平成22年度 山口県立下関工業高等学校

研究成果の概要

(1)研究主題

「わずかなすきま時間を使って行う著作権教育」・・・
幅広い著作権の知識を与えて情報社会を読み解く力を養成するこころみ

(2)研究のねらい

本年度(2010年度)は本研究の取り組みの2年目に当たる。狙いは昨年と同様であるが、生徒が昨年1年間の学習を踏まえて著作物とテクノロジーの関係性から社会とテクノロジーの関係性へと興味を膨らませられるように工夫することを目標とした。
本研究のねらいは大きく分けて二つある。
学校の情報モラル教育は配当されている時間が少ない。さらに著作権教育はその情報モラル教育の中の一つの単元であり、十分な指導時間を確保することがむつかしい。さらに世間を騒がせる事件が起きたときに警告を発するためのタイムリーな指導ができない。本研究の一つ目のねらいは、ショートホームルーム(以後「SHR」)などの隙間時間を使って必要なときに頻繁に行える指導方法を開発することである。
著作物は文明の進歩とともに多様化してきた。近年のテクノロジーとくにデジタル技術の進歩は、著作物そのものの多様化だけでなく、使い方や楽しみ方の多様化をもたらした。また、誰でも情報発信者になることを可能にした。
このような状況の中で、高校生は他人の著作物に関する規則の遵守とモラルを身につけることを求められている。
インターネットは我が国の将来の情報社会を大きく左右する技術である。日本版フェアユースの問題に代表されるように、日本の将来に著作権が大きくかかわっている。しかしながら、そのことは学校の著作権教育では生徒に伝わらず、学校における著作権教育の重要性の認識は必ずしも高いとは言えない。
著作物や著作権の理解にはテクノロジーの知識が必要である。テクノロジーの進歩は速く、「禁止の教育」は長持ちしない。むしろ生徒の「情報社会を読み解く力」を養成する方が著作権教育の近道であると考える。本研究の二つ目のねらいは、著作権に関する最新の事例教育を通じて、生徒の情報社会に対する洞察力を高めることで、効果的な著作権教育を行うことである。
実践目標は次の通りである。

(1)著作物の本質について実感させ、そこから情報(無体物)の知識を発展させる
事例を通して著作物は無体物であることを実感させる。情報の価値を実感させ、そこから情報の知識を発展させる。

(2)テクノロジーと著作物の関係性を理解させる
新しい著作物の出現の可能性や、他人の著作物の使い方にテクノロジーがいかに大きくかかわっているか理解させる。

(3)著作権の三重苦の克服
面白くない・わからない・守りたくないという著作権教育の三つの障壁を打破する。そのために身近な事例や最新ニュースを用いて興味が持てる親しみやすい内容にする。

(4)著作権の国際感覚を身につける
インターネットで流通する著作物や著作権には国境がないことを理解させる。特に情報通信技術の世界の情勢を学ばせる。日本と同様に問題になっている著作権侵害や情報モラルの問題に各国はどのように取り組んでいるかを学ぶ。例えば上海万博のテーマ曲の著作権問題は国際感覚を身につけるための生きた教材である。

(5)保護者教育
生徒の携帯電話・インターネットの使用の責任は保護者にある。違法行為はほとんどが校外で起きている。ところが保護者にはテクノロジーの知識が不足しているために子どもを指導することができない。指導に必要な情報を保護者に伝える仕組みを作り、積極的に情報を流す。保護者の指導力を向上させることによってトラブルの抑止力を強める。

(3)研究の概要

  1. 実践体制

    1−1. ライン組織
    1. 校長 ・・・ 全体統括

    2. 教頭 ・・・ 事業推進管理、全体掌握

    3. 著作権教育推者

      • ①著作権教育担当者・研究授業責任者  ・・・ <保田>
         リーフレット作成
         指導案作成
         スケジュール調整・実務全般
      • ② 研究授業実施者                ・・・ <保田>
    4. 各クラス担任

