国語施策・日本語教育

HOME > 国語施策・日本語教育 > 国語施策情報 > 第12期国語審議会 > 第100回総会 > 次第 議事 > 三,中国語の特徴について

次第 議事 八月十五日の「提案」に付随せしむべき資料(その一)

三,中国語の特徴について

 漢字の”生ひ立ち”は大略以上のやうですが,それが日本に入って来てどうなったかを知る前に,なほもうひとつ「中国語の特徴」について,或る程度の基本的知識を持ってゐることが望まれます。
 日本語がテニヲハを持ち,活用語の語尾の変化といふものによって,主語,客語等の文脈を示して行くのとは全く違って,中国語にはテニヲハに相当するものはない。また語尾の活用もない。専ら言葉の順序によって主客の別を表はす。例へば「我愛汝」の如きです。
 このやうな文法上の特徴もさることながら,もっと知っておく価値のあることは,中国語には四声もあるし子音母音の発音も複雑ですから,日本語がシラブルの数が極めて少いのとは違って,シラブルの数は相当に多い。しかし中国語はもともとひとつのシラブル,すなわち”ワン”とか”シャン”とか”パォ”とか”カォ”とかいふものが,それぞれ一物を表はす,といふ極めて特異なる仕組みの言葉ですから,どんなにシラブルの数が多いといっても(それは日本語に比べて多いだけで,西欧語に対比すれば比較にならないほど少ないのですが,)人智が少し進歩してくればどうしても一音多義ということになる。林悟堂の『我が国土,わが国民』といふ書物には,同じパォの発音を持つ字として十六字(包泡炮砲袍等々)を列挙してゐますが,これはどういふことかと申しますと,発音を聞いただけでは意味はわからない,字を見るまではわからない,といふことです。
 偶々漢字は,いくつかの「基本的な形の組み合せ」であって,その組合せさへ工夫すれば,いくらでも新しい字が作れる,といふ仕組で出発したわけですから,古代の中国人はこの漢字といふシステムの「造字能力」の豊さに物を言はせて,どんどんと字を作った。これが中国では極めて多数の字が出来た理由の最大なものでありませう。
 ところが,いくらさうやって字を作っても,人智の進歩に従って複雑化する人の心,その心に記憶される事象といふものをみな表はして行くことは出来ませんから,ここに”二つの漢字を組合せて熟語を作る”といひますが,さうやって新しい”言葉を作る”といふことが,これも極めて活に行はれるようになった。「敬」と「愛」を併せた「敬愛」といふ言葉は,両者を踏まへた上で,その何れでもない心情を表してゐるわけですが,かうしたやり方による漢字・漢語の「造語能力」は極めて大きく,だからこそ中国では,二千年以上の昔にあの高度な文化を持つことも出来たのでありませう。また仏教の経典を自由自在に翻訳することも出来たが,それを庶民が読めば,或る程度の理解は即座に可能だ,といふことにもなったものと思はれます。
 以上のやうな事実の理解が,漢字といふものを理解する上における欠くことの出来ない知識であります。

トップページへ

ページトップへ