国語施策・日本語教育

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次第 人名用漢字の追加について(意見伺い)〔その3〕

林(大)委員

 私も法務大臣の私的懇談会に参加した者であるが,人名用漢字については,結局戸籍法が問題になる。ところが法務省では,戸籍法の改正は目下考えない,という民事局長の説明であった。戸籍法の制限的な考え方を変えることは当面考えない,しかし,国語審議会が当用漢字について新たな考えを出し,それが決まる段階で戸籍法についてもう一度議論をしなければならないであろうと思う,と言ったと私は了解している。
 新しい漢字表が一つの考え方で示される。一方で戸籍法の改正が考えられる,その段階に至るまでが暫定期間である。その暫定期間中のものとして,法務省の子の名に用いる漢字を増やしたいのである。
 それから,国民の要望とは,私は,実際は,戸籍係の窓口でのトラブルをできるだけ減らして摩擦を少なくすることだというように了解したわけである。そのために暫定的に字を増やして幾らかでも緩めておく必要がある。このたびの暫定という言葉はそういうように了解している。
 私としては,暫定といえども増やさなくてもいいという考え方であったが,この際はこれは要望であると見て,幾らかでも増やしておきたいというのなら,この28字の範囲にとどめておいてほしいということを主張したつもりである。
 それから,検討の資料としては,漢字一字一字について戸籍係でトラブルの起こった市町村数を示したものが出された。人名用漢字をもし決めるとすれば,またいろいろな材料を整えなければならないと思ったが,急場の暫定的な措置としては,これしか材料がないというように考えていいかと思った。私も電話局の名簿であるとかダイレクトメールの名簿とかを見て,その資料を提出したが,それは目下の資料としては余り役に立たない。佐久間英氏が人名用漢字の試案を示したものもあり,そのほか全国連合戸籍事務協議会から要望された字もある。それらを参考にするとしても,資料としては,結局は戸籍係のものしかない。今のところ,増やすとすれば,それによるべきであると考えたわけである。
 この28字は大体トラブル件数の多い順にとられたものであり,一応これでとめておき,当面はこれで切り抜けたらよかろうということになったものと私は了解している。先ほど岩淵委員が暫定と言われたのは,そういう意味であると私は了解している。

黒羽委員

 結論的に言うと,内閣法制局の真田委員が言われるようなことなのではないかと思う。法務省令だけでやれる,国語審議会とは関係がないということは,私には少々不可解である。もしそういうような説明が法務省であったなら,そこで少し議論してほしかったという気がする。
 というのは,この問題は,真田委員の話にもあったように広い意味で国の国語政策にかかわってくるものである。法務省でやろうと,文化庁でやろうと,国民にとってみれば,どちらでも同じわけであって,法務省も人名という点では国語政策をやっているわけであろうが,国語審議会は歴史と伝統もあるわけだから,どういう形になるかは別として,当審議会をクリアすることが,常識的であると思う。恐らく大多数の国民もそう考えるのではないかと思う。
 しかし,第11期に当用漢字表等の改定の方針を出し,既に第12期の任期も残り少なくなっているが,一向に漢字表の検討作業も進んでいない。国語審議会の漢字に対する考え方が余り進んでいないということが一つの問題としてあるように思う。それで,法務省もしびれをきらしたのかもしれない。
 そういうことをいろいろ含めると,岩淵委員の御意見のように,あくまで暫定的な形でこれを通しておく,別に今日通せというわけではないが,なるべく早い機会に通して,国語政策を進める国語審議会の姿を国民に見せておくことが,必要なのではないかと思う。

志田副主査

 これは希望であるが,どういう手続になるのか分からないが,もし追加するということになって,内閣告示・訓令の形をとるとすれば,現在の「人名用漢字別表」は国語審議会の建議でできているわけだから,これを直接改正するという形はとってほしくないと思う。要するに,今回の28字は別の内閣告示・訓令で書くというように,「人名用漢字別表」の外にあるような形にすれば,その辺のけじめがつくように思う。

