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次第 義務教育用漢字主査委員会委員長報告ならびに原案説明

義務教育用漢字主査委員会委員長報告(安藤委員長)

       (当用漢字表別表)


 本委員が付託をうけましたのは、さきに定められました当用漢字のうちから,特に基本的のものと認められるある数の漢字を選び,義務教育期間において教えらえるべき漢字の範囲を明らかにすることでございました。この問題は,当用漢字の制定に伴って当然考えられなければならぬものであり,またその解決には急を要するものがあったのであります。当用漢字は,一般社会で使う漢字の範囲をしめしたものであります,が1850字は義務教育期間内にそのすべてを教えるには多きにすぎるのであります。当用漢字の将来における整理は,すでにその当初から約束されてはおりますが,その実現は急速には行われ得ません。義務教育本来のたて前から申せば,義務教育期間内において,つぎの世代の一般国民が社会人として文字生活を営むに不自由のない程度の教養を授けなければなりませんので,したがって国民常用の漢字と義務教育期間に教えられるものとの合致は,理想として望ましいことでありますが,上述の事情によりましてそれが現実において不可能であるといたしますれば,当分の間は別に適切可能の対策をたてて義務教育の本旨にそうほかはないのであります。その応急の処置として考えられますことは,当用漢字のうちからこれだけの漢字はぜひ義務教育期間において教えこんでおかなければならないと認められるものをえらび,これを中心として学習者の文字能力につちかい,その文字常識を養って他日の大成にみちびいておくということであります。前述のような調査が本委員会に付託されましたのも,けだしこの一つの線に沿ってのことと存じます。本委員会は,こういう了解のもとに審議を進めてまいりました。主査委員会が組織されましてから,ここに12か月,委員会の回を重ねますこと33回,さいわいに委員各位の御精励によりまして成案をうるにいたりました。お手もとにさしだしました当用漢字別表は,すなわちその選定の結果でございます。
 漢字の別表は,申すまでもなく義務教育9年間の学習を目標としてえらばれたものであります。目標をそこにおきましたので,学習者の知能の程度と学習の期間が,選定に対するきびしい制約となってまいりました。負担の過重を避けることも,じゅうぶんに考えなければなりませんでした。おのずから字数の制限が問題となってまいりました。しかし,この場合の制限は,すでに一応制限というわくの中におかれている当用漢字に,さらにもう一つのわくを加えるだけのようにも見られますが,実はこの二つのものは同じ同心円的のものではないのであります。かならずしも,その性質を同じくしてはおりません。一は現在の一般社会の文字生活の簡易化を期しての制限,一は将来の社会の文字生活に適応させるための教育的基礎付けをはかるための制限でありますから,前者が寛であり後者が厳であるのはあやしむにたりませんが,前者の立場からは必要なもので,後者の立場からは不必要と認められるものがあります。現代の成人にとって重要性をもつもの,かならずしも教室において考えられなければならぬものとは申されません。したがって採否の標準にあれこれ甲乙があります。なおまた,他の場合においてもそうでありますように,われわれは漢字教育の上においても,むだな労をはぶいて最大の効果を収めるべきでありますから,いたずらに当用漢字に重きをおいて,数の多きをむさぼるがごときことがあってはならないのであります。さればと申して,みだりに負担の軽減に急にあまり多くをかな書きに移すようでは,つぎに来る世代の文字生活に不利不便のかげをやどすことになりましょう。本委員会は,第1にこの点について深く意を用いまして,多きに過ぎず少なきに失せぬことを期した次第であります。
 第2に本委員会では,別表の漢字を選ぶに当りまして,それが義務教育期間内において読み書きともにできるように指導することが必要なものであるかどうについて,じゅうぶんに考慮を加えたのであります。読み書きともにできるよう指導する漢字を一方に認めることは,その結果において他の字に,読めさえすればよいという漢字を認めることにもなりますが,漢字学習の本義から申せば,2類を対立させることは必ずしも適当ではないという議論もでましょう。しかし委員会もまた根本的にすべての漢字をこの二つに大別するというような見解をとったわけではありません。ただわれわれは現実の段階におきましては,しばらくこれを一つのめやすとすることが,漢字の教育的処理をなめらかにし,いわゆる教育用漢字と当用漢字との開きをどうするかの問題を解決するたすけにもなると考えた次第であります。なお,これからの国語の教育には,読本のほかに自由教材として,新聞や雑誌もとり入れられることを考えますれば,読ませておくという程度の漢字というものも考慮のうちに加えておくのがよいとも申せましょう。
 第3に,しからば,読み書きともにできるよう指導する必要があるというのはどういうものかと申しますと,要約すれば,それは現在においてもっとも普遍的であり,かつまた将来において普遍的であることが望ましいもの,すなわち一般にだれでも知っていなければならない,だれにも読め,だれにも書けなければならない,したがってこれから文字生活を営もうとするものが,ぜひ学習しておかなければならないという条件をそなえたものということになりますが,これだけでははっきりいたしませんから,以下実例について申しあげます。