      • リーフレットの配布及びリーフレットを読ませる指導
      • コメント指導
      • 実践効果のフィードバック
      • アンケート実施
    5. 担任以外の教職員

      • リーフレットの内容チェック
      • 記載事項の要望
      • 意見
    1−2. スタッフ組織
    1. 教務課  ・・・ スケジュールマネージメント

      • 学校行事と著作権教育事業とのスケジュール調整
    2. 視聴覚係 ・・・ ハードの企画・運営

      • 電子情報ボード・ビデオカメラ・編集機材
      • 視聴覚教室
    3. 緊急対策スタッフ

      1.設置目的
       問題発生の予防と発生時の二次被害防止のための迅速な対応を行う

      2.責任者
       ・・・   <校長>

      3.メンバー
      @指揮・統括 ・・・ <教頭>
      A実務責任者 ・・・ <保田>
       サイバー犯罪対策責任者
      B情報モラル教育推進委員 ・・・ <3学年担任>
       状況の把握、校内連絡調整、校外機関 との連携
      C生徒指導課 ・・・  <課長>
       生徒指導上の問題の予防と発生時の対応
      D教育相談室 ・・・ <教育相談係>
       誹謗中傷・いじめの予防や早期発見、問題発生時のカウンセリング対応
      E保健室 ・・・ <養護教諭>
       生徒の変調の早期発見と予防
      計 9名

    1−3. 緊急対策スタッフ

    問題発生時に被害者の二次被害を防止するために迅速な対応を行う。県のサイバー対策室などの校外の機関と連携を取りながら、学校としての適切な対応を素早くとる。
    特に、問題を分析・検討してその案件は、
    ① 学校が介入しなければならない問題
    ② 介入する必要がない問題
    ③ 介入可能な問題
    のどれに当たるかを早期に判断して次の意思決定を行う。

    1−4. 学校リスク管理システム

    情報モラル教育の校内組織であるリスク管理システムを通じて著作権教育を行う。
    特に予防教育を行うためには、社会的影響が大きい事件や新しい社会現象について、生徒および保護者に常に情報を流すことが必要である。的確なタイミングで情報伝達を行うことで、保護者が必要以上の不安を抱くことなく子どもの指導を行うことができる。学校リスク管理システムは生徒や保護者に対して学校がいつでも必要なときに情報を流せる手段として機能する。
    安心ネットづくり促進協議会は、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律(青少年インターネット環境整備法)」の制定を機に、2009年2月9日に発足した全国規模の任意団体です。学校のリスク管理のための多くの情報を得ることができます。

    学校リスク管理システム
  2. 研究内容

    (1)リーフレットによる著作権事例教育
    (2)文化庁著作権教育教材を使用した授業実践
    (3)全校情報モラル教育
    (4)生徒課題研究:「ネットワークの発展が私たちに及ぼす影響とは・・・安心社会と信頼社会」
    (5)生徒・保護者・教員アンケート調査
    (6)対外啓蒙活動
    (7)情報モラルリーフレットテキスト作成
    (8)情報モラル早期予防教育
      対保護者 ・・・ 予備入学保護者同伴指導
      対新入生 ・・・ 新入生オリエンテーション指導
    (9)情報モラルテキストによる指導者学習
    (10)中・高・PTA情報モラル教育対外啓蒙活動
    (11)学会や国際会議で本校の情報モラル教育を発表した

(4)研究の成果

  1. リーフレットによる著作権事例教育

    継続的にリーフレットを発行して、SHRや授業中のトピックスとしてわずかな時間に配り、著作権の基礎的知識やテクノロジーとの関係性について事例教育を行なった。また、全校集会や学年集会、LHRの情報モラル指導に随時使用した。
    読んだ後は保護者に渡すように生徒に指導し、学校の情報を保護者に随時伝えることができた。生徒および保護者の情報社会についての知識が増し、トラブルの予防に役立った。
    本年度はリーフレットを35号制作した。つまりすき間時間を利用した指導35回分のリーフレットを制作した。そのうち著作権教育に関する内容のリーフレットを16号発行した。リーフレットは全クラスのSHRで生徒に配布しコメント指導を行った。リーフレットは生徒を通じて保護者へ渡され保護者に対する積極的な情報提供を行った。
    情報モラルリーフレット「親子いいねっと!ニュース」

