2015年11月20日
この連載では,日本各地の地域の日本語教室で日本語を学び,地域で活躍する外国人の視点から地域の魅力,日本語や日本文化の魅力,日本語の学習などについて語ってもらいます。様々な背景を持つ外国人の方々がどのような思いで日本語を学び,日本の社会で暮らしているか,是非知ってください。
タイ人女性たちが地域の「人財」として
活躍できるようになるために
<長野県松本市>
NPO法人中信多文化共生ネットワーク 理事
タイコミュニティー・友から 代表
犬飼 プリヤモンさん(タイ出身)
日本の皆さん,こんにちは。私は,松本市でタイ人コミュニティー「友から」の代表として活動しています犬飼プリヤモンと申します。タイのチェンマイ生まれです。タイから来日し,日本で二人の子供を生み育てながら日本語を身に付け,今松本市に暮らす外国人住民の一人として,私が色々な活動をしていて日々感じていることについてお話します。
●タイでの開発ボランティアとして
私の父は警察官僚だったので,生まれ育った環境は恵まれていました。しかし,「社会を覆う矛盾」をどうにか変えたくて,チェンマイ大学の学生時代に,「社会開発クラブ」というサークルを作って,山岳地帯で識字教育や保健指導のボランティアとして活動し,卒業後もYWCAや厚生省の事業で,貧しい過酷な地域に行って衛生管理者として活動してきました。
それから,タイの工業団地に進出したばかりの日本の額縁メーカーに就職。取引先の社員だった日本人の夫に求婚され,結婚。1994年に日本にやってきました。日本で生活することになるとは,それまで夢にも思っていませんでした。
結婚のお祝い会にて(中央がプリヤモンさん,左隣がご主人)
●病室のおばあさんと日本語・漢字の勉強
松本市で一人目の子供が生まれ,2歳になったとき,松本赤十字乳児院内で開かれている日本語教室に通い始めました。日本では漢字が読み書きできないと,生活に困ることが多いです。ですから,とにかく漢字をたくさん覚えようと思いました。ところが,二人目の子供が生まれて間もなく,入院生活を送ることになりました。病室での時間はたっぷりあったので,小学生用の漢字教材を持ち込んで,同室のおばあさんたちに教えてもらいながら,6年生までの漢字を1か月で覚えました。周りの地域の方が私の日本語の先生でした。
●通訳として感じた限界・・・
2002年から松本市の「長野県地域共生コミュニケーター」として病院でタイ語の医療通訳をしたり,警察での通訳をしたり,通訳を務めることが増えてきました。
当時,長野県内で暮らすタイ人女性には夜の店で働く人もいて,言葉や法律も分からないまま,犯罪に関わってしまう人もいました。そういう女性たちを目の前にしながらも,「私は単なる通訳。私には何もできない…」と無力さを痛感していたのがその頃です。
通訳が私一人では足りない,通訳者を育てたいと思って,日本人にタイ語を教える教室を開きました。皆とても熱心に学んでくれ,タイ語が上手になったのですが,結局,仕事などでタイに移住してしまう・・・ということもありました。
●タイコミュニティー「友から」の立ち上げ
私の活動が,少しずつ新聞などで取り上げてもらう機会が増えてきた頃,松本市を中心に活動している「NPO法人中信多文化共生ネットワーク」(当時は任意団体)から理事就任の依頼があり,引き受けました。「同じ人間として違いを認め合う」という方針に,同じ思いがあったからです。
理事としての活動の中で,長野県知事と面談をする機会が得られました。5分間の貴重な時間でした。このことをきっかけに,私は「日本人に環境を整えてもらうだけではなくて,自分たちタイ人もやれることを始めなければ」と考えました。松本市で暮らすタイ人が松本で元気に活躍できるように活動していこうと決めました。そこで,「一緒にやろう!」という人を集めて,タイコミュニティー「友から共に」(のちに「友から」)を立ち上げました。
○タイコミュニティー「友から」の活動
最初は,地域の皆さんにタイの文化を知ってもらおうと,松本市の講座としてタイ料理の教室を開催しました。毎回30人を超える参加者があって大盛況でした。うれしかったです。タイ料理は本当に人気があって,現在では松本市内にいくつものタイ料理店があります。
