国語施策・日本語教育

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次第 問題点整理委員会の報告/専門用語について

福島会長

 それでは早速本日予定されている議題の議事に入りたいと思う。前回の総会以後問題点整理委員会は総会で出た意見,それからアンケートに応じて出された意見をまとめてこれらを整理するため,6月12日と7月5日の2回開いた。6月12日は,「専門用語に用いる漢字」と「学校教育との関連」についてアンケートによって各委員の御意見をあらかじめ伺っておくということで,このアンケート案についての審議を行った。その結果全部で39通の回答があった。
 そこで,7月5日に更にもう一度問題点整理委員会を開き,この回答に基づいて本日の総会の審議のための資料をまとめたわけである。なお,整理委員会の細かい報告については,主査の遠藤委員から説明願いたい。

遠藤主査

 今会長から御説明があったので,それほど付け加えることはないが,6月12日の整理委員会では,前の総会の御意見を受けてどういうアンケートを出したらいいかということを審議した。その結果でき上がったアンケートを各委員会にお送りし,帰ってきたアンケートを7月5月の委員会で整理したわけである。この整理したものを今日の総会の資料として先に各委員に送付してある。
 これには,各委員の意見がそのまま載っており,またお名前も載っている。この資料については,事前にお読み願い,また今日の総会にお持ち願うことになっている。今日はこのアンケートを中心にいろいろ御審議願いたい。そして「専門用語の取扱い」と「学校教育との関連」について,ある程度の結論を出していただければ非常に有り難い。

福島会長

 専門分野における漢字については,現在審議会で検討している漢字の対象外とし,それぞれの専門分野の判断に任せるという考えと,専門分野における漢字についても漢字表適用の対象に含めるという考え方とがあり,更に,各専門分野に任せるが,漢字表の趣旨を尊重することを希望する,という考え方の三つぐらいになる。
 その外にも御意見はあるが,おおむねこの三つの意見に分かれる。このように大別すると各専門分野に任せることを基本的な態度とするものと,任せるが漢字表の趣旨を尊重してもらいたいという意見がかなり多いようである。専門分野の漢字についても漢字表の適用対象とするという御意見もあるが,どちらが多いかということになれば,完全に任せるというのと任せはするが漢字表の方針を尊重していもらいたいという二つの意見を含めて,専門分野で心配していただくという意見の方がアンケートの結果としては若干多いようである。先程の学術審議会からの御連絡に対し,国語審議会として回答をするためにも必要なので,専門分野における漢字使用について活発な御発言をお願いしたい。

下中委員

 アンケートをいただいたが,少し答えを書きかけて結局書けなかった。それは,問いは「専門分野における漢字使用…」といっているが,この中の専門用語とか専門分野という意味が非常にはっきりしないことと,問いが,ア,イ,ウと分かれているようなアンケートが非常に答えにくかったからである。率直にいって,私は一般の人たちは専門用語を使われると難しくて困る,弱るというのが実感だろうと思う。殊に,漢字と西洋のいろいろな専門の学問の翻訳語が結びついて非常に難しい漢字が使われているケースが多い。むしろこの漢字表を目安とするということが前提にある限りは,なるべく漢字表にある字の中で専門用語を処理するということが一番望ましいと思う。結局先程の歯学用語に関する学術用語分科会の連絡にもあったように,各専門分野ごとに,その学問体系に応じた必要にして十分な用語をまず作り上げることになるが,その時になるべく易しい漢字を使い,仮名交じりでもいいから,そういう用語を作るということが一番大事なことである。それからもう一つは,専門分野に任せるというと用語がますます難しくなるのではないかということである。近ごろは学問の研究の上でも学際ということが非常に重要視されている。例えば生物学と医学,医学と物理学などである。そこで,そういう用語を段々分かりやすく簡略化し,しかも一般の用語に近付けていくということが一番大事である。
 一般用語の場合にはニュアンスを持っているので,そういうニュアンスに対してどうしてもこの漢字を使いたいという感情があるが,専門用語の場合は,むしろなるべく簡略化した方がいいと思う。漢字表を目安とするという前提がある以上,各専門分野に任せる,という意見が非常に多いということが,私としては納得しかねるのである。目安という以上,問いに対する回答は「ウ」ということになるべきではないか。そういうような意見を私は持っている。

