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文化庁月報
平成23年8月号(No.515)
特集 「地域における日本語教育の展望−日本語教育の総合的推進を目指して」
地域における日本語教育の展望−日本語教育の総合的推進を目指して
地域における日本語教育は国,都道府県,自治体のほか,日本語学校や市民ボランティアなど多様な人が関わっています。
- ≪出席者≫
- 西原 鈴子
- 元東京女子大学教授・文化審議会長
- 小山 豊三郎
- 愛知県地域振興部国際監
- 野山 広
- 国立国語研究所日本語教育研究・情報センター准教授
- 加藤 早苗
- 株式会社インターカルト日本語学校代表
- 舟橋 徹
- 司会,文化庁文化部国語課長
目次
- 1 日本語教育の重要性,日本社会への貢献
- 2 「生活者としての外国人」に対する日本語教育の充実〜日本語教育小委員会での審議
- 3 地域における日本語教育の実態とその多様性
- 4 地域日本語教育コーディネーター
- 5 省庁横断的に取り組む日本語教育へ向けて
- 6 日本に来るということ,日本に生きるということ
日本語教育の重要性,日本社会への貢献
【舟橋】
本日は「地域における日本語教育の展望−日本語教育の総合的推進を目指して」というテーマで座談会を行いたいと思います。御出席は元東京女子大学教授で文化審議会長の西原鈴子先生,愛知県地域振興部国際監の小山豊三郎先生,国立国語研究所日本語教育研究・情報センター准教授の野山広先生,インターカルト日本語学校代表の加藤早苗先生です。西原先生には国語分科会日本語教育小委員会の主査を,また,小山先生,加藤先生には日本語教育小委員会の委員をお務めいただいております。
まず,日本語教育の背景ですが,日本の外国人登録者数は2008(平成20)年末の222万人をピークとして,2009(平成21)年末に219万人,2010(平成22)年末に213万人と少し減少を見せておりますが,1990(平成2)年の改正出入国管理法施行の時点から比べるとおおよそ2倍と大きく増えており,地域における日本語教育を充実させていくことは非常に重要な課題となっております。日系定住外国人施策推進会議が平成23年8月に策定した「日系定住外国人施策に関する基本指針」
(PDF形式(27KB))においても,日本語教育がクローズアップされているところです。そこで,まず,日本語教育の重要性や日本語教育がこれからの社会に貢献できることなどについて,西原先生にお伺いしたいと思います。
【西原】
日本語教育に具体的に今,何ができるかということと,大きく将来的にどのようなことが可能かということの両方があると思います。
具体的に今,何ができるかということについては日本語教育ですから,出身のいかんに関わらず日本社会の構成員となるべき人たちが共通のコミュニケーションの手段として日本語を基本的なところにおき,共有できるような方策を企画し,実践するという役割があるのではないのかと考えます。
一方,大きく日本社会全体の将来について,日本語教育にどのような貢献ができるのかについて,一言で言えば,仲介です。将来にわたって日本社会を構成する人々が,互いの出身を問わず,相互に尊重し合いながら,それぞれが平等な一員として社会を構成していくことに向けて,元々日本社会を構成してきた多数派の日本人と,新しく社会に入ってくるであろう人,外国出身あるいは社会的,文化的に背景の異なる人との仲介をすること,あるべき社会の姿に向けて相互に関係を調整し合う仲介者となることが大きなところではないかと思います。
「生活者としての外国人」に対する日本語教育の充実〜日本語教育小委員会での審議
【舟橋】
今の日本語教育の大きな意義について西原先生からお話しいただいたのですが,文化庁では従来様々な施策を実施して,特に地域における日本語教育の支援を行ってきました。
2007(平成19)年7月からは外国人の定住化傾向や社会参加の高まりを踏まえ,それに対応する日本語教育について検討するために,文化審議会国語分科会に日本語教育小委員会を設置して,検討を行ってきております。
