国語施策・日本語教育

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次第 人名用漢字の追加について(意見伺い)〔その2〕

真田委員

 先ほどから御意見を伺っていると,法務省民事局のやっている行政と国語審議会とのかかわり合いがどうなっているのかという点について正確な御認識をお持ちになっているのかどうか,やや不安に感じるので,法務省の行政,特に人名用漢字の制限の問題と国語審議会との制度的なつながりについて説明しておきたいと思う。
 私は内閣法制局の職員であって,法務省とは直接関係はないので,あらかじめ御了解頂きたい。
 昭和21年の「当用漢字表」は,国語審議会の建議に基づいて,内閣で一般国民に対して内閣告示を出し,別途各省庁全部にわたる政府職員に対して内閣訓令を出して1,850字が制限的なものであるということを決めたわけである。
 内閣告示は法律ではないから,一般国民を縛るという性質のものではない。しかし,内閣訓令は内閣の行政府の中心として各行政府に対して持っている指揮監督権の現れであるので,政府職員はすべて1,850字の当用漢字に服さなければならないということになる。
 そこで,戸籍法施行規則に当用漢字が取り入れられ,人名用漢字については,この1,850字で実施していたわけであるが,それではいかにも制限が厳しくて困るという声が非常に強くなったので,昭和26年に今の「人名用漢字別表」ができた。それと同時に戸籍法施行規則第60条の改正をして,子の名には「当用漢字表」の1,850字,「人名用漢字別表」の92字,片かなまたは平がなを使ってよいというように改めたわけである。
 その時には,法務省限りではできないわけで,国語審議会の建議に基づいて「人名用漢字別表」に関する内閣告示・訓令を出したわけである。今回はそれの第2ラウンドが来たというように御理解願えれば一番いいのではないかと思う。
 今回,戸籍法施行規則限り,つまり法務省限りで28字の追加ができるかということについては,私が見るところでは,法務大臣は一般には,省令は出せるが,この場合については,内閣訓令というものがあって,法務大臣もこの内閣訓令の拘束を受けるので,今すぐに戸籍法施行規則第60条を改正できるかというと,やはりできないと思う。
 したがって,法務省が戸籍法施行規則の第60条の改正をして28字を追加するためには,内閣訓令で縛られているところをまず緩めておかなければならないわけである。そこで内閣訓令を緩めることがまず前提となるが,内閣訓令は,もともと先ほども申したように国語審議会の建議に基づいて内閣告示とともに発せられているものであるから,今度も当審議会の何らかの積極的なアクションがなければならない。それがないと,内閣としては,法律に基づく審議会の建議に基づいて出した訓令なり告示なりを勝手に改めるわけにはいかないと思う。これは行政実務としては当然のことであって,そういう意味から,当審議会は法務省限りでやったことの報告だけを聞いて済ませるというわけにはいかない筋合いであると,私は考えている。

碧海委員

 先ほどの宇野委員の御説明によれば,法務省では法務省限りでできる,国語審議会には早くいえばテークノートしてもらえばいいという考え方であった,という趣旨に理解した。もし,そうであるならば,法務省の見解と真田委員の御見解は食い違っているような印象を受けるが,どうか。

宇野委員

 人名用漢字問題懇談会の席では,民事局長が出席していたので,私は民事局長に向かってそういう趣旨のことを言った。それに対して,いや,それは困るという返事はなかった。この懇談会は確か4回開かれたが,私は最後の大事な詰めの時に,出席できなかったので,そこでどういうやりとりがあったのか分からないが……。

森岡委員

 省令でいくような話を初め民事局でしていたと思う。ところが,実施の段階になって,今,真田委員が説明されたように,省令だけではいかず,内閣告示・訓令が非常に重要な要素になってきている。

宇野委員

 私は法律に疎いので,次の2点について素人にも分かるように説明していただきたいと思う。
 戸籍法第50条に「子の名には,常用平易な文字を用いなければならない。常用平易な文字の範囲は,命令でこれを定める。」とある。そして,戸籍法施行規則第60条には「戸籍法第50条第2項の常用平易な文字は,左に掲げるものとする。」とあって,それを受けて@当用漢字表に掲げる漢字,A人名用漢字別表に掲げる漢字,B片かな又は平がな(変体がなを除く。)の三つが挙げられている。
 片仮名及び平仮名を使ってよいということは,内閣告示・訓令に関係ない。余りにも当然だからとは思うが,それならば,戸籍法施行規則は内閣告示・訓令と関係なしに決めることができるのではないか,ということが一つである。
 それから,もし法律的にめんどうな手続が必要だと言うのならば,法務省としては,まず第一に国語審議会に諮問すべきであったと思う。それを受けて,国語審議会が主体性をもって「人名用漢字別表」のようなものを審議して文部大臣に答申する,それで内閣に行って内閣告示なり訓令なりになる,それによって法務省は省令を改正する。少なくともそういう手続をとるべきではないかということが一つである。