宇野委員

 先程の御説明では,学術用語分科会は国語審議会に連絡する,という規則があるそうだが,この連絡ということがどういう意味かよく分からない。戦後あった終戦連絡中央事務局の連絡というのは随分お許しを得てやっていたような,そういう意味の連絡があったようだが,我々が普通に連絡という場合,ただこうなったという通知だけである。別にこちらがそれでよろしいとか,それではいかんとか言うべき筋合いのものではない。殊に,今は我々が漢字表を検討しているときだから,学術用語でも日常生活に非常に関係するもの,例えば歯学用語の「歯牙」などのような何でもない易しい字であって,しかも漢字表にないというような字は入れてもいいのではないかと考える人もあるだろうと思う。そういう意味で,こう決まったということを通知していただくことは大変結構だと思うが,こちらでそれをよろしいとかいうようなことは言うべきではないのであって,せいぜい承りおくということでいいと思う。もしただ今の御発言のように,専門用語ということで非常に難しい字をお使いになっている場合は,これを何とか考えていただけないかというようなことを会長あたりから先方に相談し,何とかお考え直しできないものかとこちらからお伺いする性質のものであって,いやそれはちょっと困ると言われれば引っ込むしかない。それでは考え直すとおっしゃれば直していただくというような関係が連絡ではないかと私は思う。

宇野委員

 先程医学・歯学関係では「腔」を「クウ」と読んでいるということであったが,つくりに「空」と書いてあるから「クウ」と読みたくなり,一般の人は「クウ」と読むと思う。しかし審議会として「クウ」と読むことを承認することは私は賛成しかねる。医者というと,どちらかといえば漢字のことは十分御存じない人が多いと思うので,これは百姓読みで「クウ」と読むならそれは仕方がないが,しかし私は国語審議会は非常に権威のあるものだと思っているので,それがよろしいなどと言うのは,少なくとも私は反対である。やはり「コウ」が本当なのだから,国語審議会としては「コウ」と読んでもらいたい。いわゆる慣用語については,例えば「消耗」の「耗」は「コウ」が本物で,「消耗」は「ショウコウ」だといっても分からないので,今は「ショウモウ」で通っている。これと同様に,段々それが社会に定着すれば,それが慣用語として定着するわけである。だから歯医者の方で,私の方では「クウ」と読むといえば,こちらとしては,それは余りに関心しないが仕方がないということで承っておくのであって,審議会として賛成ということは,少なくとも私個人としては絶対反対したいくらいである。絶対という言葉は私はきらいだから言わないが,そう言いたいくらいである。それからもう一つ,これは先程もちょっと言ったが,ただ今の御発言で,専門分野に全部任せると大変難しい漢字を使って困るから,漢字表に沿ってほしいという注文を付けるべきである,という御意見であった。それは誠にごもっともだと思うが,これは専門家を非常に信用しないお考えだと思う。専門家も社会生活を営んでいればわざわざ難しい字を殊更に使おうとはしないと思う。どうしてもそれを使うということは,使わざるを得ないから使うのであって,易しく言えるのにわざわざ難しい字を使うことはしない。例えば私どもは漢字をいじるのが専門だが格別難しい字を好き好んで使おうとは決して思っていない。私はもっと専門家を信用して任せてもいいのではないかと考える。
 これは個人的な御意見に対し少し批判めいたことを言うようで恐縮だが,これから述べることは,ただそういう考えは少し違うのではないかと思うので申し上げる。このことは単に専門用語の問題だけでなく,これからの漢字というものを審議していく以上かなり重要で基礎的な了解事項であるというふうに私は思う。それは漢字などをむやみに教えることは余計な負担であって,これを覚える暇にもっと外にいろいろ覚えなくてはならないことがある,だから漢字はできるだけ減らした方がいいというような御意見の方があることである。
 しかし,このことをちゃんとした実験の結果おっしゃっているのかどうか,私はそういう実験のことは聞いていない。実験が仮にあるとしても,現実の教育の状態,あるいはその結果を見ると,明かにそれとは違う。むしろ昔のように漢字をしっかりと教えた方がいろいろの知識も豊富になるし,考え方についてもしっかりした考え方ができる。むやみに漢字を易しくし,あるいは教えない結果,今日のような例えば会社などに入れば手紙一つ書けないとか,殊にジャーナリズム関係では漢字をうそ字でばかり書くとか,漢字が書けないとか,そういう評判はもう世の中に充満している。どうしてそうなったかというと,何も漢字を減らしただけが理由ではないが,しかし,漢字を減らせばほかのことを覚えるかというと,勉強以外の方は覚えるが,勉強の方は必ずしも覚えない。
 やはり私は,漢字は難しいもの,漢字をおぼえていたらほかのものを覚えられなくなる,漢字に使う時間をほかのものに使ったほうがいいという考え方は,はっきり言えば間違っていると思う。
 もし,そういう御意見の方があればそうおっしゃっていただいて結構であるが,私はそういう方に対しては,漢字教育の問題についていろいろ本があるからそれをお読みになり,その実験データを御承知の上でお考え直しいただきたいというように申し上げたい。
 二,三外にも意見はあるが,ポイントは今述べたことである。このことはこれからの漢字の問題に関係するので申し上げたのである。