日本語教育小委員会では「生活者としての外国人」に対する日本語教育に焦点を当てて検討を行っていますが,なぜ,留学生あるいは勤労者に対する日本語教育ではなく「生活者としての外国人」に対する日本語教育について検討する必要があるのかということ,また,日本語教育小委員会におけるこれまでの検討成果について西原先生から簡単に御説明いただけますでしょうか。
【西原】
留学生や技術研修生,それから定住,永住する人々というように在留形態は色々ですが,全ての方が日本の社会に滞在しているという意味では「生活者」であると考えられます。「生活者としての外国人」に対する日本語教育とは,生活の場におけるコミュニケーション,意思の疎通,情報の共有がうまくいく方策を考え,そのことを実践することです。現在,200万人強の人が日本に外国人登録をしていますが,滞在,在留形態に関わらず,全ての人が「生活者」であり,社会に参画するということにおいて,全ての人に当てはまると思います。

西原鈴子氏
そのことを踏まえ,日本語教育小委員会が「生活者としての外国人」に対する日本語教育がどういう内容を持つものか,そのためにどういう体制を整備する必要があるか,どういう方々の連携によってそのことが行われなければならないのかということを審議し,報告書(PDF形式(253KB))を出してきています。
まず,2010(平成23)年5月に取りまとめた「標準的なカリキュラム案(以下,「カリキュラム案」という)」では,外国籍の方々だけでなく,日本にずっと住んでいる日本人も含めて「市民生活,社会生活」で何をしているのかということを調査し,それを「生活上の行為」としてリストにしました。また,その行為を達成するためには,何をしなければならないかということを提案しました。
それに基づいて,色々な方々に地域の日本語教育を実践していただくことを希望するのですが,内容を示すだけでは不十分であろうということで,カリキュラム案を使うための方法を示す活用のためのガイドブックをまとめました。
また,地域における日本語教育について,国・都道府県・市町村の役割分担を示し,さらにそれぞれの地域において直接外国人とコンタクトを持たれる方々との連携によって,日本語教育を提供するということを報告書(PDF形式(372KB))で示してきていますが,今後はその実践の在り方や内容を教材例という形で実現していくため,今審議を行っているところです。
【舟橋】
日本語教育小委員会においてカリキュラム案を作成する段階では,「日本語教育における学習項目一覧と段階的目標規準の開発−中間報告書−」など,国立国語研究所の研究成果も活用させていただきましたが,研究的な観点から見た場合に,カリキュラム案にはどういった可能性あるいは課題があるのでしょうか。
【野山】
日本語教育小委員会では国立国語研究所が独立行政法人であった時代に始まった研究成果を使っていただいていると思います。元々,1980(昭和55)年前後に中国帰国者定着促進センターで教材を作るときに,国立国語研究所が研修生,OB,OGを含めた人員を動員して教材を作成したのですが,それ以来の大仕事だったと思います。日本語教育小委員会が活用した研究成果は国立国語研究所の研究員が実際に地域に入り込み,インタビューやアンケートをして,本当の意味でのニーズを踏まえたものであり,その成果を踏まえて作ったのがカリキュラム案であるということを考えると画期的なものだったと思うんですね。

野山広氏
ただ,これから重要なこととして,カリキュラム案は60時間を目安に作ったと思いますが,実際に現場に行くと「それでは足りない」という人が大勢いると推察できます。諸外国では,500時間以上を充てて自国語の教育を行っているところもあるわけです。本当の意味で「日本で生活できるようになる」ためにどれぐらいの時間数が必要になるのか,定住者と言われている人たちに対し,政府レベル,自治体レベルで,あるいは政府・自治体の折半で日本語教育を提供するときに,どのぐらいの時間数で,どのような内容で指導をすると,「生活者としての外国人」がより地域に根ざした形で力を発揮できるようになるのかということを調査し,研究することが課題だと思います。
【舟橋】
