2017年4月12日
文化庁では,文化活動に優れた成果を示し,我が国の文化の振興に貢献された方々,又は,日本文化の海外発信,国際文化交流に貢献された方々に対し,その功績をたたえ長官が表彰しています。この長官表彰では,日本語教育に長年携わられてきた方も表彰されており,平成28年度については5名の方(本賞2名・文化発信部門3名)が表彰されました。そこで,「地域日本語教室からこんにちは!」では5回にわたって,その受賞者のこれまでの日本語教育への関わりや思いを紹介します。今号は、そのうち本賞を受賞された名古屋外国語大学・尾﨑明人教授に執筆していただきました。

日本語教室の3原則から考える地域日本語教育
尾﨑 明人(おざき あきと)
名古屋外国語大学大学院国際コミュニケーション研究科・教授
平成28年12月に文化庁長官から日本語教育分野での業績に対して表彰していただきました。このような評価が頂けたのは,恩師をはじめ,多くの先輩や同僚,これまで一緒に活動してきた日本語ボランティアの皆さんのおかげです。この場をお借りして心からお礼を申し上げます。
地域日本語教育と私
私は学生時代に日本語教育を専攻し,卒業以来今日まで40年余り大学教員として日本語教育に携わってきました。その私が地域日本語教育に関わるようになったのは名古屋大学に赴任した1991年です。1990年の改正入管法施行に伴い,愛知県では日系ブラジル人が爆発的に増加したことから各地で日本語教室が生まれました。大学教員だということで日本語ボランティア養成講座の講師を度々務めることになったのですが,当時の私は,それまでに学んだ日本語教育のノウハウを日本語ボランティアの皆さんに分かりやすく伝えればいいと考えていました。しかし,日本語教室で活動している皆さんの話を伺ったり,教室を見学したり,自分でも日曜日にボランティアで教えてみたりするうちに,私の考えは徐々に変わりはじめました。
日本語は週1回の教室学習だけで使えるようにはなりません。日本語の読み書きを覚えるには長い年月が掛かります。また,仮に日本語がマスターできたとしても,社会の仕組みや外国人に対する日本人の態度が変わらなければ,外国人にとって日本は決して居心地のいい場所にはならないことにも気付きました。そして,日本語教育のノウハウも大事だが,外国の方々が日本語を学ぼう,学び続けようと考え,実際に勉強が続けられる環境を作ることの方がもっと大事だと考えるようになりました。
地域日本語教室の3原則と日本人のコミュニケーション能力
私は2004年の論文で「日本語教室の3原則」を提案したことがあります。
これは,(1)日本語習得の原則:外国人の日本語力が伸びるような活動をすること
(2)相互学習の原則:外国人だけでなく日本人参加者も交流を通して学ぶことができる活動をすること,
(3)無条件参加の原則:誰でもいつでも教室活動への参加が許されること
の3つです。中でも相互学習の原則は重要です。相互学習のためには,外国の方の日本語力も必要ですが,日本人参加者にも外国の方に分かってもらえるように話す能力,外国の方が言わんとするところをくみ取る能力,外国の方の日本語力不足を上手に補ってあげる能力などが求められます。日本人が皆このような日本語コミュニケーション能力を伸ばすことがこれからの日本社会にとってとても重要なことであり,その点でも地域日本語教室は重要な役割を果たしていると思います。
3原則については様々な考え方ができるでしょう。それぞれの日本語教室で自分たちの原則を考えてみてはいかがでしょうか。その結果を文章化して皆で確認しあうのも良いと思います。
初期日本語教育の重要性
相互学習を実現するには,外国人参加者も基礎的な日本語力を身に付ける必要があります。その基礎力は自力で勉強を続けるためにも重要です。基礎力を身に付けるための学習を支援する初期日本語教育の公的な仕組みを作れば,基礎日本語力を持った外国の方が増えて,地域日本語教室の活動も更に発展するでしょう。今こそ国は地域日本語教育の基本方針を定め,日本語ボランティアと在住外国人の皆さんの知恵と力を借りながら,初期日本語教育を含む教育体制の整備を進めるべきです。多文化共生を実現するには避けて通れないことです。
文化庁長官表彰はもっと頑張れという励ましの言葉だと受けと止めて,これからも地域日本語教育に関わる仕事に取り組もうと思います。
参考
尾崎明人(2004)「地域型日本語教育の方法論試案」小山悟・大友可能子・野原美和子編『言語と教育―日本語を対象として』くろしお出版, pp.295-310