建造物分科会関係

平成7年10月16日
近代の文化遺産の保存・活用
に関する調査研究協力者会議

 近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議は,近年における社会経済情勢の変化に伴い大きな課題となっている近代の文化遺産の適切な保護を図るため,その保存と活用の在り方について調査研究を行うことを目的として平成6年9月1日に設けられ,記念物,建造物,美術・歴史資料及び生活文化・技術の4分科会において調査研究を進め,記念物分科会関係については既に報告を行っている。 このたび,建造物分科会における6回の検討を踏まえ,近代の建造物の保護に関する調査研究結果を取りまとめたので,ここに報告する。

1 近代の建造物の保護の在り方に関する検討の視点

  1. 近代の建造物の保護の必要性
     国は,建造物のうち,「国宝及び重要文化財指定基準」(昭和26年5月10日文化財保護委員会告示第2号)に基づき,意匠的に優秀なもの,技術的に優秀なもの,歴史的価値の高いもの,学術的価値の高いもの,流派的又は地方的特色において顕著なものを重要文化財に指定している。
     近代の建造物は,従来のものに比べ多様かつ大量であり,それらの中には建設されてから相当の年数を経て,文化財としての評価が定まっているものも少なくない。
      しかし,その指定は,現在のところ,建築物については,大正期までの住宅,学校等について進められているが,土木構造物については,ほとんど指定されていない状況である。さらに,昭和期の建造物については,全く指定されていないのが現状である。
      その一方で,近代の建造物は,老朽化が進み維持管理が困難であることや,都市の再開発等に伴い土地の効率的利用が求められていること,また,産業構造の変化に伴い高度の利便性が求められていることなどにより,取壊しや改変が行われているものも少なくない。
     このため,文化財として価値のある近代の建造物の保護に関して,従来の保護の考え方の見直しを含め,一層の充実を図る必要がある。
  2. 近代の建造物の特質と検討の視点
     近代の建造物は,これまで保護の対象としてきた建造物とは大きく異なる以下のような特質を持っている。
    • (1)学校,官公庁,工場等の建築物や橋梁,ダム等の土木構造物なども対象となるため,多様,大量で,規模も巨大であること。また,同種のものが多数存在する場合もあること。
    • (2)日本の伝統的技術に加えて西洋の建設技術が用いられたものが多く,材料も,木,土,石から煉瓦,鉄,コンクリート,更には工業化学製品等まで多岐にわたっていること。
    • (3)現在も本来の用途に使用されたり,用途変更により再利用されているものが多く,将来においても継続的に使用されるものが多いこと。
    • (4)土木構造物は,自然の外力(風力,波力等),人為的な外力(車輌荷重等)を繰り返し受けるものが多いこと。また,公共の利用に供されているものが多く,自然災害等を受け,大幅な改築や新築又は緊急な取壊しが必要な場合があること。
     このような近代の建造物の特質から,その保護を推進するに当たっては,重要文化財指定の対象とすべき時代範囲及び対象とすべき建造物の範囲等について再検討する必要がある。また,保存と活用に関しては,建造物本来の機能の維持と文化財としての価値の維持との調整等の課題について検討する必要がある。