タイ料理教室の様子
タイ語の講座も開催しました。タイが好きな地域の人たちが熱心に学び,私たちタイコミュニティー「友から」のメンバーになってくれました。彼ら日本人の力はとても大きいです。
それから,私が一番したかったこと,私たちタイ人女性が自立して生活するために必要なことは何かと考えました。色々な方にアドバイスを受けて,PCスキルを身に付けるためのパソコン講座を開催しようということになりました。その時,講師を務めてくれたのは,前のタイ語講座に通っていた地域の日本人でした。
タイ人向けパソコン教室の様子
このほか,松本市に暮らすタイ人には,いろいろな技術を持った人がいることが分かりました。例えば,タイ式マッサージの技術を持っている人が,何人ものタイ人女性を指導して技術を伝え,今では彼女の弟子が松本市内でタイ式マッサージ店を開業したり,松本市の講座でタイマッサージの体験会を開催したりしています。地域の皆さんに大人気です。
松本市のタイマッサージの体験会
○大好評!タイの「カービング」講座
日本で暮らすタイ人にとって大使館は心強い味方です。タイ大使館からの協力要請を受けて,松本市で移動大使館を開催したり,大使館からの補助金を受けて人材育成にも取り組んだりしています。
その一例がタイの「カービング」の指導者の育成です。皆さん,タイのフルーツカービングやソープカービングを見たことがありますか。とても繊細で美しいので,多くの方が興味を持ってくれます。私たちは,カービングを教えられる指導者を育成し,これまでに松本市や他市の講座で地域の日本人に何度かカービングを教えました。大変な好評を得て,指導者になったタイ人女性も,少しずつ自信を付けてきています。
松本市のタイ・カービング講座
○これから目指すこと
この地域に住むタイ人が,始めから地域の皆さんと良い関係だったわけではありません。私たちの活動について,色々と陰で言われることもありました。けれども,そういった悪口は,反応しなければ自然と消えていきます。
現在,松本市には「松本市多文化共生プラザ」があり,NPO法人中信多文化共生ネットワークが市から受託運営しています。私も週に一度,タイ語相談員として働いています。相談窓口ができたことで,何か問題があった際に解決するための環境は以前より整いました。しかし,まずは私たちタイ人一人一人が力を付けて,周りの悪い影響を受けることなく,自分で判断し,いい仲間と一緒に乗り越えられるようにすることが一番大切です。
イベントでタイ料理を出店・日本人とタイ人がともに活動
そのために,タイの皆に日本語を身に付けてほしいと思い,地域の日本語教室をコミュニティーで紹介したり,文化庁委託事業「生活者としての外国人」のための日本語教育事業の日本語教室で翻訳のお手伝いをしたりしています。
これからも,特にタイ人女性が,日本で自立して生活していくための,様々なサポートを続けていきたいです。また,私だけではなく,地域をより良くするために,取り組みたいことがあるタイ人,周りのことを自分から助けられるようなタイ人を育てていきたいと思っています。
タイコミュニティーの仲間たちと
私は,蓮の花が大好きです。蓮の花は,水の上できれいに咲きますが,その根っこは水の下,つまり泥の中にあります。泥の中でも栄養を与え続ければ,いつかきれいな花として咲くことができます。
私が通訳として出会うタイ人女性の中には,困難な状況にある人もいます。彼女たちが日本できれいな花を咲かせられるように,松本で多文化共生に取り組む行政や団体の皆さんと力を合わせながら,これからも活動を続けていきます。
蓮の花のように
NPO法人中信多文化共生ネットワーク
中信地域において,基本的人権の尊重に基づき,その地域に住む人々が国籍や文化の違いを超え,お互いに理解しあい交流しあって住みやすい社会を作ることを目的として活動しています。
<主な活動>
1.松本市子ども日本語支援センター
2.松本市多文化共生プラザ
3.松本市ヤングにほんご教室
4.松本みんなの日本語教室
5.中信にほんごひろば