    本年度に発行したリーフレットのタイトルを以下に示す。

    2010年度リーフレットバックナンバー一覧
    No タイトル サブタイトル
    251 いじめで自殺 ・・・ 加害生徒・保護者に重い責任 Perpetrators and parents have heavy responsibility for suicides 生徒と保護者に4,900万円の損害賠償訴訟 Sue the perpetrator for damages of 47 million yen
    252 児童ポルノの被害は永遠につづく The damage of child pornography lasts forever 携帯電話の児童ポルノ受信 Sending child pornography to mobile phones indiscriminately
    253 著作物の本質 Nature of copyright デジタル技術による著作物の流通革命 Digital technology causes distribution revolution of works
    254 著作権の内容(1) ・・・ 複製権 Copyright 1: Right of reproduction 何が違法コピーになるか What is illegal reproduction?
    255 著作権の内容(2) ・・・ 上演権・演奏権 Copyright 2 : Right of performance CDレコードの再生は演奏?! To play back a CD is “performance”
    256 著作権の内容(3) ・・・ 上映権 Copyright 3: Right of presentation プロジェクターは上映 Projecting by Power Point is “presentation”
    257 著作権の内容(4) ・・・ 「公衆送信権」 Copyright 4: Right of public transmission インターネットは 「自動公衆送信」 Internet is public transmission by an interactive transmission server
    258 著作権の内容(5) ・・・ 二次的著作物 Copyright 5: Derivative work 二次的著作物には原著作者の権利が及ぶ An Author has the same right as an author of derivative work
    259 著作権(6)複製権のまとめ Copyright 6: Summary of right of reproduction 許諾なしに使える場合 The case that a user can reproduce another’s work without permission
    260 次世代高速無線通信 The next generation high-speed wireless telecommunications LTE(3.9G)サービス開始 LTE(3.9G) service started
    261 SNSの「グリー」がテレビでCMって変な国? Is TV commercials on SNS strange? 日本のネットの特徴 「携帯ネットワーク」 Advantage of the Japanese network is the mobile phone network
    262 テクノロジーのハイプサイクル Technology hype-cycle イノベーションが定着するまで How innovation fits into society
    263 「引用」 と 「違法コピー」 はどこが違う How quotations differ from illegal reproduction 引用が許される範囲 Range of quotation
    264 上海万博主題歌盗作疑惑Theme song of Shanghai EXPO is under suspicion of plagiarism 他国の著作物の保護 Protection of foreign work
    265 情報モラル教育の近道 Quickest way to teach Information Ethics 「 禁止の教育 」 ではなく 「 情報社会を読み解く力 」 を養う Not instruction by prohibition but developing ability of foreseeing Information Society is important
    266 情報社会を俯瞰することの重要性 Foresight of information society is important オックスフォード大学 インターネット研究所国際会議で発表 Presentation at Oxford Internet Institute
    267 外国の情報モラル教育 ・・・ 「ペアレンタル・コントロールの原則」 Education of Information Ethics is based on parental control principles 日本の特徴は学校中心の指導 Japanese education depends on school too much