2 近代の建造物の保護の指針

  1. 対象とすべき時代範囲
     指定対象とする時代範囲の始期は,近代の特質を持った建造物が建設され始めた時期,即ち,我が国が建築,土木に関する西洋の技術の導入を始めた時期としてとらえることが適当と考えられる。
     一方,終期については,建造物としての歴史的価値や学術的価値が確定するには,一定の時間の経過が必要である。将来の指定を考慮すると,建設後の経過年数を基準にすることが適切であり,それらの価値を判断するには,少なくとも半世紀程度の時間の経過が必要であることから,「建設後50年の経過」とすることが適当と考えられる。
     なお,建設後50年に若干達しないものでも,緊急を要するものについては,保護措置をとることができるようにする必要がある。
  2. 対象とすべき建造物の範囲
     現在の建造物の「国宝及び重要文化財指定基準」では,建造物の範囲は,「建築物及びその他の工作物」と定められている。近代の建造物の保護を推進するため,以下のことについて考慮する必要がある。
    • (1)現行の指定基準では,土木構造物は「その他の工作物」として扱っている。しかし,近代には多数の土木構造物が建設されており,その中には文化財としての価値が認められるものが存在することから,その積極的保護を図るためには,基準上の位置付けをより明確にする必要があること。
    • (2)西洋の建設技術が用いられた建造物に限らず,我が国の伝統的技術によるものも保護の対象とすること。
    • (3)建築物及び土木構造物と一体をなしてその価値を形成している家具・什器,機械・設備,設計図書等についても併せて保護すること。
  3. 指定すべき建造物を選択する際の考え方
     指定すべき建造物を選択するに当たっては,近代の建造物の特質から,以下のことについて考慮する必要がある。
    • (1)建築物は,一定の割合(原則として3/4程度)で外観が保存されていれば価値を認めること。
    • (2)土木構造物は,部分的に保存されていれば価値を認めること。
    • (3)同種のものが多数存在する場合においても,典型的なもの,先駆的なもの,完成度の高いものは評価すること。また,地域的な特性や群としての価値についても考慮すること。
    • (4)指定後の文化財としての保護・管理に関して,所有者・管理者・関係地方公共団体・文化庁等の間で合意しておくこと。
    • (5)史跡,美術工芸品・歴史資料等との関連を有するものについては,関係する各分野と密接な連携を図り,総合的な保存を考慮すること。

3 近代の建造物の保存と活用の在り方

  1. 所有者,管理者への配慮
     近代の建造物は,現代社会の中で機能し続けているものが多い。重要文化財についても文化財としての価値を維持するとともに建造物本来の機能を確保し,活用しながら保存していくことが重要である。このため,所有者・管理者が以下の観点から行う行為については,円滑に行えるよう配慮する必要がある。
    • (1)安全性の確保
      経年による老朽化・劣化等による建造物自体の強度の減退や地震,風水害若しくは津波等の自然災害又は火災等の予期せぬ災害等に対しては,重要文化財についても,日常的・定期的な保守・点検はもとより,適宜,予防又は復旧のための修理・改修が必要になる。
      特に,ダムなどのように広域的な安全性に強く影響するものについては,その安全性に対する慎重な配慮が必要であり,また,公共の利用に供しているものについては,利用者の安全の確保が不可欠である。
    • (2)利便性の確保
       重要文化財についても,例えば,建築物における快適性のための設備の設置,用途の変更に伴う内装の変更や土木構造物における交通量の増加に伴う橋梁の拡幅など,利便性を確保する必要がある。
  2. 修理・改修等の考え方
     重要文化財の修理・改修等に伴う現状変更等に対しては,個々の状況に応じた柔軟な対応が必要であるが,文化財としての価値を維持するため,所有者・管理者が修理・改修等を行う際は,近代の建造物の特質を考慮したうえで,以下のことに配慮がなされるよう理解を得る必要がある。
     なお,安全性又は公益性を確保するため,現状の大きな改変が避けられない場合等においては,部分的に保存したり,記録により保存するなど,状況に応じた保存の在り方について,指定の解除も含め検討する必要がある。
    • (1)建築物については,外観(規模,形態,意匠等)は損わないようにすること。また,土木構造物については,意匠,材料,技術などのうち,文化財としての価値の認められた主要な部分は損わないようにすること。
    • (2)伝統的仕様による建造物のうち,現行法規において強度や耐久性などが定量的に規定されていない部分については,修理・改修の際に学識者を含む委員会を設けるなどして,文化財としての価値の維持とともに安全性及び公益性の確保に関し,十分な検討を行うこと。
       なお,建築物については建築基準法の適用が除外されているが,建築基準法の考え方に留意すること。

4 今後の課題

  1. 文化財として価値のある建造物を広く保護するために,国の重要文化財指定と併せて地方公共団体による積極的な保護の推進を図るものとする。また,現行の文化財の指定制度とは異なる観点からの保護の制度(例えば,文化財登録制度など)を導入することについて検討する必要がある。
  2. 重要文化財の修理等には,設計監理や施工に関する知識と経験を有する技術者や技能者の確保が今後更に求められることから,それらを養成するための方策を確立する必要がある。
  3. 国や地方公共団体等による地域活性化の事業(例えば,まちづくり・むらおこし)などの中で,建造物の保護措置がとられるような方策についても検討する必要がある。
  4. 重要文化財の所有者等に対する経済的支援措置を充実させる必要がある。

担当

文化庁文化財第二課

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