このような著作物等を取り巻く環境の変化による知的創造サイクルへの影響にはどのようなものがあるかということについて、取引コストに着目した意見が大きく3点出ています。この調査研究会では、取引コストを、著作物の対価を含まず、著作物を利用するために権利者を探すコストや交渉して対価を取り決めるためのコスト等と定義しています。
1点目は、先ほど金先生から話が出ましたが、著作物等の量的な拡大・多様化に伴い、絶対的な取引コストが社会全体から見て著しく上昇するのではないかということです。
2点目は、取引コストの相対的な高まりです。流通コストは、創作・流通の形態、手段等における質的変化により、低下する部分があります。そうしますと、取引コストが従来と同じ水準であったならば、相対的には高く感じられるということです。
3点目は、著作者不明の著作物、複数権利者がいる著作物など取引コストが非常に高い著作物が、著作物等の量的な拡大・多様化や質的な変化によって、増大するのではないかということです。
このような社会の変化への対応にあたっての留意事項についても御意見をいただいています。例えば、社会の変化の捉え方について、どのような変化が生じるかは明確でないため広義に解釈すべきであり、あまり決めつけるべきではないという御意見、また、ある程度予測可能な大枠の変化を踏まえて対応すべきではないかという御意見などをいただいています。
著作権制度のあり方に関する基本的な姿勢です。この調査研究会の中では、著作権制度の根幹のひとつである財産権の基本的な考え方について、歴史的な経緯において2つの潮流があることを確認しました。
1つ目は、著作権というものは、有体物を客体とする所有権と同様に、自然権に近い性格を有するものと捉える考え方です。
2つ目は、著作権は、本来は公共財としての性格を有する情報を客体とすることから、創作のインセンティブを与えるという政策的理由に基づく権利であると捉える考え方です。
さらに、著作者の権利の保護には、人格権(精神的要素)と財産権(経済的要素)の両面がありますが、いずれについても保護が必要であるという認識については意見が一致しています。ただし、保護と利用のバランスの図り方、人格権と財産権に関する比重の置き方、優先順位、現状認識等については、様々な意見がありました。
これに関して出された意見を、大きく3つに分けて御紹介したいと思います。
1つ目は、著作権を自然権的な性格を有するものと捉える考え方に関して、著作物は著作者の人格の投影であり、著作権と著作者人格権とは深く結びついているから、著作権の保護においても、著作者の精神的要素との結びつきを指摘するような意見がありました。4点ほど御紹介したいと思います。著作物の創作を維持するために著作者の精神的要素を重視すべきである。精神的要素に関わる問題は経済原則で対応できない。著作物は創作段階で保護すべきであり、インセンティブ論に優先する。利用者の意識に問題があるため著作者に対する尊敬と配慮が必要となる。以上の御意見をいただいています。
2つ目は、著作権を創作のインセンティブを与えるという政策的理由に基づく権利であると捉える考え方に関して、出された意見を御紹介したいと思います。財産権の制度設計を検討する上ではインセンティブ論で考えるべき。なお、インセンティブ論とは、この調査研究会では、著作権の保護は著作者にとって創作のインセンティブを見出すのに十分な程度の水準にとどめることが社会全体の便益を最大化するという考え方と定義しています。創作者が本来得るべき利益を得られる仕組みとすべき。権利保護と流通促進は対立しない。インセンティブ論で考える場合でも人格権の尊重は当然でありその保護のあり方を議論する必要はない。権利保護は利用との関係で検討すべき。利用者の意向を踏まえて著作権保護・利用の円滑化のあり方を検討すべき。権利保護による創造促進と知の共有による創造促進のバランスを図るべき。権利者と利用者相互の歩み寄りが必要である。以上の御意見をいただいています。
3つ目として著作者人格権のあり方について、大きく4点御意見をいただいています。実務上、著作者人格権不行使特約が別途交わされる場合が多いということですが、実務上でも著作者人格権の保護が担保されるような仕組みとすべき。同一性保持権の保護範囲が広過ぎるために不行使特約が交わされるという状況があるので、行使できる範囲を限定することによって、実質的に同一性保持権が確保されるような仕組みを検討すべき。同一性保持権については、利用者、権利者ともに不満を抱えている。著作者やジャンルによって同一性の定義、保護の必要の範囲が異なる。以上の御意見をいただいています。
このような社会の変化を踏まえて、その対応方針について検討しました。
1つ目は基本的な目標をどこに置くのかということです。これについては、「著作物等の創作・保護・流通のサイクル(知的創造サイクル)を活性化すること」が、我が国の著作権制度の基本的な目標(少なくとも目標の重要なものの1つ)であるということで意見が一致しています。また、検討にあたっての前提として、著作者の保護は人格権(精神的要素)および財産権(経済的要素)の双方に必要である、新しいネット社会に応じた流通しやすいシステムを求める、ということである程度意見が一致しています。
社会の変化への対応方針の2つ目です。具体的な問題への対応にあたり、市場による解決策と法制度による解決策のそれぞれの講じ方について、まず市場で解決できる問題については法制度が介入しないが、市場による解決が万能ではなく、市場で解決できない問題に対しては、法制度での対応も検討する必要があることを前提とすることで意見が一致しています。
また、社会の変化に対応するため、法制度の根幹の見直しが必要となるかどうかということについても議論が行われました。法制度の根幹である許諾権を維持すべきであり、それで十分に社会の変化に対応できるのだとする意見がある一方で、法制度の根幹の見直しも検討すべきではないかという意見もありました。
社会の変化への対応方針の3つ目です。この調査研究会の中では取引コストが大きな論点として上げられたのですが、取引コストへの対応方針として、取引コスト自体は低い方が良いとしても、そのための対応がどのくらい必要か、他の要素との優先度合いをどのように捉えるかということについては、様々な考え方がありました。
考え方の例をお示しします。社会厚生的に、また市場経済の原則として、取引コストを下げることが望ましい。取引コストが相対的に、あるいは絶対的に高くなっている現状を受け、流通促進のためには改善が必要。財の流通とともに文化の流通・共有を促進するために取引コストを下げるべき。文化振興を目的とする著作権法は、市場経済の論理とは対立する部分がある。著作権法制度として取引コストの低減を大前提にすることが疑問である。最低限の取引コストがかかることは当然である。創作者の精神性は市場経済の論理から外れる場合でも尊重すべき。利用者が増えても負担すべきコストを下げる理由にはならない。取引コストに見合う市場がないことが問題なのではないか。取引コストが高い場合は著作物を利用できないという前提で、原点に戻って検討すべき。以上のような御意見がありました。