福島会長

 専門用語の取扱いについては,外に意見はないか。

馬淵委員

 アンケートでは私はアに丸を付けたが,歯学用語の一覧表をちょっと拝見すると,私には分からない漢字があるのでお伺いしたい。
 56ページの部首の弓偏の2字目,それからその手偏のところの字,次の57ページの糸偏の字,同じく57ページの肉月の上の四というところの字などである。専門家の良識を信ずることは大事であり,私もそうしたかったが,余りに分からない字がでてくると,これはどうしたものかと考えざるを得ない。
 これについてちょっと御説明いただければ有り難い。

松井幹事

 一番最初の56ページの右側の弓の次の番は「弯曲」の「わん」である。入り海の「わん」は「湾」という字を書くが,そのさんずいを取った字である。その次は「れん」である。次は「結紮」の「さつ」である。例えば,血管を結紮するという。次の「罩」は「とう」と読む。なお,いろいろ御意見を賜れば,我々の方でも持ち帰って相談することにしたい。

馬淵委員

 最後に57ページの右の行の下から二つ目の「鑞」であるが,これはどうか。

松井幹事

 「ろう」である。

国立国語研究所部長

 はんだ付けの「鑞」である。例えば「釘鑞付け」という。

福島会長

 学術審議会の規制の中に国語審議会に連絡するということが書いてあり,今回その御連絡があったということであるが,文部省当局としてこの連絡するということは,どういう意味と考えているのか,また学術審議会としてはどうか。国語審議会の了承なり了解なりが必要であるということなのか,その辺のことを文部省当局と学術審議会の両方の方から念のために伺っておきたい。

石田国語課長

 従来学術用語分科会からこの種の連絡があった際には,国語審議会からそれなりの回答をしてきた経緯がある。最近の例では,第9期(昭和44年)に「キリスト教学の用語」について今回と同様の連絡を受けたが,その際には会長名で「よろしくお取りはからいください。なお,字種の問題については国語審議会でも検討中であることを申し添えます。」という回答を行った。