真田委員

 先ほどにも申したように,私は法務省の代弁に来ているわけでも何でもないが,今,宇野委員の御指摘の2点について述べたい。
 第1点の,片仮名,平仮名の問題であるが,これは先ほど申し上げた内閣告示・訓令とは全く関係がない。内閣告示・訓令は漢字の使用についての問題であるので,片仮名,平仮名については当審議会とも関係なしに法務省令で決められる。法務省令で決める根拠は,戸籍法第50条で「子の名には,常用平易な文字を用いなければならない。」といっているのに,まさか片仮名,平仮名が使えないのでは困るので,戸籍法施行規則第60条に「3片かな又は平がな(変体がなを除く。)」を付け加えただけである。片仮名,平仮名があるのだから,今度の28字も法務省令でやってもいいのではないかというようにはならないことを,御理解願いたいと思う。
 第2点の手続問題は,宇野委員の御意見のとおり,もし時間の余裕があれば,この28字の一字一字について国語審議会で今検討中の漢字の字種の選定条件に従って,合っているかどうか審議するのが筋だろうと思う。しかし,民事行政審議会の答申にも「国語審議会における今後の検討をまって対処するものとすること。」とあるように,将来における漢字表の扱い方をどうするか,また,人名用漢字についてはどうしたらいいか,というような基本的な在り方についての審議会の権能は留保してあるわけであって,これらの点について,またいずれ国語審議会で決めればいいと思う。それができるまでの問題として,毎日,市町村の戸籍の窓口でトラブルが起こり,国民の要望が強いという実態を踏まえて考えれば,まず当面基本的な国語政策が決まるまでのつなぎとしてこれくらい認めてもらってもいいのではないかという気持ちで法務省はこの案をつくったのであろうと思う。
 当審議会としても,国語政策の方向として,もっと制限を強めようとか,現行のような制限をそのまま続けていこうとかいう空気ではないように思われるので,余り難しいことを言わずに,これくらいの追加は相当であるということを決議できないものだろうかと考える。

下中委員

 先ほど昭和26年の「人名用漢字別表」は暫定的なものと考えてよいものかどうかとの話があったが,当時は恐らく,昔から使われてきた名前を子供に付けたいという強い要望があって,92字の追加が決まったのではないかと思う。今回のものは,テレビ時代,歌謡曲の流行する時代になって,歌い手とかスターとかの名前を付けたいという要望が出てきて,そういう字が相当入っているように思う。この二つを見て時代の変化を感ずる。
 それから,国語審議会として店を広げる必要はないという話については,今までのいきさつとして国語審議会が人名用漢字にかかわってきたので,古いものだが,店だけは残っているということであり,今,店を広げることにはならないと思う。新漢字表ができた時に,国語審議会として人名用漢字をどうするかという問題を明らかにすれば,店を閉めるのか,そのまま継続するのかということは決まるわけである。
 また,この28字を増やしても漢字表の審議の邪魔にはならないし,仮に国語審議会が積極的によろしいと言っても,一向に邪魔にはならないだろうと思う。ただ,いずれ国語審議会で決まるから待てと言ってもどういうふうに決まるか分からないわけである。今までのそういう経過があって,人名用漢字を第2ラウンドとして増やすということになった以上は,余り難しい議論をせずによろしかろうということで,いかがと私は思う。

楓委員

 今,真田委員の言われたように,国語政策そのものに関連してくるとすると,承っておくとか,あるいは積極的にこれでいいとか,言っていいのかどうか疑問に感じる。新聞社の立場で言うと,キーボードに入れる活字の数に制限があるので,制限的にしないといっても実際は制限的になっていく。漢字が広がるにしても,ある程度のところでおさめたい。人名用漢字だからいいということを言っていると,一体どういうことになるのか。
 現在非常に困るのが地名の問題である。地名で例えば,岡山の「岡」が「当用漢字表」にないというので,それ自体でも非常にトラブルになっている。また,人名については,確かに憲法上の人権にかかわる問題があるにはあるが,人名だから地名だから固有名詞だからということで無制限になっては困る。本当に暫定であることが確認されるのなら,妥協して結構であるが……。
 あくまで好みの問題であるが,この28字の中でもどうかと思うような字もかなりあるように思う。国語政策の将来の在り方がある程度固まらないうちに,そういう既成事実をつくっていくことが,果たしていいのかどうか。もう少し慎重に論議してもいいのではないかと思う。

