国語施策・日本語教育

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議事 懇談2

緒方次官

 当局としては,そういう考えはもっていない。一般に出ている国語に対する不安というのは,このまま国語政策が進めばローマ字になる,かな文字になるという心配があるということのようである。そこが問題ではなかろうか。文部大臣のあいさつの中の将来にわたってゆるぎのない国語の姿を確立していただくというのも,そういう不安をなくしたいということである。漢字かなまじりの文が国語の姿であるというところから始めていただくのが順であろう。国語審議会では,国語のあるべき姿についての大綱を審議していただきたい。

丹羽委員

 文部省がそういう不安を感じているのではないか。

細川委員

 そういうばかばかしいことを考えている人もいるということに不安を感じているのではないか。

丹羽委員

 審議会令にも,ローマ字うんぬんのことがうたってあるが,その点いかがか。

緒方次官

 社会で現在,ローマ字が使われているから,どうするかということである。

横田委員

 ローマ字化に対する不安の原因は,ここ数年来,一部の人々が強く主張してきた,中国が漢字を廃止するということからである。文盲80パーセントの中国で,識字運動として,一般に漢字を読ませるために,ローマ字で漢字にルビをつけて読ませることをやっている。これはローマ字化するということではない。ある人々には,それを非常に敏感に取り入れすぎた。そして,日本は,文字の面で中国におくれをとると考えた。カナモジ,ローマ字の問題が起こったのは,過去の審議会に強い主張をする人がいたからだと考えられる。
 わたしは,漢字について審議せよという意見に賛成する。大規模な簡略字の研究をすることも必要である。現在の中国のものは,音からくる略字で,日本には通用しない,日本人にわかる簡略字があるべきである。送りがなの問題も出てこようが,むずかしい字画の字を簡略にすべきである。専門家には抵抗もあるだろうが,漢字を簡単にする広い範囲の委員会をつくって研究する必要がある。
 漢字の表現について仕事の上から外国語を多く使う人と,漢語を多く使う人との考え方は違うだろう。それぞれの立場の人の考えの調整がかんじんである。
 過去の国語審議会は,結果を急ぎすぎたきらいがある。国民大勢の希望するところを顧みないで性急に決められた感じがする。問題になったことは,われわれの任期中にできるだけ慎重に考えなくてはならない。

吉田委員

 審議会令にもうたってあることであるから,ローマ字の問題は,軽々しく考えるべきことではない。国語審議会としても真剣に考えなくてはならないことと思う。これを漢字かなまじりの議論といっしょにやることが混乱のもとである。それらとは別に考えるべきである。

森戸委員

 わたくしの経験の上から申し上げたい。
 前に文部大臣であった当時,わたくしは国語審議会に関係をもったが,適切な結論を出すためには学問的な調査研究が必要ということで,国立国語研究所が設立された。ここでは,大学の研究室のようなことではなく,国語政策の重要な資料を調査研究して,国語問題に関する資料を提供するために,科学的調査研究をしていくというのである。研究所でもいろいろ予算などの面もあろうが,現実に即した問題を研究してもらいたい。
 文部省にいた当時,ローマ字問題がやかましく,占領軍の係官から公式にではないが,日本でもローマ字を使えという話もあったが,もってのほかのことと強く反対した。「占領治下」で敗戦国にそういうことをもってくることは,国民が承知しない。国語を大きく変えるということは文化の伝統を中断することだといって強く反対した。
 去年,メキシコヘ行ったとき,日系市民に日本語を教えている学校の先生の話を聞いた。ヨーロッパ語の学校では,どこでもだいたい2年で新聞が読めるようになるが,日本語の場合では,6年やっても読めない。なんとかしてもらえないかという話があったが,考えさせられるものがあった。
 大臣であったとき,国語審議会でしたあいさつで「…わが国語そのものをわかりやすく正しく,美しいものに発展させようとする…」ということ,「…このことが漸次各方面に普及徹底してまいれば,将来,教育上の負担を軽くし,杜会生活の能率を高め,ひいてはわが国の文化水準を一段と向上させると同時に,国語の純化・発達の上にも,大きな寄与をなすことと信ずる…」ということを言っている。今考えてもこれらは同じだと思う。
 国語審議会の運営についての問題は,先ほども問題になったが,すでにできあがっているものについてどう実行していくかは,国語審議会の直接の問題ではない。それらは,それぞれの場で考えればよい。国語審議会では,よい日本語についてどうするか。方法というより内容について考える。内容については,今までの審議会の業績を基礎にして考えたらよいと思う。今まで努力されたものが,皆だめだというものではないと思う。しかし,内容に大筋のものと細目とがある。問題は大筋にある。細目については,それぞれ意見があると思うが,その際,基準として,教育上の負担が増したか,減ったか。こういう問題で,教育上にどういう影響をしたか。これから国語を覚えるこどものことも考えて,既成のものの考えだけで考えるのでなく,次の時代の人に対することを考えなければいけない。従来の国語問題は,既成の人で,しかも,漢字をよく知っている人の意見が圧倒的であった。しかし,変わって困る人の意見よりも,これからのこどものことも考えて研究すべきであると思う。ヨーロッパと日本のこどもとを比ベ,新しい改革によって負担が軽くなったのではないかなど,国語研究所でよく研究し,現場の先生の意見を聞くようにして,調査をしていただきたい。次に,社会生活の能率の問題の調査として,新聞,官庁等の能率が高くなったか低くなったかという調査。第3には,わが国の文化水準の向上であるが,これはすぐにはわからないと思う。
 先ほどから,ご意見もあったが,自然科学の上ではむずかしいことばが使われなくなって,能力が高まってきたのではないか。研究が便利になったか,妨げられているか。人文科学ことに文芸方面は複雑である。国語の純化ということは,むずかしくて判断できない。だいじなことではあるが…。こういう基準によりながら,従来の決めたものが,だめなものであるか,効果をあげてきたかを調べて基本的な方法を考える。そういう方向で審議していただいたらいいと思う。国語の不安は,実際に国民が感じている以上に,ジャーナリズム方面の人がよけいに感じているのではないか。地道に扱っていくことが必要である。大筋の問題が決まれば,細かい問題を決める。これが実際の審議の道である。