吉川情報図書館課長

 やや古い話になるが,戦前から,特に自然科学関係の分野の用語の標準化の問題を進めてきた。戦後になってから,文部省の中に学術奨励審議会という法律に基づく審議会が設けられ,その中に学術用語分科会が置かれた。
 そしてここで34の専門分野の用語の統一の仕事を現在まで行っているわけである。当初のころは,国語審議会との関係はもう少し密接で,事実この仕事を進めていくときには国語審議会といろいろな面で相談をしながら進めてきた経緯がある。この歯学の用語の原案を作る際に,用語分科会の運営委員会でいろいろ議論したが,全体として一番大きな問題は学術用語の制定の方からいうと,異なる専門分野で使っている言葉が内容が同一であるにもかかわらず異なる用語を使うという例があり,これを各専門分野の連絡によって統一していくために非常に時間がかかっているわけである。
 先程歯学の松井先生からお話があったように,長い間かかって一応の成果が出たわけで,まだ多少いろいろな問題点はあるが,これを刊行して世の中の批判を受け,そして第2段階の仕事に移りたいと考えている。そのようなわけで,今回のことをお願いしているわけである。
 内容的にはいろいろ難しいことがあるが,漢字を使う場合によるべく平易な漢字を使いたいということを,今年の最初のころに歯学の用語委員会で決め,学術審議会の用語分科会でもそういう方向で進みたいということを確認している。
 先程連絡とはどういう意味かというお話があったが,全体としては漢字の問題であるから,学術用語分科会としては国語審議会のいろいろな考え方に従い,専門用語の統一をやっていきたいというように考えている。連絡ということが果たしてどの程度の強い権限もつものか分からないが,我々としては,用語としてまとめた結果についてはこういうことをやっているという御連絡はすることにしている。もし御意見があれば,その意見を付けて御返事をいただきたいと考えている。

志田委員

 先程の御質問に関連して気付いた点を申し上げたい。「弯」は「弯曲」というように使うという説明であったが,国語審議会第32回総会の報告の中に「同音の漢字による書きかえ」があり,これには専門分野の学術用語集の中のいくつかを取り上げ,それらとの関係を明示して報告してある。これらの個々の内容については,私個人としては少々の行き過ぎではないかというふうに日ごろ考えているものもある。ただ今の「彎」については,さんずいのない「彎」の例が三つあげてある。
 一つは,さんずいの付いた「湾」に置き換えたらよいというもの,もう一つは,「彎入」する場合の「彎」についても「湾」と書き換えるもの,もう一つが,今問題にしている「彎曲」である。
 これについては,法令用語改定例の中に書き換えの例として挙がっているが,それには「彎曲」の「彎」は当用漢字表にないから「湾」に書き換える形で認めるということにしている。そういう点からいえば,今後我々がどのように字種を決めるかによって学術用語に対して我々が意見を申し出るかどうかということが変わってくると思う。今の状況では,それぞれの学術分野の間で同じものを指しているか,又は同じような事態について名付けた用語であれば,現在決まっている,あるいは国語審議会としてこうしてほしいといっている用字によっていただく方がいいと思う。そうしておいていただき,国語審議会で字種の最終的な結論がでた暁に,我々としては,できるだけそれによってもう一度考え直していただく余地はないか,というような希望のしたかをしてもいいのではないかと思う。
 そういう点で,同音の漢字の書き換えについてそういう事例があるということを気が付いたので申し上げたのである。

