国語施策・日本語教育

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議事 審議

土岐会長

 久ヶ原小学校ほか1校で,29年度にやった実験調査の結果報告ができようとしている。これは全国的にはやれないので,2校だけのものではあるが,まもなく要約したものが出ると思う。
 また,さきほどの解釈という意味は…。

緒 方

 同じデータについて,その解釈のしかたによって違った結論が出てくる。同じもののデータについて理論をたたかわす意味の解釈である。ただ意見を述べるだけでは,事実の解釈が不明である。

松 坂

 さきほどの国語研究所のものと関連するが,議論がだんだん教育環境論となっている。どろなわではあるが カナモジカイを総動員して2〜3の調査をした。今日の文章にかたかながどのように使われているかについて,ただいまの国語研究所の報告は,程度の高いものであり特異性をもっている。いちばん適当なのは新聞であると思い,3月19日の朝日新聞について調べた。445語がかたかなで出ており,同じことばを除くと384語となる。これには,外来語・擬声語は含んでいない。
 新聞では,文字の大きさ,絵,広告の文字などが重要である。1か月の毎日・朝日両新聞の広告で,1段を1辺とする正方形内の文字を調べたところ,漢字ばかり34パーセント,漢字とひらがな17パーセント,かたかなばかり44パーセントになっており,ひらがな1に対してかたかなは2.6倍である。しかも,ひらがなはほとんど「てにをは」であるが,かたかなは独立の語で出ている。教育環境の上から,町に見える看板についてみると,各地の目抜きの商店街,銀座(東京)・心斎橋(大阪)・京極(京都)・神奈川・札幌などで,かたかなのもの89パーセント,ひらがなのもの11パーセントとなっている。これは,いなかほど少なくなっているが,倉敷で,かたかなのもの58パーセントである。平均すると,かたかな70に対して,ひらがな30となっている。
 〔資料27〕の四つの団体から出されている共同声明は,このような曲解をする団体の意見をどの程度権威あるものとして認めるか問題として提出する。

土岐会長

 いろいろ提出された意見は,ここでその意見に従って取捨選択していくのが公平だと思う。この問題はしばらく別にしたい。
 決してかたかなの必要性を認めないという意見ではない。同時にかたかなの必要さは,ひらがなの必要性を押えるものでもない。どういうぐあいにこの二つを学習させるかの問題である。議事を整理するうえから考えてほしい。けっきょく技術論にきているのではないか。

大 塚

 たくさんの資料をもらってありがたいが,これを見て感じるのは,現状をいろんな場面で分析したものが大部分で,いわば客観的な資料(新聞・雑誌,その他の意見)であって,資料として心細いのは,現状がどう変りつつあるかわからないことである。雑誌などでも去年と比べてことしはどう変ってきているか。また,これらの意見が日本人全体に対して,国語教育全般の意見としてどんな意味をもつか。どういうサンプリングが出ているか。資料を信用するにたるような方法について何もとられていないのではないか。判断をするのに困る。

緒 方

 今の意見に関連して,資料としてこういうものを知ることはけっこうである。なお,資料はこれだけしかないかということである。今までは議事の進行方法について論じていたが,このへんで混乱を覚悟して議論をたたかわしてみてはどうか。勉強ばかりして,試験問題の答案を出してみたら合格していたというような気持のないようにしたい。

土岐会長

 これだけの資料で判断してほしいというのではなく,判断の材料の一部として出たものである。ここに出した資料にはあまりこだわらなくてもいい。これは考えをまとめていくうえの参考としてさしあげたのである。

緒 方

 今までの資料で,おもなものは出ているのであるか。そのほかに,どういうものがあるか。

土岐会長

 国語研究所から出された〔資料33〕「ひらがな・かたかな学習文献抄録」があるからごらんいただきたい。こうして分類してみると,資料がふえることはあっても,考え方の筋は(別紙)「審議の方針」にたどったつもりである。この筋で資料が豊富になればなおいいが,なくても判断していただく筋はできたと思う。これからどんなぐあいにやっていったらいいだろうか。

田 口

 さきほど遠藤委員の発言にもあったが,かたかなを使う特長は,現状では名詞・外来語が多い。現場の意見もあると思うが,かたかなを教えるのにいちばんよい場は,発音記号の表記法としてやる以外に方法がないと思う。日本語の教育では発音が悪い。発音の教育は,ほとんどやっていない。発音教育のいちばんよい場はかたかなである。ここで,かたかなの特長を生かして教育をする。現在は,かたかなの特長を生かした教育法が進められていない。こうすればかたかなを推し進める正字法の立場からも,つごうがいい。ちょうどよい立場で教えると,一石何鳥かの利となる。どこで教えるかは,1年からでも教えうると思う。ひらがなは,口語文法を確立して教えてゆく必要がある。これは骨組みであり技術でよいと思う。

