第2章 将来にわたり保存・活用すべき出土品の選択

1 現状と課題

 前述のように多くの地方公共団体において出土品の保管・管理を含む取扱いに苦慮する状況となっており,将来にわたり保管・管理すべき出土品の選択に関する基本的な考え方を示すことが必要となっている。
 現状においては,発掘調査を行っている現場の段階,発掘調査の現場から整理のために持ち帰る段階,整理・分類作業の段階,整理等が行われた後の段階等のいずれの時点においても選択を実行することについての標準や方針はなく,文化庁においても,地方公共団体に対し,これらを明示して選択に関する考え方等を指導したことはない。

 しかしながら,実際の発掘調査に際しては,特定の種類の出土品について,発掘調査の過程や出土品の整理等の段階で,地域の実情,出土品の重量その他の物理的性格等に応じて調査組織や調査担当者の経験に培われた方法によって保管しておくべきものの選択を行っている地方公共団体もある。

 現在,地方公共団体において発掘調査現場や出土品整理等の段階で,出土品の選択を行い一定量のみを保管することとし,又は,記録をとるのみで保管は行わない扱いとしているものとしては,近世以降の瓦,近世以降の遺跡の遺構を構成する井戸枠・木樋・建物基礎材,住居・炉遺構・集石遺構・礫群等に使用されている自然石,古墳の葺き石・石室の石材,貝塚の貝殻,炭焼き窯跡から出土する木炭,近世以降の製鉄遺構・鍛冶遺構に伴う鉱滓,植物の種実や植物遺体,住居跡や土坑等の埋土等がある。ただ,地方公共団体においてこのような出土品の選択的な取扱いを行う際に,一般的な方針ないしは明確な標準を定めてこれを意識的に実施しているという例はなく,出土品の選択を行っている場合でも,調査組織や調査担当者の経験の度合いや選択の能力,選択についての時間的余裕の有無等の事情に左右され,各地方公共団体で様々な取扱いが行われているものと考えられる。また,最も極端な場合には,発掘調査現場からすべての出土品を持ち帰り,整理作業が行われないまま保管されるというような取扱いもみられるなど,各地方公共団体間の出土品の取扱いの差は大きいと考えられる。

 このようなことから,出土品の取扱いを改善するためには,保管・管理する必要のある出土品の選択についての基本的な考え方を明らかにし,その上で,その基本的考え方に即した一定の標準を定め,それに準拠して保管・管理の対象とする出土品の選択を行うこととする必要がある。

2 改善方策

  1. 基本的な方向
    • (ア)将来的に保管・管理を要するものの選択に関する基本的な考え方
       出土品は,国民共有の貴重な文化的遺産であり,学術的にも豊富な情報を提供するものであるが,そのもつ重要度は一様ではない。また,出土品の種類,性格や形態も様々である。
       したがって,出土品については,まず,将来にわたり文化財として保存を要し,活用の可能性のあるものであるかどうかということを基準として選択を行い,保存・活用を要するものとされたものについて将来にわたって保管・管理することとする必要がある。
       保管・管理を要する出土品の選択は,この基本理念に基づいて選択のための視点・要素ごとの考え方の大枠を明らかにし,さらに具体的な標準を定め,これに即して行うのが適切である。
       この選択に関する考え方及び標準は,出土品の取扱い全体が大要において全国的には一定の水準を保つ必要があることから,考え方の大枠は文化庁で示し,それをもとに各都道府県がその地域に適するより具体的な標準を定めることとするのが望ましい。
       なお,このような選択に関する基本的な考え方や後述する具体的な標準の視点・要素となる事項,標準の内容は,当然のことながら,文化財についての社会的認識の変化や判断の根拠となる学術的な知見の進歩・発展等に従ってその時代に最適なものに改められていくべきものであるから,これらについては,今後,国と地方公共団体が連携しつつ適宜その妥当性や有効性について検証,研究に努める必要がある。
    • (イ)選択を行う時期及び対象
       保管・管理を要する出土品の選択は,発掘調査の段階,出土品の整理作業の段階,それ以降の段階等いずれの時点でも行うことができる。
       どの段階で選択を行うかは,出土品の種類や形状等,あるいは発掘調査主体側の事情等によってさまざまであると考えられる。
       具体的には,発掘調査現場の段階で全数を保存する必要がないと判断される場合には,その段階で記録をとる等必要な措置を講じた上で整理作業場へ持ち帰らず,あるいは全数のうちの一定量(数)のみを持ち帰ることとすることもあろう。発掘調査現場でそのような判断を行うことが困難な場合には,整理作業の段階で必要な記録をとり選択を行うこともあるであろう。
       また,選択は,整理作業の段階では保存することとされた出土品についても,その後必要に応じて,逐次,経常的に行う必要があり,現在収蔵・保管されているものについても選択を行うこととが必要である。
    • (ウ) 保管・管理を要しないものとされた出土品の取扱い等に関する留意事項
       上記の選択の結果,保管・管理を要しないものとされた出土品については廃棄その他の処分を行うこととなるが,その場合にはその出土品の種類・性格・数量等に応じて,何を,どこに,どのように処分したかの概要に関する記録・資料を作成・保管するとともに,処理したものが,将来,無用の誤解・混乱を生ずることのないよう配慮する必要がある。
       なお,都道府県教育委員会においては,各市町村から上記の記録・資料の提出を受ける等により,管下における出土品の選択及びその後の取扱いの状況を把握し,必要に応じて市町村を指導するなど,その適正な取扱いの確保に努める必要がある。
  2. 選択の標準の大枠
     将来にわたり保管・管理する必要のある出土品を選択するに際して判断の要素・視点となる事項,選択の標準あるいは方針として具体化する場合の考え方の大枠は,次のとおりである。