畑委員

 私は長い間化学の用語に関係していたので,今回のことについてはアンケートにかなり長い意見を書いておいた。ここでお話することはいくらか補足になると思う。私は化学と物理と数学の方面ではいろいろ調整などにも参加したが,そちらの方についてはどの部門についてもなるべく当用漢字の範囲に収めるため,難しい言葉があればそれを易しく言い換える努力をした。しかし,中には行き過ぎ的なものもあった。例えば物理で「輝度」という言葉があるが,口で言っただけでは何のことかさっぱり分からないというので,一度これを「輝き」という大和言葉に変えようという提案もあったが,これは行き過ぎだということで,結局取り上げなかった。しかし一応化学とか物理とか数学の方面では,当用漢字の中で収めるように非常に努力してきており,その方向でもう既におおよそ固まってきている。ところがそれでは片付かない領域として歯科を含めた医学用語の動植物の方面がある。医学用語と歯学用語には昔から大変難しい字が使われていた。例えば「膵臓」とか「脾臓」などは大変古くから使われているが,当用漢字にはこの字がない。仮名で書いたらさっぱりわからないということで,かねがねから問題になっている。もう一つは動植物であるが植物の中のいろいろな部分の名前などは大変難しい字が使われている。これもどちらかというと,かなり古くから知られている学術用語であって,漢字の学識が非常に深い方たちが付けた名前で,我々が見ても大変うまい字が使われている。それを今更捨てるわけにもいかないだろうということかと思う。物理とか,化学などの領域だと,そういう難しい字を使わなくても何とか間に合うような学術用語が多いということもあるかと思うが,それらの方では大変易しくなってきている。医学・歯学用語は難しい方の双璧(へき)だと思う。私は学術用語に関しては理学系の調整委員をやり,今度は工学系統の調整委員をやったが,そのときに感じたことは,工学方面でも大変難しい字を使っており,これなどもう少し易しくできるのではないかと思う。私は提出した意見の中で,我々は「トンネル」というのをなぜ「隧(ずい)道」というのかと書いたが,そこで多少疑問に思うのは,我々がトンネルと言う概念と,土木関係者が隧道と言う概念とは同じではないかもしれないという懸念がある。それから「車輛(りょう)」についても,私は「車」でいいと思うが,我々が車というのと,その分野で車輛と言っているのは概念が違うかもしれない。したがって余り強いことはいえないが,一般用語として使われているものは段々易しい用語に変えていくことが望ましいと思う。専門用語といっても専門家が自分の仕事にだけ使う用語もあるが,最近は専門用語が一般の用語の中に非常に沢山出てくる。そこで,専門用語であっても普通の人にもわかるような言葉に置き換えていくという努力が必要だと思う。この前にも申し上げたが,学術用語を使って論文を書いている人たちにすれば,この前表記を変えたとき,非常に違和感を覚えたが,長年使っていてすっかりそれもなくなってきているところである。そのため,せっかく慣れたのにまた変えるのかという意見をかなり多くの人から聞くところであり,長く使っていると,妙な言葉でもそれに慣れてしまって容易に意味が分かることになっていくものであるので,易しい言葉にする方向で段々努力していかなくてはいけないと思っている。

畑委員

 先程宇野委員から発言があったが,私は決して教育で漢字を教えることをおろそかにしてもいいと言っているわけではない。漢字も覚えられない者はサイエンスの方もできないのである。ただ字をしっかり覚えさせることは何よりも必要なことだが,専門分野で難しい字が沢山出てきて,今の当用漢字ではとても間にあわないから,もっと当用漢字を増やすべきだということになり,今以上に難しい沢山の字を新しく覚えさせなければならないということは避けていただきたいということである。
 決して漢字を覚えるのをおろそかにしていいとか,ほかのことを一生懸命やれという意味ではない。日本人であるからには,漢字の読み書きができるということはほかのこともできる第一歩であって,決まった字はしっかり書けなければ困る。その専門分野だけで使う難しい字や,それを使わなくてはならないというような熟語は医者の方面でも工学の方面でも必ず出てくると思うが,それらはその専門に入るといやでも覚えることになる。したがって,これをぜひ覚えなければならない字の中に加えておくことは余り感心しない。字をなんで覚えるかというと,テレビを見て覚えるのが一番多いようである。相撲取りの名前で非常に難しい字を小さい子供でも読めているし,ちょっと大きい子供になると書くこともできる。したがって放送の言葉は,教育に対して教科書以上に大きな影響を持っていると思う。
 このごろの小さい子供は我々がびっくりするような言葉を口にするが,それを書かせてみると正確には書けず,妙な字を書くようなことがしばしばある。そこで,いったん決まったことを余り変えるのはよくないということ,これ以上当用漢字を増やすというようなことはやはりやるべきではないと思う。
 もう一つは能率の問題がある。印刷屋泣かせのような字を余り使うことは結局は能率を悪くする。それに専門方面だと,段々と文献をコンピューターに入れるようになってきているので,その際なるべくコンピューターに入りやすいような熟語を考えておることは将来のことを考えるとどうしても必要である。