加藤先生はインターカルト日本語学校の代表でいらっしゃいますが,現場で実践を行う指導者としての視点からは,カリキュラム案について,どういった特徴や課題があるとお考えでしょうか。
【加藤】
実践者という立場と日本語教育小委員会の委員という立場から述べます。カリキュラム案の特徴は先行する研究成果から集めた素材がベースにあり,かつ「生活上の行為」に非常に大きくポイントを置いている点です。行動中心で「何ができるようになるか」,つまり文法積上げの学習方法や考え方ではなく,生活の場で本当に何が必要か,学習をすることでどうなっていくことを目指すのかということを示しているのですが,それが重要だと思います。
私は日々,実際に学習者を目の前にしています。留学生だけでなく,定住外国人もいるのですが,その人にとって必要な学習項目は順序立って出てくるわけではありません。カリキュラム案では生活上の行為に順に数字を打って配列していますが,実際の現場でニーズが「1」から順に出るとは限らず,先に「5」が来たり,その次に「30」が来てそれから「2」が来たりすることもあります。現場では実際の状況に合わせた提示というのが必要になります。カリキュラム案では順序立って,生活上の行為を「1,2,3,4,5……」と並べていますが,実際に使う順番はどうであってもいい,現場に合わせて自由に使っていただけるということは非常に高く評価できるものだと思います。
一方,課題ですが,カリキュラム案が実際にどのように使われていくかということが非常に重要です。考えていることが作った側と使う側で
地域における日本語教育の実態とその多様性
【舟橋】
地域における日本語教育は多様な機関や団体が実践を行っているわけですが,どのような特徴や課題があるのでしょうか。愛知県は外国人登録者数も多く,自治体等の取組も積極的であると伺っています。そこで愛知県地域振興部国際監の小山先生に地域における日本語教育の特徴や課題についてお伺いしたいと思います。

小山豊三郎氏
【小山】
愛知県につきましては,今,御紹介ありましたように外国人の数が非常に多くなりまして,特に1990(平成2)年の改正出入国管理法の施行以降,日系ブラジル人が増加しているのが,全国的に見ても特徴的ではないかと思っております。特に,現在は20万人強の外国人が住んでいますが,これは東京都,大阪府に次いで第3位ですが,外国人登録者の住民に占める割合は約3%で,こちらは東京都に次いで第2位となっており,多くの外国人が住んでいます。そういった状況もあって,かなり以前からNPOやボランティアの方により日本語教室が盛んに行われております。全部把握しているわけではありませんが,120ぐらいの教室があり,日本語学習を希望される外国人には,そういった日本語教室を御紹介しております。
また,愛知県国際交流協会,これは県の外郭団体ですが,そこでも日本語教育をかなり以前からやっております。日本語を教えるボランティアの養成講座ということで,全12回のセミナーを1997(平成9)年からやっており,1998(平成10)年からはその講座の卒業生の実践も兼ね,日本語教室をやっております。さらに,2002(平成14)年からは日本語教室実践講座と称し,「日本語教室をこれから立ち上げたい」というところや,「すでに日本語教室をやっているけれども,ブラッシュアップをしたい」という市町村に指導員の派遣をしています。あと,特徴的なこととして,2000(平成12)年から日本語教育リソースルームというのを開いております。ボランティアの自主的な運営の下に,教材の収集・整理や勉強会の開催のほかに「日本語を教えたい」とか,「日本語教室をしたい」という人へのアドバイスを行っております。
日本語教室については,そういう事業をしていますが,私ども愛知県地域振興部国際課の中に多文化共生推進室というのがあり,特に最近,日本語教育単独ではなく,他の目標と合わせた活動をやっております。
例えば,日系人関係について色々問題が起きたとき−特に外国人が集住している団地でゴミの出し方や夜遅くのパーティに対して周囲の日本人からクレームが出たことが発端となっているのですが−身近なルールや文化の違いを日本語を通じてお互いに知ろうということをしています。私どもの仕事の特徴として,目標に対する手段と言いますか,もちろん日本語は重要ですが,日本語を教えながらも,目標に向かって進めるようにするということをしております。