村上委員

 ただ今のご意見は全くそのとおりである。国家的な組織で国語改善をすることは容易なことではない。文盲が大多数を占めている国では実施しているところもあるが,わが国のように文化水準の高いところでやった国はない。よほどよく考えてかからなければならない。時間的にもじゅうぶん考えて,実証的な資料に基づいてやり,周囲の一部の主義主張にとらわれないでやるべきである。国語改善のねらいは,基準がだいじである。まず基準を総合的に立てることである。

 第1 社会的視点にたつこと(国際的意味を含めて)
コミュニケーションの問題(学問・文化を含めて)
 第2 教育的視点 国民の基本的思想感情を養うことばの問題
 第3 文化的視点からみた国語改善 伝統と創造の問題
 第4 日本語をもっと言語学的な立場からする改善(漢字とかな,その他複雑な構造)

 以上の四つの視点から,総合的,実証的に判断することがだいじである。
 国語の改善については,2段に考える必要がある。第1段階は,国語そのものについての基本的な態度というか,原理,原則について審議する。第2段階で,具体的な問題について審議する。このような順で改善を考えていく必要があるが,方針や方法を誤ると,国語軽視の面があらわれる。ことばは手段であり,道具であるという考えが強くなる。改善がややもすれば,表現を簡素化するというような技術的なことになりやすい。国語軽視は,戦後の風潮の影響かもしれないが,これは危険なことである。

松下委員

 国語は思想伝達の道具ということに問題がある。目的と手段について,ぼんやり考える習慣があるが,そこに疑問がある。これらはいちおう分けて考えることはできるが,目的のためには手段を選ばずということもあり,手段を誤れば目的も誤るのである。ことばは単なる道具ではない。民族精神,日本精神など,人によって千差万別だが,かってな主観的なものでなく,日本人には日本人的な考え方がある。これを思想というと,それを表わすための道具として国語はあるのかというと,そうではない。日本的な考え方は国語に表われている。日本語を離れて日本人の考え方はない。過去にかえれというのでなく,伝統は,昔から現在,さらに未来へという流れが伝統だと思う。憲法で,思想,研究,学問の自由がいわれている。ことばは道具だから簡略にしたらいいという思想があるとしたら,結果として,思想統制になるのではないか。それは憲法の精神に反することになる。われわれの仕事は単なる道具でなく,日本人のものの考えの重要な一部分を扱うことになるのである。これに手をつけるのは,考え方に重要な変化をもたらすということを考えるべきである。この点についてじゅうぶん理解した上で審議したい。あまり先に進まず,保守反動にならないよう,あまり画期的なことをやらないで,むしろ平凡なことをやるべきである。

石井委員

 教育関係のことについてお願いしたい。資料として,現在の言語観に関しては,学習指導要領を検討していただくことを提案する。

西原委員

 教育の立場から運営について申し上げる。第1に,総会はたびたび開いてほしい。今までは分科会が早く設けられすぎていた。きょうのように自由に話し合う全体会議がたびたび開かれて,お互いに認め合うことがだいじである。
 次に協力の態勢を整えることである。専門委員だけで孤立せず,各方面(研究所,教育団体など)と連絡をとり協力してもらう。また,審議会を代表する人は,内部だけでなく,外へ向かっても普及連絡する強い態勢が必要である。第2に,日本語の表記,ことばづかいについて,先ほどからの意見に賛成する。教育では言語生活がだいじであるとされているということから,国語政策では,現実の言語生活をどうするかということが議題となってくる。そこで,国語政策は生きた面から考えていくべきである。そうすれば,教育における文字表記の面はひとりでに解決していくだろう。第3に,ことばを統制し,道具化されているように,世の中に印象づけられていることから,できるだけ統制的,強制的な感じをもたせないようにする。前年度総会で決議されたことが,早々出されることは困る。改正刑法のように余裕をもたせるのがいい。また,標準性を考えなくてはならない。標準性をどう考え,社会にどう普及していくか,近代的な方法があってほしい。

