国語施策・日本語教育

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次第 フランスにおける国語問題について(調査団報告)前田委員

福島会長

 御質問もあるかと思うが,前田委員のお話を先に伺いたいと思うので,よろしく。

前田委員

 ただいま岩淵委員が詳しくお話しになったので,それとなるべく重複しないように話したいと思う。殊に今回の派遣は,フランスの国語施策の調査ということであるので,その点に重点を置いて御報告したい。
 フランスが伝統的にフランス語を大事にするということは有名な事実である。それには,1635年にリシュリューによって設立されたアカデミー・フランセーズが連綿と続いているということがある。定員40名というのも変わらず,その会員には「不滅の人々」というあだながついている。フランス国民にとって最大の栄誉は,アカデミー・フランセーズの会員になることとも言われている。会員は何も国語や文学に関係する人だけではなくて,科学者,宗教家とか外交官とかいった国民各層の代表者(この国語審議会もそうであるが,言語は文学者だけのものではないから。),しかも先ほど岩淵委員が述べられたように,きちんとしたフランス語を話し,書くような人々で構成されている。ここでは各種の賞などを授与するのも大事な仕事である。しかし,この機関の一番中心的な仕事は字引の編さんで1635年に設立されてから第1版が1694年に出た。これは非常にいい字引で,私などもそれを用いない週はない。この字引は一通り完成するとまた「A」にもどって順々に調べ直しを進めていく。1932年と35年に第8版の上下2巻が出た。であるから,数十年に一遍ずつ新しい版が出るわけである。
 私以上の年輩の方は御記憶であろうが,1940年にフランスが負けた時に,アンドレ・モーロワが「フランス敗れたり」という本を書いて,日本でも非常に読まれた。その中に,ドイツ軍がパリに迫っている時に,アカデミー・フランセーズは「AILE(翼)」という言葉について議論をしていた。全く浮世離れした議論をしていたので,こんなことをしているから滅びてしまったんだとモーロワは書いている。
 その後も引き続きこの調査を進めていて,この間聞いたら,エロカン(雄弁な)という「EL」のところまで来たそうである。このスピードでいくと,数十年では終わらないので,どうしたかと聞いたら戦後の新しい言葉の増加が余りにも多く,こんなに言葉が増えたことはかつてないので,簡単にいかないという話であった。アカデミー・フランセーズは1週間に1回総会を開いている。毎週木曜日の3時半から4時半まで1時間総会を開いて,その後でもう1時間,12人から成る辞書委員会が開かれる。毎週,辞書の仕事をしているそうであるが,やはり遅々として,非常にテンポは遅い。しかし,まず第1巻だけでも早く出したいと今考えているところだそうである。
 今度行って,そういう名誉機関が何十年に一度といったペースで字引作りを進めているというようなことだけではなく,ここではまた,より現実に即した仕事もしているということを知った。
 すなわち,1年に数回,言葉の使い方,単語のつづり,あるいは文法的な問題などについて,アカデミー・フランセーズとして意見を述べてそれを関係方面に配布している。これにはもちろん法律上の強制力はないが,アカデミー・フランセーズの威光のおかげで,大いに尊重されているということである。
 しかし,それだけではこのように変化が激しい時代に対応できないので,フランスはドゴール大統領の時に非常に強力な新しい国語施策を考えた。ドゴール将軍は,昔のリシュリューに倣って今度は自分がもう一遍フランス語に活を入れようと考えたのではないかと思う。
 そして,1966年に逐語訳でいうと,「フランス語の擁護と伸長のための高等委員会」という仰々しい名前の委員会をつくった。そこにエクスパンシオン(伸長)という言葉まで入っている。この委員会は総理府につくられ,総理大臣がその委員長で,しかも現実に出席することもあるそうである。当時の総理大臣はポンピドー氏で,同氏はフランス文学の専門家で中学や高等学校でフランス語を教えたことのある人である。委員は18名で,任期は3年である。この下に十何名かの常勤の職員のいる事務局がある。こういう総理府直属の委員会をこしらえて,フランス語を伸ばすための施策を推進することを図った。
