国語施策・日本語教育

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U 現代の国語をめぐる諸問題(委員から出された主な意見)

3 言葉遣い,話し言葉,敬語,方言等に関すること

(1)  言葉の乱れやゆれの問題について取り上げて検討すべきである。

   正しく美しい日本語という目で見ると,今使われている日本語は,非常に崩れてきていると言わざるを得ない。
   現在,中学生同士が話しているのを聞いていると,その言葉が全然理解できない場合も多い。そういう子供たちが大きくなっていくということを考えると心配になる。

(2)  発音,アクセント,イントネーションの問題についても取り上げて検討すべきである。

   放送との関連で,発音の問題も取り上げてはどうか。
   アクセントやイントネーションのことも大切ではないか。
   地域による差もあり,標準を設けてもそれをどこまで普及し得るか疑問である。

(3)  正しい言葉,美しく豊かな言葉,魅力のある言葉の使用について広く社会に訴えることが必要ではないか。

   話し言葉にどういう問題があるのかということを検討して,指針を出すとよい。
   書き言葉にもまだいろいろ問題はあるにしても,今後の日本語を変えていくのはむしろ話し言葉だと思う。今やゼロ歳児でもテレビの言語をたくさん耳に入れている。そこで,話し言葉の問題をなるべく多く取り上げるようにしていきたい。
   言葉について何が正しくて何が美しいかということを決めるのは非常に難しい。
   正しく美しいだけでなく,魅力のある話し言葉ということが大切である。
   言葉のファッション性も大切である。
   世間一般で言葉が簡単になりすぎて豊かさがなくなってしまったことも残念である。
   言葉について広く世の中の人々の関心を呼び起こし,言葉を大切にする気風を養うことが必要である。

(4)  現代の話し言葉,書き言葉における敬語の問題について取り上げて検討すべきである。

   敬語の問題は, 日本語の中で非常に大切な分野を占めている。ある方向づけができれば,教育の面でも非常に役に立つと思う。
   言語形式としての敬語の問題を扱うのは易しいとしても,実際の運用の上ではいろいろ難しい問題もあるだろう。
   昭和27年の建議「これからの敬語」も今の時代に合わなくなっている面があるので,見直しが必要だと思う。

(5)  方言の問題について取り上げて検討すべきである。

   共通語と方言の共存,使い分けは望ましいことである。
   日本の現状では,方言と標準語の二つを話せるのが一番理想的だと思われる。
   方言も,文化の源泉として尊重すべきである。
   方言にある豊かな表現形式を残して,生活の中で生かしていきたい。
   諸外国では,各地域の出身者が郷土色を持った方言を話しながら文化交流をしているが, 日本の場合も国際化に向かって,標準語だけでなく方言とその背後にある文化を重視することが大切だと思う。

(6)  文字や単語の問題にとどまらず, 「表現」として国語を考えることが必要ではないか。

   言葉というものは大きな単位の中で動いているものであるから,文字や単語のことにとどまらず, 「表現」として国語を考えるということをもう少し問題にしてはどうか。
   表現力を伸ばすことが教育の上でも大切なことである。
   明確な表現,豊かな表現をすることが必要である。

(7)  官庁で使う言葉はなるべく平易にすべきである。

   官庁では分かりやすい言葉を使ってもらいたい。
   裁判所でも判決文の平易化などの動きがある。官庁の用語には大いに改善の余地があると思う。
   官庁の中で自然に発生し効率的に使われる語であるなら,官庁固有の用語もあってよいわけだ。ただ,それを外部の人に押し付けるべきではない。

(8)  専門用語(業界用語) を一般の人々に対して濫用すべきではない。

   一般向けの情報媒体で専門用語,業界用語が無分別に使われている。
   やたらに科学技術用語を使う傾向もある。

(9)  言葉の遠慮現象というものに少し注目する必要があるのではないか。

   世界的に見られる現象ではあるが,言葉の遠慮現象の限度について勉強したい。
   最近,こういう言葉を使ってはいけないと言われることが大変多いと感じる。

(10)  男女の言葉遣いの問題について取り上げてはどうか。

   小学校の先生(女性)が男の言葉を使われるので,娘に対する言葉のしつけの上で困った経験がある
   男女の言葉遣いの区別があるのは, 日本語の優れた点,美しい点だと思うが,男女の言葉遣いがだんだん接近してくるのは自然の成り行きで仕方のないこととして見過ごしていくのか,やはり区別はあった方がよいのか考えてみたい。

(11)  豊富な用例を収録した国語大辞典の編集事業を国として積極的に進めるべきである。

   言葉は時代とともに移り変わるものだが,それぞれの時代の言葉の使用例を十分に収録した国語の大辞典があるとよいと思う。言葉の歴史も分かるし,国語の伝統を大切にし,言葉の乱れを正し,国語に対する意識を高めることにもつながるものだと思われる
   国立国語研究所で国語大辞典(日本語大語誌)編集の準備作業が行われているが,国語審議会としても,このような事業を積極的に推進するよう提言してはどうか。
   明治大正の文学作品の会話の中の言葉遣いなどでも,既に今日の人には分かりにくくなっているものがある。日本語の古典を正しく次の世代に伝えていくためには,このような問題にも留意する必要があるのではないか。


  (注)  その他,地名の付け方等のことも話題になった。

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