    268 テクノロジーの影響を受ける著作権法 Technology blows Copyright Law 法律の前提が時代に合わなくなった Premise of Copyright Law does not fit the times
    269 携帯電話のとぎれない工夫 Idea against disconnection of mobile phone 電波障害を逆手に取る Interference is turned into an advantage
    270 電子書籍で攻めに転じる出版社 Publisher starts digital book and turns to the offensive 「中抜き」に対抗 Competition against skipping distribution channel of publication
    271 急増する電子書籍の 「自炊」 E-book creation is becoming popular 本は無くなってしまうのか? Will books disappear in the future?
    272 電子書籍本格化 The E-book era is coming 米国2位の書店が破産 The second largest book store in the US will go bankrupt.
    273 キャシー、著作権侵害で訴えられる Is Kathy a plagiarized work? オランダでのはなし It happened in the Netherlands
    274 スマートフォンの普及で何が起きるか What will the spread of smart phones cause? 携帯電話ネットワークとインターネットの一体化 Integrating mobile pone network and the Internet
    275 インターネットテレビってなに? What’s Internet TV? テレビや映画の本格的ネット配信の時代Distribution of TV and movie contents over the Internet
    276 アンパンマンを怒った顔にしたら著作権侵害 To make an angry Anpanman is violation of copyright 著作権は作者のこだわりを守る権利 The right to protect the uncompromising mind of author
    277 ケータイにはまずフィルタリング First of all, Filtering service is needed for mobile phones 児童の非出会い系サイトの被害急増 Victimized children is increasing rapidly because of SNS
    278 自動車メーカーがビジネスジェット 開発 Automaker developed business jet plane 20年かけてホンダジェット HONDA spent twenty years on Hondajet
    279 なぜ日本で実名のFaceBookが流行らないのかWhy is Facebook not popular in Japan? 日本のネットも「安心社会」から「信頼社会」へ Internet society is changing from safety society to trust society
    280 インターネットによってまたたく間に 「ソーシャル化」 が起きる The Internet causes “socialization” in a instant 「知識社会」 から 「ソーシャル社会」 へ Knowledge society to Socialized society
    281 ついにIPアドレスが枯渇 IP address run out インターネットはIPv4からIPv6へ The Internet is changing over from IPv4 to IPv6
    282 NEC 世界4位の中国コンピュータ企業と合弁事業 NEC set up a joint venture with the fourth world’s largest Chinese PC maker レノボは米国IBMに続いて日本のNECパソコンも Renobo bought PC business of IBM that includes that of NEC
    283 尖閣ビデオ流出 ・・・ ネットは 「匿名」 ではない Senkaku Islands case made clear that the Internet is not anonymous グーグルの記録を差し押さえ ネットカフェに協力要請 Police seized Google’s log file and required corporation of Internet Café
    284 中国の国際特許出願件数が世界4位に China has the fourth most patent applications in the world 56パーセント増と猛烈な増加 Sharp increase of 56 percent
    285 学校の危機管理システム Risk management system of high school ネットトラブルの緊急対策スタッフ Emergency staff against internet troubles
  2. 文化庁著作権教育教材を使用した授業実践