宇野委員

 私の根本的な立場としては,千委員も言われたように,子の名に用いる漢字は制限すべきではないと思っている。この制限は,表現の自由に絡んで憲法違反の疑いが少なくともあると思うし,現にそういう訴訟が二十数年前に起こされたと聞いている。私は人名用漢字問題懇談会でそういう立場をまず第一に言ったが,法務省では,それは現在のところ戸籍法第50条によってだめだと言うし,また根本問題についての検討は,民事行政審議会が先般終了して,当面国語審議会の答申待ちとの結論が既に出ているので,今はできないという答えであった。
 また,戸籍の窓口に出てきた二百数十字かについて言えば,これは,「当用漢字表」や「人名用漢字別表」のあることを知らない,あるいは知っていても強引にこういう名前を付けたいといって持ち出した人の問題である。実は私も大変残念ながら子供に自分の付けたいと思った名前を付けられなかった。私は,なまじこういうことを知っているから,これを戸籍係に持っていかず,自粛してしまった。こういう人が随分いると思う。だから,先ほど鈴木委員が言われたように,サンプリングでアンケートをとれば,もっと妥当な意見が出てくるかもしれないと思う。
 このようにいろいろな点で問題があるが,結論に近づきそうになってきたので,私の考えを言いたい。
 この28字の国語審議会が了解するという形はどうしてもとってほしくない。先ほどから何度も言っているように,手続としては,「人名用漢字別表」が国語審議会の建議としてあるのは,しかるべきいきさつがあったからであり,今回もそういう形をとれば一番望ましかったのであるが,今からでは手遅れである。
 そこで,私は,ただ「承りました。」と言っておくのが一番いいと思うが,内閣訓令とかの関係で,それではどうしても困る。また実際的でないということであれば,一種の妥協案として,「法務省において今度人名用漢字を追加されるそうであるが,その追加されるということに関して了承した。」ということなら,私はいいと思う。これならば,国語審議会としても面子(メンツ)はつぶれないと思う。国語審議会は今漢字の審議をしていて,今度つくる漢字表は何字になるか分からないが,それは制限ではないという建前については,先ほど会長が言われたように大体合意に達していると思う。人名用漢字については,法律上ある程度の枠(わく)がはめられているのはやむをえないが,その枠が少しでも広がることに関しては,国語審議会としては非常に結構だと思うからそれは了承した,ということならば,私は問題はないと思う。
 もし,具体的にこの28字を了承した,という返事をするのであるなら,国語審議会で3か月掛かろうが,半年掛かろうが,どうしても審議し直さなければ,国語審議会としての責任が果たせないと思う。

福島会長

 確かに言われるとおり,具体的に28字は適当であるという表現は,当審議会としてもできないと思う。法務省がこの際,人名用漢字について若干の字を追加するという措置をとるということについては,(宇野委員は,結構であるから了承する,と言われたけれども,結構とまで言えるかどうか分からないが,)了承するという形で返事をすることとしてはどうかということである。あるいは,同じ意味で「承りおきました。」とだけ言ってもよいのかもしれない。
 本当は「仕方がない。」とか「やむを得ない。」とか返事をしたいところだが,それではどうかと思われる。
 ところで,この問題と国語審議会の今後の審議の見通しとの関係については,比較的近い時期に,遅くとも半年後には,今期第12期審議会で新漢字表の具体案が出て,これを発表して世間の批判を求め,更に次の第13期審議会で結論に達し,文部大臣に答申することになろう。
 その時には,新漢字表の決まり方によって,今回の28字だけではなく,昭和26年の92字も含めて,人名用漢字表問題を再検討するということが実際上必要になろう。あるいは,人名用漢字表を必要としない新漢字表ができるかもしれず,あるいはまた,字数が少なくなって,人名用漢字表という制度が生き残らなければならないということになるかもしれない。いずれにしても,その時には,国語審議会においても人名用漢字表の根本に立ち返って意見をまとめるということが必要になり,法務省としても再検討してもらうこととなろう。今回の28字は,そこまでの間という意味で暫定的なものと考えたい。
 こういうことを前提とするならば,当面,法務省が人名用漢字を追加するという措置については,暫定的(この意味は今述べたようなことであるが。)で,そしてまた,この範囲であれば,――範囲というのは,具合が悪いかもしれないが――「異存がない。」と言うか,あるいは法務省から文化庁に来た文書の中にある言葉のように「相当である。」とか,あるいは「妥当である。」とか言うか,このくらいの返事になるのではないか。よろしければ,運営委員会なり,あるいは会長,副会長のところで,法務省に暫定的ということについて念を押した上で,更に相談して考えてはどうかと思うが,ところで,「異存はない。」と言うのか,あるいは「相当と考える。」ぐらいのことを言うのか,その辺を私としてはここで確かめておきたいと思う。

岩淵委員

 28字の選定について,もし国語審議会が了承したということになると,問題があり,その選び方については,国語審議会で大いに議論しなければいけないことになると思うので,28字が適当であるということではなくて,「追加することはやむを得ない。」とか「追加することは適当である。」ということろではないかと思う。

