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文化庁月報
平成23年12月号(No.519)

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連載 「言葉のQ&A」

「気が置けない人」は,油断ならない人?

文化部国語課

 「気が置けない」は,本来「気を遣う必要がない」という意味の言葉です。しかし,「あの人は気が置けないから気を付けてね。」などという言い方を聞くことがあります。平成18年度の「国語に関する世論調査」では,この言葉を本来とは反対の意味に理解している人が多いことが分かりました。

  • 問1 「気が置けない」という言葉の本来の意味を教えてください。
  • 答 「気が置けない」とは,「気が許せる」,つまり,「遠慮や気遣いをする必要がない」という意味です。

まず,「気が置ける」という言葉を辞書で調べてみましょう。


・「日本国語大辞典」第2版(平成14年 小学館)

 気が置ける [1]何となくうちとけられない。遠慮される。 →気の置けない [2]気にかかる。気になる。

 このとおり「気が置ける」とは,誰かに対して気が許せないときに用いる言葉です。次に「気が置けない」を見てみましょう。


・「日本国語大辞典」第2版(平成14年 小学館)

 気の置けない  相手に気づまりや遠慮を感じさせないさまをいう。

・「大辞林」(平成18年 三省堂)

気が置けない 気遣いする必要がない。遠慮がない。「―ない仲間どうし」〔気が許せない,油断できない意で用いるのは誤り〕


 「気が置けない(気の置けない)」は「気が置ける」の反対ですから,「気遣いの必要がない」「遠慮がいらない」という意味になります。「大辞林」は「気が許せない,油断できない」という意味で使うのは誤りであることをわざわざ指摘しています。


 では,「気が置ける」「気が置けない」が用いられている例を文学作品の中から見てみましょう。森鷗外の「青年」です。

 こう思うと、なんだかその手紙が待たれるような気がする。その人が待たれるような気がする。あのお雪さんは度々この部屋へ来た。いくら親しくしても、気が置かれて、帰ったあとでほっと息を()く。あの奥さんは始めて顔を見た時から気が置けない。この部屋へでもずっと這入って来て、どんなにか自然らしく振舞うだろう。何を話そうかと気苦労をするような事はあるまい。話なんぞはしなくても分かっているというような風をするだろう。

(森鷗外「青年」明治43年)

 語り手は,「お雪さん」に対しては「気が置かれて,帰ったあとでほっと息を衝く。」一方で,「あの奥さん」には「気が置けない」ので「何を話そうかと気苦労をするような事はあるまい。」と言っています。ここでの「気が置ける」「気が置けない」の使われ方は,辞書で確認した意味のとおりです。

  • 問2 「気が置けない」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を詳しく教えてください。
  • 答 60歳以上を除いて,本来の意味ではない「相手に気配りや遠慮をしなくてはならないこと」を選んでいる人の割合が多くなっています。

 平成18年度の「国語に関する世論調査」で,「その人は気が置けない人ですね。」という例文を挙げて,「気が置けない」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)

気が置けない  例文:その人は気が置けない人ですね。

(ア) 相手に気配りや遠慮をしなくてよいこと・・・・・・・・・・・・・・・42.4%
(イ) 相手に気配りや遠慮をしなくてはならないこと・・・・・・・・・48.2%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.4%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.4%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6.7%

気が置けない

 年代別の結果を示すグラフからも分かるとおり,この言葉については,60歳以上を除いた全ての年代で,本来とは違う「相手に気配りや遠慮をしなくてはならないこと」という意味で使う人が多くなっています。
 「相手に気配りや遠慮をしなくてはならない」という意味で用いられるようになってきた原因としては,「気が許せない」という意味で使われていた「気が置ける」という言葉が,現在では余り使われなくなっていることが挙げられるでしょう。森鷗外は,「気が置ける」と「気が置けない」をペアで用いていますが,最近は,「気が置けない」という言葉だけが使われる傾向があります。「気が置けない」は,好ましくない状態である「気が置ける」を打ち消して,好ましい状態を示している言葉です。しかし,「気が置ける」の意味が理解されなくなっているため,「気が置けない」の「……ない」という言い方に伴う否定のニュアンスに影響され,本来とは反対の意味に感じる人が多くなっているのかもしれません。また,「信用が置けない」「信頼が置けない」などの使い方からの類推が影響しているとも考えられます。

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