  1.  日常の社会生活に直接の関係をもち,一般国民に親しみ深いもの
    ただし,形音義のむずかしいものや当用漢字におけるかな書きの条項にふれるのは,この限りではありません。
    <例>
    数関係の 一二三四…………万億
    方位関係の 東西南北
    季節関係の 春夏秋冬
    行政区画に関する  都・道・府・県・郡・市・町・村
    人倫に関する 父母親子兄弟姉妹夫妻
    衣食に関する 衣服絹綿糸飲食米麦穀飯粉菜茶塩酒住家屋居室庭
    園門戸住板堂店宿舎
    徳目に関する 仁義礼智信義忠孝節誠恩愛
    色彩の 青黄赤白黒緑
    植物の 木草竹花葉根幹芽
    動物の 犬牛馬魚虫貝蚕
    鉱物の 金銀銅鉄砂石炭など
  2.  熟語構成の力が強く,それが広い範囲におよんでいるもの
    <例>
     人名 氏名 県名 名物 名義 名人 名代 名刺 名流
     名声
     急流 清流 水流 一流 名流 上流 下流 流儀 流行
     流域 流用 流産 流線型 流動体
     在職 在位 在庫 在宅 在外 在留 近在 不在 所在
     現在
    その他  最,極,細,要,不,用など
  3.  広く世に行われている平明な熟語の構成成分で,対照的意義をあらわすそれぞれのもの
    <例>
    因果 公私 左右 上下 主客 内外 自他 前後 損益 往復 加減 始終 収支 出入 生死 勝負 断続 得失 売買 貸借 進退 遠近 寒暑 強弱 曲直 軽重 高低 新古 多少 大小 長短 異同など

 つぎに,どういう類の漢字が,この選定から除かれているかと申しますと,

  1.  時代の主流から遠ざかっているもの
     甲乙丙,尺貫法関係の漢字など
  2.  階層的のもの,局処的のもの
    階層的のもの,局処的のもの
  3.  専門用語にしか関係をもたないもの
     学術用語,専門用語は平易な文字によるか,かな書きによることがのぞましいが,要するに別のとりあつかいとする。
    専門用語にしか関係をもたないもの
     別表漢字として選定されました漢字は,881字でありますが,これにつきましては,多すぎるという御意見もございましょうし,少なすぎるという批評もございましょう。委員会といたしましても,これが最後案であって,1字も動かすことのできないものと申すのではございません。しかし,これは委員会が今まで世にあらわれました漢字の教育に関する各方面の調査,研究ならびにその実験報告を参考資料としながらも,委員会独自の立場からの慎重審議にもとづいた成案であります。しかも,委員各位は始終一貫その採否に関して1字をもいやしくもされなかったのであります。

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