岩淵主査

 実は私も法務省の人名用漢字問題懇談会に関係した一人なので,宇野委員から出た話などについて申し上げたいことはあるが,それはひとまずおいておく。
 人名用漢字表というものが本来必要なものかどうか,私個人としては大変疑問に思っている。現在決まっている92字も実際に調査してみると,使われていない字が非常に多く,それほど役に立っていないのではないか。人名については,ほかの一般の言葉と違って,個人的な好みが非常に強いとか,時代的な好みが強いとか,あるいは地域的な好みがあるとかいうことで,人名のための漢字を選ぶということは不可能に近いのではないのか。人名は好みによって付けられるので,今,話が出たように人気のある歌い手や女優の芸名などを付けてみたくなるということが非常に多いのであろうと思う。ここに選ばれた28字にしても非常に要望の強いと思われるものを選んだので,少なくとも窓口での要望は現状では8割近く解決されるが,2,3年後にはこんな字は付けたくない,もっとほかの字が付けたいということが起こってくるだろうと思う。もしそういうことになると,度々変えなければならないということになるので,人名用漢字を決めることはほとんど意味がないと思う。
 ところで,今回の法務省の考え方は,差し当たって窓口で非常に要望の強い字を何とかしたいという気持ちがあって,法務大臣の私的な懇談会をつくり,我々が呼ばれたわけである。そこで,森岡委員の話のように,窓口から要望のあった280字ぐらいのものの中から28字を拾い上げた。これは全体からみると,字の数は少ないが,先ほども言ったように,要望の強いものを選んだので,8割近く要望が満たされるということである。その際たくさん字を増やしても,数年たったらむだになる恐れがあるので,暫定的なものとしてとりあえずこの28字だけ付け加えておいたらどうであろうかと考えたわけである。
 人名用漢字を今後どうするかという本質的な問題は,先ほど鈴木委員からも話があったように,国語審議会で十分討議しなければいけないことであって,法務大臣の私的懇談会ぐらいのところで論ずることはできない。しかし,我々としては,当用漢字を制限的なものでなくて「目安」であると考えているが,現行の戸籍法では制限的であって,これに定められた漢字以外のものは名付けられないわけであるから,そういう点を多少緩和する,我々の考えている「目安」というか,幾らかゆとりがあるものにするという精神を表すという意味で,非常に要望の強い28字を取り上げても差し支えないのではないかと考えた。
 したがって,この問題はあくまでも暫定的なものとして扱い,本質的な問題はこれから大いに国語審議会で議論すべきである。差し当たっての事務的な政策的な問題として処置しておく方がいいのではないかと思う。
 ただ,それをどういうふうに処置したらいいのか,私も分からないが,事実は動いているのであるから,真田委員の御意見のようなことで何とかまとめておいた方が,現実的な問題の処理の仕方としては,いいのではないかと思う。

鈴木委員

 私もいろいろと述べたが,今,岩淵委員が述べられた方向にした方がいいと思う。ただし,その場合,国語審議会の立場としては,少し困ることがあるのに気がついた。
 戸籍法第50条には「子の名には,常用平易な文字を用いなければならない。」とあるが,戸籍法の公布された昭和22年の段階では,常用平易な文字とは,「当用漢字表」に掲げる漢字であった。
 ところが,昭和26年の段階で「人名用漢字別表」が付いたが,この別表に掲げる漢字は常用平易な文字とは言えないと思う。
 したがって,この第50条は間違っていることになる。「人名用漢字別表」を付けた時に,子の名に限っては常用平易な文字でないものも使ってよい,ということになったわけである。
 今回,また28字を付け加えると,その中には私にはとても正しく書けないような字が入っているが,これも私は国語審議会委員の一人として,常用平易な文字だと認定したことになる。
 私は法律的な整合性ということからいって,戸籍法第50条も変えてもらって「子の名に限っては常用平易な文字を使う必要はない。ただし,その範囲は左記に定める。」というようにしなければ,一貫性がないのではないかと思う。人名用漢字は漢字の中でも特殊なものであるという認識を一般国民も国語審議会委員も持たなければならない。常用平易ということを拡大解釈して,今回の28字まで取り入れるのは,既に第50条自身が過ちを犯していることになるのではないか。
 要するに,今回,各委員の意見で28字を認めるという場合には,第50条も直してもらう。「子供の名前に限っては常用平易でない文字を使ってもいい。それは名前であるからいい。その範囲はこれである。」ということにしてはいかがであろうか。

楓委員

 子供の名前に限ってはどんな漢字を使ってもいいということになると,実際問題として印刷文化の面で非常な混乱が起こってくるのではないかと思う。今回のものはあくまで暫定的なものであり,新漢字表と関連して,岩淵委員が言われたように人名用漢字は再検討するという条件があるのならば,国語審議会としてもこの案を認めるべきであると思うが,新漢字表ができた時,戸籍法第50条も変えて,人名には常用平易な文字でなくても使ってよいということにするのであると,国語政策は混乱しはしないかと思う。

千委員

 私は鈴木委員と同意見である。そもそも人に名前を付けるということは人権上の大きな問題であるので,名前に用いる漢字を制限すること自体が根本的に間違っていると申し上げたい。内閣告示・訓令とか法令とかに関するいろいろな問題が出ているが,今,ここでその問題を取り上げて討議するには,昔の経緯を見直さなければならなくなる。そこで,暫定的に措置することにすると,今後次から次へ付け加えるようなことにもなってきて,非常に安易な感じで幅を広げたり狭めたりするという印象を与えることになり,かえって混乱状態になるのではないか。それよりも人名に用いる漢字は制限しない,という見解を国語審議会で出した方が,むしろ根本問題が解決する。

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