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議事 その他
土岐会長
今までの報告について,総括的な意見や質問があれば,自由に発言願います。
高津委員
前の審議会で送りがなの審議をしながらら,当用漢字の読み方にふつごうな点のあることに気づいた。現在,第1部会の審議にあたって,当用漢字の読み方についても合わせて検討されているか。
原第1部会長
今までのところ,音訓表まで取り上げることは考えていない。補正案を決めたあとで,第2段の構えとして,漢字表全体を根本的に検討する際には,当然問題となろう。
土岐会長
高津委員の意見では,音訓表が変わらないと送りがなとして送れないものがあるだろうという意見のようであるが,いくつかの実例をあげていただきたい。
高津委員
たとえば,もし「植る」と書くとすると,「植」を「うえ」と読むものと考えてよいか。
白石課長
植物の「植」には,「うえる」という訓がある。かなで書かずに,漢字の「植」の字を使うとき,活用語尾を送るという原則で「植える」となる。
高津委員
「田植え」はどうか。
白石課長
「植え」は,「植える」という動詞の連用形が名詞となったと考えられるから,「え」を送る。
高津委員
それでは,この場合,「植」は「う」としか読まないのか。
白石課長
送りがなは,ことばを漢字とかなで書く場合に問題となる。「おとす」は,「落す」と書くか「落とす」とするかが問題となる。この際,自動詞の「おちる」を,活用語尾を送る原則によって「ちる」を送って書くので,「おちる」「おとす」の対応で,「おとす」のときも,「落とす」と書こうというのである。
高津委員
漢字の読みと音訓を一致させたいと思うがどうか。
白石課長
音訓表には,動詞からの派生語の名詞で,名詞の訓だけしかないものがある。
高津委員
音訓表は意味を示している。送りがなのことは考慮しないというのはおかしい。音訓表をこのようなものを考えていいのか。
白石課長
音訓表は意味だけでなく,ことばを示すものである。ことばと漢字,漢字と音訓との間を結びつけるものである。
高津委員
理論的には,はっきりどちらかに決めなくていいのか。
白石課長
音訓表で,「うえる」になっているが,「うわる」はどうするか,「おしえる」に対して,「おそわる」をどうするかなどが問題になる。
颯田委員
送りがなのつけ方によると「うえる」ということばを書くときに「植える」と書く。これでは,「植」1字では「う」としか読まない。「植える」「うえる」とも読みにくくないことは確かだ。漢字制限をどんどやって,漢字が少なくなり,漢字は音韻一つだけのはたらきをするということにでもなってくると,かなで書いたり読んだりすることになれてしまう。そうなると,わざわざ漢字で書くのはめんどうになり,「植」の字はいらないということになっていくのではないか。
岩下委員
当用漢字の中から28字削って28字加えたというのは,いかにも機械的である。なお,削る字には異論がなかったが,加える字については異論があるというのは,削る字は削ってしまう,加える字は考慮するということなのか。漢字表の字数を少なくするという意見はなかったのか。
土岐会長
以上のご意見は,部会の審議の参考になると思う。では,以上の中間報告は,総会で了承されたものとする。では,ご自由に発言願いたい。幸いに,国字国語問題が社会的に取り上げられてきているので,国語審議会は将来どのような方向へ審議を進めたらいいかということなどについても意見を聞かしてほしい。
伊藤委員
審議会では,国語や文字について高いところで考えているが,実際には驚くほど変化している。かなが電報だけに使われていたころと違い,テレタイプなどが使われている。日本のように人口が多く都市に集中していて,社会生活が複雑な国では,従来の字の使い方,文書の扱い方のままでは,仕事ができなくなっている。8年前に水道協会かカナで受け取りを出して以来,公益事業の文書も変わってきた。東京ガス会社では,毎日少なくとも7万の文書を出し,東電でも14万にのぼる文書を作成しているが,全部カナ文字である。電燈をつけているだけでも,1,600万世帯であり,新聞・通運・銀行・保険・百貨店などでも,カナ文字,カナタイプが使われ,こうした点から家庭の実生活にまで及んでいる。保険・信託の文書は,8割7分までがカナタイプで,最初反対していた実業界の友人なども,最近はもしこれをやめると,事務処理のため人員を多くとらなければというところまできている。ローマ字や,カナ文字など表音文字を用いる機械の実用化が進んで大きな事業団体でも,この半年か1年のうちにはいっさいにペンとインクをやめて,カナタイプにしたいということを考えているものが多い。
