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V 言葉遣いの中の敬意表現

2 敬意表現の概念

(3) 敬意表現の実際

 敬意表現は様々な配慮に基づいて選ばれる表現であり,それらはコミュニケーションを円滑にする種々の働きをしている。

ア 敬意表現にかかわる配慮

 敬意表現にかかわる配慮の種類には人間関係に対する配慮,場面に対する配慮,内容に関する配慮があり,それに加えて相手の気持ちに対する配慮や自分らしさを表すための配慮もある。これらの配慮は,幾つかが重なって互いに関連しつつかかわってくるものである。


@人間関係に対する配慮
 多様な価値観や暮らしぶりが共存する現代社会で,人々はいろいろな立場や役割を持ち,様々な相手とコミュニケーションを行っている。そこでは,相手と立場や役割が同じか異なっているか,親しいかどうかなどに配慮して,それにふさわしい言葉遣いを選ぶことが求められている。


[同じ立場の相手に対する配慮]
 同じ立場の相手とは,例えば同年配の友人同士,職場の同僚同士などの関係にある人を言う。そうした相手に対しては,一般的には,相互に尊重し合う対等な相手として接する配慮がある。その配慮に基づき,例えば,親しい間柄であれば,くだけた場ではお互いに「ありかとう」と言うが,親しくない相手であれば,お互いに「ありがとうございます」と言うなど,基本的に対等な言葉遣いが見られる。
 また,同じ立場の相手であっても,改まった場面では,相手を立て,自らを控える配慮をすることがある。会議の出席者という意味で同等の立場の人が,会議で発言する場合,例えば,「先ほどの御意見で分からないところがあったのですが」と言ったとする。この例で,質問者は,「意見」の前に「御(ご)」を付けて相手のことを立て,会議という場面に配慮して,「です」を用いた言葉遣いをしている。また,「よく分からない」という言い方は,十分な説明を受けてもなお分からないという場合だけでなく,相手が説明不足であってもそれを責めず,自分が理解不足であるように言うことによって謙虚さを表す場合にも使われる。一方,それに対して発言者も「私の説明が不十分で…」と自分の方が説明不足であるという控え目な態度で説明を加えることによって相手への配慮を表す。相手の謙虚さに対し,自分も謙虚さで応じるということである。


[異なる立場の相手に対する配慮]
 異なる立場の相手とは,例えば職場などでの役割の異なる関係,年齢の異なる関係にある人などを言う。そのような相手に対しては,一般的には,役割や年齢などの違いを適切に認識して接することが,相手に対する配慮になる。
 組織の中での場合を例にとると,仕事上で部長が,「企画書を作ってくれない↑」と親しく言い,部員は「はい,分かりました」と丁寧に答えるなど,立場や役割が異なる間柄では,その異なりに応じた言葉遣いが見られることがある。一方,「企画書を作ってもらえますか」「はい,分かりました」のように,どちらも同じくらいの丁寧さで言うこともある。いずれにしても,基本的には相互尊重の精神に立った配慮をすることが重要である。


[親しい相手か否かによる配慮]
 親しい相手とは,例えば家族,友人など気の置けない関係にある人を言う。親しいか否かを区別し,親しい相手には打ち解けて接し,そうでない相手に対しては距離を置いて接する配慮がある。そこには,親しい相手にはくだけた言葉遣いをし,親しくない相手には丁寧な言葉遣いをするという使い分けが見られることが多い。例えば,家族や友人など親しい相手には「暑いね」と言うが,そうでない人には「暑いですね」と丁寧な言い方をすることが多い。
 また,これと似たものとして,仲間内か否かによっで言葉遣いを使い分ける配慮がある。


A 場面に対する配慮
 現代の社会生活は,様々な人々が多様な場面で触れ合う中で営まれている。話し手には,その場面の状況や改まりの程度に配慮した,それにふさわしい言葉遣いが求められている。
 会議や儀式など公の場面は改まりの程度が高く,家族の団らんや買い物などの日常生活の場面は改まりの程度が低い。一般的に,改まりの程度の高い場合には丁寧な,改まりの程度の低い場合にはくだけた言葉遣いが選択されている。
 例えば,日常の場面では「それ,どういう意味↑」と聞いてしまうような親しい相手に対しても,会議の場面では「それはどういう意味でしょうか」又は,「先ほどの御意見で分からないところがあったのですが」と丁寧に言うことがある。これは,改まりの程度に関する配慮に基づく言葉遣いである。


