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文化庁月報
平成24年1月号(No.520)

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連載 「言葉のQ&A」

議論が「煮詰まる」のは良いことか?

文化部国語課

 「議論が煮詰まった。」と聞いたら,あなたはどのような状況を思い浮かべますか。平成19年度の「国語に関する世論調査」で「煮詰まる」の意味を尋ねたところ,50代以上の世代と30代以下の世代では,正反対の捉え方をしていることが分かりました。

  • 問1 「煮詰まる」は,本来どのような意味で使うのでしょうか。
  • 答 「煮詰まる」とは,本来,議論などが結論を出す段階になることを意味する言葉です。

 まず,「煮詰まる」という言葉を辞書で調べてみましょう。


「広辞苑 第5版」(平成10年 岩波書店)

に-つま・る【煮詰る】

[1]煮えて水分がなくなる。
[2]転じて,議論や考えなどが出つくして結論を出す段階になる。「交渉が−・る」

 「煮詰まる」は,煮物などでだんだんと煮汁が少なくなっていくことを言う言葉です。それが比喩的に転じて,話合いなどで意見が十分に交わされて結論を出す段階になるという意味でも用いられてきました。
 続いて「広辞苑」第6版を見てみましょう。「煮詰まる」の項は,第5版から次のように改訂されています。

「広辞苑 第6版」(平成20年 岩波書店)

に-つま・る【煮詰る】

[1]煮えて水分がなくなる。
[2]議論や考えなどが出つくして結論を出す段階になる。「ようやく交渉が−・ってきた」
[3]転じて,議論や考えなどがこれ以上発展せず,行きづまる。「頭が−・ってアイデアが浮かばない」

 [1],[2]の記述は,ほぼ同内容ですが,[3]に「議論や考えなどがこれ以上発展せず,行きづまる。」という意味が加わっています。さらに,日本国語大辞典も見てみましょう。

「日本国語大辞典 第2版」(平成15年 小学館)

に-つま・る【煮詰】

[1]煮えすぎて水分が蒸発してしまう。
[2]議論や考えなどが出つくして,問題点が明瞭な段階になる。
[3]問題や状態などが行きづまってどうにもならなくなる。

 [1]では,単に「煮えて水分がなくなる」という言い方ではなく,「煮えすぎて」「蒸発してしまう」という,必ずしも好ましいとは言えないイメージが加わっていることにも注意すべきでしょう。

  • 問2 「煮詰まる」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を詳しく教えてください。
  • 答 40代を境に,それより若い世代では「行き詰まって結論が出せない状態」,それより年配の世代では「結論の出る状態」と答えた人の割合が大きくなっています。

 平成19年度の「国語に関する世論調査」で,「七日間に及ぶ議論で,計画が煮詰まった。」という例文を挙げて,「煮詰まる」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)

(ア)(議論が行き詰まってしまって)結論が出せない状態になること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37.3%
(イ)(議論や意見が十分に出尽くして)結論の出る状態になること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56.7%
(ア)と(イ)の両方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.2%
(ア),(イ)とは全く別の意味 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 0.2%
分からない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4.6%

煮詰まる

 全体では,本来の意味である「(議論や意見が十分に出尽くして)結論の出る状態になること」を選択した人の割合が高くなっています。しかし,年代別の結果を示すグラフがX型になっていることからも分かるとおり,40代を境にして「結論の出る状態になること」と「結論が出せない状態になること」を選んでいる人の割合がはっきりと逆転しています。つまり,若い世代では「結論が出せない状態」,年配の世代では「結論の出る状態」というように,正反対の意味でこの言葉を使っている可能性があるのです。先に挙げた広辞苑の改訂も,このような使用状況を反映したものと言えるでしょう。
 使う人によって,正反対の意味で用いられることのある言葉は,コミュニケーションの上で,重大な誤解を生む危険があり,注意が必要です。例えば,上司から会議の進み具合を尋ねられた部下が,うまく進んでいない状況を伝えるつもりで「今,煮詰まっておりまして……。」と言ったのに対して,上司は,部下の意図とは反対に,議論が最終的な段階に差し掛かっていると受け取る,そんなことが起こることも考えられます。
 では,このような「煮詰まる」の意味の揺れは,どのような理由で起きているのでしょうか。一つには,物事がうまく運ばない状態を意味する「行き詰まる」という言葉の影響を受けていることなどが考えられます。また,比喩的な用法以前の問題としても,例えば,料理が煮えすぎて水分が蒸発してしまい,味が濃くなりすぎたり,焦げ付いてしまったりといった望ましくない経験をすることは誰にでもあるでしょう。その結果,中身が濃縮していくという面に着目した本来の意味が忘れられ,行き詰まってしまうというマイナスイメージと結び付きやすくなっているということがあるのかもしれません。

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