これに対して,国語の乱れはこのままで放置しておくことはできない。わたくしが審議会の委員であるために,左右両方面から,この現状をどう処理すべきか,聞かれることが多い。具体的には,てにをは・わかち書き・接尾語の問題などである。ローマ字調査分科会長から,単語を独立して書くことばについて説明があったが,かなの場合は,ローマ字で書くときよりも,6割2分ほど間がのびる。ローマ字では,外国語の関係もあって,少し違うかもしれないが,かなの場合には,てにをはを前の単語につけたほうがいい。国字改良を目的とした多くの団体があり,その団体によってA説,B説を出しているために,よけいこの問題に関して混乱しているのが現状であるから,小委員会でも設けて,調査検討すべきであろう。送りがなや,かなづかいと違って,さらっと決まるものではないであろうが,できれば昭和35年中にでもわかち書きに関する案を作っていただきたい。文部省で暫定的にでも表音文字の使い方などについて決めていただければ,かなのわかち書きなどが実行の面で乱れずにすむものと思われる。
国語審議会でこの問題を取り上げ,なんらかの方法で結果を発表されたい。
百瀬委員
今の発言に関連するが,カナタイプなど事務機械が実業界などでさかんに使われだしたことは,たいへんな問題である。昔のように,漢文の世界に返せとか,漢文が多くなるということはありえない。そこで,電気・水道などの受け取りがかなで書かれているという事実から考えて,地名・人名はかなで書いてもいいというきまりを作る方法はないものか。地名・人名などが漢字で書かれている以上,いくら機械を考えても100パーセント使えないのが現状であり,これでは漢字を1,850字に制限した意味がない。戸籍法の一部にでも,かなでもいいということを入れていただければ,正式に認められたことになり,新聞でも堂々と使えると思う。これは漢字でつけてはいけないのだということではない。漢字に読みをつけるとか,かなでも謄本がとれるとなると,当用漢字が生きてくるものと思う。こうした整理をするほうが,国語政策の方向として,他の審議よりも実益があろう。
土岐会長
公用文の書き方を審議したときに,地名・人名のかな書きの話が出たが,意外に強い反対が出て,意見がまとまらなかった。
百瀬委員
漢字をかなに変えるというためでないか。
土岐会長
かなでもいいというのに対して,かなで書いてはいけないという意見である。
白石課長
地名はいいが,人名は無理だということであった。抽象的に,さしつかえないかぎり,かなでもいいとすることはできるが,現実的に,さしつかえるといえばそれまでで,実施には,いたらない。いつでも趣旨には賛成されるが,実施の点では,各方面にそれぞれの意見があって,たとえば,地名の字体にしても,仙台・横浜など大都会では,「台」「浜」などと使われるが,小さい町村になると,実行できないこともある。そこが,水道・電気など場合と違うとことろである。人名には,実用の関係,同一人としての確認の関係なども起こってくる。ある保険会社で,かなであて先を書くことを実行しようとしたところ,地元の郵便局では集配できないといって実行できなかったが,東京では,踏み切って実行されたと聞いている。要は,当事者の話し合いのことで,趣旨はいいが実行にまでいたらないというのが,これまでの大部分の実情である。
松坂委員
補足すると,昭和23年に公用文改善協議会ができ,翌24年の通達で,「(1) 地名は,さしつかえない限り,かな書きにしてもよい。(2) 事務用書類には,さしつかえない限り,人名をかな書きにしてもよい。」となっている。実際面で,カナタイプなどが普及されているという方向から押すのもいいが,法理論で,政府部内で実施し,それを民間に及ぼすというようにすべきである。民間だけでは効力がない,政府が意思表示をする必要がある。オリンピックを控えて,地名の合理化は必要であり,昭和28年に行なわれた市町村合併の際,「町村の合併によって新しくつけられる地名の書き表わし方について」の審議会の建議の方向に沿って,固有名詞について,改めて審議会の意思表示を切望する。
土岐会長
このほかに,単語によるわかち書き,文節によるわかち書きも混乱している。このことは,ローマ字文でも問題になったが,この点についてはどうか。
伊藤委員
