国語施策・日本語教育

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国語問題要領

2 国語の現状の分析



 わが国は古来,諸外国の文化を摂取してきたが,それに伴って,日本語とは系統のちがった言語・文字に接する機会が多かった。そして古くは中国,近くはヨーロッパ・アメリカなどの言語・文字を採りいれた結果,ついに今日の複雑多様な国語が形成された。こうして国語問題は,わが国の文化政策としてどうしても避けることのできたい重大問題になってきたのである。


(1)国語を用いるもの
 言語は,書きことばと話しことばとを問わず,これを用いるものと離れては存在しない。したがって国語を用いるものがよくその機能を理解し,それを効果的にしようと心がけることは,国語を改善するための根本ともなるべきものである。すべて言語は思想伝達の手段であるから,正確簡明な表現をとることが必要であり,一方,社会生活を円滑にする上からも,いたずらに相手の感情を刺激したリ相手を疎隔したりするような表現は避けなければならない。言語はまた,それ自身一つの芸術品となるべき性質をもつものであるから,その方向にまで高めてゆく用意も必要である。しかし今のところ,そういう自覚が一般にゆきわたっているとはみとめられない。

(2)国語の教育
 国語改善の責任はその半ばを教育に求めなければならず,国語政策の実施もまた教育の力によるものが多い。したがって,国語を改善するには,国語教育の任務・目的および内容を明らかにする必要があると同時に,国語行政の系統が確立されなければならない。元来,教育は,過去および現在の文化を受けついでゆく使命のほかに,その発展として,将来の文化を創造するという使命をもになうものである。自然,国語教育もまたこの二つの使命が遂行されるように計画されなければならないはずであるが,それはまだ満足できるまでになっていない。

(3)用語
 社会生活が複雑になるにつれて,国語の用語もきわめて豊富となり複雑となってきて,そこに新語や外来語の問題が発生する。元来,新語の増加,外来語の吸収は,社会現象の一つとして避けることのできないものであるが,それがゆきすぎた結果は,さまざまの混乱をひきおこしている。たとえば,
 
(イ) 一般にわかりにくい漢語はしだいに減ってきたが,同じ発音で意味のちがうものがまだ行われており,その上,漢字を組み合わせた耳なれないことばがさかんに作られている。「写調」「車券」などはこの例である。
 
(ロ) 学術上の専門語についても,同じ概念をあらわす語が,分野によってまちまちなため,一般の理解を困難にしている場合がある。コンスタントを常数(数学・物理),恒数(化学),定数(工学),不変数(経済)などとしているのはこの例である。
 
(ハ) 会話や印刷物を通じて,必要以上に外国語が用いられる一方,すでに常識的に通用している外国語をむりに漢語に訳しかえて,一般の理解をさまたげている場合もある。

(4)発音
 国語の音韻は,現在では教育のカによって,いわゆる標準音がかなり広く通用するようになっているが,しかし,たとえば,
 
(イ) 国語の中には,アクセントによって意味を区別する単語が多いにもかかわらず,地方によっては「ハシ」「カキ」のように高低が逆になっている場合がある。
 
(ロ) 一般に国語の音韻についての関心が薄く,そのために(3)の(イ)に述べたように,同じ発音で意味のちがうことばが数多くできて,実際生活上しばしば混乱の種をまいている。なお発声法についての関心も薄く,その知識や訓練がはなはだしく不足している。

(5)語法および文体
 これは(3)の用語にも関係することであるが,敬語法があまリにも複雑であり,特に人に関する代名詞の種類の多いことは,戦後しばしば問題になった。これは一面,社会生活の反映であると同時に,社会生活と言語とのずれに基くものであって,教育上重要問題の一つといわれる。
 また,標準語は,これまで東京の教養ある杜会のことばを取リあげるようにいわれてきたが,その標準にもあいまいな点がある。書きことばの場合に,文学語として用いられる口語文体は,ほぼ安定したとみとめてよいが,実用文の問題,話しことばとしての標準語や方言の問題,また,対話・講演・演劇・映画・放送などにわたる諸問題については,まだ考えなければならない点が多い。

(6)表記法
 国語の表記法はきわめて複雑である。
 
(イ) 現在わが国で広く行われている文字は,漢字・ひらがな・かたかな,およびロ一マ字の4種類である。数字としては,漢字のほか,主としてアラビア数字,時にはローマ数字が用いられている。また科学の記号としてギリシア文字を用いることもあるが,これは特別の場合である。
 
(ロ) 国語の表記法としてもっとも広く行われているのは漢字かなまじり文である。かなは,普通にはひらがなが用いられている。
 
(ハ) かたかなは,これまで漢字をまじえて公用文・学術論文などに用いられていたが,現在では,主として外来語や外国の固有名詞を書きあらわす場合と,擬声語などの場合とに用いられる。なお,意味を強めたり,見た目をきわだたせたりするために,かたかなを混用することもある。また,電信文にはかたかなが専用されているほか,国語表記の方法としてかたかなだけを採用しているものもある。
 
(ニ) ローマ字は,外国語表記のため,しばしば漢字かなまじり文の中に混用され,また駅名の標示や看板などにも用いられるが,一方,国語表記の方法としてローマ字だけを採用しているものもあり,義務教育期間中にはローマ字の学習や,ローマ字による教科指導も行われている。いま,一般に通用しているローマ字のつづり方にも,いわゆる訓令式・日本式・標準式の3種がある。
 
(ホ) 漢字とかなとによる表記法は,一般に右縦書きであるが,左横書きも行われているし,また分ち書きを主張するものもある。
 
(ヘ) 送りがな・くぎり符号(句読点)などについても,人によって使いかたがまちまちになっている。
 昭和23年(1948)に行われた読み書き能力調査委員会の調査によれば,文盲はわずか1.6%という少ない率であるが,今の社会生活に必要な能力をもっているとみとめられたものは,国民の6.2%にすぎず,その原因として,国語が複雑なこと,特に漢字のむずかしいことが指摘されている。また,昭和21年(1946)アメリカの教育使節団から提出された報告書の中にも,国語の表記法が複雑なために,文化の向上がさまたげられている事実に対し,強い関心が示されている。このように表記法が複雑であっては,タイプライタを用いたり印刷したりする場合に,いちじるしく能率を害することも当然で,これがまた,さまざまの国字改良論にとって根強いよりどころの一つとなっている。
 ただ,いわゆる漢字制限が行われてから,特に国字の問題が国語問題の中心になったように見られているが,これは広く国語一般に関係するものとして考える必要があり,漢字を制限することも漢語と切りはなして考えるわけにはゆかない。
 以上の簡単な分析によっても,国語・国字が複雑多様であり,また,混乱していることは明らかである。

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