Ⅱ. 今後の文化財保護協力の方向

1 協力の理念

 一国の文化財の保護は,外国からの一時の資金や資機材の供与だけで可能になるものでなく,自国の気象条件や文化財の材質・伝統的な保存修復技法に通暁したその国の専門家による長期間にわたる保存修復の努力と,それを支えるその国の国民全体の理解と協力によってはじめて可能になる。
 したがって,今後,我が国が文化財保護協力を行うに当たっては,自国の文化財の保護はその国の国民が自ら責任をもって行うという「自助努力」の考え方を基本とし,相手国の政府や国民の自助努力を支援するという観点から,その国で文化財の保護に携わる人材の養成支援,すなわち人づくり支援に重点を置き,長期的な視点に立った協力を一層推進していくことが望まれる。

2 協力の対象地域

 アジア太平洋地域は,我が国がその一員として緊密な関係を築いてきた地域であり,近年,ますます相互依存関係が深まっている。我が国としては,同地域の安定と繁栄に寄与するためにも,同地域への協力に重点を置き,日本ならではの積極的な役割を果たしていくことが望まれる。
 一方,我が国の文化財保護協力に関するこれまでの経験や技術が役立つ限りにおいて,同地域以外の諸国からの協力要請についても,これまで同様に応えていくことが必要である。

3 協力対象となる文化財の種類

 協力対象となる文化財の種類については,何を文化財として保護すべきかという文化財の価値に対する考え方が国によって違うことを考慮すれば,世界遺産としてユネスコの世界遺産リストに登録された文化財だけでなく,それ以外の有形文化財(動産・不動産),無形文化財(伝統芸能,伝統工芸,民俗芸能など)についても相手国の要請があれば広く協力の対象とすることが望ましい。
 中でも無形文化財については,近年のアジア太平洋地域諸国における社会の近代化や工業化の進展に伴い消滅の危機にさらされているものが多いことを考慮すれば,早くから無形文化財の保護に関する制度を設け保護に取り組んできた我が国の経験を生かし,積極的に協力を推進していくことが今後とも必要である。

4 協力の進め方

  • (1) 国際機関を通じた協力
     ユネスコや文化財保存修復研究国際センターなどの国際機関を通じた協力については,二国間の協力に比べ相手国にとって受入れられやすい反面,我が国の「顔」が相手国の国民に対して見えにくいという意見がある。
     このような状況を踏まえ,国際機関を通じた協力については,総合的外交政策の観点に留意しつつ,我が国からの職員の派遣などを通じて,情報の交換や協力事業の企画・実施に関する連携協力を積極的に行い,文化財保護に関する我が国の考え方を積極的に発信するとともに,より効果的な協力システムの構築に主導的な役割を果たしていくことが望ましい。
     なお,このことは,アジア太平洋地域諸国が行う域内の文化財保護事業など多国間の枠組みによる文化財保護活動に対する協力に関しても同様である。
  • (2) 二国間の協力
     二国間の協力については,総合的な外交政策の観点に留意しつつ,相手国の主権や固有の文化的伝統,文化財保護に対する考え方や価値観等を尊重するとともに,相手方の要請に対しては,専門家の参加を得て相手国の文化財保護機関との十分な協議と現地調査を行い,相手国のニーズを十分見極めた上で,協力の内容・方法に関する我が国の考え方を積極的に説明し,相手国の理解を得つつ協力を実施する必要がある。
     また,以下の点に注意する必要がある。
    •  ア  ハード面とソフト面の組み合わせ
       主として文化無償協力による機材供与などのハード面での協力と,共同研究とそれに伴う研究者交流,専門家の派遣,研修生の受入れを通じた我が国の文化財保護に関する知識・技術の提供・移転といったソフト面での協力を適切に組み合わせた総合的な協力を実施することが期待される。
    •  イ  我が国の経験の活用
       ソフト面の協力に当たっては,個々の文化財の保存修復技術の移転にとどまらず,我が国の文化財保護の基本的な考え方や,我が国の特色ある保護制度,保存修復計画の立案から実施までのマネジメントの方法,遺跡の復元方法,博物館での展示方法など幅広い範囲にわたる我が国の経験を相手国に伝えることが期待される。その際,自助努力の考え方を基本とする立場からも,相手国に我が国の知識や技術を一方的に提供するのではなく,我が国の知識や技術を率直に見せ,その上で相手国と一緒に考え,その国に最適な保護方策を自ら見出してもらうといった,相手国の自主性を尊重する配慮が外交的観点からも必要である。
    •  ウ 他の協力国等と連携・協力
       協力の相手国においては,他の諸国等が同時に協力活動を行っていることが少なくない。相手国のこれら協力国等への多様な協力要請に応じ,我が国を含めた協力を行う側が効果的な支援を進めていくためには,当該相手国への個別案件の調整にとどまらず,協力案件全般に対する協力方針について情報・意見の交換を行うことにより,協力国等間の調整を図り,調和のとれた協力を実施することが望まれる。
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