宇野委員

 「追加することに異存はない。」ぐらいでいかがであろうか。

林(四)委員

 私は,追加ということはおかしいと思う。追加ということは,92字に28字加わって120字になるということである。追加を認めた以上,人名用漢字を120字にしたという意味になる。昭和26年にこの審議会の建議に基づいて採択されたものに,51年になったら建議に基づかない,単なる聞いただけの字が28字も,もぐり込んで同じ効力を発揮するのはおかしなことである。
 だから,もし今言われたような結論になるのだったら,「人名用漢字別表」の92字に追加するのではなくて,戸籍法施行規則第60条の「人名用漢字別表」の次のところに法務省が認定した28字という項目をもう1号加える以外にはないと思う。

林(大)委員

 林(四)委員の意見のように,我々は最初そういうふうに了解したのであったと思う。戸籍法施行規則第60条に1号,2号,3号とある。その第2号と第3号との間にもう1号入れればいい,それは法務省令で決めればいいと考えていた。
 法務省も戸籍法施行規則はそのような形で改正することを考えていると了解しているが,しかし,その後,先ほどから話が出ているように,その省令改正だけでは済まないのだということが分かってきたわけである。

福島会長

 委員各位の御意見もおおむね伺ったようなので,何らかの形で文化庁長官に回答したい。その答えがどういう表現になるかについては,今後,副会長,運営委員会委員とも相談していきたいと思うが,まず,今後の国語審議会の審議に支障とならないようにということを前提として,また,当面の追加措置,つまり暫定的な措置であるということも条件として,更に審議会としては漢字表の性格を制限的なものとしないという方針で考えていることについて,もう一度法務省の注意を喚起した上で,なお人名用漢字について(結果において追加措置になるかどうかは別として,),もう一つの措置をとられることについては,せいぜい「異存がない。」というぐらいの返事でお任せをいただきたいと思うが,いかがか。

佐藤委員

 この問題は,重大な問題をはらんでいると思う。例えば,人名については人の好みがあるのだから,どんな字を使ってもいいのではないかという話もあったが,そもそもただ好みで字を使うということからくる国語の混乱,あるいは国語の効率化に関する問題も,国語審議会の大事なテーマの一つであると思う。
 実際,好みで自由に使うということになると,印刷に関係が深いところでは,いろいろな字を造らなければならない。そうなると,国語を簡明にして効率的にするという目的にも関係してくる。そういう非常に根本的な問題をはらんでいると思うし,また国語審議会の権威ということについても,議論になってくると思う。
 この際,これは法務省に下駄(げた)を預けるというか,法務省が仕事の上で困っている実情から出た問題であるということで,法務省が独自の立場においてなさることは国語審議会としては了する,ということにしてはどうであろうか。

真田委員

 先ほど申し上げたように,法務省と当審議会とのかかわり合いは,内閣告示・訓令を通じて結び付きがあるわけで,当審議会が法務省に対して結構であるとか,異存がないとか,やむを得ないとかいうようなことを言う立場ではないであろうと思う。つまり,法務省が今の戸籍法施行規則で人名用漢字28字を追加したいと言っても,内閣訓令に縛られているから,法務大臣は省令を出せないわけである。
 そこで,内閣に対し少し緩めてほしいと言うのが筋である。そのためには,現行の内閣告示・訓令は国語審議会の建議に基づいてできているから,手はずを踏むには,まず国語審議会には内閣告示・訓令を出すためのアクションをしてもらわないと法務省としては困るわけである。そこで法務省民事局長から文化庁次長あてに,よろしく御配慮願いたい旨の文書が来ているわけである。したがって,当審議会は直接法務省に結構であるという立場にはなく,文部大臣を通じて内閣にものを言う立場であると,私は思う。
 当審議会は,内閣告示・訓令を少し広げることについて,「相当」というか「妥当」というか,いろいろ表現は難しいだろうと思うが,そういう意思表示をすべき立場にある,というふうに理解願いたいと思う。

福島会長

 そうなると,理屈から言えば,法務省としては,こういう原案で省令を出したいということで,内閣に相談し,内閣が文部大臣を通じて国語審議会に,こういう内閣告示・訓令を出したいが,国語審議会としては異議はないか,というように聞いてくるのが筋ではなかろうかと思う。そして,国語審議会としては,内閣に対して,法務省が独自の立場で考えた新たな人名用漢字の第2表とでもいうべきものに関連して内閣が告示・訓令を緩めることには異存がない,という返事になるのが筋だということになるのであろうか。
 しかし,そういう手続を踏み直してほしいというのも穏やかではない。この案自体は法務省が独自の立場で考え,独自の立場で実行しようとしたことで,そうなると,法務省が人名用漢字問題懇談会で言ったことも必ずしも間違いではなかったのであろう。しかし,その後,法務省独自の方針に基づいて内閣が告示・訓令を出すに当たって,国語審議会の意見を求めてきた。そう理解して,国語審議会は,内閣に対して,法務省が独自の立場で実行しようとする人名用漢字の処理の問題に関連して,内閣においてもう一つの新たな告示・訓令を出すことには異存はない,こういうような表現の仕方にでもすればよいのであろうか。真田委員,いかがか。

