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議事 当用漢字表について
原(漢字部会長)
漢字部会は,昭和27年7月以来,当用漢字表の補正について26回の審議を重ね,その到達した結果が「当用漢字表審議報告」である。なお,その間,加藤常賢氏から当用漢字表の字体についての建議があったが,これは,補正後に考慮することとした。
この審議の最初にあたって,まず,次の事がらを決定した。
- 当用漢字表を,その制定当時の精神に沿って守りぬくことを部会の基本態度として確認する。
- その守りぬくための方法として,5か年間実施した経験により,現状に即するために,いくらかの修正は施さなければならないことを承認する。それに二つの意見がある。
@ 教育の立場――主として児童生徒の学習能力にかんがみ――から修正は現在の字数より減らすべきことを,方針の一つとすべきであるとの主張。
A 字数の増減は,やってみた結果でないとわからない。だれも不必要にふやそうとしているものはないのだから,特に減らすべきであるとの方針を事前にうたう必要はなかろうとする意見。 - このAのほうの意見に従い,当用漢字表を再検討していくことを部会の当面の仕事とすること。その検討の要領は,
@ 委員の良識により,現状に即して,「必要欠くべからざる」字を表について選択していく。しかし,このことは,教育漢字とは,その性質上別個のものである。
A 現在痛感している諸方面からの希望要求と,そのデータとにより,表中の文字が出入することが予想される修正のことは,第2の段階とする。
B @とAの仕事をしていく間に,代用語・代用字のことが,おのずから考えられるべきである。
以上によって,第1段階として当用漢字表を再検討したが,その結果は次のようになった。
第1読会の結果

第2読会の結果
第1読会決定の削る字30字について再審議した結果

ついで日本新聞協会編の「当用漢字補正に関する新聞社の意見の集計」(全国16社)を取り上げた。
この資料を取り上げた理由は,理想的に考えれば難点があろうが,一応,社会の現実を反映している客観的材料と考えたためである。
日本国憲法に使われている字については,当用漢字表制定当時一括して入れたものであり,今日これを削るについては,相当の根拠がなければならない。憲法漢字の中には,この数年間一度も新聞紙上に現れなかった字もあり,国民常用でない難解な字は,削るのが妥当でないかと考えられる。これは憲法を軽視することでなく,憲法は尊重するが,それと憲法の字を変えることとは別問題だと考え,逆に憲法の精神を重視すればこそ,わかりやすい漢字で表現するのが望ましいという結論となったのである。
以上のことを考慮しながら,審議を進め,別紙のような成案を得たが,これは5か年間の実績にかんがみて,これなら当用漢字表を守りぬくのに,いっそうらくになると考えている。
(1)
削る字については,日常生活であまり使われない字,使われても言いかえ・かな書きが可能なものは削ることにしている。この中に憲法の字がかなり含まれており,これは,「まえがき」の「この表は,法令・公用文書・新聞雑誌および一般社会で,使用する漢字の範囲を示したものである。」に触れるかもしれないので,この論理を展開すると当用漢字の性格が変ったとも考えられる。
(2)
加える字については,現在のところ新聞等で必要があろうと認められた字で,音訓・字体をも含めて考慮したものである。
(3)
音訓を加える字,字体を改め音訓を加える字については,「個」に音「カ」を加えたのは,「箇」をけずるために「箇条」が書けなくなったのを,「個条」と書くためである。また,「灯」が必要であるという要求が強く,略字体としての「灯」を採用し,訓に「ひ」を認めたのは,日常使っているためにやむを得ないと考えたからである。
この(1)(2)の増減が,ともに28字という同数になったことについては,まったくの偶然で,字数について審議の際に作為的でなかったことをはっきり申し上げる。
大局から見ると,当用漢字表がおおむね妥当だということがわかったとも言える。もしそうだとすれば,大きな収穫であったと考えられる。