 ところが,ドゴール将軍の去った後,余りに大げさだというので名前を変えて「擁護と伸長」というのを落として,今では「フランス語高等委員会」ということになっている。フランス語高等委員会のした仕事はいろいろあるが,一番本筋の大きい仕事は,1972年に議会の決定を必要としない内閣の責任で出す規則として,「フランス語を豊富にすることに関する大統領令」というものを出したことである。これについて少し詳しく説明する。
 各官庁に命じてそれぞれに用語委員会をつくらせ,その官庁所管の事項の中でフランス語としてどういう言葉が足りないか,フランス語で適当な言葉がないために,新しい現実に対してどういう英語,その他の外来語を使っているか,ということの調査をさせて,それらについてどう対処するかを考えた。それらのうち,フランス語として完全に日常化してしまっているものはそれを認める。しかし,その場合でも発音をどうするか,殊に英語には男性,女性がないので性別をどうするかとか複数形をどうするかとかいうことを決めて,更にその言葉の厳密な定義,つまりその場合も本国で──アメリカならアメリカ──で使っている言葉と必ずしも一致しない場合もあるので,フランス語としてその語を使うときにはこういう意味で使うということを決定している。しかし,こういう扱いは例外的であって,できるだけ新しい言葉をつくっている。その新しい言葉を見ると,単に言葉の形を少し変えてフランス語らしくしたものもあるし,全く新しくつくったのもある。
 その中で,例えば,どこへ行っても得意気に聞かされるのは,ハードウェアとソフトウェアに対する言葉である。ハードウェアの方は,機械であるから「マテリエル」という言葉,ソフトウェアの方は,ロジック(論理)あるいはギリシャ語のロゴス(理性・言葉)をもとにして「ロジシェル」という言葉をつくった。後者は言語とか論理とかいう言葉を含むからソフトウェアよりもずっと適切なわけである。これはフランスで広く使われるようになったばかりでなく,米国でも「ソフトウェア」の代わりに「ロジスティックス」と言うことが始まったそうである。
 こういうふうに,いろいろ新しい訳語をつくる。各官庁でどういう方面について幾つぐらい用語を決めたかということなどについて,間もなくお手元に届けられる「文化庁月報」に書いておいたので御覧いただきたい。各官庁で必要な言葉を決めた結果,総計600語ぐらいが官庁に対して強制力を持ち,官庁関係の文書はその言葉を使わなければいけないことになっている。もはや前の英語を使ってはいけないということにしている。そして,これらの用語の表が第1表で更に第2表というのがあって,それには強制力は持たないがこういう言葉を実験的に使ってみるということが勧告されている。こういう二つの表が関係各省の省令として官報に発表された。まず議会の決定を経ないで官庁が自分でやれることを先にやったわけである。ここで注目に値するのは,ただ使ってはいけないというのではなくて,足りない言葉を補い,代わりにこの言葉を使いなさいという表をこしらえたという点である。
 こういう準備が整ってから,1975年の12月に,先ほど岩淵委員の述べられた新しい法律「フランス語の使用に関する法律」ができたわけである。これは1年間の猶予期間を置いて実施段階に移った。この法律の原案は3回ぐらい練り直されたので,議会の議事録を見るといろいろおもしろいことがある。例えば,激しい方の議論としては,これではなまぬるい,アメリカ語なんか皆追放せよという勇ましい意見が出たり,これを余りやると商業利益に反するという反論に対して,資本主義のために遠慮することはないとかいったりしている。しかし,こうしていろいろな議論を経た結果初めよりもかなり現実に即した法案ができた。
 つまり商業に関する契約書そのものは当事者同士が分かればいいのだからいいわけであるが,広告文,使用説明書,保証書,受取,請求書,雇用契約,ラジオやテレビで使う放送用語,といった一般の大衆の利益に直接関係のあるものでは,外国語だけを使うと一般の大衆が誤ったりだまされたりするおそれがあるので,要するに,消費者その他を保護するために誤解のないようにするという形になった。

