平成21年度 山口県立下関工業高等学校

研究成果の概要

(1)研究主題

「わずかなすきま時間を使って行う著作権教育」・・・
幅広い著作権の知識を与えて情報社会を読み解く力を養成するこころみ

(2)研究のねらい

本研究のねらいは大きく分けて二つある。

学校の情報モラル教育は配当されている時間が少ない。さらに著作権教育はその情報モラル教育の中の一つの単元であり、十分な指導時間を確保することがむつかしい。さらに世間を騒がせる事件が起きたときに警告を発するためのタイムリーな指導ができない。本研究の一つ目のねらいは、SHRなどの隙間時間を使って必要なときに頻繁に行える指導方法を開発することである。

著作物は文明の進歩とともに多様化してきた。近年のテクノロジーとくにデジタル技術の進歩は、著作物そのものの多様化だけでなく、使い方や楽しみ方の多様化をもたらした。また、誰でも情報発信者になることを可能にした。

このような状況の中で、高校生は他人の著作物に関する規則の遵守とモラルを身につけることを求められている。

インターネットは我が国の将来の情報社会を大きく左右する技術である。日本版フェアユースの問題に代表されるように、日本の将来に著作権が大きくかかわっている。しかしながら、そのことは学校の著作権教育では生徒に伝わらず、学校における著作権教育の重要性の認識は必ずしも高いとは言えない。

著作物や著作権の理解にはテクノロジーの知識が必要である。テクノロジーの進歩は速く、「禁止の教育」は長持ちしない。むしろ生徒の「情報社会を読み解く力」を養成する方が著作権教育の近道であると考える。本研究の二つ目のねらいは、著作権に関する最新の事例教育を通じて、生徒の情報社会に対する洞察力を高めることで、効果的な著作権教育を行うことである。
実践目標は次の通りである。

(1)著作物の本質について実感させ、そこから情報(無体物)の知識を発展させる
事例を通して著作物は無体物であることを実感させる。情報の価値を実感させ、そこから情報の知識を発展させる。

(2)テクノロジーと著作物の関係性を理解させる
新しい著作物の出現の可能性や、他人の著作物の使い方にテクノロジーがいかに大きくかかわっているか理解させる。

(3)著作権の三重苦の克服
面白くない・わからない・守りたくないという著作権教育の三つの障壁を打破する。そのために身近な事例や最新ニュースを用いて興味が持てる親しみやすい内容にする。

(4)著作権の国際感覚を身につける
インターネットで流通する著作物や著作権には国境がないことを理解させる。特に情報通信技術の世界の情勢を学ばせる。日本と同様に問題になっている著作権侵害や情報モラルの問題に各国はどのように取り組んでいるかを学ぶ。例えば上海万博のテーマ曲の著作権問題は国際感覚を身につけるための生きた教材である。

(5)保護者教育
生徒の携帯電話・インターネットの使用の責任は保護者にある。違法行為はほとんどが校外で起きている。ところが保護者にはテクノロジーの知識が不足しているために子どもを指導することができない。指導に必要な情報を保護者に伝える仕組みを作り、積極的に情報を流す。保護者の指導力を向上させることによってトラブルの抑止力を強める。

(3)研究の概要

  1. 実践体制

    1−1. ライン組織
    1. 校長 ・・・ 全体統括

    2. 教頭 ・・・ 事業推進管理、全体掌握

    3. 著作権教育推者

      • ①著作権教育担当者・研究授業責任者  ・・・ <保田>
         リーフレット作成
         指導案作成
         スケジュール調整・実務全般
      • ② 研究授業実施者                ・・・ <保田>
    4. 各クラス担任

      • リーフレットの配布及びリーフレットを読ませる指導
      • コメント指導
      • 実践効果のフィードバック
      • アンケート実施
    5. 担任以外の教職員

      • リーフレットの内容チェック
      • 記載事項の要望
      • 意見
    1−2. スタッフ組織
    1. 教務課  ・・・ スケジュールマネージメント

      • 学校行事と著作権教育事業とのスケジュール調整
    2. 視聴覚係 ・・・ ハードの企画・運営

      • 電子情報ボード・ビデオカメラ・編集機材
      • 視聴覚教室
    3. 緊急対策スタッフ

      • 電子情報ボード・ビデオカメラ・編集機材
      • 視聴覚教室

      1.設置目的
       問題発生の予防と発生時の二次被害防止のための迅速な対応を行う

      2.責任者
       ・・・   <校長>

      3.メンバー
      @指揮・統括 ・・・ <教頭>
      A実務責任者 ・・・ <保田>
       サイバー犯罪対策責任者
      B情報モラル教育推進委員 ・・・ <3学年担任>
       状況の把握、校内連絡調整、校外機関 との連携
      C生徒指導課 ・・・  <課長>
       生徒指導上の問題の予防と発生時の対応
      D教育相談室 ・・・ <教育相談係>
       誹謗中傷・いじめの予防や早期発見、  問題発生時のカウンセリング対応
      E保健室 ・・・ <養護教諭>
       生徒の変調の早期発見と予防
      計 9名