鈴木委員

 ただ今の御説明にも関連するが,難しい漢字は困るとか,本当に漢字が難しいということは一体どういうことかという問題である。一般的には読めれば易しい,読めないから難しい,つまり自分が読めない漢字は難しいという考えが我々にあるのではないかと私は思う。読めても必ずしも意味が分からない。殊に専門用語の場合に,例えばこの9ページに「一生歯」とあるが,これは「いっしょうし」と読むのかあるいは「いっせいし」と読むのか,一応漢字は「一」と「生」と「歯」だから読めるがどのような意味なのか我々には分からない。つまり読めるということと,分かるということとは言語の場合非常に距離があるので,一応自分なりに読めれば何か意味も分かったように思うのは言語に対する非常な錯覚である。だから読めない字があってもかわまないし,余り気にしない方がいいと思う。歯学用語の表を見て非常にすばらしい面白い例だとは思うのは,この表ではドイツ語と英語の対応語が書いてあるが,これはほとんど全部ラテン語である。英米人はアルファベット26文字を知っているから,これらを我流に読めば読めるが意味は普通の人には全然分からない。私は医学も多少したし,ギリシャ語も長い間教えたから,これはほとんど意味が分かるが,普通の人には文字として読めても何を意味するか分からない。
 この表では対ラテン語欄が大分空欄になっているということは,その部分については英語とドイツ語の専門語もほとんどラテン語をそのまま使っているからである。ただそれを多少ドイツ語的に,例えば「C」を「K」に直したりしているだけである。このような専門語については,普通の教養のある英・米・独人でも専門家でない限り意味が分からないものが沢山あると思う。それから14ページの下から五つ目ぐらいの対応英語の欄にarticulationと書いてあるが,普通のarticulationというのはギリシャ語で節に分けるという意味である。普通の人の英語の常識だと発音が明瞭(りょう)であるとか,歯切れがいいとかいう意味であって,歯と歯がかみ合うという意味は読めても知らない。我々は日本語を論ずるとき,外国では26文字だから皆読める。ところが日本語は難しい漢字を使うからすぐ読めない。だから教育が遅れる。時間がむだだというが,実は読めても意味がわからないレベルのものがヨーロッパ語の場合沢山ある。ヨーロッパ人というのは,ギリシア語,ラテン語を勉強した教養ある人以外は日本人以上に学術用語に対しては意外なほど無理解である。
 例えば鳥類学は英語でornithologyと書くが,私の知っている言語学の学生に,orinithologyと黒板に書いて何の学問だか質問しても知っている者はほとんどいない。アメリカでも同じである。ところが日本人だと「鳥」の「類」の「学」と書けば,鳥と類という字をよく使うだけに,これは鳥に関した学問だということが相当分かる。漢字を使うから専門用語は分からないというが,逆に漢字を使っているためにヨーロッパ人の場合よりは我々の方がずっと専門用語が分かっている点も取り上げて比較しないと片手落ちだと思う。人類学についても,人類という言葉は日本人は皆知っているから,人類学というのは人間に関する学問だと分かるが,イギリスの女の人にanthropologyとは何かを書いて聞いても分からない。anthropo-はギリシア語で人という意味であって英語にはそういう単語はない。日本人は漢字は難しい,読めないとすぐ大騒ぎするが,読めても必ずしも実体に近付くとは限らない。人間の言語は,読めても事柄が分からなければ内容も分からない。結局全部の人に読めて分かるように言語を改造することなどは絶対不可能である。そういう意味で,文字が読めることと意味が分かるということの関連を,いろいろな言語を比較して考えてみないと何かと不当に漢字をいじめているような感じである。その反動として,今度は読めればいいということで,片仮名書きの外来語がはんらんしはじめた。しかし私は外来語がはんらんするよりも,漢字でお互いの単語の連絡が組織的にある程度まで想像がつくようなものにした方がいいと思う。例えば自動車の空気室というのがあるが,職工はそれをエアチャンバーといっている。しかし彼らにエアチャンバーとは何かと聞いてみると,全然分からない。正確にはチェインバーというべきところをチャンバーといっている。空気室そのものについて,これはエアチャンバーというものだと覚えているわけである。空気室といえば空気の入る部屋だということで,ずっとその理解が深まる。漢字をいじめて,漢字はコンピューターにのらない,不便だといって追い出すと,今にお互いの単語の意味の連絡は日本人の頭の中から段々なくなってしまう恐れがある。そこで漢字を減らすなら仮名文字をどうするか,それに読めるということと理解することとはどういう関係があるのか,またわれわれがとかく見本にする英,独,仏の場合に,一体学術用語はどの程度素人に読めているのかというような問題を,少し回り道のようだが考えてみる必要があるのではないか。
 そういう言語の基本的な問題を小委員会なり適当なところでやっていただき,ある程度共通の理解を得ておいた方がいいと思う。