B 伝える内容に関する配慮
 伝える内容がどのようなものであるかに配慮し,それにふさわしい言葉遣いをする。
 例えば,同じ相手,同じ場面であっても,大切な用談と気楽な雑談とでは伝える内容の性格が異なるので,言葉遣いが変わることが多い。
 また,相手に負担を掛けることを言わなければならないような場面では,その負担に応じた配慮をすることが多い。
 例えば,友人に約束の時間を変更してもらうような場合,「悪いけど,急な仕事が入ったので,待ち合わせの時間ずらしてくれない↑」のように言うことがある。予定を変更することによって相手に負担を掛けることへの配慮が,「悪いけど」という前置きの表現,「急な仕事が入ったので」という理由を述べる表現,「〜てくれない↑」という文末表現によって表されている。


C 相手の気持ちや状況に対する配慮
 相手の気持ちや状況に対する配慮とは,相手の置かれた状況に応じた相手の気持ちを理解して,相手のことを思いやる配慮である。この配慮の中には相手が負担に思ったり不快になったりしないように計らうことが含まれている。こうした配慮から,相手に対する優しさを表す言葉遣いをしている。
 例えば,会社で忙しそうにしている相手にコピーを頼むとき,「忙しいときに悪いんだけど,これコピーしてくれない↑」と指示するのは,相手の置かれた状況に関する配慮に基づく言葉遣いである。
 また,ビルの玄関で,重いドアを引き開けて中に入ろうとしたところに,後ろから大きな荷物を持った人が来たため,その人に道を譲る場面を考えてみる。「押さえていてあげますよ」と言うと,恩恵を押し付けられたように感じさせることもあるが,「(押さえていますから) どうぞお先に/どうぞお通り下さい」のように言えば,相手の気持ちを軽くする言葉遣いとなる。また,優しい声で「どうぞ」と言えば,それだけでも優しい思いやりが伝わる。
 相手が病気などで調子が悪いときは,「無理しないでいいから」と言い,良いことがあったときには,「良かったね」と共に喜ぶ。相手が悲しい状況にあるときには,「御心中お察しします」,「大変だね」と言ったり,あえて何も言わなかったりするような配慮に応じた言葉遣いがある。


D 自分らしさを表すための配慮
 これまでは,相手や場面,内容に対する配慮について見てきたが,それだけでなく,話し手はコミュニケーションの場で,自分の置かれた立場やとるべき態度を自覚して,多様な表現の中から自分にふさわしいものを選択している。このことを自分らしさを表すための配慮と考える。
 例えば,自分を表す言葉には,「わたし」「わたくし」「あたし」「ぼく」「おれ」「わし」などがあるが,話し手はその中から自分の性や立場などにかんがみて,どれが使いたいか,どれを使うべきかを決定する。
 また,自分らしい言葉遣いとしてざっくばらんな言い方,あるいは丁寧な言い方を基調としている人たちがいる。その人たちがそれぞれの言葉遣いの基調をくずさずに,相手や場面に応じた言葉遣いをすることがある。また,仲間内の言葉,年齢にふさわしい言葉,方言などを使うことによって,自分がどの集団に属するかという自分自身の立場や態度を表すこともある。
 いずれの場合にも,選択する言葉によって,話し手の自分らしさが表れることになる。

イ 敬意表現の働き

 敬意表現は,に挙げたような様々な配慮に基づいて選択される言葉遣いである。コミュニケーションを円滑にする上で,敬意表現は次の六つの働きをしている。

  • 相手との立場や役割の異同を示す
  • 相手との関係が親しいか否かを示す
  • 場面が改まっているか否かを示す
  • 伝える内容の性格を示す
  • 相手の気持ちや状況に応じて思いやりを示す
  • 自分らしさを示す

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