    1−3. 緊急対策スタッフ

    問題発生時に被害者の二次被害を防止するために迅速な対応を行う。県のサイバー対策室などの校外の機関と連携を取りながら、学校としての適切な対応を素早くとる。
    特に、問題を分析・検討してその案件は、@学校が介入しなければならない問題、A介入する必要がない問題、B介入可能な問題のどれにあたるかを早期に判断して次の意思決定を行う。

    1−4. 学校リスク管理システム

    情報モラル教育の校内組織であるリスク管理システムを通じて、著作権教育を行う。
    特に予防教育を行うためには、社会的影響が大きい事件や新しい社会現象について、生徒および保護者に常に情報を流すことが必要である。的確なタイミングで情報伝達を行うことで、保護者が必要以上の不安を抱くことなく子どもの指導を行うことができる。学校リスク管理システムは生徒や保護者に対して学校がいつでも必要なときに情報を流せる手段として機能する。
    安心ネットづくり促進協議会は、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律(青少年インターネット環境整備法)」の制定を機に、2009年2月9日に発足した全国規模の任意団体です。学校のリスク管理のための多くの情報を得ることができます。

    学校リスク管理システム
  2. 研究内容

    (1)リーフレットによる著作権事例教育
    (2)文化庁著作権教育教材を使用した授業実践
    (3)生徒課題研究:「ゲームの歩み、技術の進歩」
    (4)生徒・保護者アンケート調査
    (5)対外啓蒙活動
    (6)授業ビデオの作成
    (7)情報モラルリーフレットテキスト作成
    (8)情報モラル早期予防教育
      対保護者 ・・・ 予備入学保護者同伴指導
      対新入生 ・・・ 新入生オリエンテーション指導
    (9)情報モラルテキストによる指導者学習
    (10)中・高・PTA情報モラル教育対外啓蒙活動
    (11)学会や国際会議で本校の情報モラル教育を発表した

(4)研究の成果

  1. リーフレットによる著作権事例教育

    継続的にリーフレットを発行して、SHRや授業中のトピックスとしてわずかな時間に配り、著作権の基礎的知識やテクノロジーとの関係性について事例教育を行なった。また、全校集会や学年集会、LHRの情報モラル指導に随時使用した。
    読んだ後は保護者に渡すように生徒に指導し、学校の情報を保護者に随時伝えることができた。生徒および保護者の情報社会についての知識が増し、トラブルの予防に役立った。
    情報モラルリーフレット「親子いいねっと!ニュース」

  2. 文化庁著作権教育教材を使用した授業実践

    著作物とテクノロジーと情報社会の関係を学ぶ学習を、リーフレットを用いてSHR時に2回行った。
    文化庁著作権教育教材「はじめて学ぶ著作権」を用いた研究授業を行い、著作物の本質など著作権の基本的知識を身につけさせた。
    「初めて学ぶ著作権」を用いて学年や教材の提示の仕方を変えて4回の研究授業を行った。そのうち2回は、学校開放週間の公開授業として授業を行った。
    授業はSHR時の指導と一般の授業時間の指導の二通りで行った。
    教材の提示の方法は、フリップ+授業者の説明の場合、演劇部が吹き込んだ音声+フリップの場合、視聴覚教室での演劇部が吹き込んだ音声+プロジェクターの場合で行った。

  3. 課題研究

    授業風景
    「ゲームの歩み、技術の進歩」という研究テーマで1年間課題研究(2単位専門科目)を行った。課題研究発表会において1年間の研究成果を発表した。
    技術の進歩がいかにコンテンツビジネスやゲームソフトに影響を与えてきたかを、歴史を追って検証した。具体的には、ゲーム機の進歩とゲームそのものの変化はお互いに影響し合い、相互依存しながら進化してきたことを、年表を作成して証明した。
    また、インターネットやワイヤレス通信技術がゲームの楽しみ方を大きく変えようとしていること、およびそのことは通信技術の技術革新に大きく依存していることを、仮説を立てて証明した。 世界の携帯電話・インターネットランキングを調べることによって、各国の通信会社やコンテンツビジネスの違いや共通点を調査した。具体的には米CCの依頼にもとづいてハーバード・ロー・スクールのBerkman Centerがまとめた調査報告書“Next Generation Connectivity”(http://cyber.law.harvard.edu/pubrelease/broadband/)のデータを用いてさまざまな考察を行った。
    課題研究班 課題研究メンバー ゲームとテクノロジー年表 ゲームと通信ネットワーク技術