    著作物とテクノロジーと情報社会の関係を学ぶ学習を、リーフレットを用いて行った。
    前年度に引き続き、文化庁著作権教育教材「はじめて学ぶ著作権」を用いた研究授業を行い、著作物の本質など著作権の基本的知識を身につけさせた。
    「初めて学ぶ著作権」を用いて研究授業を行った。そのうち2回は、学校開放週間の公開授業として授業を行った。

  3. 全校情報モラル教育指導

    1学期末全校情報モラル教室を開いた。目的は毎年最初の学期に最新の携帯電話・インターネットの危険性や違法行為に関する最新の情報を生徒に与えることである。また、その年の社会情勢にあったテーマを選定し、特別講義として情報提供した。本年度は「児童ポルノ根絶に向けて 一生続く被害者の苦しみ ・・・ 米国 ”Sexting” 実態調査からの警告」というテーマで特別講義を行った。
    特別講義「児童ポルノ根絶に向けて」

  4. 課題研究

    3年生の課題研究(専門教科2単位)において、「 ネットワークの発達が私たちに及ぼす影響とは ・・・ 『安心社会』と『信頼社会』 」という研究テーマで、テクノロジーと社会の関係性を取り上げ生徒中心に自主的に学習した。課題研究発表会において2・3年生及び教員の前で1年間の研究成果を発表した。
    ネットワーク技術が社会に浸透し、経済構造や日常の社会が大きく変化しつつある。その具体的な事例を見つけ出しケーススタディすることを通して、情報社会を読み解く力をつける試みを行った。
    インターネットをはじめとするテクノロジーが著作物の多様化や大量流通を引き起こし、それによって社会がどのように便利になり、またどのような弊害が生じたかを検証した。
    また誰もが情報を発信することが可能になり、ソーシャルネットワークが社会に大きな影響を与えていることに着目し、今後の社会にどのような影響を及ぼすか研究した。
    世界がネットワーク化する中で日本独自の社会現象を見つけて、なぜ日本がそのような傾向になっているのかを分析した。
    課題研究班 安心社会と信頼社会 2・3年生・教員発表会場 ソーシャル・ネットワーク・サイトの発達 次世代(3.9G)携帯電話 モバイル通信時代

  5. 生徒・保護者・教員アンケート調査

    本校では平成17年から継続的に生徒および保護者のアンケート調査を行っている。携帯電話・インターネットの使い方に関する子どもの指導について、保護者の意識調査を行った。今年は特に教員の意識の調査を行った。
    (1)保護者
    情報モラル保護者の指導が望ましいが、困難と感じている指導内容を明らかにした。また、本校の著作権教育や情報モラル教育の指導方法に対する評価を確認した。
    家庭での主な情報モラルの指導内容を14項目選び、「保護者が指導することが望ましいと思うか」また、「実際に行うとなると難しいと思うか」をそれぞれ別々に質問した。
    「ネットからの違法コピーのダウンロード」に関する指導については、保護者が指導することが望ましいと強く思う保護者が46パーセントで、14項目中11番目であった。
    保護者: 保護者の指導が望ましいと思いますか

    また、「ネットからの違法コピーのダウンロード」に関する指導について、実際に指導を行うとなると難しいと強く思っている保護者は22パーセントであった。
    ネットからの違法コピーダウンロード

    「保護者が指導することが望ましいと思うか」と「実際に行うとなると難しいと思うか」の二つの質問をクロス集計した結果、「ネットからの違法コピーのダウンロード」に関する指導について保護者が指導することが望ましいと強く思うが、実際に指導するとなると難しいと強く思っている保護者の割合は保護者全体の9パーセントであり、13項目の中で7番目であった。
    保護者: 保護者の指導が望ましいが指導が難しいと思っていること

    上記のクロス集計において、保護者が行うべきだが難しいと強く思っている指導内容で最も多くの保護者が選んだ指導内容は、加害者になった時の対処方法であった。
    このことから学校は、子供が違法コピーの加害者になった時や、いじめの加害者になった時にいかに対応したらよいかを情報提供することが必要である。

    (2)教員
    教員は「ネットからの違法コピーのダウンロード」に関する指導については、保護者が指導することが望ましいと強く思う保護者が56パーセントで、14項目中11番目であった。
    教員: 保護者の指導が望ましいと思いますか

    また、実際に指導を行うとなると難しいと強く思っている教員は21パーセントであった。
    ネットからの違法ダウンロードの指導

    クロス集計の結果は、ネットからの違法ダウンロードコピーの指導を保護者がするべきだと強く思っているにもかかわらず実際に行うとなると難しいと強く思っている保護者は10パーセントであり、14項目中8番目であった。
    教員: 保護者の指導が望ましいが実際の指導が難しいと思っていること

    以上の結果からわかることは、ネット上の違法コピーのダウンロードの指導は、その他の13項目の指導内容に比べて、保護者が実行することはさほど難しくないといえるが、保護者がすべきことであると強く思っているとは言えない。