また,最近は子どもたちの日本語教育を重視しております。日本語学習支援基金という基金を設けていますが,企業などから約2億5千万円の御寄附をいただき,この基金を使って子どもたちの日本語教育について色々な支援を行っております。日本語教室の運営に対する補助や指導員の派遣,外国人学校への日本語指導者の派遣・日本語教材の配布などです。
課題ですが,ボランティアの方々が中心ですので,ボランティアの勉強の機会を増やすことがあります。もちろん,根本的な問題として,ボランティアですから,報酬的なことが負担となることは少ないのですが,会場費や諸経費が掛かるということはあります。
【舟橋】
今,子どもに対する日本語教育や,企業からの基金のお話もありましたが,「生活者としての外国人」が実際に地域で生活をする日常の営みの中には,子育て,仕事などの関係も当然入ってくると思われますが,教育機関や企業と連携した取組はあるのでしょうか。
【小山】
学校とか,場合によっては企業と連携することが非常に重要です。それぞれの地域でも保育園,学校それから日本語を教えている人たちの間で連絡協議会をされていると聞いています。あと企業の中で日本語教室をされているところもあります。企業と行政,それから学校,ボランティアの人たちの連携が非常に重要ではないかと思っております。
また,考え方として,地域における日本語教育は「生活者としての外国人」が対象なので,一生をたどる必要があるのではないかと思います。保育所や幼稚園から小学校へ行き,小学校を卒業して中学校へ行き,中学校を卒業してそれから先どうなるのか。就職してからどうなるのか。それから先,そろそろ年金をもらうような年齢に達した方もいらっしゃいます。「何かあればブラジルに帰ればいい」という人もいるようですが,特に子どもたちを見ていると,「何かあったら帰ればいい」ということでは済まない状況になりつつあるんじゃないかなと思います。
その生活や人生のバックボーンみたいな形で日本語が存在するわけです。プレスクールならプレスクール,小学校や中学校など,それぞれにふさわしい日本語を習得してもらう必要があると思うわけです。ボランティアの方も,現場では「この子をどうするか」という意識が高くなるわけですが,「日本語教育はどうあるべきか」とかですね,そういった点をフォローしていただける専門家がいれば,現場でももっと自信を持って対応していけるのではないかなと思います。
【舟橋】
最近では,地域における日本語教育は自治体や国際交流協会,ボランティア団体だけでなく日本語学校による取組も増えてきているように感じておりますが,いかがでしょうか。

加藤早苗氏
【加藤】
それぞれの地域で「生活者としての外国人」に対する日本語教育に関わる日本語学校が増えてきているということだと思います。私たちの例をお話しすると,私たちの日本語学校は3年前に東京の都心から下町に引っ越しました。その時,地域に根付くことが非常に重要だと思い,移転前から教職員で勉強会をしたり,その後,区,教育委員会,小中学校などを回って日本語教育で何か地域との接点ができないかということで相談をしたのですが,なかなかハードルが高いというのが最初の印象でした。
ですが,色々な方と話をする中で,外国人のうち,特にお子さんとそのお母さんたちと深く関わりを持てる部分があるのではないかと感じました。そこに文化庁の委託事業(「生活者としての外国人」のための日本語教育事業)の話があったので応募して,指導者向けの講座と子どもたちの講座を開催し,3年度の今ではそれらに加えてお母さんたちの講座の開催にまで至っております。
日本語学校には場所があります。教室ができる場所があり,そこにさらに日本語を教えるプロがいて,それから教材もあって,そして何よりも異文化に対する抵抗感が存在しない環境があります。その存在をうまく活用してもらえないかなと思っていますし,実際に外国人と地域を結ぶ役割を少しずつ果たせることができるようになってきています。外国人の子どもたちが来て,お母さんたちが来て,そこにボランティアで教えている地域の方々が来て,共通の話題で話し合うことができ,子どももお母さんも心休まる場だと感じてくれているらしいことを考え,私たちはもっともっと場を提供していきたいと思っています。
