HOME > 国語施策・日本語教育 > 国語施策情報 > 第1期国語審議会 > 第10回総会 > 議事
議事 人名漢字に関する建議案の続き
金田一
けっきょく,部会としては国語審議会としての立場をとるということを宣言しようという考えか。
土岐会長
部会の態度としては建議案にあるとおりだ。
宮沢副会長
こういう建議案を出す気持としては,改正案が衆議院も通ったし,参議院も通るであろうという見通しの上に立って,参議院に対するけん制と世論喚起のためと,国語審議会の進む方向をおぼろげながらも,はっきりさせるというために作ったのであるとわたくしは了解している。
土岐会長
建議案を出すことについて意見を伺いたい。
では読んでからおはかりすることにする。
(一同賛成)
(会長,人名漢字に関する建議案を朗読)
金田一
では,人名にはこれだけの字をつけてもよいというように緩和するわけか。
土岐会長
国語審議会としては客観的に従来人名にはこういう字が行われていたという資料を出したのである。
金田一
その人名漢字を当用漢字表のなかに入れて当用漢字表を広げるというわけか。
土岐会長
そうではない。
田 口
この建議案はなかなかうまく書いてある。また松原氏の判決文を読むと,わたくしが前回総会で述べた趣旨と同じである。
舟 橋
わたくしは文芸家協会を代表しているわけだから,日本の文学者の意見を代表しているものと思って聞いてもらいたい。この前文部大臣に会ったときも,ちょっとこの問題にも触れた。そのとき同行した者たちは当用漢字に対するばく然たる不信があった。われわれとしてはどうも小説を書く場合,当用漢字では書けない。国語教育上漢字を減らすということには賛成であるが,現実的には,当用漢字では非常に不便であることを痛切に感じている。だから人名の場合も制限することは非常に不便な感じを与える。それから,むやみに公共の福祉という名のもとに,事を解決してはならないのではないか。衆議院でああ決まったことはちょっと暴力的なものを感じる。一方それには当用漢字そのものに欠陥があったからではないか。わたくしは根本的には漢字制限は賛成であるが,現実の問題としては不便であるので反対する。公共の福祉ということばは公益優先ということと紙一重であり,われわれとしては,ファシズムを感じる。この判決のもっと別のはっきりした理由がほしい。このような,ささいな戸籍のことから,大きな思想的な危険を感じる。
宮沢副会長
舟橋委員の意見はもっともであると思う。だれでも根本的には制限することは賛成だが,その線がむずかしいのだ。判決文についてはみなさんの誤解があると思う。当事者は,法律上制限することは憲法違反ではないかという問に対して,裁判所では,ただそれは憲法違反ではないと考えているだけであり,公共の福祉を持ち出し,立法に対して良い悪いを言っているのではない。
公共の福祉を持ち出して,うんぬんすることはファシズムのはじまりであると言われてことは,確かにわれわれは警戒しなくてはいけないが,今回衆議院で一挙にひっくし返したことに,それこそファシズムの始まりを感ずる。この問題は逆なのではないか。
金田一
文学者としては当用漢字表は不便であるという話が出たが,今回国会で問題が起ったのも当用漢字のわくに少しむりがあったからだと思う。われわれでも困っている,音標文字ではむすかいしので,符ちょうのような1字がある意味を表わす文字というものが必要である。英和辞典に出ている略字も2,000〜3,000字ぐらいある。だから漢字も2,000〜3,000字ぐらいにふやすのが適当だろうと思う。それに関して各方面の研究を待ちたい。
土岐会長
ただいまの舟橋・金田一両委員の発言は漢字の部会で取り上げるべき問題ではないかと思う。漢字の部会からは,今日までまだ報告に接していないし,昨年11月から部会も開かれていない。わたくしは心配しており,近いうち部会長とも相談したいと思っている。なお,部会長も出席されていることであるから,舟橋・金田一両委員の意見のことも考慮しておいていただきたいと思う。
公共の福祉のことだが,ここでは単に能率という意味に考えているのだと思う。
なお,建議案は当用漢字制定の趣旨を支持されていると書いたので,なにも当用漢字表を固執しているわけではない。
時 枝
漢字部会長として怠慢をおわびする。
それからの漢字の問題は本日の総会の議題からそれるのではないか。注意してもらいたいと思う。
