国語施策・日本語教育

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第2 表外漢字字体表試案

T 字体表の前文

1 表外漢字の字体問題に関する基本的な認識

(1)従来の漢字施策と表外漢字字体表作成の経緯

 戦後の漢字施策については,当用漢字表(昭和21年11月),当用漢字別表(昭和23年2月),当用漢字音訓表(昭和23年2月),当用漢字字体表(昭和24年4月),常用漢字表(昭和56年10月)等の一連の施策が,国語審議会の答申に基づき,内閣告示・内閣訓令によって実施されてきた。これらのうち,字体にかかわるものとしては当用漢字字体表と常用漢字表がある。
 当用漢字字体表では「漢字の読み書きを平易にし正確にする(当用漢字字体表「まえがき」)」ことを目標とし,そのために「異体の統合,略体の採用,点画の整理などをはかるとともに,筆写の習慣,学習の難易をも考慮した。なお,印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させることをたてまえとし(同上)」ていた。それに対して,常用漢字表では「主として印刷文字の面から(答申前文)」検討され,当用漢字字体表のように「印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させる」という考え方は採らなかった。筆写のことは別のこととしたわけである。ただし,字体を変更することは各方面に与える影響が大きく,混乱を招くおそれがあるということで,当用漢字字体表に掲げられている字体を基本的に踏襲した。また,表外漢字の字体については,昭和54年の中間答申以来,その答申前文で「常用漢字表に掲げていない漢字の字体に対して,新たに,表内の漢字の字体に準じた整理を及ぼすかどうかの問題については,当面,特定の方向を示さず,各分野における慎重な検討にまつこととした。」と述べ,国語審議会としての判断を保留した。現在の表外漢字字体問題の一因は,ここにある。
 しかし,表外漢字の字体問題が表面化したのは,常用漢字表制定時の予想をはるかに超えるワープロ等の急速な普及によって,表外漢字が簡単に打ち出せるようになり,そこに,昭和58(1983)年のJIS規格の改正による字体の変更問題が絡んだためである。現在,早急な解決が求められているのは,上記改正によって,鴎(←),祷(←),涜(←)のような略字体が一部採用され,括弧内の字体が排除されたことによる表外漢字の字体の混乱である。(なお,平成9 (1997)年の改正による現行のJIS規格においては,(鴎),(祷),(涜)などの括弧外の字体は,それぞれの括弧内の略字体と同一コードポイントに包摂されるという扱いに変更された。しかし,ワープロ等から括弧外の字体が打ち出せない状況は基本的に変わっていない。)
 この問題は,@教科書や辞書などで用いられているが打ち出せないこと,A鴎とのどちらの字体を標準とすべきか,すなわち表外漢字字体の基準がないこと,の2点にまとめられる。国語審議会がこの表外漢字の字体問題に取り組み,表外漢字字体表を作成することとしたのは,この問題が既に一般の文字生活に大きな影響を与えているだけでなく,今後,情報機器が一層普及することによって,更に大きな影響をもたらすことが予想されると判断したためである。
 今回の表外漢字字体表は,以上のような問題を解決するために,常用漢字表制定時に見送られた「法令,公用文書,新聞,雑誌,放送等,一般の社会生活において,表外漢字を使用する場合の字体のよりどころ」を示そうとするものである。この字体表では,明治以来の伝統的な印刷文字字体(康熙(き)字典に掲げる字体そのものではないが,康熙字典を典拠として作られてきた明治以来の活字字体。以下「いわゆる康熙字典体」という。) を印刷標準字体と位置付け,略字体等については,現行のJIS規格や新聞など,現実の文字生活で使用されているものの中から,使用習慣・使用頻度等を勘案して許容する字体(以下「簡易慣用字体」という。)を選定した。ここで,略字体等とは,主として常用漢字の通用字体に準じて作られた字体のことで,例えば,常用漢字の「歩」に合わせて表外漢字の「」を「捗」としたような略字体でないものも含む。この簡易慣用字体の選定に当たっては,字体問題の将来的な安定という観点から,特に慎重な検討を行った。なお,今期審議会は,次に述べる「漢字出現頻度数調査」の結果に基づいて語易慣用字体を選定し,表外漢字字体表の試案としてまとめているが,簡易慣用字体の選定については,次期審議会において更に検討する必要がある。
 上述のような表外漢字の字体に関する方針は,前期報告で示された考え方を基本的に受け継ぐものであるが,当用漢字字体表や常用漢字表で略字体等を採用してきた従来の施策とは,略字体等の扱いにおいて異なるものとなっている。これは,現在の文字使用の実態に混乱が生じないよう配慮したためである。すなわち,表外漢字字体表の作成に当たり,現実の文字使用の実態を調査 (凸版印刷・大日本印刷・共同印刷「漢字出現頻度数調査」平成9年:調査対象漢字は3社合計で延ベ37,509,482字)した結果に基づいて判断したものである。この調査で明らかになったことは,一般の人々の文字生活において大きな役割を果たしている書籍等の漢字使用の実態として,字体に関しては,主として,常用漢字及び人名漢字はその字体が,表外漢字はいわゆる康熙字典体が用いられていることである。このうち,人名漢字は制定年が異なる(昭和26年,51年,56年,平成2年)関係で,制定年の古いものほど人名漢字字体の定着度が高い。このような傾向から考えると,将来的には人名漢字字体におおむね統一されていくものと予想できる。表外漢字については,常用漢字の通用字体に準じた略字体等が現時点でどの程度用いられているかを見ようとしたのであるが,その種類はそれほど多くなく,かつ,特別なものを除き出現頻度も低いという結果であった。
 また,小学校・中学校・高等学校の教科書や各種の辞典類においても,人名漢字は別として,表外漢字の字体に関しては,いわゆる康熙字典体を原則としている。
 このような実態がある中で,表外漢字に常用漢字に準じた略体化を及ぼすという方針を国語審議会が採った場合,結果として,新たな異体字を増やすことになり印刷文字に大きな混乱を持ち込むことになる。国語審議会は,上述の漢字字体の使用実態を踏まえ,この実態を混乱させないことを最優先に考えた。すなわち,常用漢字表の表内と表外において,略字体等といわゆる康熙字典体との扱いが異なっているのは,一般の文字生活に新たな字体上の混乱を引き起こさないためである。この考え方は,同様の意味で,常用漢字の通用字体をいわゆる康熙字典体に戻すことを否定するものである。当用漢字字体表以来50年にわたる経緯を持ち,社会的に極めて安定している常用漢字の通用字体については動かすべきではないと考える。

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