【舟橋】
日本語学校が地域における日本語教育に取り組む際に,課題とかうまく強みを発揮し切れないことなどはあるのでしょうか。
【加藤】
そうですね,連携が難しい状態はあまり変わりません。例えば文化庁の委託事業を展開しようと思っても,文化庁の事業の存在を行政の方たちが知らないことがあります。既存のものをうまく活用したり,情報交換や連携を進めることによって,地域に暮らす外国人に少しでも役に立つ場が提供できると思うのですが,その辺りの連携がまだまだ十分ではないですね。
それから小学校などに伺った時に「通訳が必要なんです」ということを何度か言われています。でも,通訳がいれば日本社会で成長し,一社会として生きていけるようになるというわけではありません。プロの視点での日本語教育の重要性がまだまだ認識されていません。日本語教育が果たす役割について,実際に外国人に接している方々ともっと問題の共有していくことで子どもたちや日本社会全体の本物の未来を築いていけるのではないかと思っています。
【舟橋】
日本語教育に関わってくる様々な機関や団体ごとに強みと課題があり,それが相互に連携し,つながっていくことで解決できる部分があるのではないかということを今のお話でも伺いました。これまでお聞きした事例は比較的外国人が多い地域の話が多かったと思いますが,外国人が少ない地域の取組についてはいかがでしょうか。

舟橋徹(司会)
【野山】
私は割と外国人が少ない地域と付き合いが深くありますが,今でもつながっている秋田県北部のある教室は,周りに日本語学校がなく,日本語教員を養成するところもなく,なおかつ国際交流協会もないという状況です。そういった地域の場合,一人か二人の中核的なボランティアの人が15年から20年前に教室を立ち上げ,その教室を潰さないように何とか努力をし,いろんなネットワークを築き上げ,現在に至っているところが多いです。ですので,経験値が20年近くあり,教室運営力やネットワークを作るコーディネーター力,それから日本語教育を実際に行う実践能力など総合力として非常に高いものを持っています。
ただ,外国人が少ない地域で教室を運営してきた人ほど「ボランティアではなく,プロの地域日本語教育専門家が教える制度作りを早くやってほしい」と訴えます。分散地域とか散在地域と呼ばれている地域の教室ほど,そういったニーズや希望を持っているボランティアが少なくありません。ですので,コーディネーターや日本語教育の専門家が日本のあちこちで貢献できるような体制作りが必要だと思います。
そういった散在地域に住んでいる外国人は国際結婚の配偶者等,どうしてもその地域で生活しないといけない状況のことが多いです。中国帰国者であることも多いのですが,日本語に対するニーズも日本語学習のモチベーションも高いです。ですので,その地域の日本語教室に5年通って−と言っても週2回しか授業はないですが−日本語能力試験の1級に受かるということもあります。本当にこれ以上に日本語教育を必要としている人はいないのではないかという人とも出会いますが,これは同国人コミュニティの中で暮らす愛知,三重,長野,群馬などの日系の学習者と根本的に違うところだと思います。
また,今後は加藤先生のところのように,場所や教材があり,あらゆる段階の人に応えられる教育内容も持った日本語学校との連携や,国際交流協会でプロとして教える人との連携も重要になるだろうと思います。
ただ,その場合,例えばドイツでは,外国語としてドイツ語を教えている人が移民に第二言語としてのドイツ語を教える場合には,研修を受ける義務があるのですが,日本でもそういった研修を今後作っていく必要があるだろうと思います。地域で教えるときには,日本語のことだけでなく,日本の社会状況のことや地域の状況に関する情報も必要になります。ですので,日本語学校で教えている人たちが地域の日本語教育に関わるための研修をどう作っていくかということも今後のテーマの一つになると思います。

座談会の様子
