2016年11月10日
クラーナハ展―500年後の誘惑
国立西洋美術館研究員 新藤淳
ルカス・クラーナハ(父,1472-1553年)は,いまからちょうど500年前,1517年に,彼自身の盟友でもあったマルティン・ルターによって開始された宗教改革の時代を生きたドイツ・ルネサンスを代表する画家です。拠点となったのは,ヴィッテンベルク。まさしく改革運動の発端の地ともなったその新興の文化都市で,クラーナハは1505年からおよそ半世紀近く,計3代のザクセン選帝侯に仕える宮廷画家として活躍しました。もっとも,この画家は単に,王侯たちに奉仕したのではありませんでした。クラーナハは大型の工房を運営し,多数の協同制作者や息子のハンス・クラーナハ及びルカス・クラーナハ(子)らとのシステマティックな集団生産の方法を編み出すことで,極めて先駆的な絵画の大量生産を実現した「企業家」でもあったからです。そのシステムをつうじて新たな美術マーケットを切り拓いた彼は,ルターの宗教改革に貢献する多数の絵画や版画を産出した一方で,顧客たちの欲望を強く喚起するイメージの数々を生みだしたのです。

ルカス・クラーナハ(父)
《ホロフェルネスの首を持つユディト》
1525/1530年頃,油彩/板(菩提樹材)
ウィーン美術史美術館
©KHM-Museumsverband.
そう,「クラーナハ」の名を何よりも忘れ難いものにしているのは,ヴィーナスやルクレティアといった女性の裸体像,あるいはユディトやサロメらがもつ「女のちから」を,特異というほかないエロティシズムで描きだした一群のイメージにほかなりません。アルプス以北の絵画史において初めて,異教古代の女神の裸体を描いたクラーナハは,「絵画」や「イメージ」と呼ばれるものの地位が根底から問い直された宗教改革期に,新たな「誘惑する絵」を無数につくりあげることで,ひとびとを誘いつづけたのです。いや,艶っぽくも醒めた,こ惑的でありながら軽妙なそれらの女性像は,当時の鑑賞者だけでなく,遠く後世の人々をも強く魅了してきました。実際,マルセル・デュシャンやパブロ・ピカソをはじめ,クラーナハが描いた女性像に惹かれてきた近現代のアーティストは少なくありません。日本初のクラーナハ展となる本展では,そうした画家の芸術の全貌を明らかにすると同時に,彼の死後,近現代におけるその影響にも迫ります。宗教改革のはじまりから500年を数える2016-17年に開催されるこの展覧会は,クラーナハの絵画が時を超えて放つ「誘惑」を体感する,またとない場となるはずです。

ルカス・クラーナハ(父)
《正義の寓意(ユスティティア)》
1537年,油彩/板
個人蔵

ルカス・クラーナハ(父)
《泉のニンフ》
1537年以降,油彩/板(菩提樹材)
ワシントン・ナショナル・ギャラリー
©Courtesy National Gallery of Art, Washington
国立西洋美術館
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2016年12月28日(水)~2017年1月1日(日) - 観覧料
- 当日:一般1,600円,大学生1,200円,高校生800円
団体:一般1,400円,大学生1,000円,高校生600円 - ホームページ
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