  6. 対外啓蒙活動

    文化祭において著作権に関する生徒の研究成果を展示した。また著作権コーナーを設け、生徒自らが在校生徒や他校生、保護者に著作権保護の啓発活動を行った。
    情報モラル教育と英会話同好会の合同展示を行い、日本とカナダのインターネットに対する国民の意識の違いを比較した。
    著作権クイズコーナー 日本とカナダのネット事情比較 著作権法の紹介 ネットワークテクノロジーと著作物

  7. 情報モラルリーフレットテキストの作成

    発行したリーフレットを編集し、情報化社会の変遷が分かるテキストを編集した。本テキストは年間計画に組み込まれた情報モラル教育指導の中で使用した。本テキストは平成17年度から毎年作成を継続している。テキストを最初から読み通すことによって著作物の変遷や著作権法等情報モラルに関する法律の改正とその理由、またそれらの社会変化を引き起こすもととなったテクノロジーの進歩が読み取れるように構成されている。
    ケーススタディのテーマが1ページ単位で完結しており、cと佐久健也情報モラルに関する知識が全くない人でも気軽にどのページからでも読める内容である。興味がない内容のページは読み飛ばしても一向に構わないように編集されている。


    授業用情報モラルテキスト「親子いいねっと!ニュース
  8. 情報モラル早期予防教育

    (1)予備入学保護者同伴情報モラル指導
    平成23年度入学予定者向け予備入学において、入学予定者および保護者全員に対して、携帯電話・インターネットを用いたネット上の著作権侵害行為や違法な書き込みに関する入学前指導を行った。特に子供の携帯電話・インターネットの使用の責任は保護者にあることを説明して理解を求めた。
    前年度に発行したリーフレットをまとめた情報モラルテキストを配布し、入学式までに親子で読むように指導した。保護者がテキストを読むことによって、今高校で何が問題になっているのかを理解することができ、入学直後からの学校の携帯電話・インターネット指導の立ち上がりを非常に早くする効果があった。また学校の指導に対する保護者の苦情が激減した。
    平成23年度入学予定者向予備入学保護者同伴情報モラル指導
    (2)新入生オリエンテーション情報モラル指導
    入学後できるだけ早い時点で新入生対象の情報モラル指導を実施し、違法コピーなど無知によって被害者や加害者になることを防ぐ。
    平成22年度新入生オリエンテーション情報モラル指導

  9. 教員の情報モラル教育啓発活動

    全教職員に情報モラルテキストを配布し、著作権の知識が全くない教職員でもテキストを読み進むだけで最新の知識が身につくようにした。また広範囲な情報モラル教育の範囲を1冊で網羅できるテキストは、教員のICT教育にも役立てることができる。同じテキストを用いることによって著作権教育に関する考え方の教師間の温度差をなくすことができる。
    知識が学校の領域の中だけに留まりがちな教員に対して、将来生徒が社会人になった時にどのようなテクノロジーが本人の人生に影響してくるか情報を流すことができた。また、学校を取り巻く社会環境もテクノロジーの影響を大きく受けていること、並びにその影響力が過去と比較にならないくらい大きくなっていることを伝えた。

  10. 中・高・PTA対外啓蒙活動

    校外の中学校・高校・PTAで、著作権教育を含めた情報モラル教育の指導や講習会を行なった。下記の通り校外の活動を行った。
    ・4月28日(水)
    山口県立青嶺高等学校 情報モラル教室 講師
    対象: 高校生1・2・3年生、保護者、教職員
    演題: 「 情報モラルについて 」
    ・6月18日(金)
    福岡保健学院 福岡看護専門学校 水巻校
    特別講義: 情報管理
    対象: 看護専門学校 看護学科 2年生
    ・7月12日(月)
    下関工業高等学校 1学期末情報モラル教室 特別講義
    テーマ: 「児童ポルノ根絶に向けて 一生続く被害者の苦しみ」
                  ・・・ 米国 ”Sexting” 実態調査からの警告
    対象: 全校生徒
    ・9月16(木)・17日(金)
    International Conference “Internet, Politics, Policy 2010: An Impact Assessment”
    Oxford Internet Institute (OII (http://www.oii.ox.ac.uk/), University of Oxford (http://www.ox.ac.uk/)) http://microsites.oii.ox.ac.uk/ipp2010/ 発表
    発表テーマ:
    “Preventing Cyber Bullying at School: The Difficulties of Guardians in Offering Guidance and How Schools Can Aid Them”
    ・11月22日(火)
    福岡保健学院 福岡看護専門学校 水巻校
    特別講義: 情報管理(T)
    対象: 看護専門学校 看護学科 1年生
    ・11月29日(月)
    山口県立下関中等教育学校
    人権教育校内研修会 講師
      テーマ:
        「ネット上の人権侵害について」
    対象: 教職員および保護者