地域日本語教育コーディネーター
【舟橋】
野山先生からコーディネーターのお話がありましたが,日本語教育については,多様な学習者がおり,また,自治体のほか,多様な機関や団体が関わっている中で,全体の調整を行うことが重要であると考えられます。そのためには地域における日本語教育をデザインするコーディネーターの存在が非常に大事ではないかと考えられることから,文化庁では昨年から「地域日本語教育コーディネーター研修」事業を実施しております。コーディネーターの役割や必要性については,日本語教育小委員会でも提言されていますが,西原先生からお話をいただけますでしょうか。
【西原】
コーディネーターの仕事は一様ではないと思いますが,目指すべき理想形としては,コーディネーターの所属は自治体になろうと思います。ボランティアの立場でのコーディネーターというのも,もちろんあっていいわけですが,外国人がその地域に合った形で定住し,社会生活に十全に参画できるようになるということを考えると,職として行政に属する人が考えられます。行政の中にいる人がその地域に関する特性と,日本語教育あるいは外国人支援に関するニーズを把握し,行政または自治体の内部で何が必要か,どのぐらいの予算が必要か,どのぐらいの人員が配置されるかということを提言し,交渉し,それを獲得し,実現するという業務を負うということが考えられ,その人こそコーディネーターと呼ぶべき存在だと思います。
ただし,現実にはそこまで一気には進みませんし,時間が掛かります。今はいろんな立場の方,例えば地域の有力者や経験者のことを,行政と現場をつなぐ役割をしているという意味で「コーディネーター」と呼ぶのが現実であろうと思うわけです。その現実のコーディネーターと言われる人たちに対しては,文化庁がコーディネーター研修を積み重ねてきています。これは理想形を実現するための過渡期,理想形としてのコーディネーターが生まれるまでの段階と捉えています。ただ,今,研修の対象になっている方々が実際にコーディネーターとして機能してくださること,色々と知識及びそのノウハウを持ってくださることはとても大切なことですし,それは外国からやってきて定住しようとしている人たちにとっても,日本社会を構成している大多数の人たちにとっても欠くべからざる存在なのだと思われます。
【舟橋】
「理想形としてのコーディネーター」というお話がありましたが,既に現場において活躍されている方々の現状や課題はどうでしょうか。
【野山】
コーディネーターという職名は,もう10年以上使われていて,そのイメージも人によって違います。日本語教育学会では文化庁からの委託研究 (PDF形式(7.27MB))で地域日本語教育のシステム,コーディネーターの役割を整理しました。そのときに,いわゆるコーディネーターには「生活者としての外国人」が「生活者としての日本人」と対話をするときのコーディネートの役割と,専門家による日本語教育を受ける際のつなぎ役としての役割があるだろうと考えました。
また,コーディネーターも2種類を考えました。地域全体や都道府県等,より大きな行政組織とのつながりも含めたソーシャルワーカー的な働きをするコーディネーターを「システムコーディネーター」と名付け,日本語教育のプログラムやカリキュラム,シラバスを作成したり,日本語教育関連のネットワークを作ったりする人を「日本語教育コーディネーター」と名付けました。少なくとも2種類のコーディネーターが地域にいれば助かる人たちが多くいるだろうということを訴えました。
ただ,このコーディネーターを各地域に配置するための予算は気が遠くなるぐらいの額ですし,実現には時間も掛かると思います。ですので,当時は少なくとも県レベルでシステムコーディネーターと日本語教育コーディネーターを配置してもらえないかと考えました。それであれば,予算もそこまで高額にならないですし,それを国と地方の折半で実現するような状況を作れないものかと話し合いました。
また,すでに動いているコーディネーターもいます。東海地区には東海日本語ネットワークというのがあり,そこに所属している人たちはいわゆるコーディネーターの資質を備え,システムコーディネーター的な動きをしている部分があります。
