2017年3月10日
「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」
諸山正則(東京国立近代美術館主任研究員)
16世紀後半の安土桃山時代,千利休が茶の湯の理想とした侘びの精神を深く受けとめた初代長次郎によって始められ,豊臣秀吉から「樂」の印を与えられた樂焼は,およそ450年という十五代にわたり連綿と相伝されてきました。手づくねと箆削りで成形された茶碗を一つずつ,堅い炭の火を鞴で風の送りを調整しながら焼きあげる特異な焼きものであり,長次郎の特有の美意識を受けとめながら,それぞれの時代に即した樂家の伝統と様式,そして新たな創造が積み重ねられてきた陶の芸術です。
本展は,一昨年のアメリカ・ロサンゼルスのカウンティ美術館に続いて開催された,ロシアのエルミタージュ美術館とプーシキン美術館で好評を博した「樂歴代展」の帰国を記念したものです。内容を新たに,特に4点の重要文化財指定等の著名な長次郎作品を一堂にし,歴代の重要な作品と次代を担う篤人の作品とで樂焼の歴史を振り返り,さらに樂家と縁の深い本阿弥光悦の重要文化財の樂茶碗と俵屋宗達の屏風や《東山名所図屏風》などの絵画を加えて,一層の充実した構成としています。初代長次郎に始まる樂の芸術の全貌を現代という視点で振り返っており,「茶碗の中の宇宙」に込められた深遠な精神性と美の世界があります。

初代 長次郎《黒樂茶碗 銘 大黒》
桃山時代(十六世紀)
重要文化財 個人蔵
《黒樂茶碗 大黒》は,千利休が特に大切にした伝来も確かな作品で,長次郎七種茶碗の一つに挙げられています。胴の膨らみと内に抱え込む口縁の端正な穏やかさがあり,一切の作為や装飾を表さない黒樂の静謐さに包まれた茶碗です。長次郎は,千利休の侘び茶の創意と思想を反映して,黒と赤というモノトーンの樂茶碗の中に日本美術の深い精神性を確固としてただその深遠な存在感を表しました。そうした「今焼き」と称された長次郎の造形を受け止めつつ歴代は,黒の釉薬の艶やかさと抽象的な抜けの黄色い文様のある《黒樂茶碗 青山》に特徴的なモダンさを表した三代道入や,戦後モダニズムの中で樂茶碗の伝統性をそれと融合させる新たな創造を図って構築的な箆削りと施釉や化粧土に装飾的な意識を表した十四代覚入のように,樂家は一子相伝の芸術を「今」様の意識で革新を現してきました。

十五代 吉左衞門 《焼貫黒樂茶碗》
2012年
東京国立近代美術館蔵
そして十五代は,伝統と創造という命題を自らに背負いながら長次郎の茶碗を無の意識と現代という視点でとらえ直して現代の創造を見いだしてきました。それは手づくねと箆削りによる普遍の造形であり,また彫刻的な成形に色調が豊かな釉掛けや地肌の美しさをとらえた焼貫の技法によって革新的に現代陶の創造を表しています。第二部では,そうした十五代吉左衞門の芸術の世界とともに,フランスでの制作や最新の大胆な箆削りや色彩を消して穏当な存在感を表している焼貫黒樂茶碗などを紹介しています。
東京国立近代美術館
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