国会でどう決めようと,国語審議会の独自の立場から態度を表明すると解していたが,案を見ると戸籍法のことにだいぶ触れている。また文部大臣に善処していただきたいと要望しているが,大臣は要望されてもどう善処していいかわかならいのではないか。
土岐会長
金田一・舟橋委員のお話はやはり人名に関連して当用漢字の問題に触れているのである。
また国会と関係なく善処するということだったら,国会などへわざわざ出かけて行って打合せしなかっただろう。打合せをしたのだから,そのことにも触れておくことが必要であると思う。文部大臣に要望したのは,正当な態度をとるように要望したのである。
舟 橋
わたしの説明が足りなかったと思うのでつけ加える。もともと国語審議会と作家とは対立するものではないのだが,新聞・雑誌に原文のままと書いてあることなどから,世間では対立しているように誤解している。対立はその他のところにあり,その一つの現れがあのように国会で起ったのである。文学者を漢字復興のファッショと誤解しては困る。そして国語審議会もやはり国会のことも考えてやらないと現実から遊離してしまうし,外部に対してわれわれは鋭敏に反応しなくてはいけない。
緒 方
わたくしの話も少々議題から離れるかもしれないが,なるべく離れないようにする。
こういう問題は常識が最も良い基準である。また固有名詞の問題も時代とともに変るが,その一貫した流れの方向は漢字を制限する方向であり,その流れの方向を見失わないよう見つめていくのが国語審議会の務である。たとえば,調査資料など,どの時代を対象としたのであるか,おそらくは若い時代のものははいっていないと思う。
土岐会長
調査資料は国語協会で10,000名を調査して作った「標準名づけ読本」,25,630名を電話表によって調査したもの,朝日新聞の調査,全国戸籍事務連合協議会の資料の四つと国語研究所の研究も加味したのである。
緒 方
わたくしが申し上げたいのは時代的に考慮されたかをお聞きしたいので,これから名づける人にはこのような字では不適当である。
土岐会長
部会でもそういう方針で審議していって21字に減らしたのであったが,その21字と削った字との切れ目がわからないので,客観的事実としてほとんど全部の字を出しておいたのだ。
西尾所長
教育研究所のリテラシーテストの副産物として25,000人の地域と年齢のわかっている名まえが得られた。その結論も近いうちに出ると思う。
時 枝
会長,この案の趣旨をはっきり説明したほうがいいのではないか。
土岐会長
不即不離に考えた。
時 枝
これでしばるというふうに委員がたから誤解されているのではないか。われわれ部会としてはただ参考資料を出しただけだ。
石 黒
舟橋・金田一委員からお話があったが,今までの義務教育で教える字は1360字ばかりであり,当用漢字は1850字である。実際義務教育で読み書きできるのは全国を平均して600字である。そういうところから教育漢字すなわち,9か年の義務教育で読み書きのできる字が881字であるということが出てきたのではないか。またわたくしのところでその881字をことし義務教育を終えた生徒にテストをして今整理中であるが,成績はたいへん悪い。今までの義務教育を受けた者は85%であり,それが9か年に延びた結果,義務教育を終える者がさらに減るだろう。以上のことを考慮していただきたいと思う。
部会でここに集められた資料はあくまで参考案であり,これでどうするということはしないほうがよい。大臣に要望するのはよいが,ここで具体的に87字を出すと問題をあとに残すことになるのではないか。参考資料をつけ,はっきりと国語審議会の態度を表わしたものを出すことが必要である。
原課長
国語政策の一つとして,国語課で国語シリーズを出している。その国語生活編のうちの1冊として,埼玉大学の吉田澄夫氏に「名まえとその文字」の執筆をお頼みし,現在原稿ができあがっている。もし国語審議会からお話があれば,それに国語審議会で出される資料をつけ加えてもよい。
土岐会長
87字を取り入れたのは過去のよりどころのある事実として客観的に出した。本文に入れたのもそういう考えからだ。
石 黒
以上の会長の説明でよく了解したが,87字は貴重であり,選ばれた委員のかたがたに申し訳ないが,こういうものを入れるとまた,ほうぼうから文句が出るだろうから入れないほうが無難であると思う。
時 枝
衆議院でああいう処置をとったことに対して,部会のとった態度を総会ではどう考えるか。
土岐会長
どう考えられるか,発言があるはずだ。
時 枝
