国語施策・日本語教育

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次第 前回の議事要録について/フランスにおける国語問題について(調査団報告)岩淵委員

福島会長

 第105回総会を開会する。
 前回総会の議事要録は前もってお送りしてある。御自身の発言について修正の箇所があれば,どうぞ。(発言なし。)後ほど事務局に御連絡いただいても結構である。
 議事の第1は,フランスにおける国語問題についてである。昭和52年7月5日から14日までの10日間,フランスの国語施策に関する海外調査が行われた。岩淵委員,前田委員,国語課の森課長補佐(現在,企画室長補佐)の3人がおいでになった。本日はその報告をまず伺っておきたいと思う。岩淵委員,続いて前田委員にお話しいただきたい。よろしく。

岩淵主査

 資料1にあるような日程で,フランスに行っていろいろ調べてきた。主として大使館のおぜん立てに従って行動したわけであるが,こちらの希望も申して,あっせんしてもらった。7月の初めという時期は,そろそろ休暇に入っていて,こちらが希望する人に会えなかったりするという状況があって,必ずしも調査にはよくなかったようであるが,日程表に書いてあるような人々に会って,国語問題,日本語教育,フランスにおける日本語の研究などについていろいろ聞くことができた。その報告は,今まとめているが,何分非常に膨大であって,まだ十分にはできていないので,取りあえず口頭で御報告申し上げる。
 フランスでこういう人たちと会って感じたことは,フランス人気質というか,考え方に,一種の中華思想があるということである。フランス人がフランス語を大事にするということは昔から言われているが,そのことをやはりまざまざと見ることができたという感じがする。
 一番最初のル・モンド紙の記者との会見などでも一般人のフランス語に対する興味,関心は高いという話があった。後で,国語課から説明があると思うが,総理府の世論調査では,「文字」について30%の人しか関心を持っていないという結果が出ていた。そういう点では大分お国柄が違うように感じた。
 したがって,フランスでは,日本のように外来語がいろいろと入り込んでいるわけではなく,町並みにも,東京の町のような乱雑さというものは感じられなかった。フランスの人たちは,フランス語の純化・統一ということをしきりに主張している。また,フランス語を防衛する,あるいはフランス語を発展させるということをいっていた。
 これを通じてフランスには今,国際社会の中で,経済的にも,政治的にも,できるだけ発言力を持つ国になりたいとする気持ちもあるのではないかということを感じた。
 それから,フランスで統一ということを言う場合に,ただいたずらに規範を決めて統一するという考え方ではなく,フランス人の利益,フランス語でコミュニケーションができるという利益を守るために,フランス語を乱雑にしないで統一する,フランス国民の利益のために外来語などは入れないという考え方があるように感じた。そして,この場合に考えられている中には,フランスの国だけのことではなく,フランス語を話す他の国の人々も含んでいるということである。フランス人は7,000万ぐらいであるが,フランス語を公用語として使っている人々は2億ぐらいいるということである。御承知のように,ベルギーの半分,カナダのケベック州,アフリカのいろいろな国がフランス語を使っている。それで,それぞれのところで使われているフランス語をできるだけ統一しておきたいという気持ちが強いように感じてきた。
 7月6日午前,ル・モンド紙の記者に会った。同記者は言葉のコラムをずっと書いている人で,それだけに,いわば公的でない面からのフランス語の問題を聞くことができた。この人とは前田委員がいろいろなことをお話しになったので,前田委員からも恐らく話が出ると思う。
 午後は,ソルボンヌ大学文明科のマトーレ教授に会った。主として日本文学研究,日本語研究などについて話を聞いたが,同教授が大変忙しかったので,時間がなく,十分なことを聞くことができなかった。
 7日に,ナンシーの国立科学研究所フランス語宝典研究センターに行き,イムス所長に会った。同所長は,先年国語研究所を訪問されたことがある。その時に,国語研究所のコンピューターによる言語調査などについても関心を示されて,いろいろ話したが,フランス語宝典の研究をしている,コンピューターによって調査しているという話を詳しくされていた。実際に行ってその実情を見ることができた。
 フランス語を大事にするフランス人が,フランス語の歴史的な辞典をつくろうということである。近く5冊目が刊行され,全体で16冊か17冊になる予定である。この研究所は,原稿の執筆から編集,印刷,刊行,販売というところまでもすべて行っている。
 現在この辞書に採られているのは1799年から1960年まで,つまり19世紀と20世紀前半の間の全語彙(い),延べにして約1億語ぐらいということである。それがマイクロ・フィッシュに全部とってあり,ある言葉について調べようと思えば,すぐ出てくるという状況である。
 都道府県会館のこの部屋より少し小さ目の部屋がびっしりカードボックスで詰まっていた。係がいて,ある言葉を言うと,すぐ出してくれる状態になっていた。しかも,19世紀以降だけではなくて,18世紀の語はほとんど,17世紀の一部ももうコンピューターに入力してあり,16世紀についても手がけているということである。

