財の外観をより引き立てるような周辺地区の整備等が今後望まれる。
    一方,外観の公開にとどまらず,文化財の内部を公開したり,広大な敷地内に所在する文化財の外観を公開する場合には,所有者のプライバシー保護や宗教建築としての性格の保持,管理方法などとの調整を図る必要がある。しかし,それぞれの文化財の状況に応じて,期間を限定するなどの工夫を図り,建物内外の公開の機会を設けることが望まれる。
  3. 機能や用途の維持
    次に,文化財がもつ機能や用途を維持し,使い続けることは活用のひとつの在り方である。例えば民家建築に住み続けること,社寺建築を宗教行事に用いることなどが該当する。
    文化財を理解する上で,建設当時の機能や用途それ自体が重要であり,それが維持されていることが文化財の価値の一部となっている場合が多い。このことは,例えば,現役の民家が移築された無住の民家よりも生き生きと感じられることや,閉鎖されていた芝居小屋での演劇再開が地域から大きな期待を持って迎えられることからも明らかである。
    ところが,文化財の本来の機能や用途も,時代の変化によりかつてのものと全く同じではなくなっている。特に,民家建築における居住の形態は,建築当初とは大きく異なっており,現代の暮らしを続けるために必要な建具や家具の変更,設備等の更新などが今後とも求められている状況にある。
    このような要請に応じて内部の改造等を行うことは,文化財としての価値を損なう可能性を有するが,一方で,居住に用いられるというような従来からの機能や用途が維持されていることの意義は非常に大きい。したがって,本来の機能や用途の維持をできる限り図るとともに,既に機能や用途が失われている文化財についてもその復活が可能となるように十分に配慮すべきである。
  4. 新しい機能や用途の付加
    一方,公共建築や民家の一部を喫茶店として使用することや,工場建築をショールームとして用いるなど,建物が本来持っていた機能や用途が失われてしまった後に,新しい機能や用途を加えて積極的に活用する方法もある。
    これらの方法は,特に本来の機能や用途を維持できなくなった近代の建造物や民家建築にあっては,公開の機会の拡大につながるので,文化財の魅力を広く伝える手法として極めて有効と言えよう。
    しかし,近年,歴史的建造物の活用に名を借りて実質は文化財の価値の破壊行為となる事例も散見される。そのため,機能や用途の変更に当たっては,文化財の持つ価値の所在を把握し,工場等の実施による価値の損失を最小限にとどめ,むしろその魅力を引き出すような手法を確立することが求められる。
  5. 活用と文化財的価値との両立
    文化財は,建設後長い年月を経ていることから,後世の改変が加えられている場合が少なくない。改変部分を含めて構造・空間構成・部材・各部の技法などあらゆる部分に,独自の価値を見出すことができる。
    しかし,あらゆる面に価値があることを強調して現状を変えることを頑なに否定することは,改造を伴う活用の有効性を全く否定してしまうこととなる。
    文化財に新しい機能や用途を加えて活用する場合はもちろん,本来の機能や用途を維持する場合でも,部分的な現状の変更は避けられないことがある。
    文化財保護の要である保存と活用の両立を目指す際には,文化財の現状を変更してはならない部分と,変更もやむを得ない部分を十分に議論して認知しておく必要がある。
    文化財には,景観上の重要な役割を果たしているものなど歴史的な景観の形成に大きな寄与をしているものや,屋敷構を構成している民家建築のような一連の建造物群として価値が見出せるものなど,位置や規模を含めた外観に文化財的価値の力点があるとみなされるものがある。このようなものの中には,活用のために行なわれる内部の改造は,文化財的価値を必ずしも大きくは減じないと判断される場合もあると考えられる。また,細部に価値の力点があるとみなされるものでは,装飾的部材や特殊な技法・仕様を損傷しないよう配慮を要するなど,文化財の価値に応じた判断が必要となる。

3 文化財の活用における景観や環境の役割

  1. 景観や環境と一体となった文化財
    建造物は,その建設時における景観や環境を前提条件として作られたものであり,同時に,文化財の存在が周囲に影響を与え,景観や環境が形成されてきている。このような文化財を中心とする歴史的景観や環境に対しても,保全と活用が求められる。
    既に,文化財である建造物については,建造物単体の歴史的あるいは芸術的な評価に基づく指定に加え,一連の建造物群としての評価に基づく複数棟の指定や,建造物と一体となっている土地の指定などを行い,また,伝統的建造物群の保護制度を創設するなど,景観や環境の保全に一定の成果をあげてきた。
    しかし,文化財に隣接する各種の便益施設の整備に際しても,景観や環境に対する配慮の必要性が強く叫ばれている。景観や環境の保全自体が,総合的な文化財の活用となる方途を考えるべきである。
  2. 活用の対象となる範囲
    文化財保護法では,有形文化財を「有形の文化的所産で我が国にとって歴史上又は芸術上価値の高いもの(これらのものと一体をなしてその価値を形成している土地その他の物件を含む。)」と定義し,建造物についてはこれまでに民家を中心にして一体的な価値を有する敷地について,土地を含めた指定を行っている。
    ここで,「一体をなしてその価値を形成している土地」を,敷地単位など歴史上意味のある範囲に限定せずに,周囲の景観や環境の保全にも配慮して土地の指定を進め,活用のための保全あるいは整備を行うことが望まれる。
  3. 景観や環境への配慮
    文化財を中心とした景観や環境は,土地の形質・敷地の区画・植生・水系・その他の建造物など,多くの要因が絡み合って形成されている。したがって,その保全に当たっては,文化財が最も魅力的な存在であった時期の景観や環境を前提としながら,活用を図る必要がある。
    特に,駐車場・管理施設・商業施設など文化財の活用のために便益施設を整備しようとする場合には,文化財とその周囲の景観や環境に対して十分に調和を図ることが必要である。
    また,やむを得ず文化財を移築する際にも,移築先が本来の立地条件を想起させるものであることが望ましい。

