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文化庁月報
平成25年2月号(No.533)

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連載 「日本の伝統美と技を守る人々 重要無形文化財保持者編」

重要無形文化財「蒟醬(きんま)」 保持者:太田(おおた)(ひとし)

高松市美術館 美術課長 住谷晃一郎
太田儔

太田儔

重要無形文化財「蒟醬」
指定年月日:昭和60年4月13日


保持者:太田儔 認定年月日:平成6年6月27日
(生年月日)昭和6年生 (在住)香川県高松市


【重要無形文化財および保持者のプロフィール】

 蒟醬は漆芸の装飾技法のひとつで,(けん)と呼ばれる彫刻刀で漆の面を彫り,色漆を埋めて研ぎ出し,文様を表現します。東南アジアやインドには,キンマという木の葉でビンロウジュの実と貝灰を包み,古くは薬草,現在も嗜好品として噛む習慣があり,キンマ一式を容れる漆器やその装飾技法もキンマと呼ばれています。
 太田儔氏は,籃胎素地の研究成果を制作に活かして日本伝統工芸展で受賞をすると同時に蒟醬技法の研究も深めました。独自の布目彫り蒟醬技法を駆使し,数多くの優れた作品を制作しています。

(らん)(たい)の発見

 太田さんは学生時代,赤と黒の讃岐(さぬき)蒟醬(きんま)の作品を作ったとき,「おまえもようやく讃岐人になったなあ」と言われました。漆の赤は最も彩度の高い色,黒は最も明度の低い色です。かけ離れた色を組み合わせる事で,独特の味わいを醸し出します。

籃胎蒟醬茶箱「春風」 平成10年 国(文化庁)保管

籃胎蒟醬茶箱「春風」 平成10年 国(文化庁)保管


籃胎蒟醬「秋彩の箱」 平成17年 MOA美術館蔵

籃胎蒟醬「秋彩の箱」 平成17年 MOA美術館蔵

 太田さんは昭和6年岡山市大崎に生まれました。昭和28年磯井(いそい)(じょ)(しん)(後に重要無形文化財「蒟醬」の保持者,いわゆる人間国宝となる)が岡山大学教育学部特設美術科教授となると,その内弟子となって同校に入学,本格的に漆芸の道に入ることになりました。
 蒟醬は漆を塗った地の面に彫刻刀で模様を彫り,その彫り口に色漆を埋め,平らに研ぎ出す技法で,江戸時代後期,高松藩の(たま)(かじ)(ぞう)(こく)が中国や南方渡来の籃胎漆器を研究して創始したものですが,昭和30年頃の蒟醬の素地は木で作られ,竹ヒゴで編んで(かご)状にした籃胎の素地は,高松の漆器店でも見かけませんでした。明治末期に業者が粗製濫造したのが原因で,籃胎は姿を消してしまっていたのです。
 「それなら,籃胎を見せてやろう」と如真に言われ,見せてもらったのが,高松松平家に伝来していた玉楮象谷の「彩色(さいしき)蒟醬(きんま) 料紙(りょうし)硯箱(すずりばこ)」(重要美術品)でした。確かに竹ヒゴで編んだ籠状の素地に漆が塗られています。竹は物差しに使われるように,温度,湿度の変化による狂いは少ない。籃胎が漆の素地に最も適していることを知って,太田さんは,「籃胎の研究」をひとつのテーマにすることにしました。そして独自に考案したのが,内側を塗りヒゴで編み,さらに麻の畳糸を巻きつけて,漆をしみ込ませ,その外側に網代を編んで二重に重ねる《二重編み》の藍胎でした。

布目(ぬのめ)()蒟醬(きんま)

籃胎蒟醬 茶箱「浅春」 平成16年 高松市美術館蔵

籃胎蒟醬 茶箱「浅春」 平成16年 高松市美術館蔵

 太田さんのもうひとつの研究のテーマは,「蒟醬の彫りの研究」でした。昭和58年,太田さんは,第30回日本伝統工芸展に「(らん)(たい)蒟醬(きんま) 文箱(ふばこ) 双鳥(そうちょう)」を出品しようとして,向かい合う一対の鳥を文箱の蓋に彫っていました。主題は飼っていた薄いブルーとイエローのインコ。搬入の期日が迫ったころ,片方の鳥が構成上,不安定なことに気づきました。「しまった,やり直しがきかない」と思い,あきらめて放棄することにしました。しかし,あせって倉庫にもぐりこんでみても,代替品は見つかりませんでした。
 悩み苦しんだあげく,削除したい部分だけでなく,蓋全体に縦,横だけでなく,斜め十字にも線彫りを加え,各色の色埋めを行い,(すみ)()ぎをし,さらに少し角度を変えてこの工程を繰り返すうちに,鳥も含めて全体が調整され,背景は深みを増し,思いがけない神秘的な色合いに変貌していったのです。こうして太田さんが創案した「布目彫り蒟醬」は,1ミリの中に3,4本の細い線を線彫りし,図案にもとづいて筆で色を埋め,これを縦,横,斜めと緻密にくり返す技法で,色彩を重ねることで,絵画のように自由で微細な色の表現を可能にしたのです。
 このように太田さんは《二重編みの籃胎》を考案し,堅牢な素地を正確に成形することに成功しました。また《布目彫り蒟醬》を創案することで,より緻密な陰影や立体感の表現を可能にし,蒟醬の絵画的領域を深めました。すでに絶えて久しかった籃胎蒟醬の技法は,太田さんによって新たな創造力や,感性を加え現代に息を吹き返したのです。

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