岩淵主査

 前田委員から300年間フランス語は動いていないという話を伺ったことがあるが,それから言うと,17世紀ぐらいからフランス語は固まったということになるが,その前の16世紀も手がけているということである。全体では,多分何億という語について全部調べ上げ整理して,用例とか,用法とかを明らかにして,辞書として出版しようという計画である。このマイクロ・フィッシュのほかに大体50万語ぐらいについての文献が集められているということである。したがって,例えば「国語」という言葉を調べようとすれば「国語」に関するマイクロ・フィッシュが全部そろって出てくるし,「国語」という言葉を取り扱った研究文献がそろって出てくる。それによって「国語」についての辞書的原稿が書かれるということになるようである。
 この研究所の職員の数は130人である。そのうち15人は兼任だそうである。国立国語研究所の庶務を除いた職員数が60名ぐらいかと思うので,その倍以上の人間が全部この辞書にかかり切っているということになる。そのほかにパートで30〜40人ぐらい働いているそうである。年間の予算は,約260万フランということであるが,多分これは事業費だけだろうと思う。そして,いずれここがフランス語研究のセンターになるそうである。ここがフランス語のデータバンクになって,フランス語について調べようというときにはナンシーに行く,ということになる仕組みだそうである。そして,これに関係してブザンソン,ストラスブルグ,ハイデルベルグ,シカゴ,ケベックなどにある各大学のフランス語研究のセンターの働きをこの機関が受け持つことになるそうである。
 これに比べると,日本は,17世紀どころではなくて7世紀からの文献があるわけであるから,随分日本の方が文献は多く,しかも漢字で書いたもの,文書も漢文のものもあるということで,ナンシーの研究所の辞書編集の規模よりも何倍も大きい研究機関というか,編さん所というか,そういうものがなければ,日本語の辞典はできないのではないかと思う。もっとも一度こういうふうにマイクロ・フィッシュにおさめておくと,将来,永久に研究に使えるわけであるから,是非日本でもこういう組織ができてほしいものだと感じた。
 これは,フランス語の研究のためにフランスが非常に力を注いでいるということを申し上げたかったわけであるが,イムス所長も研究者として非常に献身的にこの仕事に当たっている。やはり,幾ら金があっても人がいなければだめだという感じもする。
 8日には,フランス語国際評議会を訪問した。ここは主として,先ほど申し上げたように,いろいろなフランス以外の国々でもフランス語を使っているので,そういう各国からの代表などが集まって会議をする,打合せをする,連絡をするための機関のようである。
 次にフランス標準協会を訪問した。ここでは,主として科学技術用語,電気関係とか,コンピューター関係とかの用語がいろいろ英語で入ってくるが,それをフランス語化し,決定して普及する,フランスだけではなくて,フランス語を使っている他の国にも流すという仕事をやっている。
 9日には,ソルボンヌ国立高等研究院のフランク教授(日仏会館に来ておられたそうである。)に会い,フランスにおける日本語研究,日本文学研究の状況などを伺うことができた。
 11日には,総理府フランス語高等委員会を尋ねた。この高等委員会の構成はよく分からないので間違いがあれば,後で前田委員から訂正していただきたい。アカデミーから4人ぐらいとか,新聞関係から1人とか,言語学,文学という各方面の人が集まってできているようである。この委員会は総理府直属で,いろいろなことを取り決める最高の機関ではないかと思う。前に言ったフランス語国際評議会とかフランス標準協会とかは,このフランス語高等委員会の下にあるのではないかという感じがした。
 12日には,アカデミー・フランセーズを訪ねた。アカデミー・フランセーズはフランス語のお目付役であるというふうに聞いていたので,いろいろ期待を持って訪ねた。ここでは,辞書部のカレル女史に会うことができた。今,アカデミーでもフランス語の辞書を編集していて,9回目の改訂だそうである。
 アカデミー・フランセーズは,会員40名ぐらいで,いろいろな人が会員になっている。ここの会員は正統フランス語ができる,どの人でも正統フランス語で書くことができるそうである。ここの下部機関では,正統フランス語と認めていいかどうかというものの材料を出して,ここの総会にかけて審議している。大体週に1回か2回はこうしたことのための会議が開かれているようである。ただ,その結果については必ずしも規範性は持たせていないという説明だったように思う。
 それから,アリアンス・フランセーズを訪ねた。ここはフランス語教育の機関である。非常に大きな機関で教室などを持っているので非常に大きな建物を使っている。ここでフランス語を学ぶ外国人の数は7,000人ということである。アリアンス・フランセーズには,各国に支部のようなものがあるそうで,日本では横浜にあるという話を聞いた。ここは外国に対するフランス語教育の中心ということになるだろうと思う。
 13日,フランス文化放送を訪ねた。ここでは双方の打合せに手違いがあり,そこの放送記者のグルシン氏に会ってフランスの放送用語について聞くはずが,逆に前田委員が同放送記者に日本の国語施策やなにかを聞かれる羽目になり,目的を達しなかったので,14日に一応調査団は解散したが,21日また落ち合って改めて放送用語委員会の事務局長,ファンタッケア氏に会って,フランスでは放送用語をどうしているかというような実情を聞いた。
 この委員会は日本のNHKの放送用語委員会とよく似ていて,この委員会にかける材料は,モニターのような人から,この言葉遣いはおかしいとか何とかという報告があると,それを取り上げて,事務局で調べ上げたものだそうである。それで,それを使うか,使わないかということを審議するそうである。

