2020年8月31日
法隆寺金堂壁画写真ガラス原板
デジタル画像の公開
奈良国立博物館 学芸部情報サービス室長 宮崎幹子
奈良と大阪を隔てる生駒山地の東方,矢田 丘陵のふもとに広がる斑鳩 の地に悠久の歴史を刻む法隆寺。7世紀はじめに聖徳太子が創建したこの古刹 は,世界最古の木造建築である金堂と太子への厚い信仰でつとに知られています。金堂の外陣 には,インドのアジャンター石窟や中国の敦煌莫高窟 の壁画に並び称される東アジア仏教美術の至宝と謳われた壁画が描かれ,その制作は7世紀後半から8世紀はじめにまで遡ると考えられています。
昭和24年(1949)1月26日の早朝に発生した不慮の火災により,壁画は甚大な損傷をこうむり,表面の彩色は著しく損なわれました。この惨事をきっかけとして様々な議論が重ねられ,現在の文化財保護法が制定されたことは大変有名です。焼損後に壁画は金堂から取り外され,いまは寺内の収蔵庫の中で焼けた部材とともに元の形に組み上げられて厳重に保管されています。一方金堂には,戦後に日本画家たちにより描かれた模写(再現壁画)が奉安されています。

法隆寺金堂
さて,明治時代に近代的な文化財保護制度が整備されて以降,法隆寺金堂と壁画の保存は最重要の課題でした。昭和9年(1934)に文部省(当時)の法隆寺国宝保存事業部による保存修理がはじまると,翌年に壁画の原寸大分割写真撮影が実施されます。壁画の保存にあたり,まずは正確な記録の作成が必要であると考えられたためです。文化財写真の撮影事業としては空前絶後の規模であり,壁画全12面を撮影するために2か月半もの月日が費やされました。この時に撮影された写真ガラス原板363枚(法隆寺蔵)は,焼損前の姿を克明にとどめた資料として,皮肉なことに火災によってその価値が飛躍的に高まり,平成27年(2015)に国の重要文化財(歴史資料部門)に指定されました。

昭和10年撮影風景(便利堂提供写真)
指定から5年をかけて,法隆寺では国庫補助事業による写真ガラス原板のクリーニングや保存箱の製作,デジタル化の作業が進められています。デジタル画像の一部は,昨年度に奈良国立博物館で開催された特別陳列「重要文化財 法隆寺金堂壁画写真ガラス原板―文化財写真の軌跡―」でも御紹介しましたが,この度,より多くの皆様に御覧いただくために,インターネットでの公開を開始しました(7月22日より)。
この写真ガラス原板は「全紙判」という他に例のない大きさで,縦約61センチ,横約46センチをはかります。そのために,原板をスキャニングする特注のスキャナーが開発されました。スキャニングの終わったデジタル画像は,原板にみられる照明のムラや現像の濃淡などを調整して,壁画1面ごとの巨大な画像に接合されました。そのサイズは四方四仏をあらわした大壁で約300億画素,麗しい菩薩を1体ずつ描いた小壁では170億画素という,これまでに公刊された金堂壁画の図版に比べても,かつてないほどの精度を誇ります。

「法隆寺金堂壁画写真ガラス原板 デジタルビューア」
(トップページ)
デジタル画像を子細に観察していくと,如来の螺髪や菩薩の細く柔らかい毛先,眉を上下2色で塗り分けているさま,立体感に富んだ衣の襞の表現など,金堂壁画の卓越した技術と芸術性が余すところなく記録されていることにあらためて驚かされます。

「法隆寺金堂壁画写真ガラス原板 デジタルビューア」
(拡大画像。第6号壁菩薩像)
新しい生活様式が模索され,博物館・美術館施設での作品鑑賞にも引き続き様々な制約のある状況が続いていますが,今回のデジタル画像の公開により多くの皆様が法隆寺金堂壁画にふれ,そのかけがえのない価値とともに文化財保護についても理解を深めていただけることを願っています。
「法隆寺金堂壁画写真ガラス原板 デジタルビューア」
https://horyuji-kondohekiga.jp/
- 制作:
- 法隆寺,奈良国立博物館,国立情報学研究所高野研究室
- 協力:
- 文化財活用センター,便利堂