2015年9月1日
黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝
国立西洋美術館研究員 飯塚隆
まずは最初の画像をご覧ください。親指の爪のような形をしたスペースの中で,毛むくじゃらの男がこちらをじっと見つめています。この怪物風の男の正体も気になるところですが,もっと注目してほしいのは彼を取り囲む空間です。半円形の縁取りを満たすつぶつぶがおわかりになるでしょうか。さらに怪物の背後も,男の脇の下と股間も,星の数ほどある小さな粒によって埋め尽くされています。

《横たわるサテュロスが表された飾り板》
紀元前480年頃 金、クォーツ 高さ3cm
イタリア,ヴィニャネッロ,クーパ墓地、第7号墓,
ヴィラ・ジュリア国立考古学博物館(ローマ)
©su concessione della Soprintendenza Archeologia
del Lazio e dell'Etruria Meridionale
問題は粒の大きさです。この黄金製の飾り金具の半円部分は,実際,人の親指の爪と同じくらいの大きさしかありません。よってひとつひとつの金の粒は,とてつもなく小さいのです。これは粒金細工とよばれる技法で,この金製品を作ったエトルリア人 ―ローマに円形闘技場ができるはるか以前にイタリア半島で豊かな文化を育んだ民族―が最も得意としたワザでした。

《腕輪》 紀元前675-紀元前650年
金 長さ26.0cm,幅6.7cm,直径9.3-10cm
イタリア,チェルヴェテリ,ソルボ墓地,レゴリーニ・ガラッシの墓出土,
ヴァチカン美術館
Foto © Governatorato dello Stato della Cittá del Vaticano
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ミクロの次はマクロです。ごく一般的な金製の指輪がひとつ5gだとすると,2000個の指輪をかき集めてようやく10kgの金になりますが,それを超える総重量12kgにもおよぶ黄金の宝物が本展に登場します。今から3000年以上も前に作られたワンセットの金器です。スケールの大きさもさることながら,発見のエピソードが愉快です。世の中にはトリュフを発見する豚がいますが,この宝物の発見にも豚が一役買いました。もっとも,土の中からたまたま掘り出したのは農夫の兄弟でしたが,出てきた大ぶりの容器がガラクタだと思った彼らはそれにエサを入れて飼っている豚に与えました。腹ぺこの豚がエサをたいらげると,そこに残されたのはビカビカと光を放つ黄金の容器。兄弟が腰を抜かしたのは言うまでもありません。

《ヴァルチトラン遺宝》
紀元前14世紀後半―紀元前13世紀初頭
金 総重量12.425kg
ブルガリア,ヴァルチトラン出土
ソフィア国立考古学研究所・博物館
Photograph: National Institute of Archaeology with Museum - Sofia, Bulgaria

《両把手付の大型容器(カンタロス)》
紀元前14世紀後半-紀元前13世紀初頭
金 高さ22.4cm,重さ4,395g
ヴァルチトラン,ブルガリア
ソフィア国立考古学研究所・博物館
Photograph: National Institute of Archaeology with Museum - Sofia, Bulgaria
最後は時間軸の話題です。人間の手によって生み出されたものは,はたしてどれくらいの期間,美しさを保ち続けることができるのでしょうか。美の殿堂とうたわれるアテネのパルテノン神殿でさえ,誕生した2500年前とくらべたら,随分と姿が変わりました。しかし6000年以上もの長い間,美しさを失わないものがあります。それがブルガリアで発見された世界最古の金製品です。銅石器時代の古代人の目に飛び込んだ黄金の輝きが,時のへだたりをものともせず,そのまま現代の私たちの目にも飛び込んできます。これぞ,黄金のマジックです。

《ヴァルナ銅石器時代墓地第43号墓》
紀元前5千年紀 ブルガリア,ヴァルナ出土
ヴァルナ歴史博物館
©Varna Regional Museum of History, Bulgaria
他にもたくさんの金製品が展示されます。どうか魔性の黄金のきらめきに酔いしれてください。
国立西洋美術館
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