岩淵主査

 フランスでの放送用語の歴史は新しく,確か10年ぐらいだそうで,日本に比べるとはるかに新しいわけである。ただ,フランスでは,新聞の言葉についての議論は前からやっているので,特別に放送用語としてはやる必要がなかったが,10年前からいろいろ新しい言葉も出てくるので,フランス語の放送用語をやり出したという説明だったように記憶している。
 それから,13日のうちにフランス外務省文化技術協力総局(カイヨール総局長)で,外国人に対するフランス語教育,フランス語教師の派遣などの問題について聞いた。それから,引き続きフランス文部省国際部(ガリーグ部長)へも行ったが,ここではフランス語教師の海外派遣に関して文部・外務両省が協力して人の送り出し,帰国後の処置等を進めているという話であった。
 ここで私として非常に印象深かったのは,フランスから海外へ派遣されるフランス語教師は,フランスの高等学校や中学校のフランス語の先生だということである。その先生たちが,何年か海外でフランス語の教育をして帰ってくると,また元の学校にもどるのだそうである。そういう点で,国内におけるフランス語教育と,外国でのフランス語教育とが,恐らくそんなにかけ離れてはいないんだろうという気がする。これは厳密に調べたわけではないからよく分からないが,だからこそすぐ交流ができるのだろうという気がした。
 この点,日本では,もし外国へ行って日本語の教師になろうとするためには,相当特別の教育を受けないと間に合わない。それは逆に言うと,日本の文部省におけるというか,学校教育におけるというか,そこでの国語教育,国語科が,日本語教育ではなくてほかのことをやっているのではないか,あるいはそういう言語教育を十分やっていないのではないか。だから,その人たちがすぐ外へ出て日本語を教えるということにはならないのではないか。その辺が,やはりお国柄の違いか,言葉の違いか,理由はいろいろあるだろうと思うが,日本とフランスの間に大きな違いがあるということを痛感してきた。
 日本では,御存じのように日本語教師として海外に行ってしまうと,日本に帰ってきても職場がない。したがって,外国を転々として歩くか,あるいは日本へ帰って来てもほかの仕事をするしかないというようなことになってしまう。
 こうしたことのほか,まだいろいろあったが,大体見てきたことについて感じた点は今申し上げたとおりであるが,その中から断片的なことを少し拾い上げてみたい。
 まずフランス語では,文語と話し言葉というものが少し違っているのではなかろうかと感じた。フランス語がずっと動かないというのは文語が動かないのであって,話し言葉の方はやはり少しずつ動いているのではなかろうか。大新聞などは,やはり正確なフランスの文語で書かれ,それが標準語になって,皆のコミュニケーションができるというふうに言われているようであるが,それは一体どこでやるかというと,何も義務教育ではないかもしれないが,学校教育などで教育されるというふうに聞いた。小さな新聞などでは,話し言葉のとおりの文章も出てくる。漫画などは話し言葉そのままだということのようである。
 それから,話し言葉などには新しいものが出てくるので,それをどう考えるかということは多少問題にはなっているようである。ただフランスへ行って,皆さん御経験のように,英語なんか覚えなくてもいいという気持ちがフランス国民にあるからであろうか,英語はほとんど通じない。したがって,外国語の影響は余りないのだろうと思ったが,少しずつ英語が一般の生活語の中に入っているようである。
 それから,先ほど申し上げた「フランス語の使用に関する法律」の内容は,物又はサービスの名称,提供,紹介,書面又は口頭による宣伝,使用又は利用説明書,保証の適用範囲及び条件,並びに請求書,領収書等を起草する際にはフランス語を使用することを義務とする,というものである。これによってフランス人の利益を守る,つまり契約書等に英語などが書いてあって,それがフランス人に分からなくて不利益をこうむることがないようにするという説明があった。
 また,一体フランス人はどのくらいフランスの新聞などを読めるかということが話題になったが,兵役についている者について調査したものによれば,2割ぐらい読めない者がいるのではなかろうかということだったと思う。
 最後に,フランスのにぎやかな通りに「免税店」と漢字で書いてある広告が出ているのは御存じのとおりであるが,それはいまに撤回させられるのではなかろうかという話も聞いたし,いや,それにフランス語を添えておけばいいという話も聞いた。私が見た病院の名前は,フランス語と英語と両方で書いてあった。両方書けばまだいいようである。私から申し上げるのは以上である。
 前田委員はフランス語がおできになって,フランス語でいろいろと自由にやりとりをなさったから,機微に触れたこともよくお聞きになったと思うので,前田委員の報告の方が本格的なものであるというようにお聞きいただきたい。

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