HOME > 文化庁月報 > 特集 「地域における日本語教育の展望−日本語教育の総合的推進を目指して」

文化庁月報
平成23年8月号(No.515)

文化庁月報トップへ

特集 「地域における日本語教育の展望−日本語教育の総合的推進を目指して」

多文化共生の地域づくりと日本語教育

東京外国語大学留学生日本語教育センター長 伊東祐郎

 地域における日本語教育は,主に市民ボランティアを中心に取り組まれており,まさに多文化共生の最前線にあります。本稿ではその現状と課題,今後の展望について説明します。

目次

  1. 1 はじめに
  2. 2 地域における日本語教室の特徴
  3. 3 地域における日本語教室の現状
  4. 4 専門家と市民
  5. 5 地域住民の国際化・地域社会のグローバル化
  6. 6 地域における日本語教育のデザインの要
  7. 7 おわりに

はじめに

 1980年代後半以降,日本は急速な国際化の中で,各地域に定住化する外国人が増加しています。それに伴い,市民ボランティアによる日本語学習支援の活動や外国人と日本人との交流を目指した催し物などが活発に行われるようになってきています。このような地域活動は,今後の日本社会の「多様化」,「国際化」そして「多文化共生」の有り様を左右するほどの大きな存在となっており,多様な背景や文化,考え方を持った住民同士がお互いに理解し合い,生活の基盤である地域社会を創り上げていくための取組が求められています。そういった多様な取組の中の一つに「地域における日本語教室」があります。

地域における日本語教室の特徴

 地域における日本語教室とは,大学や日本語学校で行われる留学生対象の日本語教育や企業等でビジネスパーソンを相手に行われる日本語教育と異なり,特定の人を対象としたものではなく,労働者とその家族や日本人の配偶者等,多様な学習者が集まります。場所もそれぞれの地域にある国際交流センターや公民館,生涯学習センターなどの公的な施設を利用して,週に1回,2時間程度の活動が行われることが多いようです。公的な施設で開催されること,無料あるいは教材の実費程度で参加できること,日本語学習という活動の目的がはっきりしていることから,地域における日本語教室は外国人にとって敷居が低く,安心して参加できる場所となっています。
 また,地域における日本語教室は市民ボランティアによって運営されているところが多く,市民ボランティアにも労働者や学生,主婦など多様な人が集まるため,まさに多文化な集まりとなっています。多文化な人の集まりというのは,各地の国際交流センター等で開催される祭りやイベントでも見られますが,継続的・日常的に行われるということは日本語教室に特徴的なことであり,地域の国際化・多文化化の最前線にあると言えます。

地域における日本語教室の現状

 各地域で展開されている日本語教室の活動はその目的によって様々です。ここでは,主に二つの活動を取り上げてみます。まず市民ボランティアが教師となって教科書を基に学習者に日本語を教えることを目的とする活動です。もう一つは日本人,外国人が交流を通してコミュニケーションを図りながら相互理解を深めることを目的とする活動です。どちらにも良さはありますが,地域における日本語教室が地域の国際化・多文化化の最前線にあるということを考えるならば,文化や価値観の異なる者が,コミュニケーションを通して他者との違いや共通点を理解し合ったり,コミュニケーションの在り方を学び合ったりする空間になることが,必要になるのではないでしょうか。外国人も日本人も地域住民としてできることを考えたり,お互いに協働で何かに取り組んだりすることによって,それぞれの社会参加や自己実現につながり,そこで育まれた人間関係が多文化共生の地域社会作りの基盤となっていくという点で大きな意義があります。地域における住民同士が,異なる文化を持つ人々の発言に耳を傾け,その人たちの考えや行動を考えられるようになることによって,日本語教室はまさに多文化共生の拠点となる可能性を持っています。
 しかしながら,地域における日本語教室が実際にはコミュニケーション中心の活動を志向しながらも,学習者からの日本語に関する質問に端を発し,「日本語を教授する」という行為に縛られて身動きが取れなくなってしまうということがしばしば起こります。市民ボランティアは「日本語を教えないといけない」,「日本語の文法や教授法について勉強しなければならない」,そのためには「専門的な知識を身に付けなければならない」となることがあります。
 そういった日本語の知識に関する課題への対応策として,自治体が日本語教育の講座を開催し,日本語を教えるスキルを身に付けることで解決を図ることもありますが,10回,20回の講座で日本語教育に関する専門性を身に付けることは決してやさしいことではありません。また,民間の日本語教師養成講座などに通おうにも,時間や費用の点から断念する人もおり,その結果,「資格がないと活動できない」,「教えるには資格が必要だ」となり,本来楽しいはずのボランティア活動から去ってしまう人たちもいます。敷居が低く,多文化社会を創り上げていく可能性を秘めた地域における日本語教室が,間口が狭く,「教える人と学ぶ人」という固定された関係を生み出す場となってしまうということが各地で起きています。