小委員会を作って審議したい。できるなら,かなの場合も,ローマ字文のわかち書きに近いものにしたい。ある会社が定款をかなで作ったところ,東北では受け付けられなかったが,日本橋の登記所では受け付けてくれたとのことである。官庁では,人名はなかなか,かなにならない。女の名まえなどは,かなで届け出ても受け付けている現状であるから,地名から人名にまで拡大したいものだ。武蔵野市・三鷹市などは,100パーセントかなでやっているが,このため,人件費が3−1ないし4−1ですんでいるとのことである。しかし,税金の請求のあてな書きをかなで書いたため,支払いを断わられた例もあり,請求書だけ漢字でというところもある。重ねて言うが,実業界だけでなく,国民全体に大きな関係がある問題だから,おおかたの賛成を得たい。
土岐会長
めんどうな社会性を帯びた問題である。もし賛成を得て,そうした方向での意思表示をすることがよいとなれば,それも一つの方法であるが,このほかに,歴史的な資料を事務当局でまとめ,それに基づいてどういう点にさしつかえがあるか検討するのも一方法である。重大なことであるから,ご意見を述べていただきたい。小委員会案もどのような形式にしても,資料は必要だから,作成して,これらの点について検討することにしてもいい。
伊藤委員
民間の資料や,国立国語研究所のことば・文字の変化に関する資料など提出してもらうように考慮されたい。
土岐会長
では,事務当局で,歴史的社会的な事情を考え,どんなぐあいになっているか検討する資料を作っていただくことにする。
前田(賢)委員
地名・人名をかな書きにすることに反対意見のあったのは,当時まだ,カナタイプなど使われていなかった時期のためであろう。現在は情勢が変わっている。かなは便利であるがさしつかえがあるとするならば,実際にどこにさしつかえがあるか調べてほしい。そして,それらの点を解決していったらいい。せっかく,当用漢字が決められても,固有名詞をはずしている以上,大事なところが抜けている。固有名詞の部会でも検討してみたが,感情がまじる問題なのでなかなかむずかしい。
土岐会長
社会の実情を見て考えたい。世論が背景になって自然に進められていくもので,現象を処理すると考えたい。
前田(雄)委員
地名のことであるが,初等中等教育局では,小学校・中学校および高等学校における社会科の学習指導においては,外国の地名を現地音によって,かなで書き表わすことになった。「京城」を現地で「ソウル」といっているが,日本だけで「けいじょう」というのはおかしいし,実情に合わない。中国では,漢字が変わっているから今後中国の地名は現地音のかな書きという線で進められていくと思う。新聞でも,これらの問題を正式に取り上げた。慣用との関係もあるので,慎重に研究中である。中国・朝鮮では,むずかしい漢字の整理もでき,残るは日本だけである。テレタイプには,2,300字の活字が収容できるが,地名・人名がかなでもいいとなれば,1,850の当用漢字のほかに符号などを入れても,これでやっていけるはずである。しかし,実際に新聞では,15,000字の活字を活字台に載せておかなければならない。これはマスコミュニケーションの立場からも,機械化,能率化という点からも大きな問題である。
土岐会長
参考に伺うが,中国の地名をかなで書くとき,原音に忠実に書こうとしても,それほど中国音に近くなるわけでなく,日本で使っている慣用音のほうが近いと聞いたことがある。
倉石副会長
記憶によると,中国の音が統一されていないという意味のことではなかったか。ペキン音,チョーチャン音などがあるが,現在は標準音が普及されているので,その心配は解消されたと考えてよいであろう。カントンでも,普通教育ではペキン音がはいっている。したがって,かな書きをしても,将来妨げがなくなっていくものといってよいであろう。
土岐会長
文部省では,どういう方針で,何を標準に,地名をかな書きにしたのか。
白石課長
国語審議会で決めた「中国の地名・人名の書き表わし方」によっているが,このたびの処置では,人名には及んでいない。
土岐会長
それは過去のものだが,現在でも通用するか。
倉石副会長
「書き表わし方」そのものは過去に決めたものだが,当時,方言の相違などのために,一定の音に決めることがむずかしいということで,ほとんど,標準音に基づいてかなによる書き表わし方に決めた。標準音自体は変わっていないので,昭和24年のものを直さなければならないということはない。
福田委員
新聞に,関西地方に設置する原子炉の記事が載り,「四条畷」という地名があったが,これなど,当用漢字で教育を受けた今の高等学校の生徒には読めないものだ。
百瀬委員