東京の武蔵野市の例ですが,武蔵野市国際交流協会にはプログラムコーディネーターがおり,システムコーディネーター的な役割を担っていました。その人は日本語教育の専門家ではなかったのですが,逆に日本語教育の専門家ではないという立場を出すことで,ほかにいた3人の日本語教育コーディネーターとうまく共存する形を作っていました。
県レベルの国際交流協会にもコーディネーターがいたところがありましたが,今はあちこちで事業も予算規模も縮小される厳しい状況にあります。このことは今後,文化庁がコーディネーターの存在や配置を考えるときに,考えないといけないことです。また,コーディネーターの配置を実現するには総務省の協力がとても重要だと思いますし,内閣府の協力も重要になるだろうと思います。
省庁横断的に取り組む日本語教育へ向けて
【舟橋】
今,省庁間の協力のお話もありましたが,政府レベルでも日本語教育について総合的に推進していく必要があることから,文化庁では昨年度から日本語教育関係府省連絡会議を開催しております。また,今年度におきましては日本語教育関係機関に参集いただく日本語教育推進会議を開催することとしております。政府レベルの日本語教育の総合的推進や今後の文化庁の取組について期待されることについてお聞かせいただければと思います。
【西原】
今,各省庁間の連絡ということをおっしゃいましたが,省庁間の連絡によって日本語教育だけでなく,外国人支援や,教育や社会の在り方について風通しが良くなる,そういう役割を自覚的に持っていただいて展開していただきたいということが希望です。
【加藤】
日本語教育の総合的推進に関して,本当に期待もするし,期待もされたいと思っています。日本語学校が地域に根ざしてやっていこうとしていることが,日本語教育の体系化が進められる中でうまく活用され,関わり続けることができると思っています。
いわゆる留学生対象のクラス授業を担当している日本語学校の教師が必ずしもそのまま地域の日本語の先生になれるというわけではありませんよね。地域に関わるあらゆる人たちがそれぞれの役割や専門を生かしながら共に研修をしたり情報の共有化を進めていけたらいいと思います。
これから外国人と一緒に過ごしていく社会,未来を作るときに,活動を自立させるための支援や,地域における日本語教育が体系化される際に多様な機関や団体がお互いにいい役割を果たすための仕組み作りを期待しています。
【野山】
都道府県とか自治体にお邪魔すると,厚生労働省がやっていることと,文部科学省・文化庁がやっていることをくっつけ,生涯学習的な観点で動いている部署があったりします。新規で作られるセンターなども,「働く婦人の家」等の名称で両方が使える,使われているところがあったりします。ところが,国,省庁間について言うと,厚生労働省の方と文化庁の方が話をすることも少ないというのがこれまでだったと思います。
でも,これからは定住する外国人が増え,ゼロ歳児からおじいさんまで,言葉のケアの問題が重要になってくると思います。ゼロ歳児から高齢者まで関わるということを本当にやろうとした場合,文化庁国語課が総合的に日本語教育の全体を見て,コーディネーターとして省庁間の間をつないでいくという役割を担ってもらえると有り難いです。
また,今後,日本が外国人を移民として受け入れることを目指すのであれば,大きな政策とか方針,法律を含めた大きな言語教育政策なり,言語政策なりの大綱のようなものが必要だと思います。
日本に来るということ,日本に生きるということ
【小山】
私どもは「多文化共生」と言いますが,色々な方に「多文化共生じゃなくて,移民政策が必要だ」とよく言われます。リーマンショック以降,少し外国人の数は減ってはいますが,推移を見ていると一番多い外国人は愛知県で言えばブラジル人なんですけれども,全国で見れば中国人であり,中国人・フィリピン人の伸びはコンスタントなんです。リーマンショックも余り影響を受けていません。あと,ベトナム人も伸び率は非常に大きいわけです。そういったことを踏まえた上で,移民政策を考える必要があるのかもしれないですね。
