2018年7月24日
「ミケランジェロと理想の身体」展
国立西洋美術館 主任研究員 飯塚隆
タイトルが端的に示すとおり,展覧会のポイントは二つです。一つ目はミケランジェロの大理石彫刻,二つ目は古代とルネサンスを結ぶ身体の理想像です。
ミケランジェロは彫刻,建築,絵画の各分野で第一級の作品を残しましたが,彼自身は自らを「彫刻家」と呼んでいました。近年,日本ではフェルメールをはじめとする超一流の芸術家の展覧会が開かれるようになりましたが,ミケランジェロ芸術の核心をつくような展覧会はこれまで実現しませんでした。理由は明解で,彼の最も重要なジャンルである大理石の彫刻作品は全世界で40点ほどしか現存せず,その全てが所蔵先の至宝であるため,作品の借用が極めて困難だからです。その高いハードルを越えて実現したのが本展で,それはミケランジェロの大理石彫刻が2点も出品されるという,前代未聞の一大事です。

《若き洗礼者ヨハネ》ミケランジェロ・ブオナローティ 1495-96年
ウベダ,エル・サルバドル聖堂,ハエン(スペイン),
エル・サルバドル聖堂財団法人蔵
高さ130cm 大理石
Úbeda,Capilla del Salvador; Jaén (Spain),Fundacion Sacra Capilla del Salvador
© Ministero per I Beni e Le Attività Culturali e del Turismo,Opificio Delle Pietre Dure
まずは,本展の中核となる《ダヴィデ=アポロ》を御紹介しましょう。このタイトルは,作品の主題が「ダヴィデ」なのか,それとも「アポロ」なのか定かではない,という意味を表しています。そのため,とかく主題の特定に関心が向きやすいのですが,それよりもはるかに重要なのは,ミケランジェロの身体表現そのものです。

《ダヴィデ=アポロ》ミケランジェロ・ブオナローティ 1530年頃
フィレンツェ,バルジェッロ国立美術館蔵
高さ147cm 大理石
Firenze,Museo Nazionale del Bargello / On concession of the Ministry of cultural heritage and tourism activities
それを存分に味わえるよう,《ダヴィデ=アポロ》の特別な展示空間を作り上げました。鑑賞のポイントは,彫像をぐるりと回りながら,あらゆる角度から作品を見るということです。その際,例えば次のような単純な問いかけを ―この彫像は男性的なのか女性的なのか,清らかなのか色っぽいのか,穏やかなのか活発なのか,安定しているのか躍動的なのか― を思い出しながら御覧になってみてください。人それぞれの感じ方の中に,ミケランジェロがこの作品に込めた無限の可能性が,人それぞれの形として表れてくるはずです。これこそが《ダヴィデ=アポロ》の魅力です。
次は「理想の身体」のお話です。ルネサンスは古代ギリシャ・ローマ文化を基礎として生まれました。よってルネサンス美術も古代美術が土台となっていますが,ルネサンスの芸術家が古代美術を学ぶ上で最も重要だったのが,ローマやフィレンツェで目にすることのできた古代彫刻の数々でした。古代ギリシャ彫刻の根幹は男性の裸体表現ですが,ギリシャ人は身体には理想的な形があるという信念を持っていました。そして紀元前5世紀に,ついにギリシャ人は美の規範となる「理想の身体」の表現にたどり着きます。幸運なことに,本展にはそのお手本のひとつ《アメルングの運動選手》が展示されます。頭部,両腕,両足が欠損していますが,残された部分だけでその見えない部分も補うかのような有機的な身体で構成された作品です。

《アメルングの運動選手》紀元前1世紀
フィレンツェ国立考古学博物館蔵
高さ131cm 大理石
Su concessione del Ministero dei Beni e delle Attività Culturali e del Turismo-Polo Museale della Toscana-Firenze
ギリシャ人が追い求めたこの「理想の身体」は,ルネサンスの芸術家が学ぶべき最大のテーマとなります。このようにして「理想の身体」は,古代とルネサンスをがっちりと結びつけます。《ダヴィデ=アポロ》から感じ取れるのは,古代の身体の理想像と,それを基礎としつつミケランジェロが自ら創造した彼独自の理想の身体であり,それはいわば古代とルネサンスのひとつの理想的なコラボレーションなのです。
涼しげな質感をもつ大理石が,うつくしい男性の裸の姿で皆さんを会場でお待ちしていますので,是非お越しくださいますよう。
国立西洋美術館
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