森岡委員

 私はアンケートでアとウは実質的にほとんど区別なく,同じ意味だと解釈して「各専門分野に任せるが,漢字表の趣旨を尊重することを希望する。」ということでウにした。現在各専門分野の方々が,学術審議会で長い時間をかけて,各分野でバラバラになっている用語を統一しようと努力しているが,戦後は当用漢字表が定められてからは,なるべくだれにも読めるような術語にしようとしてきた。先程の歯学用語にしても,十何年かけ,89回の会合を重ねたということであるが,531の用語にだいたい漢字が三つ含まれているとすると,ざっと計算しても1,500ぐらいの漢字が使われていることになる。しかし,その中で,当用漢字以外の漢字がわずか64字だけということは大変な努力の結果だと思う。しかも64字の漢字を見ると,先程馬淵委員が指摘されたように,確かに四つか五つは読めないものもあるが,大部分はどうしてこれが当用漢字に入っていないのかと思うような漢字ばかりである。恐らく64字のうち半分か3分の2は当用漢字に入れてもよさそうな漢字ではないかと思う。先程畑委員が言われたように,物理,化学,数学などは明治の術語集でも,恐らく85%が当用漢字で賄えるような術語を使っている。ところが鉱物学では,当用漢字で賄えるような術語は60%以下だと思う。それでは鉱物学の漢字は難しいから英語にしていいかというと,それは困る。それぞれの分野では,歴史的な事情もあって,我々の読めないような漢字が時々現れることがあるが,全体として易しい術語にしようという方向で審議を重ねているのだから,国語審議会として「漢字表の趣旨を尊重することを希望する。」というようなことを言っても言わなくても結果は同じだと思う。したがって,余りアかウのどちらかに決めるというようなことはお考えにならず,この辺りで先に進んでいただきたいと思う。

福島会長

 学術用語分科会からの御連絡に対し,国語審議会から何らかの回答がないと困るというような事情があるのかどうか,その辺をちょっと確かめておきたい。

吉川情報図書館課長

 先程も申し上げたように,学術用語分科会と国語審議会とは過去のいろいろなつながりがある。たまたま両者が文部大臣管轄下の言葉に関する委員になっているのである。そこで細部についてはいろいろな問題があるとは思うが,一応御了承いただくということで進めさせていただければ大変有難い。

