2023年8月25日
平城宮跡資料館 夏期企画展
『イカロスの翼
-薬師寺の発掘成果から見る近世と近代-』
奈良文化財研究所 企画調整部 展示企画室長 岩戸晶子
考古学や発掘と聞くとどんなイメージが思い浮かぶでしょうか。きっと先史や古代などのワードが頭に浮かぶ方が多いかもしれません。歴史や考古学のニュースでは「世界最古」や「日本最古級」との言葉が躍り、ついつい「古いこと」が価値のあることと思ってしまう場面も多いのではないでしょうか。
しかし、歴史は「点」ではなく「線」です。藤原京から平城京に移建された奈良時代の薬師寺が現代まで法灯を保つのは連綿と寺を維持してきた人々の活動の積み重ねによりますし、私たち自身も、多くの先人たちの活動の積み重ねの上で現代を生きているとも言えます。本展では、奈良時代に平城京に造営された薬師寺を取り上げ、そこから出土した資料を中心に敢えて近世や近代を見つめてみようという試みです。
展示は三部構成からなり、第1部ではこれまでの奈良文化財研究所が関わってきた発掘調査で出土したさまざまな近世・近代の遺物を紹介します。ここでの見どころは、大変長い年月をかけて江戸時代に再建された講堂の基壇に、末永い建物の無事を祈って埋納された鎮壇具です。奈良特産の赤膚焼の甕と小壺に稲籾やガラス・水晶が納められていました。
鎮壇具 薬師寺講堂出土
第2部では薬師寺の伽藍北方で出土した不思議な焼き片から歴史をひも解く試みを紹介します。その素焼き片は、翼を備えたイカロスが飛翔する姿を表現したものでした。
陶製プレート片 薬師寺出土(完成品の写真の上に合成)
破片表面の断片的に読み取れる文字や裏面にスタンプされた文字から、戦前、昭和13年(1938)に開催された第2回全日本帆走飛行大会つまりグライダー大会に際して制作された陶製プレートだったことが突き止められました。当時、グライダーは一般の人々の間でも大変人気がある航空スポーツで、大阪と奈良の境にある生駒山の山頂から大阪側に向かってグライダーが飛び立つ大会が行われていたのです。戦前の生駒山がグライダーの聖地だったことは地元でもすでにご存知ない方が多いのではないでしょうか。
第1回の大会の金属製メダルとの関係や制作工房を次々と突き止め、最大の謎である「なぜグライダー大会に関するものが薬師寺から出土したのか!?」の解明に至る謎解きについては、ぜひ展示会場でご覧ください。
第3部では謎解きの一つのカギになる赤膚焼について紹介します。赤膚焼はいまも奈良の特産として有名な焼き物です。出土品だけでなく陶器生産に関わる資料や関連する現代作家の作品も展示しています。
赤膚焼 薬師寺出土
第1回大会の金属製メダルは飛行家を夢見て、その第1回大会を手伝った一人の女学生が大切に保管していたものでした。戦争が激化するまでのほんのひと時、女性が空を飛ぶことに憧れ、飛行家を目指す時代があったこと、戦争の激化でその夢がついえた世相なども紹介します。
第1回全日本帆走飛行競技大会 金属メダル
100年も経たない「最近」のことであっても、記録や記憶からは洩れ落ちていき、あっという間にわからなくなっていきます。80年余り前の陶製プレートもすでに様々に手を尽くさないとその制作背景やつながりはわからなくなっていました。本展が、長い歴史の積み重ねの上に、私たちがいるということを改めて実感するきっかけとなれば幸いです。
奈良文化財研究所 平城宮跡資料館
(住所)〒630-8577
奈良県奈良市佐紀町
- 問合せ
- 0742-30-6753(奈良文化財研究所連携推進課)平日9:00~17:00
- 交通
- 近鉄奈良線大和西大寺駅北口より東へ徒歩10分
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- 9:00~16:30(入館は閉館30分前まで)
- 休館日
- 毎週月曜日 (月曜日が祝日の場合は翌平日) 年末年始
- 観覧料
- 無料
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