4 文化財の活用を進めるための施策

  1. 文化財に対する公的規制の在り方
    文化財であっても,所有者等にとっての資産である。どのような方向で保存していくか,活用していくのかの決定は基本的には現に所有している者の意思によるべきものである。しかし,公共的な存在である文化財の保存という観点からは,文化財の改変等に法的規制を加えることが必要である。
    そのような規制の代表的なものが,文化財保護法第43条に定める「現状の変更」及び「保存に影響を及ぼす行為」に対しての文化庁長官の許可制度である。
    文化財の現状を変更する行為は,「維持の措置」と「非常災害のために必要な応急措置」に該当する行為を除けば,全て予め許可を必要とする。「維持の措置」には,文化財がき損している場合の原状復旧と,き損拡大防止のみが該当するものとされている。
    このような規制は,文化財の保存に関して大きな役割を果たしており,保存のために不可欠なものであるが,一方では「釘一本打つこともできない文化財」というような誤った認識が流布していることも事実である。現行の規制の運用はかなり厳格になされており,そのことが文化財の積極的な活用を妨げている側面があるのではないかとの指摘もある。
    現状の変更等の規定の運用については,今後とも,許可制度の意義を踏まえつつ,文化財の価値の所在点や実状に応じて活用に資するという視点を考慮し,一層適切な措置を図るようにすべきである。
    近代の大規模な建造物や土地と一体となった建造物群からなるものなどは,その機能や用途を維持し安全性を保持するために,常に補修・改修を必要とする。建造物の維持管理に際して通常行なわれる行為など,文化財の本来的な機能や用途を維持していくために必要な事項については,状況に応じて現状変更を許可したり,あるいは現状の変更等の許可を要しない「維持の措置」に含めて考えたりすることについても今後検討の必要がある。
    また,活用のための改変が許可を要する「現状の変更」に該当するか否か,該当した場合に許可されるかどうかを所有者等が事前に判断することが困難であるとの指摘もある。許可される場合でも手続に要する期間が相当かかるとも言われる。このようなことが絡みあって,所有者が重要文化財として指定を受けたり,指定後の活用を進めることに対して消極的となっているとも考えられる。
    今後,規制の範囲を明確にして運用の仕方について分かり易く所有者等に示していくことが必要である。文化財的価値に影響を及ぼさない軽微な現状の変更については,事務手続を簡略化し,所有者自身の判断に基づき迅速に対応できるよう検討する必要がある。
    また,「保存に影響を及ぼす行為」についても,「影響の軽微である場合」は許可を必要としないものと規定されているが,どのような場合が該当するか明確に示しておく必要がある。
  2. 活用計画の必要性
    このように,公的な規制を再検討し,弾力的な措置等を適用するに際しては,文化財の所有者等は,事前に文化財の保存のために必要な維持管理や修理に関する事項を定めた保存管理計画を策定し,その中で周囲の景観や環境と一体となった活用計画を明確にしておく必要がある。
    活用計画では,当該文化財を如何にして活用していくかの基本方針を定め,活用に係る問題点,特に安全面での課題について把握した上で,その解決案を作成しておくことが必要である。不特定多数が使用する施設として活用する場合には,重要文化財であっても十分な安全性を確保しておくことが必須条件となる。
    保存と活用の両立を図るためには,文化財保護のために守るべき事項を明確にし,文化財としての価値の所在,すなわち厳密な保存が要求される箇所と活用に資するために改変が許される箇所とを可能な限り明らかにしておくことが重要である。このため,活用にともなって補修や改造が予定される場合など,所有者等は必要に応じて文化庁と緊密な連絡・協議を行う必要がある。
    活用計画の策定に際して,所有者等による自主的な判断と対応を可能とすることは,活用に関する様々な企画を誘導し,ひいては文化財保護の拡充を進める上で必要である。このために,活用を含む保存管理計画の策定についての基準を示し,これに則って計画された活用内容に沿った現状の変更等については,許可手続の簡略化を図るなどの措置についても検討する必要がある。
    機能や用途を維持し安全性を維持するために,継続的な補修・改修が常に想定される場合には,このような措置が特に必要である。
  3. 活用事例の評価と広報
    文化財の活用は,いまだ社会的な認知を十分に得ているとは言えないが,現在様々な手法で広がっており,今後とも多様化していくものと考えられる。しかし,その一方で,活用に名を借りて行なわれた行為が文化財の価値を著しく損ねてしまった場合もある。
    したがって,文化財の活用の具体的な手法について,どのようなことが可能か,どのようなことが適切かなど,広く経験を交換できるような方策が必要である。
    このため,重要文化財とその周辺環境を中心とする,地域にとっても魅力的な総合的な文化財活用事業が各地で行われるために,文化財の外観や内部の公開,機能や用途の維持,新しい機能や用途の付加など,様々な手法による活用事業をモデル的に実施することが望まれる。
    また,活用に関する各種事例を広く収集し,活用と文化財的価値との両立の観点からその評価を行うとともに,特に参照すべき事例については,その内容を周知していくような努力を継続的に行っていく必要がある。

担当

文化庁文化資源活用課

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