真田委員

 もう一つ解釈すると,私は法務省の代弁ではなく,内閣法制局に所属する者であるが,今の話にあった当審議会の意見を,文部大臣を通じて内閣の方へ持っていった場合にどう処理するかは,内閣法制局ではなく,内閣官房というところでやるわけである。したがって,私がこの場でこういう表現ならば良いとか悪いとかを言うのは越権行為になるわけである。
 ただ,今まで内閣官房の方にも接触しているので,その感じから言うと,「やむを得ない。」とか「異存がない。」とか言う程度では少し弱いのではないかという気がする。先ほど述べたように現行の内閣告示・訓令の一部修正をするためには,現行のものが国語審議会の建議に基づいているものであるから,もう少し何らかの強いアクションをしてもらった方が,実は当審議会の権威のためにもいいのであろうと思うわけである。
 そこで,私の思い付きであるが,当審議会としては,漢字の使用について,制限的なものではなく,「よりどころ」とか「目安」に持っていきたいという空気のようである。したがって,人名用漢字についても,将来の在り方はいずれじっくり考えるにしても,この時点においては,とにかく92字に更に28字を追加するのは,方向としては当審議会の大体の意向に沿っていると考えられるので,今回の措置は方向として望ましい,というぐらいの表現を入れて,そして追加することに異存はないとしてはいかがなものであろうか。

林(大)委員

 一言だけ申し上げたい。国語審議会は,法務省や内閣に直接向いているのではない。つまり,文化庁長官から,法務省からの依頼に対してどう回答したらいいのか,意見を聞きたい,ということなので,当面は文化庁長官に対してこれに対する意見を回答するということであると思う。そして,国語審議会に聞いたところ,こういう意見であったということを,文化庁長官から関係方面に言ってもらえることになるのだろうと思う。

福島会長

 確かにこの件は国語審議会にとっては重大な問題である。これから漢字表が決まっていくに当たり,どういうわけか,世間では「当用漢字表」の改定が行われて字数がかなり増えるであろうなどという受け取り方をする人もあるようである。そうすると,ここで人名用漢字について,28字をうのみにしたらしいなどということが付け加わって,また批判が高まるというようなこともありうるであろうし,難しいことがあるだろうとは実感している。いろいろ考え合わせてみて,現在の当用漢字は制限的なものであるので,人名用漢字の改定が必要であろうということは分からないでもない。
 そうなると,人名用漢字の92字の中で,寅松とか丑松とかの「寅」や「丑」のように近ごろはやらなくなったような字も大分入っているので,そこら辺をひっくるめて改定作業をしてくれれば良かったとも思うが,それはまた将来根本的にもう一度検討することになろうと思うので,法務省からの依頼については,ここで否決をする必要もないのではないか,また,否決はしたくないが,さりとて賛成もしたくないということになると,どう表現したらよいのかということを,私は考えている。
 大体,委員各位の考えを承ったように思うし,意向も確かに分かったようにも思うので,ここで会長,副会長も加わり,10人の運営委員会委員で,国語審議会の将来の作業に支障がないように,同時に国語審議会の権威にもかかわらないように,しかし国語審議会の考えている真意は変えたくないということを前提にして,「異存がない。」では少々弱いという話もあることなので,どのような回答文にするかについては工夫を加えるなどして,長官に対する回答を考えさせていただたい。
 実は後で申し上げるつもりであったが,この審議会も本体本年いっぱいということで,漢字表の具体案の作成を急ぐ事情もあり,9月からは毎月1回くらい総会にお集まり願わなければならないような段階に来ている。漢字表委員会の審議もかなり進捗(ちょく)しているという状況であり,この件についてもう1回総会を開いて,審議するのでは,仕事の整理がつかないという感じである。
 委員各位の趣旨はよく分かったので,はなはだ恐縮であるが,会長,副会長を含めて運営委員会委員にお任せいただくという決め方を,本日お願いしてよろしいか。(「異議なし。」と発言,多数。)
 それでは,さように取り計らわせていただく。
 人名用漢字の問題に1時間40分ほど掛かったが,大問題であるということは良く自覚しているつもりである。趣旨にかなうよう取り扱いたい。

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