問題がぼやけているので,みなさんが発言ができないのではないか。衆議院に対して,国語審議会はなにを要望するのか。
西尾所長
部会に出席した感想を申し上げる。はじめ,何字かを決めて,そのわく内で制限しようという考えだったが衆議院で法律を注意権に改めたので,集めた字の性質が変ったのである。参議院はまだ通過していないので,そこに問題がある。
土岐会長
衆議院が国語審議会にしょい投げをくわせたが,国語審議会の態度は変らない。それに対して参議院はどう考えるかという声明書でも出すことは出さないよりよいと思う。さらに参議院でも,衆議院のとおり決定してしまったならば,もっと強い声明書を出しても良い。
石 黒
参議院にかかる前に,これを大臣に出して有利にしようというのか。
土岐会長
有利にするわけではなく,大臣に適正な態度をとることを要望するのだ。
石 黒
参議院のほうは,裏面からつっついたほうがよいのではないか。こういうものを出して,参議院でもけられたら審議会の面目はまるつぶれになると思う。だから今回の問題には全然触れないほうがよい。
土岐会長
固有名詞部会の委員としてなにか発言はないか。
松 坂
部会の席で,政治上の動きに対しては敏感に反応しなくてはいけないと申し上げ,反対の意見もあったが,国語審議会は国語政策にたずさわる機関であるので,つねに政治の動きとにらみ合わせて行動しなくてはならない。衆議院ではああなってしまったが,参議院は望みなきにあらずであり,参議院で決めてしまっても,さらに手をうつべきである。また,参議院としてはなにか資料がなければ困るのではないか。その意味で87字を選ぶことには意味がある。
ここにわたくしが電話帳を100ページごとに調べて選んだむずかしい名まえの例をお目にかける。小川次郎,清岡暎一,椎名夙朴,高橋窘一,日能遼一郎,宮本一郎,小林以上である。電話帳1ページ200人中にこのような不便な名が出てくる。こういう字をなくすためにも,国語審議会としては政治的に全力を尽して動かなくてはならない。
千 種
わたくしも同じ意見である。名まえの文字を制限する必要をもっと詳しく説明したほうがいい。
公共の福祉ということばは,判決では使われなければならない理由がある。公共に福祉に反する場合は,法律で自由にしばることができる。
中 島
法律で制限することの良し悪しについては,国語審議会では良いという意見である。わたくしの恐れるのは名づけ文字野放し論が衆議院で起ったのが,それが当用漢字そのものに及んでくることである。わたくしとしては漢字を減らすことに賛成であり,国語審議会でもそういう線であると思うが,それを再確認して態度をはっきりし,それに関連して,名づけ文字の問題に言及し,これに対する審議会の態度もはっきりさせればよい。文部大臣には口頭で事実をあげ,話をするほうがよい。
土岐会長
ではもう一度部会のかたに集まってもらい,審議しなおして,さらに総会を開いてはどうか。
時 枝
わたくしは国語政策を法律で解決するのは不賛成である。国語を法律でしばることは植民地政策である。国語政策は政策であるがゆえに,文化的でなければならないと思う。
舟 橋
例には非常に特殊な字を出されたが,この87字のなかに,吾など当然当用漢字表のなかに入れてもよい字がある。吾という字を使わせないことがかえって公共の福祉を害するものである。
わたくしも国語審議会は,文化的に,非政治的に動くべきだと思う。
緒 方
練りなおすことにわたくしは賛成。非政治的に動くべきだと思う。
颯 田
決をとる前にちょっと申し上げる。この87字を出したならば,こんな字も当用漢字表には抜けていたのかとかえって逆効果にはる。
参議院でも決定するならそうさせて,もし態度をはっきりさせるなら,われわれはつねにより良くしようと努めているということを言えばよいのではないか。
土岐会長
それでは先刻の提案に賛成のかたは手をあげていただきたい。
(一同挙手賛成)
ではもう一度部会を開くことにしよう。
山 口
わたくしも,この前から2,000字でも3,000字でも少し許容してもらうように申し上げたが,取り上げられなかった。きょうは舟橋委員の発言もあり,みなさんもそう思っておられるようであるから,重ねてわたくしから申し上げる。
颯 田
きょうの議題は名まえのことだけに限定されているはずだ。それから,今の発言によると舟橋委員の言によって,がらっと審議会の態度が変ったように記録されるが,少なくともわたくしは変りない。
石 黒
わたくしも変りない。
土岐会長
では本日はこのへんで。