土岐会長

 ただいまのは,技術論の中の,かたかなの学習を強化する論の(イ)の(b)と(c)の,かたかな表記の語の選び方の改良と,指導法の改善で,それに応じた教科書の改良・くふうが考えられるというところである。わたくしの申し上げたことと重なるような発言であって,今のようにまとまっていけば,けっきょく技術論を解釈したことになる。

遠 藤

 田口委員の意見につけ加える。かたかな・ひらがなの優劣軽重の問題でなく,けっきょく,漢字・ひらがな・かたかな・ローマ字それぞれの性格を生かした教育をすればいいのではないかと思う。それを学問的に裏づけていけばいい。

有光分科会長

 国語審議会と教育課程審議会との審議の重点が違うのではないかという疑問をもっていたが,きょうの資料ではっきり整理されたように思う。今の遠藤,田口両委員の意見,会長の説明で道程がはっきり出てきたように思われる。なお,つけ加えて言うと,当面の問題について解決の方法を見いだそうとしているが,国語審議会では将来のことをも見通して解決していくことが必要である。当面の問題の解決だけを考えるようなことをしないのはいいことであるし,安心でもある。

土岐会長

 要約していく方法として,今までのオリエンテーションを参考として,小委員会の間でもう少し具体的な報告をしてもらう段階にきたらそうしたいと思う。今までの発言を頭に入れながら,まとめてもらうことにしてはどうか。そこでは最後的結論を出すのではなく,中間報告的に総会に出してもらい,それを土台にして総会で審議してもうらようにしてはどうか。
 なお,教育課程審議会のほうはどうであるか。

波多野

 教育課程審議会はまだ開かれていない。国語全体のカリキュラムの中で,国語の時間と関連して諮問があるのではないかと思う。この問題は,この問題だけで切り離してできるからそれでいいと思う。

土岐会長

 小委員会を作ることについてはどうであるか。

緒 方

 資料としては,今までのもので出尽しているのであるか。もし出ているならば,諮問の本論「かなの教え方について」に単刀直入して,もう少し議論してみてはどうか。それから小委員会を設ければいい。今までのは,進行方法論だけで具体論が出ていない。その意見がはいっていない論は伺った。つまり,その人の立脚点を伺うことができなかった。そこで解釈がほしくなるわけである。

土岐会長

 3月2日と16日の総会で,一応皆さんのそれぞれの立場から発言があった。議事録によって発言の内容を整理すると,(別紙)「審議の方針」のようになり,これで解釈したといってよいのではないか。

緒 方

 今までの話はどういうふうに進行しようということについてであり,それ以外の意見はそこからはずれたものとして聞いていた。

波多野

 「かなの教え方」については,この席上で仮説はいくつか提出されている。その仮説のどれがいいかについては説明が出ていない。資料を出せるような体制を作ってほしい。教科書の編集,検定の方針についての変更をやり,いくつかの教科書を出してからでないと,ほんとのことはできないのではないか。国語審議会として正書法という基本的原則は立つだろうから,その立場を動かさない。どっちのかなを先に出すかは,検定の方法を緩和して,コースオブスタディーを変更する。そうして1〜2年やってみれば資料が出てくるであろう。
 現在の情況では,ひらがな先習論であるから,幼児向きのかたかな的なものも人為的にひらがなでささえており,そのデータは疑問である。教科書編集の緩和というような小委員会ならいいと思う。ひらがな先習に決めるときに,今日のような慎重な態度をとっていたら,このような混乱は避けられたのではないか。

石 井

 最初に,文部大臣から国語審議会に出された諮問「かなの教え方について」を,国語審議会で検討してこういうところをやるべきであるという結論を出すべきである。国語審議会は今,たくさんの問題を控えているから,本来の立場からいくべきである。細かいプランは,教科書検定なり,教科課程でやってもらえばいい。
 現場の先生は,いろいろと迷っている。早くもかたかなでやらなければならないかと思っている現場もある。また,「この4月から,かたかな,1年生ばんざい」などとも出ていた。しかるべき機関でデータを出し,現状分析をすべきである。ただいまは,話しことば・漢字・ローマ字と三つの部会があり,やるべきことが多い。「かなの教え方について」は,しかるべき機関でやり,国語審議会は本来の姿で審議してほしい。

