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文化庁月報
平成23年10月号(No.517)
連載 「伝建地区を見守る人々 伝建歳時記」
橿原市今井町伝統的建造物群保存地区
寺内町今井の歴史と伝統の町並み
所長補佐 松永伸生
文化財の宝庫・今井町では,昔ながらの習慣や行事が住民により継承され,町並みと共に人々の生活に息づいています。
目次
文化財の宝庫 今井町

写真1:城郭のような今西家住宅(重要文化財)
奈良県の中南部に位置する橿原市は,日本で最初の都城「藤原京」を有する歴史あふれる都市です。
市域のほぼ中央部にある橿原市今井町伝統的建造物群保存地区(以下,「今井町」という。)は,古くは興福寺一乗院の荘園でした。15世紀後半頃に大和で浄土真宗の布教活動が本格化すると,本願寺との結びつきを強め,中世末期には周囲に
今井町には,町の西端に建つ慶安3年(1650)建築の今西家(写真1)から,江戸末期建築の高木家まで,9件が重要文化財に指定されています。また,県指定有形文化財3件,市指定有形文化財5件のほか,伝統的建造物が504棟あり,町全体が文化財の宝庫と言えるのです。
この今井町には,昔ながらの習慣・行事が,四季それぞれの時期・生活に根付いたものとして,住民により守り続けられています。また,新たな試みとして,昔ながらの行事を現代風にアレンジし,復活もさせています。
「講」と夏祭り・秋祭り

写真2:昔曳き回されたダンジリ
江戸時代の今井町は,延宝7年(1679)以降の約190年を天領として過ごしました。幕府は今井町に大きな自治的特権を与え,町民は「町掟」によって自らを厳しく律し,生活をしていました。
江戸時代には,また,神仏の信仰者が集まる組織「講」が多く成立しました。町民は,町掟等によって,窮屈な生活を送っていましたので,日待講や地蔵講などの宗教行事は庶民の楽しみであったのです。今日でも春日講,行者講,伊勢講等の組織が存在し,「講」は歴史的にも宗教的にも今井町を支えてきました。
現在,春日講は,穀物の実りに感謝する氏神春日神社の秋祭りを実質的に執り行う等の活動もしています。かつて,秋祭りの
復活された六斎市 (今井町並み散歩)
天領となった延宝7年頃は,今井町が最も栄えた時期とされ,家数1,082軒,人口約4,400人を数えました。軒が長く連なる様子は「今井千軒」と言われていたことからも伺うことができます。経済的に豊かであった今井町では,町民の間にさまざまな文化や娯楽が発展しました。その一つに六斎遊びがあるように,当地では,六斎市が開かれていました。
江戸時代に月6回開かれていたこの六斎市を,商人の町にふさわしい行事として現代に復活させたのが「今井町並み散歩」です(写真3)。商売の盛んであった往事の今井町を思わせるような賑わいを再現しています。
毎年5月第3土・日曜日に開催され,多彩なイベントで来訪者に喜ばれています。1971年に発足した今井町町並み保存会の主催で,開催中は重要文化財や伝統的な建造物を無料公開し,文化財に親しんでもいただいています。
今年の第16回目は,東日本大震災で被災された方々の一刻も早い生活の復興を願い,復旧・復興支援行事として実施されました。
町を練り歩く茶行列
今井町並み散歩では,今井町ゆかりの今井宗久とお茶をテーマに,茶行列が江戸時代の面影を残す町並みを練り歩きます。宗久にちなんで,豊臣秀吉・千利休らに扮した行列が,町行く来訪者を喜ばせます(写真4)。
堺の豪商・今井宗久は,一説によると大和今井の出身とされています。昨年は,「宗久生誕490年」をテーマとして,宗久が主人公の小説『
寛文2年(1662)建築の豊田家(重要文化財)の西方には「今井宗久好みの茶室」がありました。この茶室の存在は,今井の町と宗久が無縁のものではないことを暗示しているように思われます。

写真3:今井町並み散歩(六斎市)

写真4:町を練り歩く茶行列
平成の大修理を迎える称念寺

写真5:江戸時代に再建された称念寺本堂
寺内町としての今井町は,称念寺を中心に形成したと言われています。元亀元年(1570)大坂石山本願寺は,織田信長軍に攻撃を開始し,今井でも今井兵部のもと,町を武装化して参戦しました。称念寺は,明治10年(1877)の神武天皇陵御親祭の際に,天皇の行在所ともされました。
江戸時代初期に再建された本堂は重要文化財です(写真5)。後世に改変を受けていますが,著しく老朽化していることから,平成22年4月に待望の保存修理事業に着手しました。耐震性向上の為,構造補強も実施する予定で,この大修理を期に,今井町も新たな時代を迎えることが期待されます。
町並み継承の課題と保存計画の見直し

写真6:本町筋の夜景
今井町では,平成5年(1993)の重要伝統的建造物群保存地区選定以降,今日に至るまでの間,戸建ての町屋については保存修理も進み,一定の成果を得ることができました(写真6)。一方,長屋のようなものについては,保存修理とあわせてその活用がこれからの大きな課題となっています。長屋には,今なお借家として使われているものが多く見られます。空き家となっているものもあり,これらの建物を住みよく整備し,有効に使うことが,今後のまちづくりには欠かせません。
そこで,平成19・20年度には,長屋の保存と活用を中心とした保存対策の見直し調査を実施しました。これまでの建造物の保存と今後の活用について,課題の整理を行い,現代生活との調和を図りながら保存していく為,平成21年度には保存計画等を大きく改正しました。
この保存計画の見直しを基に,今後も地域と行政との協働の下,歴史的景観の保全と住環境向上を図っていきたいと考えています。