◎ 基本的考え方
 出土品の選択は,将来にわたり保存し,活用を図る必要性・可能性の観点から,保管・管理していく必要があるかどうかを判断するものであり,その判断の基準となる考え方は出土品の種類・性格・活用の可能性等に係る各地域の事情等を反映したものである必要がある。したがって,具体的な標準あるいは方針は,以下に示す各要素・視点を総合的に勘案して各都道府県が定めることとするのが適切である。 各都道府県において具体的な方針や標準を定めるに際しては,各地域の事情や関連の学問分野等に係る要素を加える等により,適切な内容とする必要がある。また,国と地方公共団体が連携しつつ,適宜,その妥当性,有効性について検討・研究を進めることも必要である。

◎ 選択についての標準・方針の要素・視点となる事項

(1) 出土品の種類
 出土品の種類・性格による分類の要素であり,出土品の選択的な取扱いの判断に際して最も基本的,かつ,重要な要素である。
 出土品の分類方法の一例として次のようなものが考えられる。この分類は人間の活動との関係の深さ・密接度の程度により分類したものであるが,一般的には人間活動との距離があるものほど選択を行う幅が大きくなるものと考えられる。
 たとえば,遺跡の当時の環境を示す自然物は,環境の状況を把握するに必要な量を採取すれば足り,遺構を構成する未加工の素材は,その総量が膨大である場合,状況等を記録した上でサンプルを保存することで足りるとする等のことが考えられる。

(2) 出土品が製作され,又は埋蔵された時代の要素である。
 出土品の性格・価値は,それが製作・使用され,埋蔵された歴史的時代区分と不可分の関係にあり,そのいずれであるかは取扱いを考慮するに際しての一つの要素である。
 たとえば,瓦の場合,近世のものについては一定のサンプルのみを保存する等,特定の時代に属するある種類の出土品にあっては,残存状況その他の要素の如何を超えて取扱いが定められる等のことが考えられる。

(3) 地域
 出土品が出土した場所・地方あるいは歴史的・文化的な区域の要素である。
 出土品の性格・重要度は,それが出土した場所が属する歴史的・文化的な成り立ちと不可分の関係にあり,そのことは,取扱いを考慮するに際しての重要な要素である。
 たとえば,同じ様式の出土品であっても,通常それが分布する文化圏の外で出土した場合は,文化の伝播の範囲等を示す点で残存状況その他の要素の如何を超えて貴重とされる等のことが考えられる。