下中委員

 専門用語は専門分野に任せてはどうかということだが,国語審議会では過去いろいろともめていたという事情を考えると,今回も各専門分野のことでまた同じようなもめ方をするだろうと思う。したがって,専門分野に任せてそれでよいかというと非常に疑問を持つ。殊に学術用語の中でも歴史的な用語,例えば中国史とか日本史などは当然難しい漢字を使わなければ表現できないものがあることは自明の理であるが,やはりなるべく当用漢字表に収まるように最大限の努力をすることである。現状ではそういう語では表現できないもの,そういう字を使わなければ表現できない字は当用漢字表から幾らはみ出してもいいと思う。しかし,はみ出したものは段々表に収まるというようにしていくとか,あるいは学際間で用語の意義を統一していくという努力の方向を示すことがやはり一番大事ではないかと思う。

福島会長

 せっかく学術審議会から御連絡をいただいているので,審議会として何らかの御返事をしないと御迷惑だろうと思う。そこで,当面,了承した,しかしながら審議会としてはこの問題について目下漢字表を検討中である,ということを念を押しておく言葉が必要ではないかと思う。何か返事をくれないと困るという御事情のようであるから,ただ今申し上げたような線で事務当局の方から返事をするようにしてはいかがかと思う。

宇野委員

 以前はどういう返事をしたのか。

石田国語課長

 昭和44年に,キリスト教学の用語に関して「よろしくお取りはからいください。なお,この字種の問題については国語審議会でも検討中であることを申し添えます。」という回答をしたことがある。

宇野委員

 今回もそれと同じ趣旨のものでいいと思う。

福島会長

 了承したとは言わない方がいいか。

宇野委員

 私はそう言わない方がいいと思う。
 これは国語審議会として了承するとかしないとか言うべきものではないと思う。

遠藤主査

 現在学術用語集が12編出されているが,それを見ると,当用漢字表をはみ出している漢字は動物学と植物学が10字以上で,後は皆10字以下である。したがって,各学術分野の方々が当用漢字表の趣旨に沿おうと努力していることは非常に明白だと思う。今のお話を伺い,また提出された各委員の意見を読んでみても,大体漢字表の趣旨を尊重しているような気がする。だから,「なるべく尊重して,よろしくお取り計らい願いたい。」ということでいいのではないか。こちらの意見もだいたいそういうことでまとまるかと思う。

福島会長

 漢字表の趣旨を尊重願いたいと言うのかどうかは別として,おおむね前回と同じような回答をするということで事務当局に取り計らってもらうことにして先に進みたいと思う。

下中委員

 私は漢字を制限することには反対である。しかし漢字表は目安であるという以上,専門用語の問題を特に切り離して取り上げる必要が理解できない。例えば交通標識とか,交通のガイドとか,お寺の因縁の看板というようなものなどいろいろあるので,そういう意味にもあえて専門用語を取り上げるなら漢字表はあくまでも目安とし,そしてこれには従ってほしいというようにした方がいいと思う。

福島会長

 審議会としては,目安として尊重してもらいたいという希望を表明することになると思うが,特に御異議がなければ事務当局にさよう措置いただいても,審議会としては異存がないということにしたいと思う。今後漢字表の審議が更に進捗(ちょく)すれば,国語審議会とて希望を述べるということになるだろうと思う。

志田委員

 会長の御提案に賛成であるが,後段は「字種・字体」としていただきたいと思う。

福島会長

 字体の問題もこれから検討することになるから仰せのとおりだと思う。

遠藤主査

 字種,字体に限ると,既に答申した音訓と送り仮名については尊重しないのかという意見が出ると困るので,それを含めて国語審議会の意向を尊重していただくこととしてはどうか。

木内委員

 先程の歯学用語に関してちょっと伺っておきたい。当用漢字以外に64字使っているということだったが,捨てたのはどのくらい。しかしこれは,将来のためにちょっと知っておきたいと思っただけだから今すぐでなくてもいい。

福島会長

 それでは先程申し上げたような趣旨で回答することとしたい。

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