(5)考察と課題

  1. 著作物とテクノロジーの関係性から社会とテクノロジーの関係性へ

    本年度は実践研究2年目であり、昨年学んだ著作物とテクノロジーの関係性を情報社会とテクノロジーの関係性に拡張することを大きな目的とした。
    今年の1年間の学習によって他人の著作権を尊重する意識は高まった。加えて実践授業(授業番号①)を通して、著作物が不正利用されやすいのは、著作物の本質である「無体物」という特性によるところが大きいことを理解させることができた。また、この著作物の本質がテクノロジーとどのように親和していったかを歴史を追って説明することによって、社会とテクノロジーの関係性を理解するきっかけを作ることができた。
    生徒は、本は分厚い紙の束と思いがちであり、小さいころからの先入観に支配されている。このことが著作物の本質を理解しにくくしている。著作物の本質は紙でも文字でもないということをいかに直感的に実感させるかが授業の大きなポイントであった。著作物であったものが著作物でなくなる瞬間を生徒に気付かせるステップをたどれば、著作物に対するこれまでの先入観を捨てさせることができる。
    著作物の発展の歴史は第一に人間の文化の発展によるものである。それによって高められた人の思いが有形に固定されれば著作物となるが、著作物の発展の歴史は人の思いを何に固定してきたかの歴史でもある。
    特に著作物とテクノロジーの関係性を理解するポイントは固定するものの技術的進歩と固定に使われるテクノロジーの進歩である。
    著作物とテクノロジーの関係性を理解することによって社会とテクノロジーの関係性を導き出す方法はいくつか考えられる。昨年度も述べたが、本から電子書籍への転換のプロセスを教材にする方法である。2011年4月に米国アマゾンン社の電子書籍の販売数が本を上回った。かつて活版印刷術が社会をいかにして変えたかを理解し、電子書籍に類推適用する学習の展開である。
    著作権の著作物は性が社会に与える影響は過去にくらべて、格段に大きくなっている。生徒は好むと好まざるとにかかわらず、情報化社会で生きていくことを強いられている。情報社会に背を向けては生きていけない社会になりつつある。自分のテクノロジーとの関係性を考えることができず、情報社会を正しく理解できない生徒が多く存在する。
    生徒に対してテクノロジーと自分との関係性をより具体的に提示してやる必要がある。インターネット発明以降の著作物と著作権法とデジタル技術の相克の歴史は、それまでの社会の枠組がテクノロジーによって大きく影響を受けた例である。著作物はアイポッドや着うたのように、生徒が毎日接している身近なものであり、学習の事例として非常に取り上げやすい。デジタル携帯音楽プレーヤーによる違法コピーの学習は、生徒にモラルや規則、金銭的欲望との葛藤を時間させることができる。また音楽のダウンロードは市場を通じたものの価格の調整作用を理解させる格好の教材となった。テクノロジーに国境はない。グローバル化を肌で感じることができるよい例である。