上 野

 国語研究所の報告の説明のあとで,もっとこどもに縁の近いものを材料として調査してほしいという意見が出たが,これはなんのためだろうか。むろん,研究所の報告は,出た結果で,ひらがな・かたかなのどちらに重点をおくかということは考えていない。こどもの環境にかたかなが多いから,かたかなを重んじろという意見があったが,ひらがな・かたかなの割合などどんなであってもよい。両方とも,よく読めてよく書けなければ教育ができたとはいえない。教育のうえからは,パーセントなどどうでもいい。いやしくも,われわれの周囲に,漢字・ひらがな・かたかながある以上,どうすればよいかを考えるべきである。かたかなが,小学3年生の教科書のうえに出てこないというのは,アルファベットが2年かかっても出てこないということで,外国には例のないことである。これはなんとかして,1年目の終りにはりっぱに書け,読めるようにしなければならない。こういうところに問題をしぼっていって単刀直入に研究してほしい。また,別の問題であるが,国の方針として,すべての文書を横書きにすることになっているが,この立場からは,ひらがな・かたかな論は考えられていない。将来の日本の文書が全部横書きになるという方面からも考えて研究してほしい。

松 坂

 ひらがな先習論は,新聞・ラジオなどでは今日の教育環境が,ひらがな先習だからという根拠にすぎない。文字環境論からいっているのではない。憲法・公用文がひらがなだから,かたかなの必要性がなくなったというのである。

下 村

 この会はのばしていくのであるか,どうしていくのであるか。

土岐会長

 かたかな・ひらがなの重要性を同等に考えているのに,かたかなのほうが少ないという。かたかなを先習すれば,ひらがなの成績が悪くなるかもしれない。こういうことは,教育課程で審議すべきだということになれば,一応結論は出たと思う。
 横書き,かたかな国字論は回答からはずれると思う。
 また,会議のまとめ方としては,この回答に関するかぎりは,教育課程審議会のほうがイニシアチブをもっているものだという返事をすればいいのだと思う。もし,そういう形になれば,その回答なり建議をまとめるための小委員会を作ってもいいと思う。小委員会で今まで3回の総会で出た意見をまとめ,次の総会にはかるのがいいのではないかと思う。

松 坂

 前にも意見が出たが,この問題を国語政策から離れてやるのはおかしいと思う。教育についての賢明な見通しをたてて,国語審議会がタッチする以上は,国語政策を加味してやるべきであると思う。

土岐会長

 中央教育審議会の答申は,「ひらがなの先習に異論がある。それをどう考えるか。」というのである。これは方法の問題であると限定していいのではないか。国語審議会の立場からはずれていないと思う。

下 村

 どちらのかなを先にするかは,どこでも問題になっている。資料は,手順からいっても前に送ってもらわなければ読めない。しかし,だいたいの意見は委員がたにできていると思う。
 わたくしの根本論は,今日の小学校の教え方がゆるくなっているということである。わたくしは,ひらがな・かたかなのどっちを先に習ったかはっきり記憶しないが(明治12〜3年ごろ)いろはをひらがなで,アイウエオをかたかなで習字のときに習い,あまり隔たりはなかった。そして1年で両方とも覚えた。また,四書五経のようなものまで小学校でやった。日本人の明治時代と昭和時代の違いであるか。昔は,もっとあらゆるものをやった。近ごろの学科はどうして平易になったのであるか。もう少し教えてもいいのではないか。
 ローマ字にも,かい書と草書があり,書くときは草書である。欧米人は,かい書・草書を同時にやっている。漢字はだんだん減らしていくか,乱読をシンプリファイズしなければならない。わたくしは,なるべく短い期間に両方とも教え込むことに考慮の余地があると思う。横に書くとき,左から右に書くから,かたかな・ひらがなとかいうのでなく,現在のかたかな・ひらがなを左から右へ書きよいように形を変えていけばいい。いずれにしても,あと先はあるだろうが,教える時期を早く短くすることに基点をおいてやるべきである。資料を専門のかたがたに調べてもらって,かくあるべしというところを伺いたい。

土岐会長

 昔は五十音図でやったが,戦後の国語教育はことばとして教えている。これは正書法の問題になる。
 ことばを主として文字を習ってゆく,語形法的な教育になってきた。正書法的な考え方でゆけば,かたかなで書くものはかたかなで,ひらがなで書くものはひらがなで習うということになっている。いろはにほへと,アイウエオというやり方は現在避けている。

