2022年4月25日
旅する学芸員―北斎が教えてくれた小さな町
九州国立博物館 学芸部文化財課 主任研究員 畑 靖紀
学芸員は、じつに多くの時間を旅に費やします。たとえば私は、この一年で特別展の借用交渉や作品調査で20回以上出張し、多くの所蔵者や関係者のもとにお邪魔しました。これから作品の借用と返却もあるので、その回数はもっと増えることでしょう。
このように学芸員の仕事に旅は付き物ですが、とくに初めて訪れる土地では普段とは違うことを体験したり、考えたりします。この展覧会の準備のために訪れた出張先で、そんな私がひときわ印象に残った場所は長野の小布施です。
この特別展の目玉は、当館が所蔵する重要文化財「日新除魔図」【にっしんじょまず】全219枚の日本初となる一斉公開ですが、この絵は北斎80歳代の肉筆画である小布施【おぶせ】の天井絵と、年代や技法が共通します。また「日新除魔図」自体が信州に伝来した由緒もあり、ぜひ天井絵の傑作を九州でご紹介したいと考えました。その借用交渉こそ、私がこの町を訪れた理由でした。
日新除魔図(8月27日)
あの絵が展覧会に必要である理由をきちんと説明しなくては!と意気込んで訪れた初めての小布施。そんな少し緊張した自分を出迎えてくれたのは、町のいたる所に置かれたプランターの季節の花たちでした。手入れの行き届いたその姿が心にとまり、ホテルに戻って少し調べると、小布施が「栗と北斎と花のまち」と呼ばれていることを知りました。
北アルプスを望む田園風景に好感を抱いたうえに、ここは和洋の栗菓子が有名で(モンブランも!)、造り酒屋にワイナリーまであると知り、私はこの豊かな町がすっかりお気に入りに。さらに強く印象に残ったのは、町の皆さんの北斎に対する愛着と誇りでした。ここは人口が1万1千人ほど、長野でもっとも面積がせまい自治体ながら、50年以上も前から積極的に地域のブランディングに取り組み、北斎などの歴史的なコンテンツを町づくりに活かしていたのです。平成の大合併でも自立を保ち、コロナ禍の前は年間100万人が訪れる有数の観光地であったことを、恥ずかしながら私は後から知りました。とくに文化財を積極的に活用した町の「活性化」に、確かな実感があることに深い感銘を受けました。
この成功例は、東北の地方都市が出身の自分にとっても、他人事ではありません。私は、微力ながらこの魅力的な町を応援したい想いを抱いたのでした(美味しい食べ物にも誘惑されていますが)。かの北斎が導いてくれた小さくとも元気な町のすがた。私には、遠くにあり不義理ばかりしている故郷の将来を思わずにはいられない苦い体験でもありました。
東町祭屋台天井絵_龍図
九州国立博物館
(住所)〒818-0118
福岡県太宰府市石坂4-7-2
- 問合せ
- 050-5542-8600
- (ハローダイヤル受付時間午前9時~午後8時/年中無休)
- 交通
- 最寄り駅:西鉄太宰府駅から徒歩10分
- 最寄り駅へのアクセス:
- 西鉄福岡(天神)駅から西鉄天神大牟田線(特急・急行約15分)で西鉄二日市駅乗り換え、西鉄太宰府線で約5分
- JR博多駅から太宰府ライナーバス「旅人」にて約40分。博多バスターミナル(1階11番のりば)乗車、終点の西鉄太宰府駅下車
- 開館時間
- 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
- ※最新の開館時間は九州国立博物館公式ホームページでご確認ください。
- 休館日
- ※最新の開館時間は九州国立博物館公式ホームページでご確認ください。
特別展「北斎」
- 開催期間
- 4月16日(土)~6月12日(日)
- 開催場所
- 九州国立博物館 3階 特別展示室
- 観覧料
- 一般1,800円、高大生1,000円、小中生600円
- ※高大生・小中生は学生証等の提示をお願いします。
- ※上記料金で九州国立博物館4階「文化交流展(平常展)」も御観覧いただけます。
- ※障がい者手帳等を御持参の方とその介護者1名は無料です。展示室入口にて障がい者手帳等(詳細についてはHP等を御確認ください)を御提示ください。
- ※キャンパスメンバーズの方は割引料金で御購入いただけます。券売所にて学生証、教職員証等を御提示ください。
- ホームページ
- 九州国立博物館ウェブサイト