  2. 情報モラル教育の指導の範囲をどこまで広げるか

    学校の授業に前述のような学習を組み込むことは難しい。なぜなら、テクノロジーの影響の学習は広範囲な分野に及んでおり、体系的に学ばせることが難しいからである。また、これらの学習は社会の動きと連動させることが重要であるが、センセーショナルな出来事や事件が起きた時に、間髪を容れない指導を行おうとしても授業を頼った学習では難しい。この問題は情報モラルの学習をショートホームルームなどすき間時間に行うことによってかなり解決することができた。
    本実践は、著作権教育を独立した学習としてとらえるのではなく、「著作権教育」を一つの切り口として、生徒や保護者の情報社会を読み解く力を養成することを目指している。禁止の教育ではなく、情報社会の枠組みを読み解く力を養うことが著作権教育が成功する近道である。
    社会とテクノロジーの関係性を理解させる場合に、あまりに範囲を広げすぎると、すき間時間に学ぶ程度では内容を理解できなくなる。学習が社会科学の理論の学習にならないように注意する必要がある。そのためには学習内容を事例中心にし、生徒自身の身近なところで起きている事象を取り上げて、自分のこととして考えさせる学習方法を開発しなければならない。

  3. 読まない生徒とリーフレットが届かない保護者に対する対策

    事後のアンケート調査から、リーフレットが届かない保護者が2009年度の25パーセントから29パーセントになり増加傾向にある。また、リーフレットを読まない生徒はリーフレットを保護者に渡していないと思われる。
    リーフレット3割の保護者に届かない
    リーフレットを読むかどうかは、生徒の自主性に任されているため、強制力がなくリーフレットは授業の代わりにならないことがわかる。著作権教育の重要な内容は、授業や全校集会などの強制力が伴った指導が必要である。生徒指導上問題となる事案が生じた場合やセンセーショナルな事件が起きた時に、間髪を容れず全校集会において生徒の注意を喚起する全体指導を行った。
    携帯電話に関して生徒指導上の問題を起こした生徒はたいていの場合配布したリーフレットを読んでおらず情報モラルに対する理解が足りない。そのような生徒に対しては情報モラルテキストを用いて、ネットの危険性の再教育を行いレポートを書かせる指導を行った。

  4. 保護者に対する学校の強力な支援

    高校生の違法コピーは時として莫大な損害賠償が伴う場合がある。未成年者の携帯電話・インターネットの使用の責任は保護者にある。しかしながら、保護者はテクノロジーの知識が不足している。また子供とのジェネレーションギャップにより子供を十分に指導できていない。
    本取り組みでは学校が、保護者がもっとも困難と感じていることを調査し強力にバックアップした。今後はペアレンタル・コントロールを可能にするための保護者支援の方法が本取り組みの大きなテーマとなる。
    全員の保護者に対する啓発の機会を設けることは生徒に対する指導を行うことよりはるかに難しい。また、著作権教育や携帯電話・インターネットの指導は保護者同伴の指導がペアレンタル・コントロールの啓発に非常に効果がある。しかし現実問題として、全生徒及び保護者がそろう機会は、高校3年間のうち予備入学、入学式、卒後式のたった3回しかない。予備入学時にできるだけ時間を確保し、いかに効果的に保護者に対する啓発を行うかがその後の3年間の情報モラル指導の効果を大きく左右する。
    予備入学時の事前指導の効果は、非常に大きかった。実施直後のアンケート調査によると、保護者責任の理解は十分理解できた、まあまあ理解できたを合わせると100パーセントであり、子供の携帯電話・インターネットの使用の責任は保護者にあることをほぼすべての保護者に理解してもらえた。
    学校の携帯電話・インターネットの指導方針については、適切、まあまあ適切を合わせるとほぼすべての保護者が学校の指導方針に賛成した。
    今後は、卒業までの3年間にわたってリーフレットによって保護者に積極的に情報を流し、ペアレンタル・コントロールの強力な支援を行い学校と保護者の信頼関係をより強固なものにしなければならない。
    ほぼ全ての保護者が保護者責任を理解 ほぼ全ての保護者が指導方針に理解