横田委員

 今までに建議したものが全部,訓令,告示になるわけではないのか。建議だおれになっているものもあるか,局長に伺いたい。

田中局長

 建議されたもの全部が,訓令,告示になるわけではない。

細川委員

 訓令,告示になるには,だれが指導力をとったか。それは文部大臣であるか。

田中局長

 それは政府部内がした。政府間で連絡をとり,閣議で決定した。

細川委員

 国語審議会の世話役は,文部大臣ではないか。

田中局長

 そのとおりである。

平良委員

 教育の現場に関係する者として,一つだけお願いする。現場の者は,新しいものを使って教育している。中にはよいものもあるが,そうでないものもある。しかし,これをひっくり返すことになると混乱する。もし,改められるとするなら,手直しする程度にやってほしい。今,いちばん困っているのは,送りがなの問題である。たとえば,「借りる」「変える」など,こどもは,「借」「変」を「か」と読んで,漢字の意味がなくなってしまうおそれがある。それらの点をはっきり打ち出してほしい。

阿部会長

 いろいろな意見が出て,なかなか話は尽きない。もう1回ぐらい,きょうのような話し合いをするか。

森戸委員

 こういう機会に,やめた委員のかたに,これまでの国語審議会のあり方を聞く機会が得られるといいと思う。

白石委員

 これまでのことを批判する場合,今まで出たものについてのいきさつを知らないと批判ができない。たとえば,ローマ字の問題について,すべてローマ字化するつもりで改革がなされたのではないかという不安がある。一つの考えではあるが,そのやり方が陰謀として行なわれているという意見もある。もし,ローマ字化するというのであれば,そこから批判しなければならない。今まで,どういうふうにやってきたかを明確に知った上で考えていきたい。

阿部会長

 ぜひそういう機会をもちたいと思う。

金田一委員

 会議の開催日程について,だいたい曜日だけでも決めておいてはどうか。

阿部会長

 この会を運営していくことについて,どうやっていったらよいか,この点について,まだ提案が出ていない。このまま続けていくか,これで打ち切って新しい審議の方向に向かうかというところだが,皆さんのご意見を承りたい。

森戸委員

 あとで議論するとしても,ここに出ていないかたで,非常に主張のある人の意見もいちおう聞いておくのがよくはないか。

松下委員

 そういう意味でも,前の委員に話を聞く機会をもちたい。また,曜日を決めることは不賛成である。

丹羽委員

 だいたい何日ごろというようにしてはどうか。

阿部会長

 もし,来月も引き続いてやるようなら,早いほうがいいのでないか。その時,前の委員のかたに出席を願うことにするか。

吉田委員

 必ずしも前の委員ということでなくても,主張の強い人の話を聞くこともいい。

細川委員

 聞かなくてもわかっている人もある。いずれにしても,話を聞いてためになる人がいい。この次の日どりを決めていただきたい。

西尾委員

 きょうのような話し合いはたいへんけっこうである。前の委員に,この席へ出てもらって話を聞くことは,とり方によって適当でない揚合もあると思う。わたくしも国語研究所長として毎回出席していたし,この中には,前に委員であったかたも何人かおられる。できるだけそれらのかたでまにあわせて,それでも足りないときに来てもらうのではどうか。

森戸委員

 学問的にお考えいただくかたの意見を聞くといい。それには人の選び方が問題である。話を聞いて研究するので,別に党派的なことを議するのではないから,こちらから辞を低くしてお願いすることはさしつかえないだろう。

阿部会長

 人選,扱い方は会長にお任せ願いたい。

鈴木委員

 前の審議会の議事録から,問題点を抜いて,要点を印刷して前もって送ってもらい,あらかじめ見ておくようにしてはどうか。

田中局長

 議事録は膨大であり,問題点を抜くといっても,どこが問題点であるかが問題となろう。立場によって問題点が違ってくる。簡単にお引き受けしても,ご満足いただけるようなものができるかどうか。しばらく研究させていただきたい。

阿部会長

 そういう点も,適当に会長に任せていただきたい。
 次回は,1月の適当な日にしてはどうか。よければ,きょうはこのへんで閉会する。

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