この補正案の取扱については,今ただちに建議して,当用漢字表の告示の改正等の具体的手続をとることは影響が大きく,種々の困難が予想されるので,この際,部会としては,そのような処置は希望しない。
この成果の1字1字については御意見もあろうが,漢字の性質上それぞれの意見に相当の根拠があるため,ここで討議してもきりがないことと考える。部会としては,それをやり尽くして,この形にまとめあげたことを付け加える。
この成果について,部会の報告がまことに了として御承認くださればありがたい。この案により,たとえば,新聞社などの普及力をもつ報道機関が取り上げて,実験的に使っていただければ幸である。その実施の結果については,後日の考慮に譲りたいと考える。
成案は,印刷前に部会外の意見を求める予定であったが,時日の関係もあり,ついに外部の意見を聞くことができなかった次第である。
千 種
部会長の御苦心,部会で出した成案に賛辞を呈したい。ただ法律関係では,当用漢字表を厳格に守り,非常な不便をしのんで実施していること,名づけ漢字との関係などがあり,法制局でも,変更そのもの,また,増減の字についても異論がある。部会に法律の専門家が参加されることも考慮されてよいと思う。それから新聞などで,この新しい表を積極的に用いれば,けっきょく28字ふえることになる。以上は法律方面の実情を説明したので,この成果を出されたことについてはけっこうだと思い,将来補正を考える際の第1段階だと考える。
原
審議の態度としてつけ加えると,削る字は,現在使用しているのであるから,慎重のうえにも慎重に審議したのである。
田 口
(1)(3)については建議までもっていってよいと考える。ただ,(1)を削ったために法律用語で支障がないかどうかは検討を要することである。中共では1,500字で社会生活を規制しているのであるから,かなも使用できる日本では,もっと数を減らすことが可能ではなかろうか。また,だき合わせを減らすこと,漢語の語幹(root)としてどの漢字が必要であるかを考慮していただきたい。
小 林
増減の数が同数になったのが偶然だけとは受け取れない。1850字のわくが意識されていたと考える。また,字数を考慮しないで審議の結果にまつというのは,児童の学習能力を無視した考え方ではないか。この成果の内容についても,「脹」を削り「膨」を残すこと,地名に多く使われる「江」「津」「湾」などがあって,「崎」がないことは理解できない。固有名詞の漢字も当然考慮しなければならない。この成案の(1)削る字,(2)加える字については,もっと慎重に審議していただきたい。
前 田
総会としては,一応,部会の成果として報告を受けるが,このまま実行に移すことは好ましくないという態度をとっていただきたい。
原
教育上の問題は当然考慮した。個々の字については,ここで御意見をうかがってもきりがない。くり返していうが,増減の字数についてはまったく偶然である。
池 上
最初当用漢字制定のときは,実施の結果を見て,再検討することを予想したのであり,この補正には文芸・社会各方面の要求も相当に含まれていると考えられる。「脹」は「張」で代用できると考えたので削り,決して「膨脹」ということばをなくしたのではない。ただ,日本新聞協会で要求した600字近い字を審議圧縮したため,新聞社側としてはこの成果に完全に満足しているわけではないが,総会の承認があれば実行するよう努力するものとして考えられる。部会長の意見のように承認していただきたい。
土岐会長
それぞれの字についての審議をくり返しても結論は出ないと考える。建議まではいかないにしても,こうした結果に落ち着いたことを了として,一応,御承認いただければと考える。つまり,しばらく実験期間をおき,その結果を考慮して,将来当用漢字表そのものが補正される場合の基本的な資料となるという点で,了解してはいけないか。
金田一
けっこうである。
前 田
建議しないが,決まったこととして発表するのか。
土岐会長
発表する。なお,この表の取扱方について声明するつもりである。実施上28字の範囲ではふえるかもしれないが,使われない字は当用漢字表から自然消滅するものと考えられる。なお,現在の当用漢字表そのものは,その処置が強要的な印象を世間に与えたことも考慮して,その態度を是正する気持ちもある。この程度の弾力性をもたせたというように,すなおに受け入れることはできないか。