(4) 遺跡の種類・性格  出土品が出土した遺跡の種類・性格の要素である。
 出土品は,通常,それが埋蔵されていた遺跡との関係でその性格・重要度等を確定できるものであり,いかなる種類の遺跡と関係するものであるかは,その取扱いを考慮するに際しての重要な要素である。
 たとえば,同種の出土品であっても,出土した遺跡の種類・性格との関係のあり方によって,その性格・重要度の評価・認識は異なり,残存状況等の他の要素の如何を超えて貴重とされる等のことが考えられる。

(5) 遺跡の重要性
 出土品が出土した遺跡の重要度の要素である。
 出土品が出土した遺跡の重要度は,その出土品の取扱いを考慮するに際しての要素の一つである。
 たとえば,同種の出土品であっても,出土した遺跡の重要度が高い場合は,その遺跡の重要性を総合的に具現する関係の一括資料として保存しておく必要性が高いとされる等のことが考えられる。

(6) 出土状況
 出土品の出土状況,特に遺構との関係に関する要素である。
 遺構に伴って出土したものか否か等その出土状況は,その出土品の性格・重要度の認識・評価に直接関係するものであり,その取扱いを考慮するに際しての要素の一つである。
 たとえば,同種の出土品であっても遺構に伴って出土したものは表土中など遺構に伴わない状態で検出されたものより保存しておく必要性が高いとされる等のことが考えられる。

(7) 規格性の有無
 出土品が規格品であるか否かの要素である。
 規格品であるか否かは,その出土量や残存度の要素等との相関関係を含めて,その取扱いを考慮するに際しての要素の一つである。
 たとえば,桟瓦等の型作りによる規格品が多量に出土し,それぞれの残存度の良否に大差がある場合,状況・総量等を記録した上で,残存度のよいものを選択的に保存する等の取扱いが考えられる。

(8) 出土量
 同種・同型・同質の出土品の出土量の要素である。 同種・同型・同質のものがどの程度出土したかは,規格性の要素,残存度の要素等との相関関係を含めて,その取扱いを考慮するに際しての要素の一つである。
 たとえば,近世の屋瓦,陶磁器窯跡からの出土品,製鉄遺跡からの鉄滓,貝塚の貝殻等同種・同型・同質のものが同一遺跡内から多量に出土する場合,総体の記録を採った上で一定量のみを保存する等の取扱いが考えられる。

(9) 残存度・遺存状況
 出土品の残存の程度(保存の良否)の要素である。 出土品がどの程度の残存度,形状のものであるか(完形品であるか,破片であるか等)は,重要度や活用可能性の要素等との相関関係を含めて,その取扱いを考慮するに際しての重要な要素の一つである。
 たとえば,接合の可能性がない程度に磨滅した土器片等は,格別活用の方途がなければ保存を要しないこととする等の取扱いが考えられる。

(10) 文化財としての重要性
 出土品自体がもっている文化財としての性格・重要性の内容・高低の要素である。 他の要素と独立にその出土品自体がもっている文化財としての性格や重要性の高さは,出土品の取扱いを考慮するに際しての重要な要素の一つである。
 たとえば,残存度,出土遺跡との関係等の要素においては必ずしも注目に値しないが,文字や絵画があるなど人の活動や文化を復元・把握するために有効である等の評価により貴重なものとされ,保存を要することとする等の取扱いが考えられる。

(11) 移動・保管の可能性
 出土品の大きさ・形状・重さ,それによる移動・保管の可能性の要素である。
 出土品の大きさ・形状・重量は,移動や保管,活用の可能性を物理的に規制するものであり,出土品の取扱いを考慮するに際しての要素の一つである。
 たとえば,古墳の石室を構成していた石材,配石遺構の石材のように巨大で移動や保管が極めて困難なものについては,記録を採った上で保存しないこととする等の取扱いが考えられる。

(12) 活用の可能性の要素
 出土品の将来的な活用の可能性の有無・程度等に関する要素である。
 将来において活用の可能性があるかどうか,どのような活用の方途があるかは,その取扱いを考慮するに際しての基本的,かつ,重要な要素である。その時点で想定できるいかなる方法によっても活用の可能性がみあたらない出土品は,保存しておく必要がないとする必要があろう。

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