  4. 生徒・保護者アンケート調査

    生徒および保護者のアンケート調査を行い、携帯電話・インターネットの使い方に関する子どもの指導について、保護者が困難と感じている指導内容を明らかにした。
    また、本校の著作権教育や情報モラル教育の指導方法に対する評価を確認した。
    実際の指導がむつかしいと感じている指導内容を尋ねると、約3割の保護者が子どもの「ネットからの違法ダウンロード」を挙げている。
    保護者全体: 実際の指導が難しいと思いますか

    さらに、保護者が行うべきだと強く思っているにもかかわらず、実際には指導がむつかしいと強く感じている内容は、約4割の保護者が「トラブルにあったときの対処方法」を挙げた。17パーセントの保護者が「ネットからの違法ダウンロード」を挙げている。
    また情報モラルの指導方法については、「現状でよい」が約7割、「指導を増やして欲しい」が約3割であった。保護者の不安が現れた結果となった。
    保護者全体: 保護者:被害にあったときの対処方法

  5. 対外啓蒙活動

    新型インフルエンザ流行により文化祭が中止になったため、代替行事の学習成果発表会において「テクノロジーと情報社会の関わり」について「ゲームの歩み、技術の進歩」というテーマで発表を行った。
    対外啓蒙活動

  6. 授業ビデオの作成

    指導者用としてSHR指導や授業のビデオ映像を作成した。

  7. 情報モラルリーフレットテキストを作成

    発行したリーフレットを編集し、情報化社会の変遷が分かるテキストを編集した。本テキストは年間計画に組み込まれた情報モラル教育指導の中で使用した。
    授業用情報モラルテキスト「親子いいねっと!ニュース」

  8. 情報モラル早期予防教育

    (1)予備入学保護者同伴情報モラル指導
    予備入学において、すべての入学予定者および保護者に情報モラルテキストを配布し、入学前の情報モラルの事前教育に使用した。
    予備入学保護者同伴情報モラル指導
    (2)新入生オリエンテーション情報モラル指導
    入学後できるだけ早い時点で新入生対象の情報モラル指導を実施し、違法コピーなど無知によって被害者や加害者になることを防ぐ。
    新入生オリエンテーション情報モラル指導

  9. 情報モラルテキストによる指導者学習

    広範囲な情報モラル教育の範囲を1冊で網羅できるテキストは、教員のICT教育に役立つ。毎年教職員全員に配布し、著作権教育に関する考え方の教師間の温度差をなくすことに役立てた。

  10. 中・高・PTA対外啓蒙活動

    校外の中学校・高校・PTAで、著作権教育を含めた情報モラル教育の指導や講習会を行なった。下記の通り校外の活動を行った。

    ・4月10日(金)
    山口県立下関西高等学校 新入生情報モラルオリエンテーション 講師
    対象: 1学年生徒
    テーマ: 「高校生とネット上の人権侵害 ・・・ 携帯電話と ”Information Society” 」
    ・6月27日(土)
    下関市文洋校区青少年健全育成協会 教育講演会 講師
    対象: 小中学校保護者・教育関係者
    テーマ: 「携帯電話が学校に与える影響高校生とネット上の人権侵害 ・・・ 携帯電話と ”Information Society” 」
    ・7月22日(水)
    山口県立小野田工業高等学校 「携帯安全教室」 講師
    対象: 高校生1・2・3年生
    テーマ: 「 携帯電話を上手に使いこなそう ・・・ 便利さと危険性のはざまで 」
    ・11月27日(金)
    佐賀県佐城地区高等学校生徒指導連絡協議会研修会
    テーマ: 「生徒のネット犯罪の本人責任と保護者の法的責任」

  11. 下記の学会や国際会議で本校の情報モラル教育を発表した

    情報通信技術の国際情勢や情報モラル教育の状況を知ることで、日本の学校の情報モラル指導の長所と短所がよく理解できた。また、生徒や保護者に日本の情報モラル教育に対する各国の反応を伝えることによって、情報モラルに対するより客観的な判断力が培われ、生徒や保護者が学校の指導を受け入れやすくなった。