そうなってくると,ほかに色々考えるべきことはあることはあるんですけれども,言語というのは柱の一つになると思いますし,それは間違いないと思います。ただ,日本語を勉強するという意欲を保つことに関し,例えば評価基準に照らして,ある程度のランクに達していないと在留許可を更新しないというようなことにするのは,現実的ではないのかなと思います。ジャパニーズドリームのようなことが身近なところでたくさん出てくれば,もっと良くなるかもしれません。
【西原】
ジャパニーズドリームという表現で良いのかどうか分かりませんが,そのことは海外から人材を受け入れる,招致するというときに大切なことですよね。これは多分外務省のお役目になると思うのですが,国際交流基金もそのことで苦労してらっしゃいます。日本語の市場価値,つまり,グローバルな関係性の中で日本語をやっていたらどんないいことがあるのかということは,充分に広報されなければいけないでしょうし,それはとりもなおさず,日本が魅力ある国であるということですよね。
【加藤】
本当に日本に魅力があるかどうかということによって,日本語を勉強する必然性が生まれ,日本に来て勉強するかどうかということにつながってくると思います。日本は魅力ある国であってほしいし,ある国だと信じているので,何とかそのジャパニーズドリームを一緒に作っていきたいと思います。
【西原】
東日本大震災の後,色々な外国人が,被災地に入って炊き出しをしたりしています。あるときミャンマー人が90人ぐらい,炊き出しをしに行ったのですが,なぜ,ミャンマー人たちが90人も一緒に行ったかと言うと,難民の人たちは基本的には出身国には帰れない人たちですよね。東日本大震災で帰れる人はみんな帰ってしまったけれども,自分たちは帰れない,改めてここにいるということで,腹をくくると決めた。それで自分たちにできる貢献は何かということを考えて炊き出しに行ったんです。国際結婚の配偶者だってそうですよね。帰るという選択の余地がない形で日本にいる人たちがいっぱいいます。今回,その人たちの覚悟が定まったということを聞いたんですね。
【野山】
秋田のある日本語教室では震災後にほぼ全員を呼び集め,日本にそのままいるかどうか確認をしたそうです。全員,「いる」と決めた理由が,その教室があったからだそうです。よりどころがあり,居場所があり,そこにいれば安全ということで,みんなここに残ろうと決めた,というわけです。それを聞いた教室の主宰者は教室を20年間続けてきて本当に良かったと思ったそうです。教室の存在意義について語ってくれている話だと思いました。
【西原】
震災について,日本語教育との関連で更に言うと,東北6県及びその関連地域,少なくとも東日本においては,社会の変革が起こっていくと思います。例えば,学校ごと他県に疎開したり,地域ごと退去したり,散らばって行ったりという状況が生じています。それは,海外から移ってきてその地域に定着しなければいけなくなる,または海外から移ってきた人が集団で居住していること−これは外国人の集住地域のことですが−根本的な人間の動きとしては同じことが起こっていると思います。
新しい社会の動向とその定着に関して,仲介的な役割を果たす日本語教育のノウハウが,少なくとも東日本の構造改革,社会構造改革のところでも生きるんじゃないかと思うんですね。今までは日本語教育という文脈で外国人を迎え入れるためのことをやってきましたが,それと同じことが少なくとも今度の東日本大震災後に起こるのではないか。おこがましい言い方をすれば「日本語教育で培ってきた知見が役に立つ」という言い方になってしまうのですが,考え方としては同じ方向だと感じます。
【舟橋】
震災からの復旧・復興という点でも,日本語教育の果たす役割は非常に大きいと考えられます。本日は大変幅広くお話をしていただきました。文化庁としては地域で暮らす外国人にとって日本語や日本語教育とは何なのかということを考えながら,本日お話に出ました地域日本語教育コーディネーターや体制整備,総合的推進などにこれからも力を入れてまいりたいと思います。それでは座談会を終わらせていただきます。本日はお忙しい中,御参加いただき,ありがとうございました。


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