前 田
こうした意図がよくわかるような発表の形式をとっていただきたい。そうすれば,部会の努力を認めて総会が了としてもよいと考える。
吉 田
当用漢字表そのものには変更がなく,したがって教育面でもそのままと考えてよいのか。
土岐会長
そうである。
吉 田
教育の面と,ジャーナリズムの面がすこしずれて,多少の不便があるのかもしれないが,生きている漢字が相手である以上,このあたりの線が妥当と考え,会長の意見に賛成する。
服 部
先年,当用漢字表を検討することが決議され,漢字部会に補正のことが任せられたのは,当用漢字表にある変化があることを予想したものと考える。その結果が出た現在,世間に対する影響が大きいという理由で取り上げないのはおかしい。
それでは,永久に補正はできない。年月がたつに従いますます改めにくくなるので,補正が必要であるのなら,できるだけ早いほうがよいと考える。この内容が悪ければやむを得ないが,そうでなければ,実験的に新聞その他で使用してもらうためにも,この案をここで認めていただきたい。もちろん,今すぐ訓令・告示として実行させるのは不賛成である。
土岐会長
今のような方向に対して御意見はないか。
松 坂
すぐ実施するのでなく,実験的な案として総会が承認し,民主的にじゅうぶん世論に問うがよい。
土岐会長
以上をまとめると,だいたい次のようになる。
このたび,漢字部会から当用漢字表に対する再検討の結果が報告された。これは,漢字部会が,当用漢字を中心として広く社会に日常使用される漢字について2か年間26回にわたり,熱心に審議した結果であって,将来当用漢字表の補正を決定する際の有力な基本となるものである。
思うに,当用漢字表の補正は,その影響する方面や範囲が広く深いので,この漢字部会の補正資料は,今後なお実践を重ねることによって,実用性とその適正さが一般に承認されるであろうと考えられる。
この漢字部会の非常な努力によって,当用漢字表の全体的に妥当なことも明らかになった。この点についても同部会の労を多としたい。
時 枝
総会で承認するというのはどういう意味か。報道機関にのみ徹底し,教育界については触れていないが,これでは一般が,この表の受け取り方について迷うと思う。こうしたものをここで承認するのは問題である。
土岐会長
「将来,当用漢字表の補正を決定するさいの有力な基本となるもの」という認め方ではどうかと伺っている。
資料としては他になく,最初で基本的なものだと了解していただきたいと考える。教科書の検定基準の中には取り入れないにしても,教科書に(2)の加える字を出す場合,ふりがなをつけて学習されるというしくみが考えられる。
松 坂
いずれそのうちに補正するが,世間の批判をあおいだうえで,という意志表示が必要である。
颯 田
「基本」は強い。「有力な資料」というとやさしくなる。
堀内・松坂
賛成。
宮沢副会長
この成果は認める。これを出発点と考えるではどうか。
土岐会長
「この資料はこのさい,一般の批判を求め,今後なお審議を重ねることによって,実用性とその適正さが一般に承認されるであろう…」ではどうか。
吉田・松坂
「承認」は強い。「適正さが明らかにされる…」でいい。
時枝・小林
「基本」を「有力」に直したい。
千 種
「有力」の方が無難である。
佐 藤
これは社会生活上重要なものであるから,教育界でも相当の考慮を払ってほしい。
吉 田
それには賛成できない。
波多野
もし,教育界にも関係するとなると,(1)(3)はいいが,(2)の加える字を示すことには反対する。
丸 野
「基本」とすることに反対する理由はどこにあるのか。
小 林
審議方法について考えても,ローマ字のわかち書きなどは,ある線が決定されればあとは技術的に決まるが,当用漢字の場合は種々の要素がかみ合わさっている。ある意見を強く主張する委員の出欠によって,その日その日の部会の決定が動くことが考えられる。やはり,批判をまつ資料のほうがよいと考える。
時 枝
当用漢字表実施についていちばん苦労してきた教育面の受け取り方をはっきりさせておかなくてはいけない。
土岐会長
「将来,当用漢字表の補正を決定するさいの基本的な資料となるものである」と改めてはどうか。
池 上
異議なし。
土岐会長
では,以上によって決定したこととする。
(休憩)