専門家と市民

 こういった状況が起きる原因はどこにあるのでしょうか。一つには,地域における日本語教室に求められる役割が整理されていないことがあります。現状は,コミュニケーションを通して人間関係作りを行う多文化共生の拠点としての役割も,言語保障を行う日本語教室としての役割も,すべて市民ボランティアが行う地域における日本語教室に求められてしまっています。
 ただ,国や自治体が日本語学習の機会を保障するのであれば専門家による日本語教育が必要なことは火を見るよりも明らかです。本来であれば,地域における日本語教室は専門家が言語保障の観点から行う活動と,市民ボランティアが人間関係作り,多文化共生の地域作りの観点から行う活動とを区別するべきです。今は,その両者が区別されずに混然となっているために,市民ボランティアによる地域における日本語教室が本来持つ良さが生かされないということが起こります。専門家と市民ボランティアの役割を整理し,それぞれの良さを発揮できるような体制を作って初めて,市民ボランティアによる地域における日本語教室が,「教師・指導者から学習者への一方向的な指導の場」ではなく,同じ地域住民,隣人としてのコミュニケーションを行う場になり,多文化共生の社会づくりの基盤として機能するようになります。また,少しずつではありますが,実際にそういった取組を始めているところもあります。佐賀県では来日間もない外国人に対する短期集中型日本語教育を日本語教育の専門家が行い,その後,学習者を市民ボランティアによる地域における日本語教室につないでいくという取組を始めています。
 今後は専門家が担うべき部分を国や自治体の予算で行い,日本語学習の機会を保障すること,そのことで市民による地域における日本語教室の良さを活かし,それぞれの地域における日本語教育を充実させていくことが必要です。そうすることで,地域社会の活性化や多文化共生の社会作りに向けて,それぞれの活動が機能するようになります。

地域住民の国際化・地域社会のグローバル化

 また,市民と専門家の役割分担を整理することで,市民ボランティアによる地域における日本語教室が日本人の国際化に貢献できるということがはっきりとします。
 本や雑誌,テレビを見て異文化を想像したり,実際にお金と時間を掛けて海外に行って異文化を体験したりするのではなく,自分が住んでいる地域で異文化を体験できることは本当に大きなことです。日本語を教えるだけでなく,外国人住民の言葉を学んでみたり,外国人住民の経験や考え方を聞いたり,文化を一緒に体験・共有することで個々人の国際性を高めることができます。また,「日本語を教えなければならない」という考えから解放されることで参加者の間で対等なコミュニケーションが行われるようになるものです。
 そのため,市民ボランティアに対する研修も,単なる日本語の教え方ではなく,異文化理解,コミュニケーションの在り方を振り返るようなものが必要となります。文化も価値観も,そして日常的に使用する言葉も異なる相手とどのようにコミュニケーションを行うのか,そこからどうやって日本語の学びや人間関係の構築に結び付けていくのかということについての研修が必要になります。研修を通して,多面的にコミュニケーションの在り方を振り返り,必要となるコミュニケーションのスキルを身に付けたりすることが求められます。
 そうすることでボランティアの自己実現や社会参加だけでなく,外国人の自己実現と社会参加についてもトータルで考えることができるようになります。そういった研修やその後の実践を通じて,国際社会で生きていくために必要な内省力,異なるものに遭遇したときに柔軟に対応していく力が培われていくのであり,さらには外国人を地域で受け入れていくための地域作りにつながっていきます。

地域における日本語教育のデザインの要

 最後に,専門家による地域における日本語教室と市民ボランティアによる地域における日本語教室をうまく機能させるための仕組みについて説明します。専門家による地域における日本語教室と市民ボランティアによる地域における日本語教室を設置し,役割分担を明確にするだけではうまく機能しません。役割分担を明確にした上で,両者をつないでいくこと,また場合によっては,両者の連携によっても解決できない課題に対して,他の関係機関との連携を進めていくことなど,多文化共生に関する地域全体の見取り図を作成し,それに基づき仕事をする人が必要となります。全体を見ながら動く人,理想を言えば,行政に所属する地域日本語教育コーディネーターが地域の状況を踏まえながら,全体のかじ取り,地域における日本語教育のデザインを行うことが必要となります。そうすることで,初めて対症療法ではなく,多文化共生のための地域づくりを行うことができるのではないでしょうか。

おわりに

 専門家による日本語教育の充実が図られ,地域日本語教育コーディネーターの配置によって,専門家とボランティアそれぞれの役割分担が明確になることによって,初めて,市民による日本語教室が外国人のエンパワーメントかつ日本人の異文化に対する寛容性や感受性を醸成する場所として機能し,多文化共生社会の拠点となるのではないでしょうか。文化庁には日本社会全体の中での地域日本語教室の役割について検討し,実践を積み重ねていくこと,そのために自治体との連携や地域日本語教育コーディネーターや日本語教育専門家の配置に係る財政支援の在り方について検討し,地域における日本語教育を充実させていくことを期待します。

伊東祐郎

(氏名)伊東 祐郎  (職業)東京外国語大学留学生日本語教育センター長


【経歴・活動欄】
現在,東京外国語大学留学生日本語教育センターで,海外からの留学生に対して日本語を教えている。専門は応用言語学で,特に日本語のテストを研究。2009年より文化審議会国語分科会臨時委員(日本語教育小委員会分属)。
2011年4月より留学生日本語教育センター長。

トップページへ

ページトップへ