    ・8月26(水)・27(木)・28日(金)
    7th International Conference of European Research Network About Parents in Education (ERNAPE 2009), DIVERSITY IN EDUCATION, MALMÖ UNIVERSITY, MALMÖ, SWEDEN ( European Research Network About Parents in Education: ERNAPE ) http://www.ernape.net/
    参加者: 教育における保護者に関する研究者・教育行政担当者・教師・PTA関係者
    発表テーマ: “Education to Prevent Cyber-Bullying: A Schools Role in Enabling Parent and Children to Understand Information Society”
    ・9月19(金)・20(土)・21日(日)
    日本教育工学会 第25回全国大会 東京大学 発表テーマ:
    「保護者責任の視点にたった情報モラル教育の組みなおし:生徒と保護者に危険情報を提供するリスクマネージメントシステムの構築と、それを通じたウェブサイエンスの視点からの幅広い知識の提供」
    ・10月12(月)〜16日(金)
    12th International Information Society, IS 2009, multiconference, Jožef Stefan Institute, Ljubljana, Slovenia (http://is.ijs.si/)
    発表テーマ: “AN INFORMATION SYSTEM IN SCHOOL FOR A RISK MANAGEMENT OF THE NET: PREVENTING CYBERBULLING WITHOUT PROHIBITIONS” (http://is.ijs.si/zborniki/Zbornik_A.pdf)
    ・2月23(火)
    Special Issue of Informatica, An International Journal of Computing and Informatics (Ljubljana, Slovenia, http://www.informatica.si)
    発表テーマ: “A Risk Management System to Oppose Cyber Bullying in High School: Warning System with Leaflets and Emergency Staffs”

(5)考察と課題

  1. テクノロジーと自分の関わりの理解

    テクノロジーが社会に与える影響は過去にくらべて、格段に大きくなっている。生徒は好むと好まざるとにかかわらず、情報化社会で生きていくことを強いられている。情報社会に背を向けては生きていけない社会になりつつある。自分のテクノロジーとの関係性を考えることができず、情報社会を正しく理解できない生徒が多く存在する。 生徒に対してテクノロジーと自分との関係性をより具体的に提示してやる必要がある。インターネット発明以降の著作物と著作権法とデジタル技術の相克の歴史は、それまでの社会の枠組がテクノロジーによって大きく影響を受けた例である。著作物はアイポッドや着うたのように、生徒が毎日接している身近なものであり、学習の事例として非常に取り上げやすい。デジタル携帯音楽プレーヤーによる違法コピーの学習は、生徒にモラルや規則、金銭的欲望との葛藤を時間させることができる。また音楽のダウンロードは市場を通じたものの価格の調整作用を理解させる格好の教材となった。テクノロジーに国境はない。グローバル化を肌で感じることができるよい例である。

  2. 情報モラル教育の広汎性

    学校の授業に前述のような学習を組み込むことは難しい。なぜなら、テクノロジーの影響の学習は広範囲な分野に及んでおり、体系的に学ばせることが難しいからである。また、これらの学習は社会の動きと連動させることが重要であるが、センセーショナルな出来事や事件が起きた時に、間髪を容れない指導を行おうとしても授業を頼った学習では難しい。この問題は情報モラルの学習をショートホームルームなどすき間時間に行うことによってかなり解決することができた。
    本実践は、著作権教育を独立した学習としてとらえるのではなく、「著作権教育」を一つの切り口として、生徒や保護者の情報社会を読み解く力を養成することを目指している。菌篠教育ではなく、情報社会の枠組みを読み解く力を養うことが著作権教育が成功する近道である。

  3. 読まない生徒の指導

    事後のアンケート調査から、リーフレットを読まない生徒が約25パーセントいることが分かっている。また、リーフレットが届かない保護者が25パーセント存在する。リーフレットを読まない生徒はリーフレットを保護者に渡していない。読むかどうかは、生徒の自主性に任されているためである。このことから、リーフレットは授業の代わりにならないことがわかる。重要な内容は、授業や全校集会などの強制が伴った指導が必要である。

  4. 保護者に対する学校の強力な支援

    高校生の違法コピーは時として莫大な損害賠償が伴う場合がある。未成年者の携帯電話・インターネットの使用の責任は保護者にある。しかしながら、保護者はテクノロジーの知識が不足している。また子供とのジェネレーションギャップにより子供を十分に指導できていない。本取り組みでは学校が、保護者がもっとも困難と感じていることを調査し強力にバックアップした。今後はペア