2016年12月9日
この連載では,日本各地の地域の日本語教室で日本語を学び,地域で活躍する外国人の視点から地域の魅力,日本語や日本文化の魅力,日本語の学習などについて語ってもらいます。様々な背景を持つ外国人の方々がどのような思いで日本語を学び,日本の社会で暮らしているか,是非知ってください。
グローバル社会に気付くまで
-支えてもらって,支える側に-
<宮城県・仙台市>
鈴木華珠(すずき はな)
外国人の子ども・サポートの会 サポーター
1.はじめまして!
はじめまして,鈴木華珠と申します。私は日本人の父とフィリピン人の母を持つ日本国籍のハーフです。現在は宮城大学事業構想学部の2年生です。そして,この「外国人の子ども・サポートの会」に出会って5年が経ちました。初めは,この会で支援を受ける生徒でしたが,大学に進学した今ではサポーターの立場でこの活動に携わっています。具体的には,外国にルーツを持つ子供たちに日本語を教えたり,学校の教科書を一緒に読んで考えて問題を解いたりしています。
2.国境を越えること
私は生まれてから8年間は日本で生活をしました。それから母の健康を考慮して,父を日本に残して,家族で母の故郷であるフィリピンで暮らすことになりました。兄弟とともにフィリピンの学校に通い,初めは言葉が何一つ分かりませんでしたが,家庭教師を雇って1年半で勉強ができるようになりました。現地語を覚え,授業で英語を身に付けた一方で,今度はだんだんと日本語が話せなくなってしまいました。
約8年ぶりに日本に帰国して,私は日本にいなかったそのブランクを埋めようと思いましたが,そう簡単ではありませんでした。日本語を学ぶだけでなく,小学校2年生からの漢字や社会,歴史,文化,考え方,常識などを習得するのに時間がか掛かり,今でも日々勉強中です。
両方の国での生活を通して,マルチリンガルになる,又は,両国の違いを知るなどの良い面もありますが,その一方で,自分の中で何もかもしっかりと区別をする,又は,はっきりさせることができていないと,混乱が起こります。家では日本語とタガログ語,英語や母の故郷の方言など混ざった言語で会話をしています。そのせいか,自分の中の言語別スイッチを使いこなせず,逆に何も話せないということがありました。「私の出身地ってどこ?」「自分の母語はどれ?」「自分の中で一番話せる言語は何?」と,周りの人にとっては疑問に思わないささいなことでも自分の中で迷うことがあります。
フィリピンでの生活
(左上から時計回り)小学校6年生の卒業式,2004年の家族写真,学校でのボランティア活動,プロムのようなイベント,妹とバレエのリサイタル後の写真,市場でハロハロを食べている写真
3.「外国人の子ども・サポートの会」との出会い
2010年に家族は受験生である私をフィリピンに置いて,父がいる日本に戻りました。しかし,そのすぐ後に家族が暮らしていた仙台では東日本大震災が起こり,父は職を失い,何の計画もなく私も日本に帰国することになりました。それから自分の進路について悩み始めました。私は,フィリピンで通常の教育の6年間の小学校と4年間のハイスクールを経て卒業したものの,就学年数が日本と比べて2年も足りなかったので,日本の大学に進むことはできませんでした。(今はフィリピンでも国際的な教育制度に合わせるため,「K12制度」を導入し,小学校7年,ハイスクール5年,計12年の教育が実施されています。)その時に仙台国際センターで進路ガイダンス(主催:日本語を母語としない子どもと親のための進路ガイダンス実行委員会)が行われ,父とともに参加しました。そこで「外国人の子ども・サポートの会」を知りました。そして,この会のサポートを受けることにしました。それから「せんだい日本語教室」(主催:仙台市青葉区中央市民センター・仙台観光国際協会)で日本語を学び,「外国人の子ども・サポートの会」で学校の勉強を学習しました。その後,この会のコーディネーターと相談して決めた高校に,配慮申請をして受験しました。その結果,合格し,入学することができました。
「外国人の子ども・サポートの会」の活動
(左上から時計回り)「外国人の子ども・サポートの会」の一人の生徒の送別会,勉強の様子,ほかの3枚は交流会
4.夢ができた瞬間
高校に入学して,初めは学校生活にあまり馴染めませんでしたが,クラスメートたちは,英語や外国にとても興味がある人たちばかりで,日本語があまり話せない私を理解し,丁寧に教えてくれました。私は,いい人たちに恵まれました。そして「外国人の子ども・サポートの会」や学校で常に外国人に囲まれているという環境があるからか,グローバル化を実感し,学校の部活や「異文化理解」「Global Citizenship」といった科目を通して,グローバルイシュー(国際社会が取り組むべき課題)に目覚めるきっかけを体験しました。この時に私は私のやり方でグローバル社会に貢献したいと思うようになり,夢ができました。いつかはアジアのスラム街問題や災害などで困っている地域のまちづくりに携わりたいと思い,その夢を持って宮城大学に入りました。
充実した高校生活
(左上から時計回り)卒業式,文化祭での部活の部員の集合写真,「English Winter Camp」,球技大会でのクラス写真,光のページェントで友だちと,友達と企画した市バスツアーで青葉城にいる時の写真
5.今後に向けて
私は「外国人の子ども・サポートの会」のおかげで高校や大学に通うことができ,夢を持つことができたと思っています。私のような人が日本中にいると思うので,このような活動は今後の日本でも大変重要になると思います。私はこの会で得た恩恵を感じています。この活動が終わることなく,もっと広まって一人でも多くの悩んでいる外国人の子供たちに手を差し伸べることができたらいいなと思いました。夢に向かって勉強に励み,この活動を支え続けようと思っています。
大学生活が始まってからの活動
(左上から時計回り)地球市民講座,せんだい地球フェスタでボランティアスタッフとしての活動,「外国人の子ども・サポートの会」でのサポーターとしての活動,下二つは大学のサークル活動
外国人の子ども・サポートの会
- 概要
- 代表 田所 希衣子
会員 120名
活動内容
外国にルーツを持つ小学生・中学生・高校生を対象として,子供たちの日本語学習・教科学習を1対1でサポートしています。サポーターは,学生と社会人によって構成されています。サポーターが子供たちと勉強をする時は,「自分の弟や妹と勉強をするような気持ち」を大切にして活動しています。活動の場所は,仙台駅近くの仙台市のオープンスペースで,曜日と時間は,サポーターと生徒が相談して決めています。母国で中学を卒業して来日した生徒も,高校入試合格を目指してがんばっています。また,高校に入学した子供たちの支援も,卒業まで行っています。 - 問合せ
- 電話 090-2793-8899 メール jets@sda.att.ne.jp
- ホームページ
- http://kodomosupport.jimdo.com/