前田委員

 したがって,外国語を絶対に使ってはいけないというのではなくて,さっき岩淵委員が述べられたように,例えば日本料理屋は日本語で書いていいが,必ずどこかにフランス語をつけなければいけない。要するに,フランス語しか分からない者でも分かるようにしなければいけないということである。外国語を使うことはいいが,フランス語をそれに伴わせなければいけないという趣旨のものである。
 それから,これは法律の条文を見ただけではよく分からないが,3か月ぐらいたって,総理大臣の名前で更に説明のための回状が出されたのを見ると,例えば,サンドイッチ,トースト,ビフテキというような普通に使われているものはこの限りではなくフランス語とみなすという説明があった。したがって,外国から来たものは皆いけないということではない。定着したものは認める。定着しないものは両方書けば外国語を使ってもいいということである。
 ただ,さきの省令の第1表にある600ばかりの用語は外国語を併記することもいけない,新しいフランス語しか使ってはいけないというふうになっている。
 こういうふうに,かなり実際に即した形で段々に外国語を排除する方向にいっている。先方の説明によると一応それでうまくいっているそうである。罰金も初めの時は少ないが,繰り返すとどんどん罰金が上がるような仕組みになっていて,これは主として商業関係であるから,そろばんからいっても損するようになっているので,段々と守られていくだろうということである。
 いつか国語審議会総会で言語の問題は法律でやるのはどうかと思うということを個人的に申したことがあるが,フランスへ行くまではフランスはやはり国粋主義から強引にやっているのかと思っていた。行って向こうの人と話して気が付いた大事なことは,日本でも外来語(西洋から来たもの)は大きな問題であるが,それらは必ず片仮名で書いてあるので,見ればすぐ分かるが,フランス語は文字が英語と同じであるから,英語とフランス語を知っていなければ,これは英語だということは分からないわけで,混乱が一層激しいということである。
 アカデミー・フランセーズの人と日本における外来語の話をすると,向こうは盛んに文法的関係はどうかと聞く。日本では文法まで外来語で侵されるとは思っていない。ほとんど考えてみたこともない。それをなぜ向こうはそういうことを聞くのかというと,英語には男性,女性の区別がないが,フランス語ではこの区別があるので英語が入った場合にはそれを男性なり女性なり決めなければならないからである。フランス語であると,語尾の形とかいろいろなことの類推で,新しい言葉についても自然に男性か女性かといった区別がつくが,英語を持ってきた場合には混乱してしまうわけである。
 また,単数,複数もフランス語は皆言わなければならないが,複数のつくり方が英語とフランス語で違うので,また混乱が生ずる。
 こういうように,単に単語限りの問題ではなく,文法上の細かい問題も起こってくるので,外来語をただ野放しに入れると非常に言語上の混乱が起こる。したがって,その混乱は日本語よりもはなはだしいためについにそういう法律にまでいくことになったということが分かったので,同情する気になった。
 大筋のところは大体以上のようなことであるが,もう一つ気がついた大事なことがある。岩淵委員も少しふれておられたが,術語に対する施策が非常によく行われていることである。新しい術語がどんどんできるのを整理して,その中で一般国民に関係のあるものは,先ほどのように新しく代わるものを知らせる。そうでない場合も,術語をはっきりさせるために基準になる言葉を確定している。これもやはりフランス語高等委員会を頂点とする仕事の一つである。先ほど岩淵委員から工業省所管のフランス標準協会の話が出されていたが,この協会はずっと昔からあって,何百人という人を使って仕事をしてきている。更に2年前からフランス術語協会というのができて,フランス標準協会,各大学,研究所とかあらゆる術語に関することを扱っている所との連絡を図って,ここが中心になって術語の整理をしている。更にはここが国際的な機関のフランス部門を担当して,国際的にも術語の連絡,整理を進めていくということになっている。
 もう一つ,フランス語を外国で教えることについて,岩淵委員も述べられたがフランス外務省へ行ってフランスの国費で外国に何人ぐらいフランス語教師を派遣しているかと聞いたら,ついこの間までは常時3万人だったが,北アフリカが段々フランス語を減らしているので今は2万5000人と3万人の間ということであった。
 それだけの膨大な人数を国費で派遣している。そして,その選考は文部省,外務省,労働組合の3者合同で行い,派遣国によっては100倍ぐらいの応募者の中から審査して派遣している。派遣している間は外務省が人事を管理して,帰ってくるとその書類をまた文部省に返して,文部省が再び管理するという仕組みでやっているそうである。
 それからル・モンド紙の人に勧められて,今回の調査期間が過ぎた後,ストラスブルグまで行ってフランス語研究学科世界大会(第2回大会。第1回はカナダで開催。)に参加した。100か国から800人の大学でのフランス語教師が集まって大変な盛会で,1週間,毎日議論した。
 今年,日本語教育学会は初めて国際会議を開くことになっているが,わずかに5人しか外国から人を呼ぶことができない。5人と800人では余りにも違う。
 最後に以上を通じて新しい傾向として申し上げることができると思われることは,向こうの人も認めていたが昨今の新しい政策の出発点は,ドゴール将軍一流の国粋主義だったが,やっているうちにこれは今の世界に通用しないということが分かったために,その後はそういう考え方を改めた。そのため,先ほど申したように「エクスパンシオン(伸長)」という言葉までとってしまった。かつて世界語であったフランス語が英語に取ってかわられてくやしいので,英語をまた打ち負かそうというような考え方はやめた。ただ世界が英語という一つの言葉だけで仲介されるというのは不自然である。どの言葉も皆それぞれの意義を持っているから,それぞれの言葉を整備して,その言葉で何でもできるようにして共存していくという考え方になってきた。そして,一々英語を通さないでもそれぞれの多角的な関係で,例えばフランス語とドイツ語というふうに,英語以外の言葉とも直接いろいろ対応できるようにしていく,そういう多様主義の考え方にはっきり移ったということである。このため,フランス語を普及するということだけではなく,発展途上国などの国語政策に対して,つまり,その国の国語をよくするためにどうしたらいいかというようなことに対しても専門家を派遣して援助したりしている。
 こういう傾向になったので,フランス語高等委員会に行ったところ,同委員会は実は今まではドイツ語とか,イタリア語とかのヨーロッパ語同士,あるいはアラビア語ぐらいまでを相手として考えており,将来は日本語のような進んだ言葉とも連携したいと漠然と考えていた程度であったが,今回,日本の国語審議会が先にあなた方を送ってくれてうれしいということを言っていた。やがて数年たてば,逆に向こうからこちらに連絡してくるかもしれない。
 フランス語との縁が浅くない私としては,フランスの言語政策が狭い国粋主義を離れてそういう現実に即した,しかも有意義な考え方になってきていることが分かってうれしく思った。

福島会長

 何か御質問があったらどうぞ。もしなければ,議事の中に「話し言葉,敬語,外来語について」があるので,その時の関連で御質問になっても結構である。

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