かな書きとまではいかないにしても,漢字の字体を直すわけにはいかないのか。「矢島」の「島」が「嶋」と「島」と二とおり字書にあるが,字体表の字にしてしまうわけにはいかないものか。または,字体表の字形に直しても受け付けられるという,その程度の裏づけはできないものか,「吉田・吉川」などの「吉」が「吉」か「」かなども同様である。
土岐会長
では次に,高橋(健)委員から,ドイツ語のつづり方などについて,簡単に報告していただく。
高橋(健)委員
国語審議会で,正書法・漢字などの問題が論じられている際でもあり,ドイツの事情も何かの参考になろうかと思い,簡単に申し上げる。
西ドイツで,ドイツ語の正書法に関する勧告案が,ことしの初めに出た。これは,正書法などに関して審議する委員会から出されたものであり,委員は各界の人を何人か集めて構成された権威のあるものである。この中には,大学教授,先生,母親,印刷業者,作家,労働組合の代表などが含まれている。勧告案の内容は,次のようなものである。
- 名詞の語頭の大文字を小文字にすること。 従来,ドイツ語だけが名詞を大文字で書いている。これは16世紀以来続いていることだから,問題がないと思われていたが,いろいろ考えていくと,実にむずかしいことだということがわかった。けっきょく,委員のすべての人が,すべての場合に,これは名詞だから大文字で書くべきだと明言できた人はいなかった。それほど,名詞かどうかの識別はむずかしいという結論に達したとのことである。たとえば,Abend(夕方)は名詞だと思いこんでいるが,副詞にもなり,限界があいまいで,印刷植字工などに識別させることは無理であり,結論としては,名詞を大文字で書くことをやめて,小文字にするということになった。なお,これに関して,すでにグリムは,名詞を小文字で書くのが正しいと考えて,自分の言語学の論文や大辞典でそれを実行している。
- つづりの分け方。 ことばをどこで切るか,これは,ドイツ語では,教養の有無を識別するくらい重要視されていることである。たとえば,「Interesse」(興味)ということばを学問的,語源的に「インテー」「エッセ」に分けられているが,発音は「インテレッセ」である。これを学問的などにとらわれずに,表音式のつづり方のままにしておこうということである。
- 外来語のつづりの書き方。 外国語のつづりの書き方のうちで,たとえば,テレホォンは「f」になっているものと「ph」になっているものと2様ある。これを一つの書き方として簡単化をはかりたいということで,実例をあげて勧告している。
だいたい重要なことは,以上の3項である。これらの前提になっているのもとして,ドゥーデンの正書法辞典がある。これは,80年も前に作られ,民間のものであるが,ドイツ・オーストリア・スイス3国政府公認の辞典である。文法,文体,単語辞典があり,子ども用のものもある。著者のドゥーデンは,高等学校の教師で,正書法の運動に従事してきたが,それに印刷業者が合流して,正書法の標準を作った。その後,時勢に従って,逐次直している。根本的には,一般大衆が迷わないように,簡素化するとう方向である。
なお,委員の中には,個人の専門家もいるが,多くは職域代表であって,任期はなく,かりに人が変わっても委員を出す母体は変わらない。構成団体は,ずっと続いていると考えてよいであろう。昨年ようやく勧告案が出たが,今年発表し,1年ぐらい世論にさらして,来年反響を考慮しながら決定案を出すとのことで,いわば,中間案を政府に答申した形である。ドゥーデンの編集長は,グレーベル教授で,この委員会でも中心になっているが,「ドイツ文学者は保守的であり,語学者は進歩的である。作家は保守的で,編集者は進歩的だ。」といっている。また,「新聞・雑誌などを見ると,堂々と論じられるのは反対意見だが,これは主として,作家・文学者などが発言の機会を与えられるためで,出版関係者,ペンクラブなどは簡素化に賛成である。」といっている。これらの審議にあたって,高い標準で語源的にどういうことよりも,母親が子どもに聞かれても困らないように,子どもの教育とか一般大衆を対象に現状を考える立場をとっている。しかし,グレーベル教授が「名詞の小文字化はいいと思うが,なかなかならないであろう。」と言っているように,これらの勧告案が実施されるまでには,多くの困難があろう。
土岐会長
いろいろと参考になると思うが,おりをみて,資料も出していただきたい。この総会で,各部会・分科会の中間報告は了承されたものと考える。高橋委員の報告も,国語改善の点で有益だと思う。これで閉会とする。