下 村

 教え方をどうするという問題になる。近ごろの教育はほねがおれるといっているが,昔の教育とどこに違いがあるか。昔は,「赤壁の賦」でも「正気歌」「出師表」でも暗記していた。これは教え方のためか,近ごろの頭が退化してきたのか。地理・歴史そのほかに何を教えているのだろうか。

西 本

 昔は限られた少数のものが教育を受けた。現在はすべてのこどもに教育をしなければならないので,無理な教育をしいることができない。昔はことばを暗記すればよかったが,今は,ことばの背後の実態をつかむことをやる。ことばの内容をよく知らなければならない。単にことばを覚えるだけでなく,ことばを理解し自分の生活の中に取り入れていくという,生活教育を徹底させるため,昔のバーバリズム・唯語主義ではだめだということが言われている。

下 村

 今のこどもに,ことばの裏の意味を教えることはいいと思う。しかし,事実はこどもがどれだけ理解しているだろうか。モラルの点において,方針はそうであろうが,事実の点からどうであろうか。

西 本

 昔のような美文的なもの,形式的なものは,昔のように静的な時代にはそれでよかった。百姓は,父の習った祖父の農法をそのまま,こどもに孫にと,一定の形だけを教えて安心していた。今日のこどもには,どんな方面にぶつかっても,それに応じていけるような教育が必要になってきた。

下 村

 趣旨はいいと思うが,今日は教えることの負担が軽くなっていると思う。

上 野

 下村委員の発言につけ加える。昔は,五十音図からはいったのではなく,教科書にメ(目),メン(面),ワン(椀)と図示してあり,ことばからというか,ものの実体からはいった。それを習いながら教科書の五十音図を見,かたかなが終ってからひらがなを習った。

土岐会長

 話が教育一般論になってしまったようである。きょうは方向がついたように思ったが,小委員会を作ることはひとまず見合わせて,もういちど総会を開いてお集まり願いたい。今度は,6月初めごろに総会を開きたいと思う。かりに,こちらである程度の結論が出ても,教育課程審議会の意見も考えてゆきたいと思う。

(別紙)

1. 審議の方針
  • (1) 国語政策的に
  • (ア) 国字論としての漢字・かたかな・ひらがな・ローマ字のうち,どれに優位を与えるかを考えたうえで審議する。
  • (イ) 現在および将来における使用法から考えて,かたかな・ひらがなのいずれに優位を与えるかということを考えたうえで審議する。
  • (ウ) 単に,ひらがな・かたかなの現在における使用法の実態から考えて審議する。
  • (エ) ひらがな・かたかなの教育上の難易のうえから審議する。
  • (2) 国語教育的に
  • (ア) 現状論
  • (イ) かたかなから先に学習する論
  • (ウ) 正書法論
  • (エ) いずれかをもっぱら学習する論
  • (オ) 漢字学習との関連を考える論
  • (カ) 教育上の負担を考える論
2. 審議の方法
  • (1) 審議の方針を決定し,国語政策なり国語教育なりのうえで提出されている論について審議してゆく。
  • (2) いずれの論や事実についても,その立場の根拠,事実の内容を分析して,そのうえで,方針を決定し,その方針に則して,いずれの立場を取るかを審議してゆく。
3. 国語政策に関する論
  • (1) 文字の難易から見て,将来のかなをいずれかに決定する論
  • (2) かな文字論
  • (3) かたかなの使用の拡大されているという事実に基く論
  •       a)新聞   b)タイプライター
  • (4) ひらがなの優位性を認める論
  • (5) 字形を検討すべきであるという論
  • (6) 正書法論
4. 国語教育に関する論
  • (1) 根本論
  • (ア)現状論
  •   (a)むずかしくない
  •   (b)混乱を避ける
  •   (c)もっとよく研究してから
  • (イ)かたかなから先に学習する論
  • (ウ)かたかな混用論
  •   (a)1部混用論(全部の学習はあとにまわす。)
  •   (b)全部混用論(1年で全部終える。)
  •   (c)漢字をあとにまわす論
  • (エ)いずれかをもっぱら学習する論
  •   (a)ひらがなのみを学習する論
  •   (b)かたかなのみを学習する論
  • (オ)正書法論
  • (2) 技術論
  • (ア) 現状論
  • (イ) かたかなの学習を強化する論
  •   (a)教科書の編集の改良
  •   (b)かたかな表記の語の選び方の改良
  •   (c)指導法の改善―ドリル学習などの採用,その他
  •   (d)児童の学習において混乱を避けるためのくふう
  • (ウ)かたかなを先に学習する論
  •   (a)容易に学習できるとする論
  •   (b)漢字学習との関係を強調するもの
  •   (c)混乱はやむをえないとする論

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