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新漢字表試案

1 前文

〔我が国の文章と漢字〕

 古来,我が国では,漢字と仮名とをまじえて書く文章,すなわち漢字仮名まじり文が行われてきた。ことに明治時代以降は,それが一般普通の文章とされた。この漢字仮名まじり文では,原則として,漢字は,実質的意味を表す部分に使い,仮名は,語形変化を表す部分や,助詞・助動詞の類を表すのに使った。従って,語を一々分けて書かなくても語の切れ目が知られ,語の意味が分かり,引いては文意をとらえるのに役立つ。漢字仮名まじり文は,国語を表すのに有用なものであった。
 漢字は造語力に富み,明治以来数多くの漢語を作り出して,文化の急速な発達に寄与した。時に,漢字に頼って安易に漢語の作られたこともないでもなく,また,結果的に同音語を増やすことにもなったが,和が国の言葉の中で漢語の占める位置は,決して小さいものではない。我が国では,漢字は音読みをするほかに訓読みもする。音読み,訓読みを通じて,漢字の効用の著しいことは認めないわけにはいかない。
 しかし,漢字の字種の数は極めて多く,ほしいままに漢字を使うことは,一般社会に通用する文書としては,読み手の理解を困難ならしめる場合がないでもない。国民の読み書きの負担を軽くし,印刷等の便利を図る目的で,日常使用する漢字の字種の範囲を定めるという施策が戦後実行された。すなわち昭和21年告示の「当用漢字表」及びこれに続く「当用漢字音訓表」「当用漢字字体表」である。この施策は実施は,一応,それなりの効果を挙げたものと認められるが,しかし,一面,漢字の字種や音訓の制限は,国語による表現に束縛を与え,表記を不自然なものにした点のあることも否みがたい。

〔新漢字表の必要性〕

 漢字の総数は数万に上ると言われるが,現代の新聞・雑誌・書籍等の各種印刷物についての用字調査によれば,そこに現れた漢字は,おおよそ4,000字前後と認められる。〔注〕
 これらの漢字のうちには,使用度数の多いものもあれば,さほどでないものもある。仮に使用度数の高いものの上位1,000字をとれば延べ漢字使用数の90%,もし上位1,800字をとれば98%から99%が,それらの字で占められることになる。
 昭和21年の「当用漢字表」の1,850字という数は,この点では,必ずしも意味のないものではない。しかし,「当用漢字表」の中には,現在ほとんど使われない文字もあり,一方,世間でしばしば使われているもので表に入っていない文字もある。さらに「当用漢字表」では,表内の漢字で書き表せない語は,別の語に言い替えるか,仮名書きにするという,制限的な方針がとられたために,一般の国語の表現に支障が少なくなかった。
 国語審議会は,文部大臣の諮問に応じ,「当用漢字表」告示以来30年にわたる実施の歴史を検討し,その功罪を見きわめた結果,新たに,一般社会で相互の伝達を円滑にするための一層効率的な漢字表を作成することが必要であると考えた。

〔注〕  昭和31年の雑誌90種の約28万字についての調査では,異なり字数は3,328字である。(「現代雑誌九十種の用語用字」,昭和38年刊,国立国語研究所)
 昭和41年の新聞3種の約100万字についての調査では,異なり字数は3,213字である。(「現代新聞の漢字」,昭和51年刊,国立国語研究所)
 昭和50〜51年の書籍・雑誌・辞書等の印刷物70点約350万字についての調査では,異なり字数は4,520字である。(「漢字出現頻度数調査」,昭和51年,凸版印刷株式会社)

〔新漢字表の性格〕

 新漢字表は,法令・公用文書・新聞・雑誌・放送等,一般の社会生活で用いる場合の,効率的で,かつ共通性の高い漢字を収めたものである。一般の社会生活で,分かりやすく通じやすい文書を書き表す場合の目安となることを目指した。また,機械的な手段で言語を処理し伝達する場合にも役立つものであることを期待している。
 新漢字表は,現代の一般社会生活で用いるものであって,科学・技術・芸術等の各種専門分野や個人個人の漢字の使用にまで立ち入ろうとするものではない。まして,過去の文献に用いられた漢字を否定しようとするものでないことは言うまでもない。
 また,新漢字表は目安を示すものであるから,この漢字表に基づいて文章を書き表す場合にしても,ここに挙げられた字種・音訓だけを用いて文章を書くべきであるという制限的なものではない。表にない字種や音訓の使用を否定するものでないことはもちろん,表にあるものであっても,いつ,いかなる場合にもそれを使わなければならないというものではない。各種の分野や個々の場面に応じて,適当な考慮を加える余地のあるものである。読みにくいと思われるような場合は,振り仮名を用いるなどの工夫も一つの方法であろう。
 新漢字表では,地名・人名などの固有名詞に用いる漢字は取り上げなかった。固有名詞は,普通の語とは違った性格を持つものであるからである。
 学校教育との関連は,選定の過程で常に配慮してきたが,今回の表は,特に教育用として作成したものではない。ただし,この漢字表が一般の社会生活のためのものである以上,学校教育での漢字指導の際には,考慮されるはずのものと考える。学校教育では,基本的な漢字についての学習とともに,漢字というものの文字組織及び機能についての理解を持たせるように努めることが望ましい。

〔音訓と字体〕

 新漢字表には,字種のほかに,音訓及び字体を示した。
 すでに昭和47年に答申された「当用漢字改定音訓表」は目安を目指してまとめられたものであり,音訓に関しては,今回もその考え方を踏襲するものとした。
 字体に関しては,考えるべき問題がないではないが,現在世間で通用されている字体を軽々に動かすべきではないと考え,昭和24年告示の「当用漢字字体表」に掲げられた字体と大差のないものとするとともに,その字体表の考え方を受け継ぐこととした。
 なお,明治以来行われてきた活字体とのつながりを示すために,適宜いわゆる康熙(こうき)字典体を添えた。

〔選定の方針〕

 表に収める漢字の選定に当たっては,語や文を書き表すという観点から,その字の使用度数・機能度を主として考え,さらに,使用分野の広さを参考にした。

  1. 使用頻度の高いものを取り上げる。
  2. 機能度,特に造語力の高いものを取り上げる。
  3. 使用度数や機能度がさほど高くなくても,概念の表現という点から考えた場合,特に必要と思われるものは取り上げる。
  4. すでに略体の慣用されているものは,略体の字で取り上げる。

〔今後に残された問題〕

  1. 地名・姓・名前等の固有名詞を表す漢字をどのように考えるか。ことに「人名用漢字別表」(昭和26年)及び「人名用漢字追加表」(昭和51年)の扱いについては,今後十分な検討を加える必要がある。
  2. 学校教育での漢字をどのように考えるか。ことに昭和23年の「当用漢字別表」(いわゆる教育漢字)の扱いについては,十分な検討を加える必要がある。
  3. 字体に関する具体的な諸問題について今後検討することが望まれる。ことに新漢字表は目安を示すものであるから,表に入れていない字についても字体を検討する必要がある。

 なお,表の名称は取りあえず,仮に「新漢字表」としたが,今後名称について審議し決定することを期待する。

[注 記]

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